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雪国に咲く赤い雪椿

 

 「雪椿」とは、なんときれいな名前を付けてもらったのでしょう。雪がある時に咲くのでもないのに、つい雪をかぶったまま、真っ赤な花を咲かせる姿を連想してしまいます。実際は赤い花の普通のツバキです。

 

 

 素敵な名前を付けてもらったユキツバキを見に行きましょう。ユキツバキ(Camellia rusticana)の他にもヤブツバキ(Camellia japonica)、ユキバタツバキ(Camellia ×intermedia)など、山形県の野生のツバキを探しに行った場所が下図です。

 

 

 ウィキペディアには、ユキツバキの分布が次のようにあります。

 

「本州の東北地方(岩手県・秋田県以南)から北陸地方(滋賀県北部)の日本海側に分布し、標高300 - 1000メートルの山地に自生する。」(ウィキペディアから引用)

 

 

 下の図は学者の調査によるユキツバキの分布図で、秋田県は田沢湖あたりを北限として、特に新潟県に多いのがわかります(「ツバキ属葉フェノール性成分の変異」高橋孝悦、井出誠、大谷博彌、『山形大学紀要』14巻、4号、2005年、213ページ)。実際、ユキツバキの命名者は植物学者の本田正次氏で、彼が新潟県で1950年に発見したというから、わりと最近のことです。

 

上図 ユキツバキの分布

 

 

雪椿を見に大平地区へ

 一か所目のユキツバキは山形市の西に位置する門田大平地区です。市内から車で40分ほどの距離で、「西山形コミュニティセンター」がユキツバキの開花情報を流してくれます。大平地区では毎年、五月上旬に雪椿まつりを開催しています。私は写真を撮りたいので、お祭りの日は避けました。

 

上図 「西山形コミュニティセンター」から転載

 

 写真下のように422日につぼみが出たという情報が出たきり、連休明けも開花情報がありませんでした。いつまでも待っていられないので、202254日に出かけました。

 

写真上 「西山形コミュニティセンター」から転載

 

 入口付近の駐車場には、私が到着した時には一台停まっているだけでした(写真下左)。入口からすでにユキツバキの群落がみられます(写真下右)

 

 

 

 赤い線で囲った部分が大まかな会場で、実際、どこまでが会場だということもなく、大平地区の東側にある北下がりの斜面に広がっています。この会場だけでなく、後で幹線道路をはさんで北側にある山にも行ってみると、ユキツバキがいくらでも見られました。北下がりの斜面でも、傾斜が緩やかなので、陽当たりは悪くありません。これがユキツバキが多く残った理由でしょう。

 

 

 ユキツバキの自生地の大平地区を上空から見ると、特徴ある地形をしています(下図)

 周囲の主な山が円形に並んでいることからわかるように、これは火山性のカルデラです。つまり、私がいる大平地区はカルデラの内側で、北側の湖沼はカルデラの内側に水が溜まってできたのがわかります。実際、大平地区の南西にある白鷹山は18080万年前まで噴火していた火山で、「カルデラ壁」が白鷹山のほうに残っているそうです。(「山形県白鷹火山カルデラの構造と岩屑なだれ堆積物」笹谷晋吾、横田修一郎、『島根大学地球資源環境学研究報告』24号,2005, 16ページ)

 

 

 奥に進むと、木道のある湿地帯があり、ミズバショウが生えています。看板には「雪椿と水芭蕉の里」とあり、ユキツバキとミズバショウが同時期に見られるというのが一つのウリです(写真下左)。ただ、実際にはユキツバキは蕾もあるのに、ミズバショウの多くは盛りをすぎています。

 

 

 

 

 ミズバショウの生える湿原の上の方に水路があり、山からの豊富な水を集落に流しています。

 

 

 

 

 ミズバショウの湿原をすぎると、ユキツバキの群落がみられ、群落の間に道が作ってあるので歩きやすい。

 

 

 

 

 「ユキツバキものがたり」という看板には、次のような解説があります(写真下)

 

「昔、山形も温暖な気候だった頃、大島と同じようにヤブツバキが群生していたと思われます。だんだん寒くなり多雪地帯にも耐えていけるよう適応(分化)して、このような低木になったとも考えられています。雪がフトンの役目となり枝や葉を保温し雪と土の間にその身を置き、じっと春を待っている姿は想像すると心打たれます。雪どけと共にしなやかな枝はおき上がり、杉の枝からもれたわずかが光をあびながら開花を迎えるのです。」

 

 

雪どけと共にしなやかな枝はおき上がり、杉の枝からもれたわずかが光をあびながら開花を迎えるのです。

 この文章はまるでユキツバキが杉林と相性が良いような印象を与えますが、杉林の下はユキツバキに限らず、大半の植物は育ちません。今回、ユキツバキがどこまで生えているのか、斜面に掘られた水路にそって奥のほうまで行ってみました。落葉樹の下にはユキツバキがたくさん生えていたのに(写真下左)、杉林が始まると急に減り、まばらになり、ほぼ消滅しました(写真下右)。ユキツバキを保護したいのなら、スギなどの針葉樹は植えないほうが賢明です。

 

 

 

ユキツバキの見分け方

 ネットでの説明では、ユキツバキとヤブツバキの違いがいくつも指摘されています。その中から、素人にも簡単に判別できる違いとして私が選んだのが、花が水平状に開く、オシベの茎(花糸)の色の違い、葉脈が先端まで見える、背が低く枝が斜めに伸びている、という四つです。

 一つ目が花の開き具合です。写真下のように皿状に平らに開くのが特徴で、ヤブツバキはお椀状に開き、皿状には開きません。

 

 

 

 

 これはすべてのユキツバキが皿状に開くのではなく、まだ開花して間もないのか、お椀状の花も見かけます(写真下)。ユキツバキはお椀状と皿状の両方あるということでしょう。

 

 

 

 

 二つ目のユツバキの特徴はオシベの茎(花糸)が黄色であることです(写真下)

 

 

 

 写真下左はこの後で紹介する高館山で撮ったヤブツバキ、右は私の自宅にあるヤブツバキの園芸種で、どちらもオシベそのものは黄色だが、茎(花糸)は白色です。

 

 

写真上 ヤブツバキ()と園芸種のツバキ()

 

 三つ目の見分け方が葉の葉脈で、ユキツバキは陽を通して葉の先まで葉脈が透けて見えます(写真下)。ヤブツバキに比べて、ユキツバキは葉が薄いようです。

 

 

 

 四つ目の特徴は、一本の幹が太く成長するのではなく、複数の細い幹が手を広げたように成長する点です(写真下)。ヤブツバキは中心となる幹があり、それが太くなり、富山県には胴回りが3.4mもある野生のヤブツバキがあるそうです(『世界の花の旅3』朝日新聞社、1991年、51ページ)

 

 

 

 ユキツバキは中心となる幹はなく、枝は何本も放射状に斜めにのびています(写真上)。しかも、幹はどれもそれほど太くありません。写真下など、おそらく何十年も成長した幹なのに、太くても人の手首ほどです。幹を太くしてしまったら、雪が乗っても地面に倒れこむことができず、折れてしまうからでしょう。雪は家屋を押しつぶすことがあるように、重みは想像以上です。雪の重みに逆らわずに地面に横になり、雪を布団代わりにして冬眠して、春を待つ。

 強い者に逆らわず、しかも従わず、じっと次の機会を待つ姿は、雪国に育った私には共感できます。

 

 

 

 写真下は真ん中から放射状に幹がのびているから、たぶんこれで一本なのでしょう。ユキツバキは、幹を太くしないことで曲がって雪の重さに耐え、しかも、一本が折れても他が残るように、たくさんの幹をのばす作戦で生き延びたようです。枝が地面に触れると、そこから根を出すこともあるというから、すごい生命力。

 ただ、この「寝ころび作戦」はユキツバキだけではなく、この後で紹介するユキバタツバキや他の種類の背の低い樹木でも同様のことが見られます。遺伝的なものか、雪への環境適応なのか、ユキツバキを雪のない環境で長期間育てたら、どうなるのでしょう?

 

 

 

 

雪椿を見に斜平山へ

 山形県の南部の米沢市にある斜平山(なでらやま)にユキツバキを見に行きます。米沢市は山形市よりも南にあるのに山形市よりも雪が多い。

 今年は残雪が多いとのことで、予定を少し遅らせて202252日に行きました。山形からは東北中央自動車道で米沢までは三十分ほどです。この区間が開通したのは2019413日とわずか三年前です。

 山形県を縦断する東北中央自動車道は県北では開通しておらず、横断する山形自動道は月山で途切れているので、いまだに山形県は自動車道では縦断も横断もできません。山形県の自動車道の大半が片側一車線で、制限速度が7080kmなので高速道路とは呼べない。

 ついでに申し上げると、山形には今でも新幹線(フル規格)は走っていません。2022年で三十周年を迎える山形新幹線は、新幹線なのに踏切を通過するという珍しい新幹線です()

 

 

 斜平山は山形県の百名山の一つで、斜平山という山頂があるのではなく、御成山、羽山、愛宕山、笹野山、栃窪山といった連峰の総称です。一番高い笹野山でも660mで米沢市民には親しみのある山です。下の地図の手書きの赤い線が私が歩いた道で、歩いてみてわかったのは、ユキツバキを見るだけなら、こんなに歩く必要はなかった()

 

 

 一番高い笹野山は標高660mで、出発地の大森山森林公園自体が標高300mほどですから、高低差はそれほどでもありません。私が通った道の大半はかなり整備され、笹野山の山頂から南側は車も通れる道でした。写真下右のように、斜平山にはハイキングコースがいくつも設定されています。

 

 

 

 大森山森林公園から出発して三分ほどの所の、山から流れてきた川の対岸に赤い花か咲いている・・・ユキツバキだ(写真下)。出発して三分でユキツバキを見つけて目的は達成しましたので、帰りましょう、という訳にはいきません()。あまりに簡単に見つかったので、拍子抜けしました。私はネット上での斜平山の登山記録を読んで、山頂の尾根付近にしか生えていないと思い込んでいたからです。ここまでなら登山靴もいらない。

 

 

 

 登山口近くからあるのですから、この後の山道の両側にもユキツバキが生えていて、ある特定の場所というよりも、私が歩いた東側の斜面のかなり広い範囲に生えているようです。ここではユキツバキは雑木の一つにすぎない。

 

 

 

 

 花が皿状に開くというユキツバキの特徴がみられます(写真下)

 

 

 

 

 ただ、他の地域でもそうであるように、お椀状になっている花もいくらでも見られます(写真下)

 

 

 

 オシベの茎(花糸)も黄色です(写真下)

 

 

 

 葉の葉脈も透けて見えます(写真下)。つまり、ここのツバキはユキツバキの条件を満たしています。

 

 

 

 他の地域と同様にこの山も、ユキツバキは尾根よりも斜面に多く、落葉樹の下に広がっています。

 

 

 

 

 この山に多くのユキツバキが残ったのは、たぶん山が南北に長いからでしょう。彼らは南側の陽当たりのよい斜面は苦手で、一方、北側では陽ざしが少なすぎる。その中間の東や西に向いた斜面で、しかも落葉樹によってこの時期は十分な陽射しのある環境が好きなようです。

 

 

 

 

 ウィキペディアではユキツバキの高さは12mとあります。実際には、これよりも高いのもたまにあります(写真上下)。それでも幹はそれほど太くありません。たぶん地形的に積雪量が少ないので成長したのでしょう。雪が降らない環境で育てれば、ヤブツバキと同じくらいに背が高くなるのでしょう。

 

 

 今回、あちらこちらの山にユキツバキを探しに行って感じるのは、花が傷んでいることが多いことです。寒さや霜のせいなのか、花弁の先など傷んだり、形が歪んで、被写体になる花が少ない。

 

 

 

 

 尾根から東には置賜盆地と米沢市内が見られます(写真下)

 

 

 西側には飯豊連峰が見えます(写真下)

 

 

 東側の斜面にはカタクリのお花畑が広がっていて、すごい(写真下)

 

 

 

 カタクリは元々ここに生えていて自然に増えたものでしょう。増やす努力をしているのが、私も裏山でカタクリを増やそうとしているから、何となくわかります。樹木を伐採して、笹などが生えてこないように草刈りもしているでしょう。特に笹と杉は陽が当たらなくなるので、この種の背の低い植物には大敵です。

 

 

 カタクリはかなり広い範囲に生えていて、山道の両側にも生えているので、きつい坂道も楽しい。

 

 

 

 

  ヒメギフチョウだ!今年すでに何回か見かけたが、停まってくれず、写真は撮れませんでした。停まってくれただけでもいいのに、今度はカタクリにでも停まってくれないかと期待してしまう()

 

写真上下 ヒメギフチョウ(姫岐阜蝶、Luehdorfia puziloi)

 

 今回、花については下の二冊の本を参考にしました。斜平山はユキツバキだけでなく、様々な花がたくさん見られる山です。

 

 

『米沢の花』安原修次、ほおずき書籍、2019

『置賜の花』小野寺忠男、2003

 

 二冊の本に共通して載っていたスミレの一つが写真下のスミレサイシンで、日陰に咲いていました。

 

 

 

写真上 スミレサイシン(菫細辛、Viola vaginata)

 

 写真下も同じスミレサイシンのように見えます。スミレサイシンは山形県ではそれほど珍しくなく、私の裏山にも生えています。

 

 

 

 写真下は陽射しのある尾根道で見つけました。

 

 

 

 

 写真下は上と葉が似ているだけで、花の色や形が違います。

 

 

 写真下の山道の土手に咲いていたスミレはピンク色がきれいで、今日見た中で一番かわいいスミレです。

 

 

 

 

 

雪椿を見に六十里越へ

 五月中旬、山形県の中央にある月山のそばの六十里越にあるユキツバキを見に行きました。六十里越街道は、山形県の日本海側の庄内地方と内陸部を結ぶ古くからの険しい山道で、今では観光用のハイキングコースになっています。

 

「出羽の古道 六十里越街道」から転載

 

 下図は「雪ツバキ回廊を歩く」とあるように、ユキツバキを売り物にしたハイキング募集です。ただ、私はユキツバキなどの花以外にはあまり興味がないので、2022516日に自分で行くことにしました。

 

 

 

 

 下の地図の赤い線が私が歩き回った主な範囲で、このほぼ全域にユキツバキが生えていました。

 

 

 

 

 それどころか、車で幹線道路を外れて付近の山道を走ってみると、その斜面にも生えていました。ユキツバキはこの地域ではありふれた樹木なのです。ユキツバキを見るだけなら、山の中を歩き回らなくも、車を停めた駐車場付近にもありました。でも、せっかく来たのですから、予定のコースを歩いてみましょう。

 

 

 

 

 登山口は、七ツ滝の駐車場から少し下がった所にある蟻腰坂です(写真下左)。その入り口に立つ焼けた木に葉が生えている!と思ったら、隙間にイタドリが根を下ろしたようです(写真下右)。誰かがわざわざ植えたとも思えないから、種が飛んできたらしい。

 

 

 

 ここは標高400500mほどありますから、五月半ばで春もまだ中盤で、道端に様々な花が咲いていて、ユキツバキよりもこちらに目が行きます。

 

 

 

写真上 ナガハシスミレ(長嘴菫、Viola rostrata Pursh

 

写真上 スミレサイシン(菫細辛、Viola vaginata)

 

写真上 キバナノコマノツメ(黄花の駒の爪、Viola biflora L.

 

 春が圧縮されたように、平地から亜高山まで、早春から晩春までの花が一緒に咲いています。

 

 

写真上 コゴミ(クサソテツ(草蘇鉄、 Matteuccia struthiopteris)

 

写真上 イワウチワ(岩団扇、Shortia uniflora

 

写真上 ミヤマカタバミ(深山片喰、深山傍食、Oxalis griffithii

 

低山のヤマツツジと、亜高山から高山のムラサキヤシオツツジが一緒に咲いています。

 

 

写真上 ムラサキヤシオツツジ(紫八汐躑躅、Rhododendron albrechtii)

 

写真上 ヤマツツジ(山躑躅、Rhododendron kaempferi

 

 ユキツバキは探すまでもなく、山道の両側に生えています(写真下)

 

 

 

 

 花が咲く時期が長いせいか、たくさん咲いている木と花芽もないのが混ざっており、また日当たりのせいか、場所による開花の違いもあります。ユキツバキは短時間にいっせいに咲くのではなく、少しずつずれて咲くことで長期間に開花するという戦略のようです。

 

 

 

 

 花が皿状に開花するというユキツバキの特徴も良く出ています(写真下)

 花弁の数は本来は5枚なのに、67枚など珍しくもありません。ユキツバキは花の変化がヤブツバキよりも多いことが特徴です。これは他の地域も同様でした。こういう花弁の多い花を品種改良して八重咲にしたのでしょう。このことは半世紀ほど前の学者が指摘していて、ヤブツバキは花の変化が乏しいのに、栽培品種の花が多様なのは、古い時代にユキツバキを取り込んだからではないかと推測しています(「野生ユキツバキの八重化する傾向について」津山尚、『植物研究雑誌』38巻、10号、1963年、289ページ)

 

 

 

 

 オシベの茎(花糸)も黄色で、これもユキツバキの特徴です(写真下)

 

 

 

 

 陽射しを通すと葉脈がはっきり見えるというユキツバキのもう一つの特徴も確認できます(写真下)。ただ、ヤブツバキや園芸種のツバキもこの程度に葉脈が透けて見えるのがありますから、これが決定的な違いにはなりません。

 

 

 

 

 道の両側は主にブナの林が続いています。落葉樹のブナ林はユキツバキと相性が良い。

 

 

 

 

 写真下のブナ林の根本に生えているのがユキツバキです。ユキツバキはこういう薄暗いような斜面が好きで、南の日当たりのよい斜面にはほとんど見かけない。

 

 

 

 

 これだけユキツバキが生えていると「雪ツバキ回廊」「花の木坂」という表現も大げさではありません。

 

 

 

 

 ユキツバキがブナなど落葉樹と相性が良く、逆に杉林など針葉樹がダメなのを示すのが写真下です。写真下左は植樹された杉林で、小さなユキツバキがほんのわずかしかありません。杉林を通り過ぎで、ブナ林のほうから杉林を見たのが写真下右で、手前のブナ林には大きく茂ったユキツバキが生えています。林業とユキツバキは両立しない。

 

 

 

 写真下のように、ユキツバキの根本の幹は雪の重さに耐えるために横にのびています。まともに雪の重さを受けると折れてしまうことは、私の庭にある園芸種のツバキを見るとわかります。こうやって雪の重さに耐える方法を選んだのはユキツバキだけでなく、周囲には同じように倒れることで雪の重さに耐え、雪を布団代わりする他の種類の低木があります。

 

 

 

 

 ユキツバキを見終えて、麓の集落である田麦俣(たむぎまた)にある多層民家を見に行きました(写真下)。観光客は私しかいません。二軒の家屋が保存してあり、写真下右の手前の一軒は「かやぶき屋」という民宿にもなっています。

 私が毎度気になるのは、手前の電柱と電線で、せっかくの古民家の風景を台無しにしています。写真下で、電柱と電線を写しこんだ右と、それらがない左を見比べてください。どうしてこういうことが気にならないのか、その感性が不思議です。

 

 

 

 

藪椿を見に高館山へ

 日本には野生のツバキとして主にヤブツバキとユキツバキがあります。外見はほとんど変わらないのに、片方はユキ()で片方はヤブ()なんて、ほとんど差別です。

 私はユキツバキばかりで、自然にあるヤブツバキを見たことがありません。これでは差別ですから、ヤブツバキを見に行くことにしました。

 学者の調査によると、日本のヤブツバキの分布は下図のようになっているらしい(「ツバキ属葉フェノール性成分の変異」高橋孝悦・井出誠・大谷博彌、『山形大学紀要』14巻、4号、2005年、212ページ)

 

上図 ヤブツバキの分布

 

 ヤブツバキは青森が北限で、山形県では温かい日本海沿いに分布するだけで、数少ないヤブツバキの自生地の一つが鶴岡市の高館山だという。ネット上で、四月上旬に高館山でヤブツバキが咲いているという情報を見て、2022412日に出かけることにしました。山形市からは車で二時間ほどです。

 

 

 登山口にある大山公園の駐車場に到着したのが10時頃でした。ここ数日、初夏のような暑さなので、桜が満開です(写真下左)

 

 

 

 案内図では下の地図の赤で囲んだあたりにヤブツバキが生えているという。上池、下池という二つの貯水湖を含めて、このあたり一帯が自然保護区になっており、いくつもハイキングコースが設定されています。私が行くのは、自生のヤブツバキがあるという岩倉コースです。

 

 

 高館山は鶴岡市が林野庁から借りているらしく、国が遊歩道の管理が難しくなったとして、市に事実上の費用負担を求めているようです(下の記事)

 

(山形新聞、2022524日、朝刊)

 

 このあたりは一番高い高館山でも標高274mとなだらかで、ハイキングのコースとして良く整備されていて、人々が気軽な服装で歩いています。私は登山が目的ではないので、山頂には行かず、ヤブツバキを見たら引き返すつもりです。

 

 

 

 この時期、山道には様々な春の花が咲いていて、ご紹介したいのは山々だが、それを始めると私は止まらなくなるので、先を急ぎましょう。

 下池を周遊する道から高館山の山頂を目指す岩倉コースを登り始めて間もなく、目的のヤブツバキが道の両側で見つかりました(写真下)。花の数はそんなに多くない。

 

 

 

 

 オシベの茎(花糸)は白で (写真下左)、葉脈ははっきりしませんから(写真下右)、ユキツバキとは違います。

 

 

 

 写真下の案内板では、高館山でヤブツバキが群生しているのは、私のいる岩倉コースの一帯と、この北側の大沢コースだけのようです。つまり、生えている範囲は狭い。私が歩いた範囲でもヤブツバキそのものが多くない。今回、他の地域で見たユキツバキの繁茂ぶりと比べると、ヤブツバキの広がりはいま一つです。これが豪雪に順応したユキツバキと、そうでないヤブツバキの結果なのでしょう。

 

 

 写真下のように、道の両側の樹木の下に生い茂っています。高さはせいぜい3mくらいで背は高くなく、横にのびた枝もあり、見た目はユキツバキと区別がつきません。

 

 

 

 

 ヤブツバキは野生の花としてはきれいで目立つのに、私は見てもそれほど感激しませんでした。ツバキは植栽されていることが多く、普段から見慣れているからです。

 写真下は私の自宅にある父が植えたツバキで、花だけでなく樹木全体の印象も写真上のヤブツバキとそっくりです。

 

 

 

 写真下は、私の自宅近くの山に植えられたツバキです。右の写真で緑色に見えるのはすべてツバキで、長い間に藪の中に自然に増えて、雰囲気は高館山のヤブツバキと似ています。

 写真上下は園芸種といってもヤブツバキなのかもしれません。もしそうなら、わざわざ二時間もかけて出かけなくても、毎日のように私はヤブツバキを見ていたことになる()

 

 

 

 

温海岳の椿は藪椿か雪椿か

 高館山のヤブツバキがあまり多くなかったので、数十キロ南にある温海岳(あつみだけ、736)にも野生のツバキがあると聞いて、2022428日に探しに出かけました。

 

 

 温海岳の登山口に着く前から、山道の両側のそこここに咲いています(写真下)。たぶん、温海岳の近くの山のあちらこちらに生えているのでしょう。このあたりで標高300350mくらいです。

 

 

 

 

 舗装もされていない細い山道なのでノロノロと車を走らせてツバキを探す。車はほとんど通らないので、適当に道に車を停めて写真が撮れます。高館山のヤブツバキと違い、茂っています。

 

 

 

 

 温海岳の登山道の駐車場は古和清水という湧水の近くにあります。下の地図の朱線で示したように、一ノ滝から三ノ滝までの山道を往復しました。温海岳そのものには用がないので登っていません。

 

 

 登山道は整備されていて、一ノ滝などの名称が付けてあるように、谷に沿って大小いくつもの滝があります。

 

 

 

 

 一ノ滝から三の滝までは川に沿った南に開いた谷なので、樹木の間から陽の光が射して、花が浮かび上がり、とてもきれいです。

 

 

 

 

 昼過ぎということもあり、往復の間、人間にも熊にも会いませんでした。風が吹いて、陽射しが樹木で遮られているので、暑くもなく寒くもなく、とても心地よい。

 

 

 

 

 写真下のように、ここのツバキは花全体が皿状に開いている花もあり、オシベの茎(花糸)の部分が黄色で、ユキツバキの特徴を備えています。

 

 

 

 

 葉脈も透けて見えて、これもユキツバキの特徴です(写真下)。このあたりはユキツバキも分布しますから、たぶんユキツバキです。ただ、この後に紹介するように、話はそんなに簡単ではなさそうです。

 

 

 

雪端椿を見に尾花沢市畑沢へ

 ネットで「畑沢通信」を書いているスビタレさんが、山形県尾花沢市にユキツバキらしい椿があると紹介していました。

 

 

 下の左図の黒丸()は、学者の調査したユキツバキの分布を示し、私が山形県の分を加工したものです。(「植物の分布と積雪」石沢進、『芝草研究』14巻、1号、1985年、21ページ)

 赤い点線は私が引いたもので、山形県のユキツバキは点線の西側のみに分布し、東側にはないのがわかります。ほぼ同じ縮尺の右側のヤフーの地図と比べると、山形市や尾花沢市()は点線の東側ですから、分布しないことになっています。つまり、尾花沢市にユキツバキがあるなら、分布の新発見です。

 山形県の東側の奥羽山脈側には野生のツバキがないのは大変おもしろく、また奇妙です。それでいて、秋田県や岩手県の奥羽山脈にはユキツバキが分布します。山形市の場合、西の出羽山地に位置する大平区には野生のユキツバキがあるのに、東の蔵王などの奥羽山脈側にはありません。盆地を越えてツバキは奥羽山脈には到達できなかったことになります。山脈ではなく、簡単に越えられそうな平地を越えられなかった理由は何だったのでしょう。

 

上図左 山形県のユキツバキの分布

 

 ユキツバキではないかというスビタレさんの2015年のブログに、七年後の2022年に、植物の専門家から、ユキツバキではなく、ユキバタツバキだろうという指摘がありました。

 ユキバタツバキ・・・私は初めて聞いた名前で、再度ウィキペディアを読むと、ユキツバキとヤブツバキの中間種としてユキバタツバキ(雪端椿)があると書いてありました。

 ユキバタツバキを見たことがない私にとって好都合で、202252日に見に行くことにしました。山形市からは車で一時間ほどです。こちらは山形市よりも春が少し遅く、まだ桜や山桜が咲いています。

 

 

 

 道端には私の好きなキクザキイチゲが群落していて、つい目的を忘れて、しばらく見入ってしまいました(写真下)

 

 

 

写真上 キクザキイチゲ(菊咲一華、Anemone pseudoaltaica)

 

 スビタレさんが書いていた尾花沢市畑沢の熊野神社は道路に面しているので、簡単に見つかりました(写真下)。小高い丘の上に神社と畑沢地蔵庵があり、その周囲を取り囲むようにツバキが生えています。

 

 

 

 幹線道路に面した土手にツバキが花を咲かせています(写真下)

 

  

  

 

 花は皿状に開いているのがありますから、ユキツバキの特徴です(写真下)

 

 

 

 ユキツバキの特徴である、オシベの茎(花糸)も黄色です。

 

 

 

 葉の葉脈も陽ざしを通してはっきりと見えます。

 

 

 

 スビタレさんでなくても、これらの特徴を見たら、ユキツバキと思うでしょう。だが、ユキバタツバキとの区別は専門家でも難しいらしい。

 

「しかし、ユキツバキかヤブツバキのどちらか一方に限りなく近い形態のユキバタツバキの同定は、容易でない場合がある。」(「庄内地方にみられるCamellia属植物について その2」本間智子、『環境』、11号、2003年、7ページ)

 

 要するに、素人には区別がつかない()。素人の私は区別することはさっさと諦め、ここに生えているのはユキバタツバキということにしました。

 ユキバタツバキは学者の間でも議論があるらしく、学名にも二種類あって、前はヤブツバキの変種とみなす「Camellia japonica var. intermedia」だったのが、最近はヤブツバキとユキツバキの交雑を意味する「Camellia ×intermedia」が使われるようです。小難しい話は学者にお任せしましょう。

 

 

 

 ここのツバキにはピンクが混ざったような花が見られます(写真下)。咲き終わりで色が薄くなっているのではなく、一本の木ですべてピンク色なのだから、最初からこういう色らしい。数は多くありません。これもヤブツバキにはないユキツバキやユキバタツバキの多様性らしい。

 

 

 

 

 問題は、どうしてこんな所にユキバタツバキがあるのかという点です。山形県では海岸に近い地域にあるのがヤブツバキ、積雪の多い地域にあるのがユキツバキで、ユキバタツバキはその中間種らしい。だが、分布図でも示したように、山形県では奥羽山脈側には野生のツバキは分布しないのに、奥羽山脈側の尾花沢市畑沢の熊野神社にユキバタツバキが群生しているのは変です。

 

 

 

 ここからは私の推測です。昔、誰かがこの神社にユキバタツバキを植えたのではないか。

 生えている場所が神社だというのが一つ重要な点で、神社のためにツバキを植樹したら、環境が合って自然に増えた。花はきれいだし、神社は神域だから伐採もされず、細いからタキギにもならず、保護された。神社の設立は江戸時代らしいから、数百年もたてば、周囲に広がっていても不思議ではありません。

 

 

 

 人間が移植したと推測するのは、ヤブツバキで紹介したように、私の家の裏山などでもツバキが見られるからです。これらは今は名前どおりにヤブの中に生えていて、まるで自生であるかのような顔をしています。良く見れば、かつては畑として開墾された山の斜面ですから、ツバキは人間が植えたのでしょう。

 

 

 

 そこで、熊野神社のある畑沢の集落の周囲の山を少し歩いてみることしました。野生なら、周囲の山にもいくらでもあるはずです。私の予想では、熊野神社の周囲以外には無い。

 ありました()。熊野神社から見て北に位置する家の前です。下の衛星写真で赤丸で囲んだ家の前に生えていて、ツバキが皿状の花を咲かせていますから、ユキツバキかユキバタツバキです。家は廃屋で、ツバキも放置されて草に覆われています。家の前ですから、植えられたものでしょう(写真下)。目の前にある熊野神社から持ってきたとも考えられ、これだけなら野生の自生だという証拠にはなりません。

 

 

 

 ところが、廃屋の真後ろの山に行ってみると、斜面にツバキが花を咲かせています(写真下)。ただ、これでも野生のツバキが自生していたと結論を出すのはまだ早い。熊野神社の周囲がそうであるように、廃屋の元住人が裏山に植えたのが広がった可能性もあります。

 集落の西側に続く谷に沿って歩いてみても、ここ以外にはツバキらしい姿は見つかりませんでした。つまり、人家の近くにしかツバキはないように見えます。

 

 

 

 私の、ツバキは神社のために昔、誰かが植えたのではないかとの推測が正しいなら、他の寺社にもあるのではないかと予想して探してみました。

 

 

 二カ所目の神社は、ユキバタツバキのある熊野神社から1kmほど南にある神社です(写真下)。道路に面して赤い鳥居と(写真下右)、少し登った山の中腹に小さなお堂があります(写真下左)。周囲にはツバキらしい花はありません。植えたとしても、スギなどの針葉樹が繁茂していますから、消えてしまったでしょう。スギは背の低い植物には大敵です。

 

 

 

 三カ所目の寺社は、熊野神社から北西に4kmほどの位置にある五十沢観音(いさざわかんのん)です。こちらは最上三十三観音といって、山形では巡礼の対象にもなっている観音堂の一つです。

 

 

 

 ここも道路側は杉林で真っ暗だから無理だろうと思ったら(写真下左)、坂の上の観音堂の周囲は元々の落葉樹が多く、少し陽射しもあり、明るい(写真下右)

 

 

 

 ありました。観音堂のそばの斜面にツバキが花を咲かせています(写真下)

 

 

 

 

 オシベの茎(花糸)は黄色だが、皿状に開花した花が見当たりませんから、野生種のツバキだとしても、名前がわかりません。

 

 

 

 

 観音堂の裏の斜面を登ってみると、スギがなく、明るい落葉樹林の下にも少しだけツバキが生えていて、少しだけ花が咲いています(写真下)。この裏山に元々生えていたというよりも、神社に植えられたツバキが裏山に広がったという印象です。

 

 

 

 

 この五十沢観音と畑沢の熊野神社の現状から推測するなら、この土地に野生のツバキがあったのではなく、誰かがこれらの寺社に奉納のつもりでツバキを植えたら、落葉樹の多い山の環境に順応して、周囲の山にも増えたのではないか。つまり、残念ながら、これらのツバキは天然自然ではないのでしょう。

 

 

 

雪のような椿

 今年の春は雪椿というきれいな名前に誘われて歩き回って、雪国の山形県にもこんなに野生のツバキがあると知って驚きました。

 写真下は我が家の雪椿・・・ではなく、園芸種の白いツバキです。でも雰囲気は雪椿という名前にふさわしい。どこか弱そうな雰囲気が漂っているように、雪にはかなり弱く、今年は雪が多かったので、枝はバリバリに折れて、悲惨な状態の中、それでも白い花を咲かせました。折れた枝を剪定しながら「ユキツバキのように雪に負けずに、がんばれよ」と声をかける()

 

 

 

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