月山 2015年 入場料のいる山頂 月山(標高1,984m)と聞いても、ご存じない方も多いでしょう。山形県のほぼ中央部にある山で、出羽三山の一つとして知られています。山形市の周囲からも月山は良く見えますから、地元の人にとっては親しみやすい山です。 私がこの山に登るのは何十年ぶりで、前回いつ登ったのか覚えていない。市内から見ると、なだらかな山で、実際、それほど登山が難しい山ではありません。写真下左は、山形市内から見た春先の月山です。今は夏ですので、雪もまだら模様になっている(写真下右)。 七月末の天気予報で晴れの日を狙って出かけました(2015年7月27日)。山形自動車道の終点の「月山」で降りて、登山口の近くの駐車場まで山道を登ります。登り坂である点を除けば、普通の道路です。 駐車場からリフトまで 八時少し前に出発点の駐車場に到着(7:54)。車は多くも少なくもありません。 どう登るのか、まだルートまでは決めていませんでした。結局、下の地図の駐車場(P)から歩き、朱線で示されたリフトに乗り、そこから左上にある姥ケ岳(1670m)に登り、尾根づたいに右に進み、金姥、柴灯森、牛首を経て、右上の月山に登りました。 登山道の脇に協力金の呼びかけがあります。当然です。月山環境整備運営協会では2014年には山頂付近のセイヨウタンポポやオオバコなどの除去作業をしたようです。料金はもっと高くても良いから、ネットで資金が具体的にどのように使われているのかを公開するべきでしょう。 リフトの乗り場に到着(標高1220m,8:19)。 登るにつれて、出羽の山々が遠くまで見えます。 樹木の背丈がだんだん低くなり、やがて森林限界を通過します。 山の斜面にはまだ雪が残っています。月山は夏スキーでも有名です。松尾芭蕉の『奥の細道』では、氷雪を踏んで頂上まで登ったとあるそうですから、今よりも雪が多かったことを示しています。 15分ほどで上の駅に到着(8:36)。リフトの上の駅の広場では大勢の登山客が登る前の準備運動をしています(写真下)。このあたりで標高1450mほどです。 ここにはトイレと自動販売機があります。当然、飲み物は160円と少々高めです。 姥ケ岳を経由 ここから真っすぐに月山に行くか、それとも目の前にある姥ケ岳を経由していくか、ちょっと迷いましたが、それほど遠回りでもなさそうで、標高差も200mほどなので、姥ケ岳に登ってみることにしました(8:41)。 道はごらんのように、楽だとは言わないが、木道なので、ゆっくり登る分には辛くはありません。辛いのは人が多いことです。私は団体さんをやりすごし、離れて登って行きました。 山道でデカクて目立つのがコバイケイソウ(小梅蕙草)です(写真下)。今回は姥ケ岳の周囲に見られるだけで、月山のほうにはありませんでした。 コバイケイソウなとど「小」がつくのに軽く1メートルほどにもなります。花が梅に似ていることから、梅よりも小さいから小梅という名前が付いたようです。言われてみれば、梅に似ていなくもない。 見るからに丈夫そうな植物ですが、実際には数年に一度しか花を咲かせないようです。厳しい環境の中、栄養を貯めてから開花するのでしょうか。 写真下は東北の高山植物の定番の一つのチングルマ(珍車,稚児車)です。私などこれを見ると、高山に来たなあと感じます。ただ、この花は日本では中部以北に分布するといいますから、必ずしも日本の山の定番というわけではなさそうです。 斜面の雪とよく合う。 写真下のイワイチョウも中部地方以北の日本に分布します。葉がイチョウの葉に似ているからこの名前が付いたそうですが、葉は丸くイチョウには似ていません。 ヒナザクラ(雛桜)は今回見た唯一のサクラソウです。東北地方にのみ分布しますから、全国的には珍しいサクラソウです。見ての通りで、とても繊細な感じのするサクラソウです。 今回はリフトの駅から姥ケ岳の山頂の間で多く見られました。 ヒナザクラの学名はPrimula
nipponicaと日本の名前が入っているように日本特産です。インドのアルナーチャル・プラデーシュ州に行った時、セラ峠の近くで、地元の村長さんに案内された沢にあった写真下の白いサクラソウと良く似ています。 写真上 Primula munroi (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.375) 写真下は日本全国の山に分布するウメバチソウ(梅鉢草)です。写真下右もウメバチソウだと思うのですが、花弁が広がっているし、茎が茶色です。 ウサギギクも本州中部以北の高山植物なんですね(写真下)。全国の山のどこにでもあるかのように錯覚していました。東北の山しか知らない私がそれを言っても始まらない。かわいらしい名前をつけてもらった理由は、葉がウサギの耳に似ているからだそうです。花の雰囲気もそれらしい。今回はあまり数は多くありませんでした。 キンコウカ(金光花、金黄花)も日本の北部の高山に生える植物です。去年、蔵王に登った時も見かけました。 写真下のナンブタカネアザミ(南部高嶺薊)は南東北を中心とした狭い範囲の山にしか生えていません。ただ、見た目は普通のアザミです。今回は二種類しかアザミは見かけませんでした。 オオマルハナバチがアザミの蜜を集めている(写真下)。日本にセイヨウオオマルハナバチを導入したために、一部では困っているようです。花の筒の長い花に穴を開けてしまうため、本来の目的である受粉ができないというのです。両者は良く似ているが、写真下のオオマルハナバチの尻が茶色(橙色)なのに対して、セイヨウオオマルハナバチは白なので区別がつきます。 姥ケ岳山頂 1670mの姥ケ岳山頂に到着(9:47)。晴れて、素晴らしい眺望です。 ミヤマリンドウ(深山竜胆)は本州中部から北海道に分布し、日本の固有種です。小さな花なのに目にあざやかで、いかにも高山植物らしい色と姿です。 良く見ると花の先は五枚ずつ二組に分かれています。二重構造ではなさそうで、花の咲きが十枚に分かれているということでしょうか。わざわざ二組に分かれているのは虫を集めるためにしても、虫に対してどんな効果があるのでしょう。 シロバナトウウチソウ(白花唐打草)は東北地方の山にしかありません。 姥ケ岳から月山に向かい北東方向に下りていきます。 写真下右のミヤマホツツジ(深山穂躑躅)はこれでもツヅシの親戚らしい。 写真下のタカネアオヤギソウ(高嶺青柳草)が最も良く見られたのが姥ケ岳から牛首までの間です。 青柳草といっても、柳の仲間であるはずもなく、ユリ科シュロソウ属です。似たような花にタカネシュロソウ(高嶺棕櫚草、紫高嶺青柳草)があるそうで、写真下左はもしかしたら、そのタカネシュロソウかもしれません。 雪を右側に見ながら尾根に沿った道で、上がり下がりはあるものの、それほどきつくはありません。それにしても、南側の斜面にどうして雪が残っているのでしょう。見える範囲では北側には雪はありません。 写真下のイワショウブは日本海側の湿気のある山地に生えています。 ハクサンイチゲ(白山一花)も高山植物の代表です(写真下)。私は総じてキンポウゲは好みで、キクザキイチゲなどは非常に好きな花です。しかし、ハクサンイチゲはたくましそうに見えるせいか、ちょっと好みからは外れます(笑)。 タテヤマウツボグサ(立山靫草)は本州中部から北海道にかけて分布しています。 チベットやジョージアでも色鮮やかなウツボグサを見かけました。どこでも姿は良く似ていて、ウツボグサだとすぐにわかります。こんなきれいな花なのにウツボはなかろうと思って調べてみると、海にいるウツボのことではなく、弓矢を入れるウツボに似ているからだそうです。 君は息子を知らないか? 姥ケ岳から下りきったあたりで、月山のほうから降りて来た外国人から質問されました。私の耳には「You do not know san?」、つまり「君は息子を知らないか?」と言っているように聞こえました。白人の子供は見かけていない。彼がロンリー・プラネット社のガイドブックの地図を示すので、ようやく意味がわかりました。 彼は「You do not know san?」ではなく、「湯殿山(ゆどのさん)?」と質問したのです。月山の南西にある湯殿山(標高1,500m)への道を聞いたのです。 しばらくぶりで登った私が嘘を教えるとまずいので、近くを通りかかった人に質問すると、私の後ろを指さして、「そっちだ」という。振り返ると、分かれ道に「湯殿山」という看板がありました。日本人ならわかるが、ローマ字表記がないから外国人にはわかりません。日本はこれから外国人観光客を増やしたのだろうから、ローマ字表記を増やしてはどうでしょうか。それなら息子が行方不明になることはない(笑)。 写真下は斜面に良くみられるニッコウキスゲ(日光黄萓)です。コバイケイソウもそうだが、月山は高山植物の群落はあるが、大群落というほどではありません。 正式名称がゼンテイカ(禅庭花)だって知ってましたか?ニッコウキスゲのほうが圧倒的に一般的なのだから、名前を変えるべきでしょう。 日本の高原では普通に見られるし、東北地方では海岸などにも生えているので、高山植物というよりも、山野草のイメージです。 急斜面を登る 柴灯森を下り、牛首を通過すると、そこから先は今回の登山では最大の難所の斜面が待ち受けています。写真下はそれを見上げています。 写真上左 ミヤマダイモンジソウ、写真上右 ハクサンボウフウ 斜面を白装束の人たちが下りてきます(写真下)。先頭は山伏の格好をしていますから、どうやら巡礼の人たちらしい。ここは月山、羽黒山、湯殿山という山岳宗教の霊山になっています。 登山道自体にも様々な花が咲いています。 写真上下のイワカガミ(岩鏡)は今が真っ盛りです、と最初書いたら、イワカガミではなく、コイワカガミ(小岩鏡)だという修正が入りました。私は両者の区別がつきません。全国のどこの山でも見られる高山植物です。 シロバナニガナは意外に数が少ない。 急斜面が続きます。皆さん、きつそう。晴れていて陽ざしも強い。私は花を撮りながらなので、立ち止まり休みながらゆっくり登る。 花が回転しているような形からトモエシオガマ(巴塩竃)ではないかと思いますが、図鑑ではトモエシオガマは赤や紫とあるのに、ここのは白から薄黄色です。 もう一つのシオガマギクが写真下のヨツバシオガマで、こちらは群生はしていないが、山のあちらこちらで見かけました。 祈祷料500円也 息を切らせながら斜面を登りきると、急に平らになり、山頂が見えてきました(12:28、写真下)。山頂に月山神社があります。 ここまでの崖と違い、山頂付近は平らで草花が生えていて、一部は湿地になっています(写真下)。山頂付近に湿地があるというのもおもしろい。 山頂近辺の花の撮影の前に、まず山頂まで行ってみましょう。山頂は写真下の建物の向こうにありますから、月山神社の鳥居をくぐります(写真下)。 ところが、中に入ると意外な掲示がありました(写真下)。山頂に登りたければ、祈祷料の500円を払えというのです。朱線でわざわざ強調してある。出羽三山神社によれば、月山は八合目よりも上は神社の私有地で、山頂は本殿なのだから、お祓いのための祈祷料を取るのは当たり前というわけです。 もちろん私はその場で引き返しました。信仰は尊重されるべきだろうが、宗教の強要は迫害と同じです。私はこういう神社のような宗教施設では拝礼し、少額でもお賽銭はあげるように心がけています。信仰心からではなく、挨拶は礼儀であり、また山の上など厳しい環境の中で施設を維持するのは大変だと思うからです。しかし、形や理由がどうあれ、事実上の強要は論外です。 山をご神体とみなす風習があるのはわかるが、だからといって、これほど公共性のある山を神社の私有地だから、事実上の入場料を払えというのは私の感覚には合いません。 神社の周囲、つまり山頂の周囲を見ると、「八紘一字」などという戦争中の亡霊のような大きな石碑があります(写真下)。他にも、墓石のような陰気な石碑が数多くある。月山の神様はこんな辛気臭い風景を望んでいるのでしょうか。 月山の神様に聞いたところ、やはり石碑よりも花が好きだそうです(笑)。では、花の見られるところで昼食を取りましょう。 山頂付近の花 山頂付近にはアザミが一面に咲いています。登って来る途中で見かけたアザミとは別のウゴアザミで、主に東北地方の山に分布しています。 ウゴアザミと同じようにたくさん生えているのが写真下のキオンです。まったく別種なのに、パッと見た目の両者の葉は似ているので、花が咲かないと区別がつきにくい。 さらにキオンと区別がつきにくいのがキリンソウ(麒麟草)です。やや大柄で葉が光っているのがキオンで、キリンソウは光らないことから、写真下はたぶんミヤマアキノキリンソウではないかと思います。 写真下左がキオンで、右がミヤマアキノキリンソウとです。しかし、こんなふうに明瞭に花の区別がつくものだけではありません。 花によっては、現地で見ていると区別がつくのに、写真に撮ってしまうとわからなくなることがあります。 写真下のハクサンシャジン(白山沙参)は登山道では見かけなかったのに、山頂付近にちょっとしたお花畑を作っています。 平地で見られるツリガネニンジンの高山型で、花はこちらのほうが大きくいかにも高山植物です。しかし、ツリガネニンジンと同じだという説もあるようです。花の大きさや外見がここまで違うと、素人目には別種に見えます。 薄紫が多数で、その中に白い花が混ざっています。 ハクサンフウロ(白山風露)は東北から中部にかけて咲く高山植物です。 登る途中も山頂付近も広く見られます。 写真下はベニバナイチゴ(紅花苺)という名前どおりで、キイチゴのような実がなり、食べられるそうです。日本特産です。今回は花はあまり多く見かけませんでした。 下山 食事を終え、頂上周囲のお花畑の撮影も終えたので、下山することにします。先ほど登って来た胸突き八丁の急斜面を下ります。同じ道なのだが、向きが逆だとずいぶん印象も違います。 前回来た時は写真下のヒナウスユキソウがたくさんあったように記憶していますが、今回は時期がずれているのか、ほとんど見当たりません。 ヒナウスユキソウと似ているのがヤマハハコ(山母子)で、こちらはたくさんあります。ウスユキソウよりも大柄でまとまっている。 写真下をツガザクラ(栂桜)だと思い込んでいたら、本州でのツガザクラの分布は福島から鳥取までだそうです。月山は福島よりも北ですから、これはツガザクラではなく、北半球に広く分布するアオノツガザクラ(青の栂桜)ということになります。 写真下のウラジロヨウラク(裏白瓔珞)はツガザクラと花の雰囲気は似ていますが、色が赤で、ツガザクラが地面を這っているのに対して、こちらは庭木になるくらい背丈があります。 写真下はたぶんオオカサモチ(大傘持)でしょう。シシウドとの区別がつきにくい。 ハチなど虫が良く集まっています。他に派手な花がたくさんあるのに、こちらがにぎわっているところをみると、よほど蜜が甘いのでしょう。 写真下の虫は小さいし花の色に紛れて最初気がつきませんでした。まあ、なんとおもしろい色と姿の虫だ。コフキゾウムシといい、身体そのものは黒いが、淡緑色の鱗毛に覆われているという。淡緑色というよりも、水色に見えます。また、マメ科の葉を食べるとありますが、このゾウムシ君は花を食べているか、蜜を吸っているように見えます。 夏スキー場 牛首からさらに下りていくと、スキー場があります(写真下左)。スキーをしていたらしい一団に会いました。私が通りかかった時にはもう滑っておらず、スキーを担いで下山する所でした(写真下右)。 彼らはリフトに乗るために右の道を、私は谷に沿って歩いて下るために左の道を行きます(14:53)。 木道で、しかも急斜面ではないので、歩くのは楽だが、登山靴がだんだん重くなる(笑)。 道の両側の湿原にはチングルマ(珍車)が群落を作っています。大半の登山客はリフトを利用するので、こちらを通る人が少数なので、荒らされていない雰囲気です。 チングルマは花が終わると、オシベがのびてイソギンチャクのような綿毛になります。特徴があるのでそちらの姿も有名で、珍車というのはその姿から名付けられたようです。今回はまだ見かけませんでした。 バラの仲間で、茎は樹木化しており、葉は秋に見事な紅葉になります。 下山する人の大半はリフトに乗るので、こちらの道を下りる人は少数で、あまり人とも会いません。 写真下のゴゼンタチバナ(御前橘)は亜高山でよく見かける植物で、花弁のように見えるのは苞が変化したものだそうです。 ゴゼンタチバナもそうだが、写真下のオオバミゾホオズキ(大葉溝酸漿)を見ると、やや高山よりも低い所に来たとわかる草花です。山の湿地などに良く咲いています。 東斜面の草花 道の両側は樹木に覆われるようになりました。このあたりで標高1400m前後です。花の種類も少しずつ違ってきます。樹木で日陰が多いだけでなく、ここは東側に下がる斜面なので、陽当たりが悪くても育つような草花が増えてきます。 山道に沿って何カ所か湧水があります。月山は水がうまいことで有名です。空いたペットボトルに詰めて持ち帰りました。 水の流れに沿って黄色い花が谷の下のほうまで咲いています(写真下)。エゾタカラコウ(蝦夷宝香)で東北や北海道などの山地に生えています。 エゾタカラコウはもっと山の上のほうにも生えていしたが、写真下のように背が低い。 写真下のアザミは山頂付近に群生していたウゴアザミに似ているが、よくわかりません。 モミジカラマツ(紅葉落葉松草、紅葉唐松)も花弁はなく、白く目立っているのは雄しべです。 写真下はモミジカラマツに似ているマルバシモツケです。葉が違うのですぐにわかります。 写真下はズダヤクシュ(喘息薬種)で、漢字名を見てもわかるように、咳止めに使われる漢方です。ユキノシタの仲間は薬効があることが多い。 写真下はズダヤクシュかと思ったのですが、花の様子がだいぶん違う。 そろそろ山道も終わる頃に道端にスミレを見つけました(写真下)。ツボスミレ(ニョイスミレ)で、低い山でも見られるスミレです。 登山靴が重く感じるようになって、ようやく駐車場に到着(16:52)。朝よりも車の台数ははるかに少ない。天気も良く、花も咲いており、うまい水も飲めて、山頂の一件さえなければ、良い登山でした。 |