早春に咲く雪割草 雪割草という名前は春の訪れを感じさせる良い名前です。写真下のようなきれいな雪割草があるとネットでの書き込みを見て、2023年3月30日に山形県鶴岡市にある大館山に探しに行くことにしました。雪割草を保護しようという国際雪割草協会があって、ここに書いた説明は主にこの協会のホームページを参考にしました。 雪割草は私の裏山にも少しだけあります(写真下)。こちらはほとんどが白で、同じ時期に咲くアズマイチゲと見まちがえるくらいで、あまり目を引く花ではありません。 写真上下 オオミスミソウ(Hepatica nobilis var. japonica
f. magna) 写真下左のように花弁が薄いピンク色や、写真下右のようにオシベに色が付いているのもありますが、色の変化には乏しい。 一カ月前の2023年2月28日、つくば市の筑波実験植物園では雪割草の一つオオミスミソウが咲いていました(写真下)。オオミスミソウは主に日本海側に分布していて茨城県にはありません。山登りのような苦労もなく草花が見られるのが植物園の良い点だが、早すぎるのか、数も少なく、良い被写体がありませんでした。 写真上 オオミスミソウ(Hepatica nobilis var. japonica
f. magna) 山形市から100kmほど離れた大館山 には昨年もヤブツバキを見に来ました(下の地図)。大館山は山形市よりも北にあるのに、日本海に近いので春が早い。 地図で見ると、100kmくらいで近そうですが、山形県には2023年の今も横断や縦断できる高速道路はなく、このルートも制限速度70km/hの高速道路と三か所もの料金所を通過しないとたどり着けません。山形県の中央にある月山の南側を通過するので、三月末、四月上旬は道路の両側にはまだ残雪があります。写真下は標高450mほどにある月山湖パーキングエリアで、名前のわりにはここから月山湖は見えません。 大館山のある大山公園の駐車場は去年よりも明るい。写真下左が2022年4月12日、右が今回2023年3月30日で、桜の後ろにあった杉林がすべて伐採されています。植樹されたスギは森を暗くして、背の低い植物を駆逐します。普通、樹木が切られると自然破壊のような印象なのに、スギが伐採されると散髪の後のようにすっきりします(笑)。 東に見える月山は、いつも山形市内から西に見ている月山とは左右が逆なので、ちょっと違和感があります(写真下左)。北に見えるのが秋田県との県境にある鳥海山で、山形市街からは見えません(写真下右)。 下の地図が今回歩きまわった範囲で、ここはハイキングコースとして整備されているので歩きやすい。大館山は標高273m、八森山が220mほどで、駐車場からの標高差もこのくらいですから、気軽に登れる山です。昨年、2022年にヤブツバキを探して歩いた時に見た花を含めてご紹介しましょう。 下池の遊歩道 上の地図で、大山公園の北側に下池という大きな沼があり、周囲を一周できるので、散歩コースになっていて、皆さん、軽装で歩いています(写真下)。 大山公園と下池は昔から観光地だったらしく、だいぶん昔の絵葉書にも下池が描かれています(写真下左)。写真下右は同じ方向から撮った写真で、池の向こう側は、絵葉書時代は林だった所に住宅地が広がっています。右奥に見える山は鳥海山です。 下左の絵葉書では、和服を着た人たちが下池に舟を浮かべ、岸辺を散策する姿が描かれていて、空想で描いたと思ったら、下右の絵葉書の写真では、そのままの光景です。絵葉書になったくらいで、ここは観光地として知られた場所だったのでしょう。 下池に沿った遊歩道の山側にはたくさんの花が咲いています。遊歩道などを作ると、この種の草花は減ってしまうことが多いのに、ここはしっかりと保護されているようで、お花畑が道沿いに続いています。 ここは海が近く、遊歩道は標高20~30mほどで、平地並みの高さしかないのに、低山に生える春の草花が花を咲かせています。 写真上下 キクザキイチゲとカタクリ 散策路に沿って咲いている花で、山形市の私の裏山と違うのは、ここのキクザキイチゲは白花が多いことです(写真下)。 写真上下 キクザキイチゲ(菊咲一華、Anemone
pseudoaltaica) 私の自宅の裏山のキクザキイチゲは薄紫が多いのに(写真下)、ここは薄紫は少数派です。薄紫のキクザキイチゲが私の好みなので、白いと別な花みたいで、なんとなくよそよそしい(笑)。 一カ所だけ、ルリソウが生えています。高館山などを歩き回っても、ルリソウはここしか見かけませんでした。去年よりも多い。日本の固有種で、中部地方から北に分布します。いつ見ても、青色が印象的です。 写真上下 ルリソウ(瑠璃草、Omphalodes
krameri) 長い間、写真下のような水色のエンゴサクはエゾエンゴサクだと思っていたら、最近は北海道に生えているのをエゾエンゴサク、東北地方に生えているのをオトメエンゴサクと分けたようです。 写真上下 オトメエンゴサク(乙女延胡索、Corydalis
fukuharae) 東北地方には他にもヤマエンゴサク、ミチノクエンゴサクなどがあり、花の形はどれも似ていて、私には区別がつきません。花の下についている苞(ほう)という葉の形で区別するそうで、老眼には無理です(笑)。写真下左のような薄い水色が好みだが、写真下右のような先が薄紫なのもおしゃれ。 下池の雪割草 下池の遊歩道に面した山側の斜面に雪割草が簡単に見られます。私の裏山に生えている雪割草に比べて、葉が少し大きいような気がします。 上下 オオミスミソウ(Hepatica nobilis var. japonica
f. magna) 花が群生している斜面は立ち入り禁止の看板が立って・・・いや、倒れています(写真下右)。 ここにも薄いピンクや薄紫はあるが数は少ない(写真下)。雪割草は山の上のほうにもあるらしい。報告した人たちも具体的な場所は公表しませんから、自分の足で探してみましょう。 山道の花 山の上の雪割草を探しに、下池の遊歩道から大館山のハイキングコースを登ります。大館山は集落に近いわりにはスギなどの植林が少なく、大半が落葉樹なので、春先は地面まで光が届き、背の低い草花が生育しやすい環境です(写真下)。まだ葉が茂っていないので林は明るく、歩いていて気持ちが良い。 ここは1986年には「森林浴の森日本100選」に選ばれた、というよりも、そういう自治体が集まって指定したようです。それならば、植林されたスギはすべて伐採したほうがいい。 樹木はコナラ、トチ、ブナらしいが、私にはどれがそれなのかわからない(笑)。場所によって写真下のような古木が生えていて、山が長年保全されてきたことがわかります。ここは林野庁が1974年に「自然休養林」に指定しています。ただ、選考の基準は樹木などの自然保護というよりも、道路や宿泊地の整備など、休養地として整備されていることです。 ショウジョバカマは低地から高山まで生えていて、湿った所も好むらしいが、やや日陰の乾いた斜面でも見かけることがあります。薄紫系が多い中、写真下のピンク色がなかなかきれいです。 写真上下 ショウジョウバカマ(猩々袴、Heloniopsis
orientalis ) 春の妖精(Spring ephemeral)と言えばカタクリでしょう(写真下)。高館山にもあちこちに群生しています。 写真上下 カタクリ(片栗、Erythronium
japonicum) 盗掘しようとする人たちがいますが、お勧めしません。盗掘するなという意味だけでなく、実際に掘り起こすのが難しいからです。私の庭にもカタクリが生えていて、種がこぼれて、通路などに生えてきます。移植しようと掘ると、意外に球根の位置が深く、ツルハシのような本格的な道具でないと難しい。しかも土中の茎が細長く弱いので簡単に折れてしまい、何度も私は失敗しました(笑)。 カタクリが盗掘を免れる大きな理由の一つが、この根の掘りにくさではないでしょうか。昔の人たちは掘り起こして片栗粉を作ったというのだから、すごい。今は片栗粉モドキをスーパーで買ったほうが楽です。 種から育てるのもかなり難しい。難しい理由の一つが種の採集で、四月に咲いていたはずのカタクリは、五月になると葉も枯れてしまい、周囲に他の植物がのび始めることもあり、目印の特徴ある葉が探しだせない。それなりに群落していたところに行っても、葉は見つかりません。すべての花に種がつくのではないから、花の数のわりには種になっているのは少ない。種が熟するのは初夏で、その頃には草木が生い茂り、いよいよ見つけられない。しかも、種を植えても花が咲くのは7~8年先です。カタクリは夏の暑さや直射日光に弱いので、街中の庭では育ちません。 スミレも多い(写真下)。名前は相変わらず自信がありません。 写真上下 スミレサイシン(菫細辛、Viola
vaginata) スミレは「スミレちゃん」と呼びかけたくなるような愛らしさがある(笑)。しかも、オシャベリなイメージです。 写真下はスミレサイシンにしては色が薄くピンクがかっています。モモイロスミレサイシンというのもあるそうです(『スミレが好き。』上野紘機、2022年、97ページ)。 この地域で後ろから角が出ているようなスミレはたいていナガハシスミレなので、わかりやすい(写真下)。 ナガハシスミレ(長嘴菫、Viola
rostrata Pursh) イワウチワも広葉樹と仲良しで、適度な陽射しと適度な日陰のある林の中の中を好みます(写真下)。つまり、杉林など針葉樹はダメです。 写真上下 イワウチワ(岩団扇、Shortia
uniflora) 直射日光がそのままあたるのと違い、木漏れ日が花にあたると、花が明るく浮き上がり、より目立ちます。これは偶然ではなく、花が虫を集めるための作戦なのでしょう。私はそのオコボレにあずかっている。 去年、大館山にヤブツバキを探しに来ました。山頂付近から下池にかけて、ヤブツバキの群落があり、今年も花を咲かせています(写真下)。 写真上下 ヤブツバキ (薮椿、Camellia
japonica) 今回の収穫は、写真下のピンク色のヤブツバキを見つけたことです。ヤブツバキは普通、写真上右のような赤色なのに、写真下はピンク色です。野生のヤブツバキはユキツバキと違い、色の変化に乏しいという説明があり、実際、花の色はほとんど同じです。ここは保護されている地域だから、植樹したはずはなく、野生なのでしょう。こんなきれいなピンク色なら自分の庭にも植えてみたい気がします。 ギフチョウとヒメギフチョウ 今回はギフチョウをたくさん見かけました。昨年来た時に比べて非常に多い。気温が高く、春が早かったことが何か影響しているのかもしれません。 写真上下 ギフチョウ(岐阜蝶、Luehdorfia
japonica) 私は最初、これをヒメギフチョウだと思っていました。去年もユキツバキを探しに行った山形県の南部の米沢市で見たからです。ところが、写真を良く見ると、ギフチョウです。 写真下のヤマザクラに停まっているギフチョウは、かわいそうに、羽が欠けています。がんばるんだぞ! ネットで調べると、ギフチョウとヒメギフチョウの分布には明瞭な違いがあるようです。下の地図左は国土交通省のホームページにあったもので、ピンク色がヒメギフチョウ、緑色がギフチョウの分布を表わします。二種類の蝶の分布の境をリュードルフィア・ライン(Luehdorfia Line)、日本語では蝶境(ちょうざかい)といい、右側の白地図と比較すると、蝶境はちょうど山形県を縦断するように走っています。 地図左 国土交通省松本砂防事務所のホームページから転載 蝶境にあたる山形県大石田町はギフチョウとヒメギフチョウの両方が生息していることから、下の新聞記事のように、長年にわたり保護活動が行われています。 山形新聞朝刊、上左2023年5月19日、上右2022年5月21日 下左2019年5月14日、下右2018年5月15日 もう一カ所の雪割草 他の人の雪割草の目撃談から、たぶん大館山のあのあたりだろうと行くと、ありました。陽当たりの良い斜面に生えています(写真下)。 上下 オオミスミソウ(Hepatica nobilis var. japonica
f. magna) 雪割草はキンポウゲの仲間ですから、花弁のように見えているのはガクで、花弁はありません。ここも真っ白と薄いピンクが最も多い(写真下)。 薄いピンクの中にも、写真下左のように、真ん中が白くて端が薄ピンクもあれば、写真下右のようにほぼ全体が薄いピンクもあります。 ここまでなら、下池の散策路でもこれに近い花が少しありました。ここはもっと花弁の色が濃く、ピンク色もあります(写真下)。 薄紫は下池の散策路でもありましたが、ここのはもっと濃い紫もあります。 雪割草の一つミスミソウ(三角草)という名前の由来が葉の形です。独特の形をしているので、花がなくても、ミスミソウの仲間だとわかります。 ここは総じてにぎやかに咲いている中、ポツンと一人で咲いている花もある(写真下)。 雪割草という名前は、雪がまだ残っている間から、花を咲かせるイメージが、待ち焦がれた春の訪れを象徴するようで、日本人には心地よい。そのせいか、雪割草という名前のついている草花はいくつかあります。 ここで取り上げたミスミソウの仲間にはユキワリソウという名前の草花はなく、カタカナで表記するユキワリソウ(Primula farinosa subsp. modesta)とはサクラソウを指します。そこでミスミソウの仲間を雪割草と漢字で表記して区別しているようで、私もこれを使いました。 学者たちの解説を読むと、雪割草の仲間は大まかにはスハマソウ、ケスハマソウ、ミスミソウ、オオミスミソウの4種類、細かい分類では6種類です。しかし、詳しいことは確定していないようで、例えば、スハマソウの分布は学者によって次のように違っています。 「神奈川県、東京都、千葉県、標高の低い所に自生する。」(国際雪割草協会) 「スハマソウは本州・四国に分布するとされ、岡山県には分布せず、近縁のケスハマソウが分布する。」(岡山理科大学 生物地球学部 生物地球学科) 前者は関東地方の一部だけ、後者は本州と四国と、ちょっとした違いとは言えないほど違います。さらに国際雪割草協会のホームページで示された分布の地図では上記の説明とも違って、スハマソウは東北地方の太平洋側にも分布していることになっています。雪割草を紹介している他のホームページを見ても同様の違いが見られます。 これらの混乱は、それぞれの地域にある雪割草がスハマソウか、ミスミソウかという判断の違いから来ているのでしょう。つまり、それくらい明瞭な区別が専門家でも難しいらしい。素人には細かい分類はどうでもよく、全部まとめて雪割草です(笑)。 分類が難しいだけでなく、オオミスミソウには次のような長たらしく、しかも全然違う学名があります。 Hepatica nobilis var. japonica f. magna Anemone
hepatica
var. japonica f. magna 学名が二つある理由の説明が探せないので、素人推測をするなら、元々はAnemoneの亜属だったのが、後でHepatica属に分離されたらしい。それなら、新しいほうで統一すればいいのに、納得しない人たちがいるのでしょう。 高館山は私の自宅から遠いのが残念なくらい、高すぎず低すぎず、きつすぎず楽でもなく、いつ来ても適度に心地よい山です。今日も雪割草や他の花たちと春の楽しい一日をすごせました。 |