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石畳問題

―― 日常の景観に目を向けましょう(2) ――

 

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 私の住む街にある石畳の歩道の一部が、アスファルトになってしまいました。しかも、それを指示したのが役所です。景観を考えないそのやり方に一年に渡り役所に苦情を言いましたが、もちろん、のれんに腕押しで、今もそのままです。

役所の姿勢にも問題があるのは事実だが、その背景には、日本人の景観への配慮のなさがあるように思えます。石畳がちょっとアスファルトになったというだけの、一見つまらない内容に、日本人の景観への無関心さが表れています。

 

石畳の歩道

私の住む街は人工的に造られたこともあり、歩道などが比較的整備されています。その中でも住宅街を縦(北西から南東)に通り抜ける長さ1kmほどの石畳の並木道は、周囲には木立も生い茂り、見た目にはなかなかきれいです。

実用性にはいろいろと問題があっても、毎朝ここを歩いて通勤するのは楽しいものです。

 

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しかし、この街並みが作られてから三十年以上も経過していることもあり、石畳もあちこちがはがれてしまい、下地のコンクートがむき出しのままになっている所も少なくありません(写真下)

 

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 そして、石が剥がれた部分には一部アスファルトやコンクリートを入れるというズサンな修理が行われただけで(写真下)、作られてから本格的に修繕された様子はありません。

 

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 剥がれた部分を見ると、石畳の作りにもかなり問題があります。地面にコンクリートを敷き、その上に厚さ23cmの板を張り付けただけなのがわかります。写真下左はコンクートごと剥がれた石です。

 

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 しかし、こんな手法で歩道を造れば、人が歩く重みだけでなく、石も風雨にさらされ、冬は零下になり、染みこんだ水が石を破壊するだろうから、短期間に壊れていくことは素人でも予想がつきます。実際、石はコンクリートから剥がれ、あるいは下の写真のように、割れてしまっている部分もあります。

 

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 これらの破損は部分的なものです。しかし、一言で言えば、ずいぶんとズサンな作りです。せめて石の厚さが10cmほどあれば、これほどの傷みが来ることもなかったでしょう。事実、一辺が10cmほどのサイコロ石で作った歩道はほとんど壊れていません(写真下)。これはサイコロ石を使った歩道は歩行者が少なかったからだけではないでしょう。

 アッピア街道などローマが作った石畳の道は今でも使われているように、恒久的な観点からみたら、厚さが数センチという石畳は設計ミスです。

 

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 石畳には実用上はいくつか問題があります。その一つがすべりやすいことです。石そのものはわざと荒く削ってあるので、普段はすべりません。ところが、雨が降るとすべります。石そのものが水に濡れて滑るのではなく、石の種類によってコケのようなものが生えて、それがすべるようです。

 ここまでは石畳についての前置きです。いよいよ本題に入ります。

 

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マンション建築

 石畳の歩道に隣接した公務員宿舎の一部が売却され、これを民間企業が落札してマンションを建築しました。その際、たぶんガスか水道などの工事のためなのでしょう、歩道の4箇所を掘り起こし、内、3箇所を石畳に戻さず、アスファルトで舗装しました(写真下)

 

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 ご覧のように、石畳は途中で切られ、アスファルトで舗装されています。驚くのは、その内、マンションから歩道への出入り口だけは石畳に戻したのです(写真下)。写真下で、石畳の歩道が途中から色が変わっているのがわかります。写真の左側と右上が従来の歩道、真ん中部分が作り直した石畳です。

 

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犯人は役所

 この光景を見て、マンション業者が手抜きをして石畳に戻さす、マンションの出入り口だけを石畳にしたのだろうと疑いました。業者に石畳に戻すように電話しました。ところが、業者からは意外な返事でした。

「アスファルトにしろと役所側からの指示があって、それに従っただけだ。マンションの出入り口だけは、景観の観点からこちらで役所にお願いして石畳にした。役所の指示に従っただけなので、残り3箇所を直す義務はない」

という返事でした。

 この説明が事実なら、役所が石畳をわざわざアスファルトにするように指示したというのです。景観を壊した犯人は、景観を守るべき役所だというのです。

 

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担当者はノレンに腕押し

 私は、役所に電話し、道路課の担当のAさんに「景観も大事な市民の財産なのだから、歩道を元の石畳に戻してほしい」と要望しました。Aさんは、

「前向きに検討して、その結果を連絡する」

とのことでした。しかし、一ヶ月たってもAさんからは何も返事がないので、また電話すると、同じ回答でした。これが数回繰り返されましたが、ついに一度も私の所に電話はありませんでした。

 もちろん、私も役所がすぐに対応してくれるなんて期待するほど、甘い認識は持っておりませんから、この反応は予想どおりでした。

 

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市長からの返事

 ノレンのような道路課に交渉するのはやめて、市長に直接訴えてみました。先に申しあげますが、もちろん、市長自らが見てくれるとか、ましてやうまく行くとは金輪際期待していませんでした。どうせ、たらい回しで、慇懃無礼な返事で終わりだろうと思っていました。道路課に電話するのでは消えてなくなりますから、市長のハンコの押してある公文書をもらおうということです。

 一往復で終わりかと思っていたのですが、提言を送ってから数ヶ月後に届いた役所からの回答に私はムッと来ました。

 

市長からの一度目の回答

「・・歩道つきましては、破損箇所等を応急的にアスファルト舗装により補修しておりますが、今後改修等を行う際は、景観にも配慮しつつ、管理しやすい整備方法を検討してまいります。」

 

 まるで私が歩道の破損の改修を要望したかのように返事です。私は、歩道をアスファルトにしたのは市側であり、その意味で破損したのは市側なのだから、直すのは当然ではないかという指摘をしたのであって、壊れている歩道の補修をしろと書いたのではありません。市側の責任を指摘したのです。

 市側の責任を指摘したのに、修理の依頼であるかのように話をすり替えてごまかしたのです。

 

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電話で何を話すのか

 一往復でやめようと思っていたが、この返事に私は再度、こちらの意見に対する返事になっていないことを指摘した手紙を送りました。

 しばらくすると、窓口になっている広報広聴課からメールが来て、直接、電話で道路課の人が話をしたいという連絡がきました。

 私は「電話をもらうのはかまわない。だが、何を話すのか。今回の返事で、自分たちの責任は認めず、歩道を石畳に戻すつもりもないと道路課の人たちはすでに述べている。こういう人たちと話しあって決裂したから、私は市長に手紙を出したのに、その担当者とまた話をするとは、いったい何を話しあうのか」と返事をしました。

 皆さんもそう思いませんか。口先で話しあいなどと言ってみたところで、決定権のある方がすでに結論を出しているのです。せめて、第三者が立ち会って話し合いをするというならまだわかるが、担当の道路課のAさんが一方的な話をするなら、聞かなくてもわかりますから、私には時間の無駄です。

 こういう点はまだ行政は改善するべき余地があります。問題点を指摘されたら、これを検討するような第三者機関が必要です。なにせ行政側は権限がありますから、慇懃無礼な態度をとり続け、一方的に拒絶すれば責任を取る必要もなく、仕事もしないで済む。

 

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今度は屁理屈

 道路課からは電話は来ませんでしたが、二ヶ月ほど後に二通目の返事がきました。こちらが指摘した点については次のように答えています。

 

市長からの二度目の回答

「ご指摘のとおり現地の歩道は,石畳になっておりますが,降雨時に自転車通行や歩行者のスリップ事故等が多く発生している経過を踏まえ,安全対策を最優先に考慮し,市が施工業者に対しアスファルト舗装で施工するように指導したものです。
 また,マンションの出入り口周辺につきましては,事業者との再協議により,工事の再施行等の措置を求めた結果,特に景観等を配慮し,必要最小限の範囲において石畳に戻したものです。」

 

 一点目の、アスファルトにした事ついては、安全性を挙げています。一方、二点目の、マンションの出入り口だけを石畳に戻したのは景観が理由だというのです。

 前半は安全のために景観を無視したといい、後半は景観のために安全を無視したという。書いた本人が何の矛盾も感じないとは、屁理屈もここまでくると立派なものです。

 アスファルトにした部分は、三箇所を合わせても10mほどの距離です。全長で1000mもある歩道の10mほどをアスファルトにして、いったいなんの安全を図ったことになるのでしょう。しかも、石畳の景観を無視してでも市民の安全を図りたいなら、一貫して、マンションの前も安全を優先にしてアスファルトにするべきです。だが、そちらは安全を無視して景観を重視したという。

 しかも、こんなことが理由なら、私が道路課に電話で何度も問い合わせたとき、どうしてこういう説明がいっさいなかったのでしょう。結局、矛盾と責任を追及されて作り上げた苦肉の言い訳です。

 

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住民意識の問題

 私の石畳についての活動もここまでで終わりです。前述のように、役所が市民の一人が何か言ったくらいで、すぐに対応するとは期待していませんでした。また、予想通りの反応でした。

 私の住む市は、環境都市の指定を受けようと手をあげて活動していました。残念ながら、落選です。景観も環境の一つだという意識もなく、ただ付け焼き刃的にエコロジーだけを示しても無意味でしょう。

 この市役所の対応は日本では特に珍しいものではありません。一言で言えば、景観に対する意識はとても低い。そして、この件で私が失笑したのは、役所の対応というよりも、周囲の人たちの反応です。

 市長に手紙を出す前に、自治会に意見書を出してみました。この地域の自治会の区長が集まる区長会があるというので、そこに提出してもらったのです。問題提起をすれば、誰か反応してくれるではないかと、内心、期待したからです。だが、反応はなかったようです()

この歩道を中心に、この地域にはゆうに2000世帯以上ありますから、五千人くらいは住んでいるのでしょう。だが、石畳について文句を言っていたのはどうやら私一人のようです。おそらく大多数の人たちにとっては、アスファルトのほうがすべりにくいから、道路がマダラ模様になってもどうでもいいことなのでしょう。

 つまり、役所の職員の意識の低さだけではなく、実は住民の意識もまた低いのです。

 

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景観は財産

 電柱と電線でも書きましたが、景観は生活の豊かさを示す財産です。日本は、幸い、衣食住にはそれほど困らなくなっています。もう少し生活の質を考えるべき時代に来ています。自分たちの住んでいる周囲の環境の一つである景観は生活の質の一つです。

 先日、テレビの宣伝を見ていたら、その中でわざわざ電線と電柱だらけの空を大きく映し出していました。おそらく製作者たちは、日常の平凡な風景の一つとして親しみやすさを出したつもりなのだろうが、その無神経さに驚き、あきれました。景観に無関心な人たちますます増えているということでしょう。

 我々の生活空間は、自分の住んでいる家と敷地に限定されているものではありません。周囲の環境があって初めて成り立っています。景観に関心を持たないのは、自分の部屋をちらかし、汚したままにしておくようなものです。

自分の部屋の壁に電線をはわせ、天井から何本も電線をぶら下げるでしょうか。木目の床板のあちこちをビニールカーペットで補修するでしょうか。そんな造りの家に住みたい人は誰もいないでしょう。それなのに、自分の家の外に電線がぶら下がり、歩道の石畳が途中からアスファルトで舗装されていることに誰も関心を払わないのはおかしなことです。

 これを読んだ方だけでも、自分の家の周囲の景観に目を向けてください。

 

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