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ナガミヒナゲシ2010

―― 白いナガミヒナゲシの正体は? ――

 

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 五月の連休の前後から、路肩やちょっとした空き地にナガミヒナゲシというオレンジ色のケシの花が咲きます。どこにでも生えているこのケシが日本で初めて確認されたのが、ウィキペディアによれば1961年というのですから、意外に新しい植物です。

 

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 繁殖力は旺盛で、コンクリートの隙間でも勝手にどこにでも咲くことから、嫌う人もいるようです。

 

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 欧州から中央アジアにかけて、赤いケシが一面に咲いている風景がよく旅行記などに出てきます。モネの絵でも(写真下)、夫人と子供が赤いケシの咲いている土手の脇を散歩しています。

 

"Les Coquelicots à Argenteuil"

Musée d'Orsay, Paris (http://pagesperso-orange.fr/jenl/index.html)

 

こんなふうに野原に赤いケシが一面に咲いたら、さぞやきれいだろうと思うのですが、残念ながら、私は見かけたことがありません。欧州や中央アジアでみられる赤いケシはオニゲシの仲間で、オレンジ色のナガミヒナゲシではなさそうですが、一面に咲くと似たような雰囲気があります。

 

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ナガミヒナゲシの生命力

 ナガミヒナゲシの生命力の強さの一つはその多様性です。通常は写真上のように、高さが3060cmほどになり、花弁も5cmほどあり、野生の花にしては目立ちます。だが、環境が悪いと、写真下左や真ん中のように、中には10cmにも満たない大きさにしかならないのに、花だけでなく、実もしっかりと付けます。これは普通の草花では見られないことで、ナガミヒナゲシが劣悪な条件下でもすごい適応力を持っている証拠でしょう。

 

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 実は名前の由来にもなっている長実で、茶色に枯れる頃になると頭部が、ちょうど煙突の笠のようになって隙間ができて、そこから実がこぼれ落ちます。

 

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 ケシの実というたとえどおり、1mmにも満たない小さな種がたくさん入っていて、これが風に吹かれるたびに煙突の上からばらまかれるだから、増えるのも当然です。

 

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 原産は地中海で、石灰岩の痩せた大地にも適用しているから、駐車場のちょっとした隙間にでも生えるのでしょう。地中海では夏は雨が少ないので、夏が来る前に早々と実をつけてしまいます。日本では、初夏が草刈りの季節ですから、実ができた頃に草刈りをされても、ナガミヒナゲシは痛くもかゆくもないばかりか、草刈りによってかえって実をばらまいてくれることになります。

 

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 ナガミヒナゲシの種を他の草花と一緒に秋の終わりにまいたことがあります。ところが、翌年は一本も生えてきませんでした。かなりの量をまいただけに、ショックでした()。当たり前のことだが、種をまくべき時期があるようです。

 

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 東京農業大学の吉田氏の「種子発芽特性からみたナガミヒナゲシの日本の生育地」(雑草研究、54号、pp.63-70)によれば、六月に種がまかれると、秋に芽が出て、関東などは温暖なので、秋に出た芽はそのまま越冬するようです。 

 

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 私が秋の終わりにまいても、発芽した頃には冬になっているので、成長できなかったのでしょう。つまり、夏の前に種をまかないといけないようです。ただし、吉田氏などの研究は、増やすことではなく、ナガミヒナゲシを駆逐することを目的にしているようです・・・まあ、そんなに嫌わなくてもいいじゃないかと思いますが。

 

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花の形

 同じように見えるナガミヒナゲシもよく見ると、微妙に違いがあります。私の見た範囲では、代表的なのが2種類あり、皿型とお椀型です。皿形が下の写真です。

 

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 四枚の花弁が皿状に開き、しっかりとのびており、横から見ても花全体が平べったい感じがします。

 

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 二つ目のお椀型は、下の写真のように花がやや閉じて、お椀状に開くタイプです。どちらかというと、皿形よりもこちらのほうがケシのイメージには合います。

 

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 お椀型の上の写真が典型であるように、花弁の根本に2カ所に黒い斑点がついていることがあります。すべてに付いているのではなく、写真下左はついているが、右はついていません。また、同じ場所に両者が混じって咲いています。斑点のあるほうをモンツキナガミヒナゲシと名前をつけている人もいるようです(岩槻秀明、モンツキナガミヒナゲシ(仮称)の発見、千葉県植物誌資料、24p.2182008)。こんな程度で新種として名前をつけていたら、いくらでも新種があるような気がしますが・・・。

 

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奇妙なことに、皿形の花弁をしたナガミヒナゲシで黒い点のある花を見かけたことがありません。

お椀型のナガミヒナゲシは、斑点があることからも、他のお椀型のケシと交配してできたのではないかとも思われます。たとえばアツミゲシのように、ナガミヒナゲシと同時期に咲き、花弁の下部が黒くなるケシはあります。だが、写真下のようにアツミゲシは四つの花弁が黒くなっていますから、二つの花弁に斑点ができるナガミヒナゲシとは違います。

 ナガミヒナゲシに皿形とお椀型がどうしてあるのか、ぜひ、専門家に遺伝子レベルで調べてもらいたいものです。

 

 

写真上左:アツミゲシ(ウィキペディアより)

写真上右:アツミゲシ(東京薬物植物園、http://www.tokyo-eiken.go.jp/plant/tokyo-keshi.html)

 

 

花の色

花弁はほとんどがオレンジ色か、ややぼけたようなオレンジが大半で、花弁の周辺がやや薄くなります。

 

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希に写真下のように赤みの強い花も・・・でも茎に毛が生えているし、これは普通のヒナゲシなのでしょう。廃屋の玄関のそばにポツンと咲いていた花で、小柄できれいでした。周囲には普通の色のナガミヒナゲシも咲いていましたが、この色の花は一つだけでした。しかし、もっと驚くことに白い花がありました。

 

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白いナガミヒナゲシ

 近くの畑に毎年ナガミヒナゲシが咲く場所があり、そこに行って驚きました。数平方メートル四方に一面に生えているのに、オレンジではなく、やや小型の白いケシです。

 別種のケシなのかと最初疑いましたが、葉の形や、背丈が小さくても花を咲かせている様子はナガミヒナゲシに似ています。

 

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写真上:1カ所目の白いナガミヒナゲシ

 

花は皿形でもお椀型でもなく、花弁がクシャクシャでシワがよっており、花も大きくなく、一言で言えば、さえない。オレンジ色のケシは園芸品種でも通用しそうなくらい立派な個体多いのに、とにかく小さい。

私はただ珍しいから写真を撮っただけで、あまり撮りたいと思わせるような印象の花ではありません。

上の写真は花のやや大きめのを選んだから、それなりに見られますが、実際のイメージはむしろ下の写真に近く、小さくゴチャゴチャした花がたくさん咲いています。

 

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 よく見ると、真っ白な花弁だけでなく、内側がオレンジ色のものもあります。

 

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 私がもっとも不思議だったのは、去年までのオレンジ色のナガミヒナゲシはいったいどこに行ってしまったのかということです。畑に隣接する敷地にはオレンジ色のナガミヒナゲシが何本か咲いています。写真下のように両者の花だけを比較すると、これが同じ種類の花だろうかと疑問になるほど外見が違います。

 

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 首をかしげながら、数百メートル周囲を歩き回ってみると、畑の土手に色の薄いナガミヒナゲシをみつけました(写真下、2カ所目)。白いナガミヒナゲシを見るまでは、気にもとめなかったのだろうが、改めて見てみると、たしかに色が薄く、花弁の先は白といってもいいようなナガミヒナゲシがあります。もう一つ気が付いたのは、これらも背丈がかなり低いことです。

 

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写真上:2カ所目の白っぽいナガミヒナゲシ

 

 花の外見だけ見ると、先に、写真下左の普通のオレンジ色と、真ん中の白いナガミヒナゲシがあり、両者が掛け合わされて、右側の交配種ができたかのように思えます。

 

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 交配説は一見もっともらしい説ですが、後で間違いであることがわかりました。交配でもなんでもなかったのです。

 

 

草加市の白いナガミヒナゲシ

 白いナガミヒナゲシが元々あるなら、もっと頻繁に見かけてもいいはずなのに、ここまではっきりと白いのは初めて見ました。ネットで検索しても、オレンジが普通です。

白いナガミヒナゲシをネットで捜していると、埼玉県草加市の市役所のホームページに「自然観察レポーターだより」というのがあり、NO.147(平成204)NO.159(平成214)NO.160(平成215)に白いナガミヒナゲシについての報告がありました。

しかも、原因として除草剤の影響を疑っているようでした。

 

写真上:草加市のホームページに掲載されたナガミヒナゲシ

(http://www.city.soka.saitama.jp/hp/page000015900/hpg000015840.htm)

 

 この写真を見ると、花がお椀型になっていることと、薄いオレンジ色が混ざっていることから、私が2カ所目で見つけた個体と似ています。草加市の記事ですら、数本見つけた程度で、私のように群落で見つけたという話ではありません。

 

 

除草剤の可能性

除草剤は疑ってみませんでしたから、改めてそういう目で見てみました。

 1カ所目は道路に面した畑の一部で休耕地のようになっていますから、所有者が雑草を嫌って除草剤をまいた可能性はあります。下の写真は1カ所目の白いケシが咲いていた所を後日撮ったものです。手前のところに黄緑色に生えている草が白いナガミヒナゲシです。すでに花は終わっています。奥に見える茶色ところは畑で、そちらには草が一本もありません。

 

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 白いナガミヒナゲシを確認した2カ所目が下写真の畑の土手です。ここも、畑の上のほうは草が茶色に枯れており、除草剤をまいたことは明らかでしょう。白くなったナガミヒナゲシは残りの緑色の草のところに生えていました。枯れこそしなかったが、除草剤を浴びたことは間違いないでしょう。

 

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ここのナガミヒナゲシは1カ所目と違い、完全な真っ白ではなく、花弁の下の部分はまだオレンジが残っています。また、花の形もオレンジのと似ています。しかし、1カ所目と同じように、花弁には小さなシワがよっているように見えます。ナガミヒナゲシの花弁にシワがよっていることは珍しくありませんが、ここのはどれもが縮んだようなシワが寄っています。

 

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 こうなると白花のナガミヒナゲシの犯人は除草剤の可能性がかなり高くなります。話は簡単で、ナガミヒナゲシの生えている所に除草剤をまいてみてどうなるか、試すのが手です。だが、私は除草剤を持っていないし、ナガミヒナゲシを枯らしたいという恨みもありません()

 

 

除草剤で実験してくれた(3カ所目)

 頼んだわけでもないのに、この実験を農家の人がやってくれました。それが下の写真で、白いナガミヒナゲシを見つけた3カ所目です。

 

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 上の写真を見てもわかるように、ナガミヒナゲシは白い花をつけているだけでなく、まるで枯れかかったように、茎がねじれ、葉っぱは丸まっています。花もまっすぐではありません。

 下の写真のケシの周囲を見ればわかるように、五月だというのに草が枯れています。茶色になってる部分の大半はスギナで、おそらくスギナを枯らすための除草剤をかけたのでしょう。

 

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スギナに除草剤をかけた時に出てくる強烈な腐臭があたりに漂っていて、写真を撮りながらも頭痛がしてきます。勤務先でも、除草剤で芝生に生えたスギナを枯らしたため、数週間にわたり、すさまじい悪臭に悩まされたことがあります(よくあれで苦情が出ないものだ)。スギナが枯れただけではあんな悪臭は出ませんから、除草剤と組み合わせた時に出てくる悪臭のようです。

 私がここを前日通りかかった時には、除草剤をまく前で、オレンジのナガミヒナゲシが咲いていました。その時見た花や開花直前だったと思われるオレンジ色の花が、写真下のように枯れかけてまだ残っています。

 

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 つまり、前日までオレンジ色のナガミヒナゲシが普通に咲いていたが、スギナを枯らすための除草剤を浴び、赤い花はしぼんでしまい、その後に白い花が咲いたことになります。

 ここで着目してほしいのは、除草剤は花の色を漂白したのではない、という点です。下の写真をもう一度見てください。

 

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 写真には開いた白い花と、閉じたオレンジ色の花があります。前述のように、オレンジ色は除草剤がまかれる直前の花です。除草剤を浴びて花びらが化学的に漂白されるのなら、これも白くなっていいはずですが、写真のようにオレンジのまま枯れつつあります。次の日に行った時には、これらはすべて落ちていました。

 白い花が除草剤を浴びる直前にはつぼみであったろうことを考えるなら、花弁が開花する直前に色素を失ったことになります。これが、色素を作り出す遺伝子が壊れてしまったことを意味するのかどうかは、これだけではわかりません。

 

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上の写真は一週間ほど後の写真で、まだ悪臭が漂っていました。草の多くは枯れていますが、それでもナガミヒナゲシは実をつけてがんばっています。これでできた種がどんな花を咲かせるのか、来年、もう一度ここに見に来るつもりです。私の予想としては、たぶん普通のオレンジ色のナガミヒナゲシが咲くのではないかと思います。

 

 

白いナガミヒナゲシの正体

農家が目の前でやってくれた実験のおかげで、私が見かけた3カ所の白いナガミヒナゲシについては次のように推測できます。

 

1カ所目・・・成長する前に除草剤を浴びた

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 ナガミヒナゲシが本格的に成長する前の春先に畑全体に除草剤がまかれたものと思われます。葉や茎や花の小さいことから、除草剤がまかれたのは成長する直前で、他の植物が除草剤で枯れた後、新たに茎や葉をのばし、花を咲かせたのでしょう。

 成長する前に除草剤がまかれた証拠に、葉などが除草剤を浴びた形跡がありません。葉も花も除草剤の直撃を受けていないにもかかわらず、矮小化して、白い花になってしまったのです。小さくてさえない姿だと書きましたが、実際は除草剤という劣悪な環境に見事に適応した姿だったようです。

 

2カ所目・・・除草剤を軽く浴びた

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 ここでは、除草剤の直撃を受けたナガミヒナゲシは他の草と同様に完全に枯れてしまったが、飛沫だけを受けたケシは色がやや薄くなる程度で済んだようです。除草剤の量が少ないので、花の色を決める機構が完全には破壊されていないようです。

 

3カ所目・・・除草剤を開花直前に浴びた

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 こちらは除草剤の直撃を受けたようです。ただ、スギナを枯らすのが目的で、2カ所目とは除草剤の種類が違うために、即死は免れたのでしょう。2カ所目と違い、こちらは完全に白くなっており、大きさを除けば、花の雰囲気は1カ所目と似ています。

 

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 この3カ所の結果から推測するなら、除草剤はナガミヒナゲシの花に色をつける機構を壊してしまうようです。除草剤の影響が少ないとオレンジ色が薄れ、完全に壊してしまうと、真っ白な花になってしまうのでしょう。

 

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 除草剤にも打ち勝つナガミヒナゲシの生命力のすごさには驚きます。やはり、いじけたような白い花よりも、オレンジ色の花が群れているほうが私の好みには合いますので、私のためにも()、除草剤に負けずに、農家や学者からどんなに嫌われても、がんばって日本中に広がってケシのお花畑を出現させてほしい。

 

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