トップページ

 

『淡淡幽情』 ――― テレサ・テンと鄧麗君

 

File7866 CDの表紙

 

テレサ・テンではなく鄧麗君

 鄧麗君とはテレサ・テンの中国語の芸名です。男性の私がテレサ・テンのファンだというと、失笑を含めて、不思議がられることが多いようです。これは日本ではテレサ・テンというと、

『つぐない』(1984)

『愛人』(1985)

『時の流れに身をまかせ』(1986)

などのヒット曲が有名なので、こういう女性のせつない歌を好きなのだと誤解され、気味悪がられるからでしょう()。日本ではテレサ・テンはどちらかというと演歌歌手として有名であり、こういう曲へのファンが多いようです。

テレサ・テンがこれだけの演歌歌手だったなら(失礼!)、たぶん私はファンになりませんでした。

 テレサ・テンをこれらの日本のヒット曲だけで見るのは彼女の一部分を見ているにすぎません。私もそういう普通の日本人だったので、上記のような曲がヒットしている時はまだファンではありませんでした。

テレサ・テンが歌手としてまったく別な顔を持っているのを知ったのは、彼女の中国語(北京語)の歌を聞いてからでした。彼女の歌だとは気が付かず、初めて聞く曲であり、中国語がわからないのに感情が伝わってきて、「さすがはパンダのいる中国だけあって、すごい歌手がいるものだ」ととても感動したのを覚えています。それが「あのテレサ・テン」だと知って、またビックリ。

香港に行った時、道端で売られているカセットテープを買い集め、その中で特に感激したのが『淡淡幽情』(1983)というアルバムに入っている曲でした。

 私が彼女のファンになったのはこの後です。つまり、私は演歌歌手のテレサ・テンのファンというよりも鄧麗君のファンです。

 

teresa26 teresa22 teresa20

 

鄧麗君簡介

 鄧麗君(19531995)について私見を交えて簡単に紹介します。

彼女は台湾で生まれたが、両親は大陸から渡ってきた中国人です。小さい頃から歌の才能に恵まれ、お金になることを見込んだ父親の判断で学校を中退して歌手としてデビューしています。アジアは華僑社会でもあるから、彼女はアジアの歌姫と呼ばれるほどに成長し、日本に来たのはその後です。

 ようやく『空港』でヒットしたものの、1979年、偽造パスポートが発覚して国外退去になりました。ヒットから退去まで、いわゆるドサ回りなどもしていたようで、彼女は日本に対して、必ずしも良い印象を持っていなかったのではないか、というのが私の推測です。

 1984年に再来日してヒットを飛ばしたが、1987年頃には日本以外ではほとんど活動しなかったようです。これは日本が好きだからではなく、日本は著作権を保護していたから、確実に収入が得られるからでしょう。当時の台湾も香港も著作権など有名無実で、コピー商品がいくらでも売られていたからです(・・・すみません、私も買いました)。だから、彼女はアジアでは有名な歌手であるわりには資産は少なかったと言われています。

 彼女の言動の目撃を読むと、他人に気づかいと同情心を持っていたようです。テレサ・テンのテレサとはマザー・テレサからとったものだそうです。新幹線で自分のグリーン席に間違えて座っていた老女に席を譲ったという話や、後年の慈善事業、また天安門事件への抗議行動など、彼女のやさしさをよく示しています。

 彼女の歌にはよくそれが表れており、多くの人を魅了した理由の一つでしょう。この点はテレサ・テンを紹介した本にもよく指摘されています。

彼女はもう一つの重要な面を持っています。

プライド、誇りです。威張っているという意味ではなく、良い意味で自尊心の高い人だったと思われます。背景にあるのは中国人としての誇りであり、わざわざ「わたしはチャイニーズです」と断りまでいれています。ただ、あれは中華思想に基づく中国人の誇りというよりも、一人の人間としての誇りをあのように表現したのでしょう。

歌手として誇りを持つ彼女が、日本で酔っぱらいにからまれながら、ドサ回りをするなど、屈辱的だったと思います。彼女にとって日本とは「仕事をする場所」「確実に収入の得られる場所」にすぎなかったのかもしれません。

 鄧麗君は大富豪と婚約したことがあります。ところが、婚約者の祖母から、彼女が歌手という職業を責められ、結婚するなら歌手を捨てるように迫られたといいます。時代錯誤の金持ちバア様のタワゴトにすぎないのだが、気の毒に、彼女の自尊心はとても傷ついたはずです。本当の理由はわかりませんが、婚約は破棄されます。日本に再来日してヒットを飛ばした背景にこういうことがあったと聞くと、私は彼女の日本での演歌を特に好きだということはありませんが、ちょっと聞き方が違ってきます。

 

teresa28 teresa27

 

鄧麗君の死因について

 1995年、タイで突然亡くなっています。この当時の週刊誌のタイトルを見ると、彼女が台湾軍の宣伝に関わっていたことから、スパイとしての暗殺説、エイズ説からダイエットのやりすぎまで、様々な噂が流れました。

 これらの記事やテレビ放送説を見て、一番説得力があるのは病死ではないかと思います。つまり、最初に公表されたように喘息の発作で呼吸困難から心臓停止に陥ったというものです。

 喘息説への疑問の根拠は、彼女が喘息の持病などなかったという周囲の証言です。だが、親族によれば、彼女がいた部屋は湿気が強く、壁はカビだらけだったというのです(どこの国のいつの頃の話かはわからない)。これはかなり恐ろしいことで、カビの菌が部屋の空気中に滞留し、彼女は長い間、カビを吸ってくらしていたことになります。カビを甘くみてはいけません。

彼女の肺にはカビが巣くっていた可能性があります。とすれば、体調不良も説明がつきます。

しかも、さらに困ったことに、亡くなる直前の恋人のステファンはヘビースモーカーで、彼女が亡くなったチェンマイのホテルでも、従業員が彼に注意をしたほどだったといいます。これでは元々喘息の持病など持っていなくても、喉や肺をやられたとしても不思議ではありません。

 鄧麗君の声は、オペラ歌手のような声量のある声ではなく、どちらかというと細く高い声です。口の大きさや唇などから推測して、おそらく気管支は細く、粘膜はそれほど丈夫ではなかったかもしれないのです。

 亡くなる前年、199411月に仙台で行われた講演のビデオを見ると、彼女の声は、特徴であった高音域の安定性が失われ、悲惨な状態でした。元々、声量が少ないのに、安定性が失われているから、かなり無理をして声を出しており、聞くのが辛いほどです。

 彼女の肺はカビに感染しており、しかも、タバコの副流煙という最悪の環境から、喘息の発作を起こしたとすれば、説明がつきます。

 

teresa18 teresa17

 

『淡淡幽情』簡介

『淡淡幽情』は1983年に、中国の宋の時代に作られた「宋詞」に曲を付けて、鄧麗君が歌ったアルバムで、香港の『アルバム・オヴ・ザ・イヤー』を受賞しています。しかし、日本ではほとんど知られていません。

 亡くなってから、彼女を紹介する本や番組の中で『淡淡幽情』が出てきても、軽く触れる程度で、本格的に紹介されることはありませんでした。そのため、テレサ・テンのファンだという人でも『淡淡幽情』を知らない人がいます。また、テレサ・テンのファンでないという方も一度は聞いてみてほしいのです。

 昔のLPレコードとして出されたので、全部で12曲です。和訳は日本語版につけられたものです。

 

teresa21 teresa25 teresa23

 

1. 獨上西樓(ひとり西楼に登る)

2. 但願人長久(長寿を願って)

3. 幾多愁(悲しみが流れていく)

4. 芳草無情(無情な草の緑)

5. 清夜悠悠(寂しい夜に)

6. 有誰知我此時情(この心は誰も知らない)

7. 臙脂涙(涙は赤い花びら)

8. 萬葉千聲(離別の哀しみ)

9. 人約黄昏後(彼と契った黄昏)

10. 相看涙眼(別れの涙)

11. 欲説還休(憂愁)

12. 思君(あなたを偲ぶ)

 

Teresa020 Teresa03 WS000014

 

詩を作って殺された

 このアルバムに収められた12曲は宋(南宋 1127 - 1279年))時代の「宋詞」に曲をつけたものです。

 もし、CDを買うなら、ぜひ日本語の説明の入っている日本で発売されているものを買ってください。添付されている歌詞を作った人たちの背景を読んでほしいからです。歌詞を作った人たちがどのような人生を送ったかを知れば、歌の重さに圧倒されます。

一曲目の「獨上西樓」は日本語で読めば「独り西楼に上る」だし、三曲目の「幾多愁」は「幾多の愁い」だから、漢詩によくある孤独、ぼやき、嘆きを歌っているのだろうと推測はつきます。しかし、それは詩人や作詞家が机の上で作ったものではなく、彼らの人生そのものだと知ると、歌詞の迫力はまったく違ってきます。

 12曲のうち「獨上西樓」「幾多愁」「胭脂」は李後主の作詞です。彼は昔は皇帝の地位にあったのだが、国を滅ぼされ、宋の太宗の囚われの身となりました。昔は繁栄を誇ったのに、今では囚われの身で、涙で顔を洗うほどだと、人生の悲哀をぼやく歌です。この詩を太宗に見つけられ、怒りを買い、毒殺されたというのです。

 詩の解説を読み、それぞれの作詞者たちの背景を知ると、千年前の隣の国の見知らぬ人々に奇妙な親近感を覚えます。

 

WS000011 WS000010 WS000009

 

『淡淡幽情』の映像版

 『淡淡幽情』の発売に合わせ、ビデオが製作されました。12曲をまとめたオリジナルを探したのですが、個々の曲の映像はあちらこちらのビデオに入っているのに、12曲まとめたものを探せませんでした。

それもそのはずです。ファンが作った「鄧麗君(テレサ・テン)」というホームページの「 テレサが語る淡淡幽情」の情報によれば、この映像は台湾のテレビ局が製作したもので、まとめたビデオは販売されなかったようです。当時のコピーの盛んだった台湾で販売されなかったとは驚きです。

 ビデオではまず鄧麗君による解説があります。「 テレサが語る淡淡幽情」ではその一部が和訳されており、その中で、『淡淡幽情』の企画は鄧麗君本人の発案だったことが述べられています。このあたりはCDについているブックレットとの解説とはちょっと違います。

解説の後、昔の中国の衣裳を付け(たぶん)、詩をイメージした舞台設定で歌うようなパターンです。当然ながら、口パクで、歌はCDからそのままです。

 その衣裳がまた鄧麗君によく似合う。さすがは中国人だけあって、実によく似合っています。貼り付けてある写真のほとんどがこの映像から取ったものです。

 時代が変わり、今は、Youtubeなどにこのビデオが載るようになりました。著作権の問題があり、削除されてしまうこともあるでしょうから、それぞれの題名で検索してみてください。

 また、お聞きになって気に入られたら、ぜひ、日本語訳のついた『淡淡幽情』のCDをお聞き下さい・・・私はレコード会社の回し者ではありません()

 

WS000013 WS000008 WS000006

 

Youtubeにある『淡淡幽情』

1.獨上西樓

http://www.youtube.com/watch?v=uOp8rRj8stc&NR=1

http://www.youtube.com/watch?v=U6rYShWt7YM&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=tBjf0qdiPJo&feature=related

2.但願人長久

http://www.youtube.com/watch?v=1xcxCv06tXk&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=CQf-LPFpDws&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=Tht6sShUpPI

http://www.youtube.com/watch?v=CQf-LPFpDws

http://www.youtube.com/watch?v=2ARh3Xn0060

http://www.youtube.com/watch?v=ilMJtPLQEcs

3.幾多愁 ( 虞美人)

http://www.youtube.com/watch?v=zatZabls-Tk&NR=1

http://www.youtube.com/watch?v=005APM_Y8yw&feature=related

5.清夜悠悠

http://www.youtube.com/watch?v=JGU5AkWrDPk

http://www.youtube.com/watch?v=tBJBPjobtkA&feature=related

6.有誰知我此時情

http://www.youtube.com/watch?v=ZlznBEQCVZ8

http://www.youtube.com/watch?v=DcrJCUM_SDw&feature=related

7.胭脂

http://www.youtube.com/watch?v=t4MsrNyFLkM

8.萬葉千

http://www.youtube.com/watch?v=Ial-BTbVImQ&feature=related

9.人約黄昏後

http://www.youtube.com/watch?v=DFzO7a8lpBM&feature=related

10.相看涙眼

11.欲説還休

http://www.youtube.com/watch?v=w311fjjkqo8

12.思君

http://www.youtube.com/watch?v=2hsH9gYWUQ8&feature=related

 

Teresa16 Teresa12

 

 お聞きになっていかがでしょうか。好き嫌いはともかく、皆さんが持っていた演歌歌手のテレサ・テンのイメージとはずいぶん違ったことだけは確かでしょう。彼女の出したCDは海賊版を含めて何百とあっても、『淡淡幽情』だけはまったく異質であり、私の知る限り、同じような系列のCDは一枚もありません。

 鄧麗君が亡くなる前、『淡淡幽情』の第二作を作ろうという計画があったそうです。残念ながら、実現しないまま終わってしまいました。

 

WS000004

 

参考にした資料

書籍

私の家は山の向こう(文春文庫 ) テレサ・テン十年目の真実、有田芳生、文藝春秋、2007

純情歌姫テレサ・テン最後の八年間、鈴木章代、角川書店、2007

テレサ・テンが見た夢 華人歌星伝説、平野久美子、晶文社、1996

追憶のテレサ・テンともに歩んだ9年間の日々、西田裕司、サンマ-ク出版、1996

テレサ・テンの真実 悲劇の歌姫、国境を越えた愛、 宇崎真、渡辺也寸志、徳間書店、1996

 

WS000003 WS000002 WS000001

 

雑誌

悲しい歌姫 テレサ・テンを語ろう、週刊現代、2012.12.8pp.162-165.

テレサ・テン 死を呼んだ悲恋、女性セブン、2003.12.9p.60-66.

故テレサ・テン邸に空き巣、読売新聞(朝刊)1998.4.10

テレサ・テンはスパイだったか、有田芳生、オール讀物、文藝春秋、1995.9.1, pp.220-230.

テレサ・テン変死後3ヶ月で出た仰天事実、週刊現代、1995.8.19, pp.198-199.

有田芳生が追悼するテレサ、週刊朝日、1995.8.18, p.150

テレサ・テンは20年間秘密諜報部員だった、週刊宝石、1995.7.20, pp.56-59.

故テレサ・テンさんは恋人だった、女性自身、1995.7.25, p.52.

テレサ・テンは台湾の金賢姫、週刊現代、1995.7.8, p.196-197

テレサ・テンの神話、有田芳生、オール讀物、文藝春秋、1995.7.1,

テレサ・テン変死の真相がわかった、週刊現代、1995.6.3pp.176-177.

テレサ・テンさん過酷減量でひからび死、女性セブン、1995.6.1pp.36-36.

家族が隠したがる、テレサ・テン死の真相を現地総力取材、週刊宝石、1995.6.1.

テレサ・テンさん急死!、週刊女性、1995.5.30, pp.18-

人気歌手の意外な一面、AERA1995.5.29p.32.

故・蒋介石総統以来の国民葬にテレサ・テン42歳で突然死の謎、週刊現代、1995.5.27, p.59.

テレサ・テン怪死の真相、週刊文春、1995.5.25, pp.174-176.

テレサ・テンさん怪死で暴かれた同性愛、エイズ薬物全真相、アサヒ芸能、1995.5.25, p.28-30.

テレサ・テン怪死の真相、週刊文春、1995.5.25pp.174-176.

信念貫いたテレサ・テン大陸にもファンと遺産、讀賣新聞、夕刊、1995.5.15.

テレサ・テン ヒロシマに衝撃を受けた泣き虫歌手の夏の思い出、有田芳生、週刊朝日、1992.9.25pp.138-141.

 

WS000019 WS000018 WS000017

 

テレビ放送

SONGS 生誕60年テレサ・テン夢と挫折、NHK総合、2013.6.15.
テレサ・テン再び、ニュースウォッチ9,NHK総合、2013.6.4

特捜!衝撃秘話SP 華人歌聖 テレサ・テン13回忌 名曲秘話と波乱の生涯、テレビ朝日、2007.5.26.

テレサ・テン物語 私の家は山の向こう、テレビ朝日、2007.6.9

歌伝説 テレサ・テンの世界 アジアが生んだ歌姫、NHK,BS2, 2006.6.14

名曲の時間です「昭和の歌姫」、テレビ東京、2005.9.26

歌伝説テレサ・テンの世界、NHK, 2004.7.3

金曜エンターテイメント 人に言えない裏人生、フジテレビ、2004.2.6.

天国の紅白歌合戦、2003.12.25

風の伝説テレサ・テン、テレビ朝日、2003.8.29.

ミュージックフェア21スペシャル、歌その人生第二夜 テレサ・テン、2003.5.31

衝撃()スペシャル、テレビ朝日、2003.2.24.

音楽が始まる、テレビ東京、2003.1.5.

グレートマザ物語、テレビ朝日、2002.1.20.

歌のヒットステージ、テレビ東京、2001.7.16

たけしの誰でもピカソ「テレサ・テン特集」、テレビ東京、2000.10.20

夢用絵の具見果てぬ夢のピンク〜テレサ・テン〜,NHK, 1997.9.25

演歌の花道、追悼テレサ・テン永遠のヒット曲集、テレビ東京、1995.5.14

金曜スペシャル テレサ・テン15周年スペシャル、TBS, 1989.11.24

(意外にも、テレビの生前のテレサ・テンのスペシャル番組はこれ一つ、空前絶後です。無伴奏で歌った「何日君再来」はすばらしい。「私はチャイニーズです」と天安門事件に言及しているのが印象的です。この番組は「星願」というDVDで発売されています。)

 

WS000022 WS000021 WS000020

 

トップペー