ジャガラモガラ? 2016年 紅花の写真を撮りに車で走っていた時、目に入った看板が「ジャガラモガラ」??目的地に到着する直前だったのだが、私はわざわざ車をバックさせ看板を確認しました(写真下)。 「ジャガラモガラ」は地名らしく、その看板から4キロほど山奥にあるらしい。看板の説明を読んでもイマイチ良くわからない。目の前には「じゃがらもがら交流センター」なんて建物まであるので、私は、村おこしにこんな変な名前を付けて客集めをしようという魂胆なのかと疑いました。 正式名称が「ジャガラモガラ風穴植物群落(山形県指定天然記念物)」とあります。県の天然記念物だから有名なのに、私が知らなかっただけらしい。「植物群落」とある!野生の植物があるなら、紅花なんて栽培品は後にして、行かない手はない。 急遽、予定を変えて、ジャガラモガラに行ってみることにしました。 下の国土地理院の地図にもジャガラモガラの名前がありますから、どうやらかなり古くから知られていたらしい。 山道の花 車がすれ違うのが難しいような山道を登って行くと、やがて、道脇に十台分くらいの駐車場のある所で舗装が終わっています(写真下左)。ここがジャガラモガラまでの入り口で、山道なので歩きます(写真下右)。 山道は細いが草刈りも行われ、整備されています。道は斜面に沿って作られており、どちらかというと下り坂なので歩くのは楽です。 周囲の樹木には地元の小学生たちが付けたらしい名札がぶら下げられています(写真下)。 途中の道の両側にはいろいろな花が咲いています。まず目についたのが写真下のヤマブキショウマ(山吹升麻)です。日本全国どころか、北半球に広く分布するようです。トリアシショウマと良く似ていますが、葉の雰囲気から言って、たぶんヤマブキショウマです・・・自信はない(笑)。 オカトラノオ(丘虎の尾)は虎というイメージからはほど遠い(写真下)。花を虎の尻尾になぞらえたとしても、その感性を疑うような名前の付け方です。シロカンザシなんて名前はどうでしょう。これを折って、そのまま髪の毛に刺して飾る。 ウィキペディアには陽当たりの良い所に生えているとありますが、私が見かけるのはたいてい日陰で、ここもそうです。 オカトラノオと似ているが薄紫色のクガイソウ(九蓋草)も咲いています。本州の山地などに生えている植物です。春先の芽は山菜として、また根は利尿作用のある漢方として用いられています。 写真下を私は長年ヤマアジサイなんだと思いこんでいましたが、調べてみると、ヤマアジサイは関東以西に生えているという。ここは東北ですから、エゾアジサイということになります。良く見られるエゾアジサイは薄い青ですが、ここのはすべて白です。 写真下の花はヌスビトハギ(盗人萩)なんてすごい名前を付けられてしまいました。私は長い間、種がベタベタと衣類に付いてくることから付いた名前かと思っていました。ところが、日本の植物界の大御所である牧野富太郎氏によれば、実が泥棒の足跡に似ているからだというものです。 写真下はアキカラマツ(秋唐松)でたくさん生えています。 写真下は上と似ていますが、カワラマツバという別な植物です。名前どおりに、葉が松の葉のようにとんがり、陽当たりの良い河原に生えているような植物ですが、亜高山にも生えています。 ヤナギラン ジャガラモガラに到着。私は花の写真を撮りながらなので少し時間がかかりましたが、ゆっくり歩いても駐車場から十数分しかかかりません。 写真下がジャガラモガラだというが・・・看板がなければ、素通りしそうなくらい、ただの谷にしか見えない。それもそんなに広くはありません。ただ、奇妙なのは、樹木が谷には生えていない。人間が伐採したのではなく、自然のままです。これもジャガラモガラの特徴の一つで、普通の山なら高い方が樹木が生えなくなるのに、ここではそれが逆転しています。 樹木が生えない理由は、この谷底が流紋岩の瓦礫でできていて、水さえも溜まらないからです。たぶん樹木が生えても、根を十分に張ることができず、大きくなる前に枯れるか、倒れてしまう。 この後も何回かここを訪れましたが、人に会ったのは一度だけでした(写真下)。この近くはハイキングコースになっているので、ハイキングに来る人たちが大半で、私のようにジャガラモガラだけが目的という人は少数のようです。 道端の看板の案内で私の目を引いたのが、ここにヤナギラン(柳蘭)があると書いてあったことです。谷底のあたりにポツリポツリと咲いています(写真下)。 柳蘭という奇妙な名前の由来は、葉が柳に似ていて、花が蘭に似ているということのようで、ヤナギやランの仲間ではありません。だが、葉もヤナギのように垂れていないし、花もランに似ていると言われも・・・。 日本では中部以北に分布し、珍しい花ではありません。群落するときれいなので、長野県や群馬県では夏の山の風物詩としての観光の目玉の一つになっています。残念ながら、ジャガラモガラのヤナギランは群落と言うにしてはちょっと寂しい。 世界的にも珍しい花ではありません。アジア、欧州、北米など広く分布しています。良く見かけたのがチベットで、道端などに群生していました。ジョージアでも道脇に生えているのを見ました。 海外ではよく見かけたのに、私は山形では見たことがありませんでした。今回、初めて山形で見るヤナギランです。山形県では絶滅危惧II類に指定されていますから、やはり山形では珍しいらしい。 いっせいに咲くのを期待して何回か訪れましたが、写真のように群落とは言い難い。ポツポツと咲いている程度です。ウィキペディアには高さが1.5m程度までありますが、ここのは優に2メートルを越すものも珍しくありません。ネットで見ると、この背の高さはそれほど珍しいことではなさそうです。谷に生えている草は人の背の高さよりも高いのが多いので、自ずと高くなるのでしょう。 天然冷房 目的のヤナギランは写真を撮ったので、改めてジャガラモガラとは何なのか見てみましょう。天童市のホームページの説明では次のようになっています。 「ジャガラモガラは、雨呼山(あまよばりやま)の北西の標高570mのところにある大きなくぼ地の南端にある、標高550mの等高線で囲まれた東西30m、南北62mのすり鉢状のくぼ地を言う。 くぼ地の底は、複雑に変化しており、地下は、すべて流紋(りゅうもん)岩の礫石(れきせき)が埋積されている。また、くぼ地の底でありながら、水がたまることがない。さらに、くぼ地内には多くの風穴(ふうけつ)があり、真夏でも0度前後の冷風が噴き出て、その冷風がくぼ地全体を包み込んでいるため、極めて特異な植生が生じている。 具体的には、一般的に高山において見られる植生とは逆に、くぼ地から高度が上がるにつれて、草木、低木、高木へと植生が変化している。また、植物の春の芽生えが遅く、ベニバナイチヤクソウ、コキンバイなどの亜高山性の植物が群生している。さらに、レンゲツツジ、ヤナギラン、ハンゴンソウ、ナンブアザミ、ホソバノキリンソウ、キセワタ、チョウセンゴミシ、トモエソウ、ミツモトソウ、ノダケ、ツリガネニンジンなどの非常に珍しい植物が数多く見られることから、学術的にも貴重な場所となっている。」 (http://www.city.tendo.yamagata.jp/tourism/kanko/ken-bunkazai.html) 谷のほうに木道が突き出ていて、そこから先は立ち入り禁止らしくロープが張ってあります。しかし、下に降りて見ないとその風穴がわからない。実際、ロープの下には明らかに人間が歩いた道ができています。ウツボグサ(写真下)の生えている道に降りてみましょう。 風穴がありました。穴はバスケットボール一つくらいの大きさです(写真下)。説明なしにこれを見たら、タヌキなど動物が掘った穴だと思うでしょう。 手を近づけてみると、冷たい風が吹いている。暑いので、風穴の近くにしゃがみこむと、お尻が冷たくて気持ちがよい(笑)。天然冷房です。上記の天童市のホームページの説明では「真夏でも0度前後の冷風が噴き出て」とあるが、現地の看板にある「真夏でも3度から7度の冷たい風が出ている」のほうが正確でしょう。もし0度前後の風が出ていたら、風穴の周囲には霜がついているはずです。 奇妙なのが穴の前の道に敷かれたような瓦礫です。説明文では流紋岩の砂礫らしい。「道に敷かれた」と表現したように、まるで誰かが道を作るため穴の前から石を敷き詰めたように見えます。しかし、どうやらこれは自然にできたらしい。斜面になっていますから、雨で水が流れることによって押し流され、「道」が出来たのでしょう。それは説明できるとして、見れば見るほど奇妙です。 冷暖房完備の山 瓦礫は風穴から出てきたらしい。しかし、風穴から出てくる風は扇風機の「弱」くらいで、とうてい石を動かすほどの力はありません。後で、説明しますが、風穴から石が吹き出したのではなく、風穴の中から落ちて来たのです。 瓦礫の大きさがほぼそろっているのも興味深い。まるで人間が砕石したみたいに大きさがそろっています。熱水が噴出する周囲では同じような大きさの瓦礫が作られることがあるようです。ここは40kmほど南に蔵王という火山が現役ですから、あったとしても不思議ではありません。 写真上下 ツネガネニンジン(釣鐘人参) 学者たちの調査研究を読むと、風穴とはジャガラモガラのような冷風穴が単独であるのではなく、冷風穴よりも山の上にある温風穴と一組になっています。解説を元にしてまとめたのが下図で、これは山の斜面の断面図です。冷風穴と温風穴は空気が通れるくらいの隙間のある瓦礫でできた地下の通路でつながっています。ここの冷風穴から流れ出たような瓦礫が詰まっているのでしょう。 今のような、夏の暑い時期は、山の外の温度が高く、地面の下にある瓦礫が冷たいので、そこを通過した空気は冷やされて下に向かって流れ、冷風穴から冷たい空気が吹き出します。冬の寒い時期には山の外よりも瓦礫の温度が高いので、温かい空気が上に向かって上昇して、冷風穴から吸い込まれた空気は瓦礫で温められ、温風穴から外気よりも温かい空気が吹き出します。 写真上 カワラナデシコ(河原撫子) 冷風穴からたくさんの石が出ていたのも、地面の下の通路が斜面だから、風圧もあって少しずつ転がり落ちてきたのでしょう。温風穴が発見されないのは、冬の間は人があまり登らないから気がつかないことと、石が飛び出していないので、目立たないからでしょう。 ジャガラモガラは冷風穴なら、この山の上のほうに温風穴があり、またここで冷風が出てくるのは夏の間だけで、冬期は逆に空気を吸い込んでいるはずです。この山は冷暖房完備なのだ。 写真上 アキノキリンソウ(秋の麒麟草) ジャガラモガラという奇妙な名前については諸説あり、ジャガジャガした地形説、姥捨て山説、アイヌ語説、じゃんがら念仏説、龍王説などです。 写真上 ホタルブクロ しかし、現場を見れば、石がゴロゴロと転がっている様子をこのように表現したのは明らかで、私はジャガジャガ説に一票投じます。 写真上 キンミズヒキ ジャガラモガラの特別な草花 天然冷房のおかげで、ここは夏も温度が低く、標高が500m程度の山にしては珍しい植物があります。一つ目がミツモトソウ。 写真上のミツモトソウと写真下のトモエソウなどは亜高山の花です。 写真下はサワオグルマらしいが、やや小ぶりです。 写真下はホソバノキリンソウで、名前どおりに、キリンソウに比べて、葉が細い。 ハンゴンソウ(反魂草)は湿気の多い山地に咲く花で、朝鮮半島や中国にも分布します(写真下)。 背の高いアザミがあります。看板にはナンブアザミとありますが、ネットでナンブアザミを見ると頭を垂れたような咲き方をするのが多く、写真下のように上に向いて咲いているのは珍しいので、ナンブアザミかどうか自信がありません。 写真下はキセワタというシソの仲間です。本来は1メートルもなる大柄な花ですが、ここでは背が低く、花もさえません。サワオグルマもそうだが、環境が合わないのでしょう。 これらの植物は珍しいというほどではないが、ジャガラモガラの狭い範囲にこれだけ集中して咲いているのはたしかに珍しい。おそらく、氷河期が終わり、暑さに弱い植物はこの周囲の山では絶滅したのに、ジャガラモガラは温度が低かったので、これらの植物が残ったのでしょう。 ついでに虫 樹木がなく花が咲いているので虫もたくさん集まっています。 見事なコガネムシのようなゾウムシ、かと思ったら、ドロハマキチョッキリという変な名前の虫です。ここは東北なので緑色の光沢、これが関東だと青色になり、関西では赤が混じるそうです。 写真下こそ本物のゾウムシで、お取り込み中の所を失礼しました(笑)。 葉が食い荒らされているのは、このバッタの食事の跡なのでしょう(写真下)。 帰り道 帰りは同じ道ではなく、谷の反対側の山道を戻ります。少し遠いが、こちらはハイキングのコースになっているので、途中から道が広くなります。 林の斜面の中にクルマユリが何本か咲いています(写真上下)。私がクルマユリを見かける山でも数を減らしている。ここは保護が加えられているせいか、数カ所に何本かあります。ユリにしては花の派手さはないが、名前どおりの放射状の葉から高く突き出た茎にポツンと花を咲かせるのが印象的です。 ジャガラモガラは樹木の生えていない谷なので明るかったが、帰り道の山の上のほうは樹木が生い茂り、薄暗い林の中に日陰を好む植物が見られます。 ホトトギスはヤマホトトギスとヤマジノホトトギスという二種類があるらしい(写真下)。花弁が反り返っておらず、真ん中の塔のような部分に斑点がありませんから、これはヤマジノホトトギス(山路の杜鵑草)という、このあたりでは普通に良く見られるほうです。 鳥のホトトギスにある斑点と似ているのでこんな名前がついたようです。山のホトトギスという鳥と、ヤマホトトギスという花では、ちょっと紛らわしい。 ホトトギスの花は普段良く見かけているから、取り立てて観察したことがなかったが、こうやって見ると、案外面白く、また複雑な形をしているのですね。 今日は突然の寄り道で、名前どおりの奇妙な場所でした。ネットで検索しても、学者が本格的に調査したことがないのか、調査研究の報告らしいものは見つかりませんでした。世の中には案外身近にああいう不思議な現象があるものです。 |