不忘山 何を忘れないのか 2016年 南蔵王にある不忘山にトリカブトを見に行きました。蔵王というと御釜のある中央の蔵王が有名です。実際には南北に長く、いろいろな山があり、不忘山さんはその一番南側にあり、お花畑が知られています。山形や宮城の人でも、不忘山と聞いてすぐにわかる人は少数です。 お盆休みも終わった8月19日です。駐車場は登山口よりももっと宮城県側にあるのだが、すぐそばにも二台だけ停められる隙間があります。なんと今日はこの特等席が一台分空いている(写真下右)。これはかなり珍しいことで、今日は南蔵王への登山客がいないという意味です。 下の地図が本日の縦走コースです。現在地の蔵王エコーラインから出発して、次のような順序で不忘山まで往復します。 前山(1684m) → 杉ケ峰(1745m) → 屏風岳(1817m) → 南屏風岳(1810m) → 不忘山(1705m) 片道約7.5 km、往復15kmです。標高差は100~200mなので大したことはないように見えますが、不忘山まで五回、往復で十回も登り降りを繰り返しますから、あまり楽ではありません。苦労してでも行きたいのは不忘山の近くには蔵王でも屈指のお花畑があるからです。 お盆の時期は休みで山も混むだろうから、最初からお盆明けを狙っていました。ところが、お盆の頃は晴れが続いたのに、終わる頃から台風が次々と来て天気は悪くなる一方で、私はちょっとあてが外れました。 駐車場には七時少し前に到着しました。山の天気はどうなるか予想がつかないので、いつでも引き返すつもりで、すぐに出発です。もちろん、この段階では誰とも会いません。 最初に目についたのが、道の両側のミヤマアキノキリンソウです(写真上下)。 前日まで雨で、明日も雨で、今日少し晴れ間が見えるかもしれないという天気予報で、8月19日以外に選択の余地がありません。当然、こんな日には登山客は少ない。私がこの日、すれ違ったり追い越された人は十人もいませんでした。 前山の山頂付近は雲というか霧がかかっています(写真下右)。 前山 最初のピークである前山に到着(7:44)。 アジサイのようなノリウツギ(糊空木)が咲いています。全国の山に生えています。 ナンブタカネアザミかと思ったら、蔵王にはこのアザミがあることになっていない。ザオウアザミという固有種で1999年に認定されたそうです。 明瞭な特徴は花の根元のトゲのようなガクが花と同じ方向に向いていることです。そう言われれば、アザミはこの部分のトゲがひっくり返っていることが多いのに、ここのはすべて先を向いている。 最初、写真下の花を見た時、アザミの咲き損ねかと思いました(笑)。 しかし、進むにつれてたくさん生えている。つまり、これで開花した状態らしい。クロトウヒレン(黒唐飛廉)ではないかと思うのですが、はっきりしません。 天気予報どおりに、雨の上がり、青空も見えてきました。この日、午後からまた曇りになるという予報でしたが、幸い、下山まで晴れました。雲がすごい勢いで流れていくので、晴れたり曇ったりを繰り返しました。 杉ケ峰 杉ケ峰に到着(8:15)。ヤマレコの地図上ではここまでで70分とあり、ほぼ時間どおりです。 道の脇にリンドウが咲いています。これがあると秋の山なんだと感じる。昔、お世話になった先生がリンドウが好きだったので、リンドウを見ると先生を思いだします。 市販されているリンドウと色や姿が変わらないのがおもしろい。チベットなどでは青いリンドウがあり、感動します。 ここにあるのはエゾオヤマリンドウかエゾリンドウです。エゾオヤマリンドウは花が頭頂部にしかつかないが、ここのはそれ以外にもついていますから、エゾリンドウです。 キアゲハが蜜を吸っている。赤トンボも蜜を吸っている、はずがない(笑)。 リンドウと並んで秋の花といえばキキョウです。 写真下右などツリガネニンジンにも見えるが、他はミヤマシャジンではないかと思われます。 たくさん花を付けているのもきれいだが、写真下のようにポツンと小さく一輪だけ咲いているのも、いかにも高山植物という感じです。 芝草平 杉ケ峰と屏風岳の間の谷が芝草平です(8:35)。 ここは湿原になっていて、初夏には様々な花が咲きます。今はあまり目立った花はありませんので、そのまま通過です。 屏風岳への登り道は水が流れた跡の河原状態で、瓦礫が多く、霧で濡れていて滑りやすいので、登りにくい。今回のルートの中では難所です。 写真下はミネウスユキソウ(峰薄雪草)でしょう。しかし、ウスユキソウとミネウスユキソウとの区別がいくら説明を読んでもわからない(笑)。 ウスユキソウはエーデルワイスという綺麗な名前で有名だが、高山植物としては地味な印象です。 ウスユキソウと同じ仲間のヤマハハコです(写真下)。 屏風岳 屏風岳に到着(9:30)。ヤマレコの時間によればここまでで2時間10分で、私は2時間30分ですから、だんだん遅れている。私の場合、2時間も歩いて20分しか遅れていないことのほうが珍しい(笑)。 山は相変わらず晴れたり、霧がかかったりを繰り返しています。本日出逢った数少ない登山者が私を追い抜いて行きました(写真下左)。 東北の山では珍しくもないウメバチソウです(写真下)。日本全国だけでなく、ユーラシア、北米など温帯から亜寒帯まで広く分布する植物です。 写真下のシラネニンジン(白根人参)はせいぜい数十センチ程度で、いかにも高山植物らしい。 日本では中部から北日本にかけて生えていて、シベリアやロシア極東でも見られるというから、寒い所が好きな植物です。 写真下は、花弁が風車みたいにグルグル回っているのが特徴のトモエシオガマ(巴塩竈)です。一つくらい逆向きというへそ曲がりはいないのだろうか。 南屏風岳 標高1810mの南屏風岳に到着(10:09)。出発から三時間ですから、足の速い人なら目的地の不忘山に到着しているくらいです。不忘山まであと1.5kmで、距離的にはあと少しのようですが、私はここから本格的に花の写真を撮ったので、さらに二時間以上もかかりました。 雲が切れると、西側の上山市あたりがかすかに見えます(写真下左)。 おっ、ヒキガエルが登山道を歩いている(写真下)。二千メートル近い高地の山道にヒキガエルがいるというのもすごい。この前後には池らしいものはありませんから、水溜りで成長したのでしょう。ポーズを取ってくれるように頼んだのですが、忙しいらしく、ヤブの中に入ってしまいました。登山客にはあまり会わないが、ガマには会った(笑)。 道の周囲はハイマツなど樹木が多いのだが、花が咲いていないので、つい写真は撮り忘れます。 写真下は中央の蔵王でも良くみられるオンタデ(御蓼)です。火山性の瓦礫に真っ先に生えると言われています。ここは蔵王が噴火した火山性の山です。 写真下もタデの仲間だが、葉に照りがあるなど、背も高くオンタデとは違う植物のようにも見えます。 トリカブト 南屏風岳をすぎて、不忘山の手前で下り始めた頃から、両側の斜面に目的のトリカブトが見られるようになりました。 山形にはウゼントリカブト、オクトリカブト、ミヤマトリカブトの他に、イイデトリカブト、ガッサントリカブトなど飯豊山や月山の名前がそのままのトリカブトがあります。ザオウトリカブトがあれば話は簡単なのに、ない(笑)。西蔵王にある山形市野草園にあったトリカブトはウゼントリカブトと表示されていましたから、ここのもたぶんウゼントリカブトでしょう。 トリカブトは毒草として有名です。日本の三大毒草の一つだそうですが、他のドクウツギやドクゼリに比べるとも何といっても花の独特の姿が美しい。山登りをしていてトリカブトを見つけると、すごく得をしたような気分になります。 花の構造が複雑なのがわかります。兜に相当する部分が二重になっており、下の花弁の奥にオシベとメシベが見えます。写真下は下から見上げるように撮影しているからオシベとメシベが見えるが、普通に横からはちょっと見えるだけです。たぶん雨などを防ぐためでしょう。 私はトリカブトを飲んだことがあります。トリカブトは附子(ぶし)という名前で漢方に使われます。知り合いの薬剤師に頼んで、処方してもらいました。強心作用があるとのことでしたが、私の場合は身体が熱くなるような感じがしました。ただし、毒を飲んだという自己暗示の可能性もあります。 附子を飲む時、もしかしたら薬剤師は調合を間違えて容量の十倍くらい処方して、私は死ぬかもしれない、なんてビクビクしながら飲みました。そんなに怖いなら、飲まなければいいのに(笑)。 不忘山の手前 南屏風岳から不忘山の間は急斜面になっており、一部にはロープが張られています。 瓦礫の斜面に何かピンク色の花が群生しています(写真下)。火山性の石なので、もろくすべりやすい。恐る恐る斜面を降りてみます。 イブキジャコウソウ(伊吹麝香草)はこんなふうに岩場に咲く高山植物らしい姿をしているが、全国の山野で良く見られる植物です。 不忘山が見えます(写真下)。南屏風岳よりも低いが、いったん下って、再度登らなければならいので、けっこう大変です。不忘山はピークが二つあり、北側のピークが頂上だと思ってたどり着くと、もう一つ向こうに見えて力が抜ける(笑)。花が目的の私は行くのを止めようかと思ったほどです。 イワインチン(岩茵蔯)という奇妙な名前の植物です(写真下)。カワラヨモギの漢方名がインチンコウで、カワラヨモギと葉が似ているからこの名前が付いたという。 斜面にアオヤギソウが生えています。しかし、実もなっているなど、そろそろおわりかけです。 オヤマボクチ(雄山火口)がイガクリのような花芽をつけています(写真下)。これからアザミのような花を咲かせます。 日本ではおおまかに北半分にオヤマボクチ、南半分にヤマボクチが分布しています。似たような花が朝鮮半島、中国、モンゴル、ロシアにもあるそうですから、氷河時代から生き残った植物です。 不忘山という奇妙な名前 本日の折り返し点である不忘山に到着(12:26)。七時に刈田峠を出発しましたから、五時間半かかったことになります。少し足の速い人なら三時間、普通の人でも四時間と言われていますから、私の足がいかに遅いかが数値的にも証明されました(笑)。 不忘山という奇妙な名前が付いています。この名前がついたのはわりと最近で、前は御前岳でした。1945年3月10日の東京大空襲の時、B29が東北地方にも空襲のためにやってきて、その内の3機が不忘山に墜落し、搭乗していた34名が全員死亡しました。どうして3機だけがこんな山の上にいて、しかも時間をおいて墜落したのか、飛行の目的や墜落の原因、不忘山付近にいた理由については十分にわかっていないようです。 この事件を忘れないために不忘山という名前を付けたというのです。 (http://blechmusik.xii.jp/d/hirayama/fubousan-b29/) 写真上の慰霊碑は2015年頃に作られたものです。 (http://hidamari.naturum.ne.jp/e2522348.html) また2016年8月2日にはアメリカの日本大使やアメリカ軍の軍関係者を招いて、宮城県七ケ宿町にある不忘平和記念公園で祈念碑の除幕式が行われています。 飛行機が墜落した3月10日の東京大空襲によって十万人とも言われる人たちが亡くなり、東京は焼け野原になりました。非戦闘員の十万人を焼き殺したアメリカ軍の兵士をどうしてわざわざ慰霊しなければならないのか、という批判もあります。 慰霊碑についてのそれぞれの意見にも一理はあるでしょう。だが、過去や死者たちのことではなく、生きている我々がこれからどうするのか、という視点から物事を見た時、不忘山と改名したことや、慰霊碑を建てることは意味があると思います。 日本は七十年前に愚かな戦争をして、数多くの犠牲者と破壊をもたらしたという大きな教訓があるのに、その体験者たちがいなくなり始めると、また同じ間違いをしようとしている。安保法案、秘密保護法、武器輸出三原則の撤廃など、戦争がいつでもできるように法整備を終えた。そして本丸である憲法九条を落とそうと世論を持ち上げている。 驚くのはその内閣を日本人の半数以上が支持しているということです。私は子供の頃から何をするのでもいつも少数派だったので、自分が少数派であることは驚かないが、日本人の大半が戦争に拒絶反応がないことには驚かされます。 異国の真冬の山の上で無残な遺体をさらすことになった戦争の愚かさを決して忘れないという不忘山は、すでに「忘山」になっているようです。 戻ろう 不忘山さんでの休憩もそこそこに、ここから来た道を戻ります。こういう場合、たいてい、 ♪帰り道は遠かった 来た時よりも遠かった♪ (『帰り道は遠かった』作詞:藤本義一、作曲:奥村英夫、唄:チコとビーグルス) なんて古い歌を歌うことになります。 山歩きで疲れないコツの一つが鼻歌を歌いながら歩くことだとテレビで放送していました。鼻歌を歌える程度の速度で歩け、という意味なのでしょう。 ハクサンイチゲ(白山一花)がまだ残っています(写真下)。さすがに花はほんのわずかです。初夏に咲く花なので、見られると思わなかった。 日差しがあるせいかクジャクタテハが岩場で日向ぼっこをしている。羽の裏と表で極端にデザインが違うのがおもしろい。 ペンキで塗ったような緑色のバッタがいます(写真下)。葉っぱの上ならともかく、地面にいるとかえって目立って、鳥から捕食されそうです。 イブキトラノオ(伊吹虎の尾)は全国の高山地帯で非常に良く見かける植物です(写真下)。今回は季節がずれているせいか、それほど数は多くありませんでした。虎の尾とはまたすごい名前をつけたもので、実際は猫のシッポくらいです。 写真下は上と似ていますが、シロバナトウウチソウ(白花唐打草)でしょう。日本の固有種で、しかも専ら東北の山に生えています。 午後も遅くなるにつれて晴れてきました。 17:10にようやく出発点の駐車場に戻りました。帰りは約四時間半でした。十時間のトレッキングはきついというほどではないが、距離が長いので少々くたびれた。 駐車場脇のイネ科の植物に夕方の斜めからの光があたりきれいです(写真下)。この秋の花で今日は撮りおさめです。 |