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市街地に繁茂するバイカモ

 

 夏の暑い時期、きれいな川の水面に咲くバイカモは涼しげです。本州と北海道に広く分布し、山形県でもそれほど珍しい植物ではありません。前に訪れた遊佐町の牛渡川などが有名です。山形県では住宅地や市街地でもバイカモが見られるというので、見に出かけました。

 

写真上 バイカモ(梅花藻、Ranunculus nipponicus var. submersus)

 

 

柏倉のバイカモ

 山形市の西部にある柏倉上丁地区では住宅地の水路にバイカモがあるという。ヒメサユリなど見に行った富神山のそばです。2022622日に出かけました。

 山形市でも梅雨に入りましたから、天気が良い()。これは冗談ではなく、梅雨入り宣言をした後で、関東から西で大雨になっていても、雨が降らないのは山形市では珍しくありません。下の地図でわかるように、両側を山で囲まれているので、雨雲が来ても山に降ってしまい、山形盆地には降らない。飲み水や農業にそれほど困らないのは、山に降った雨が川に流れてくるからです。

 

 

 

 

 これはすごい(写真下)。川を埋め尽くす白いのはゴミではなく、バイカモの花です。

 

 

 

 水量はかなり多く、水は勢いよく音をたてて流れ下っています。住民の方に聞くと、今年は特に花が多いそうです。

 

 

 

 写真下で男性がジョウロに水を汲んでいるように、この水は住民たちも利用している生活用水です。「バイカモン」というキャラクターが「上丁にカモン!カモン!!」と呼んでいる(写真下右)。バイカモのキャラクターなら、マントは赤ではなく、緑のような気がする()

 

 

 

 

 水の中で花を開いているのもあります(写真下)。バイカモは水中花と水上花の両方があり、どうやって受粉しているかについてはまだ定説がないそうです。

 

 

 

 下の地図の赤い線で示した部分の側溝にバイカモが繁茂しています。

 

 

 だが、集落の中に500mほど東に下ったあたりから、バイカモは急に減ります(写真下左と中)。やがて水路はコンクリートで蓋をした暗渠(あんきょ)となり、当然、バイカモなどあるはずもない(写真下の右)

 

  

 

 気になるのが、蓋をする前からバイカモが急に減り始めたことです。流れは変わらないし、見た目の透明度も変わらず、ゴミもないのに、何が気に入らないのか、急に減りました。ただし、写真下のグーグルのストリートビューを見ると、写真上中と同じ場所の水路に緑色のバイカモが写っていますから、今年だけ少ないのかもしれません。

 

写真上 ストリートビューから転載

 

 いったいどこから、こんなにきれいな水がこんなにたくさん流れてきているのか。私は地図を見た時、これは集落の北を流れる富神川から引いた水だろうと考えました。水源は予想外の所にありました。水路をたどっていくと、集落の西を走る道路の近くの四角いコンクリートの箱があり(写真下左)、塩化ビニールのパイプから激しい勢いで水が流れ出ています(写真下右)

 

 

 

 地元の人に聞くと、ここから水が湧き出ているのではなく、富神川の上流から引いてきているという。コンクリートで覆われ、塩化ビニールのパイプで流しているのがとても残念で、大きな岩を並べて水の神様でも祭って、聖域として大事にするべきでしょう。この水源から50mほど下流の水路のそばに「上丁の観音堂」がありますから(写真下)、昔、水を祭るために建てられたのかもしれません。

 

 

 

 コンクリートの水源から先は地中に埋められていてわからないので、集落の北を流れる富神川に行ってみました。写真下のように、ほとんど水が流れていません。

 

 

 

 まだ梅雨の時期だというのに富神川の水量が少ないのは、上流で農業用の溜池に水を横取りしているからです(写真下)。工期の終わりが2020(令和2)とあるから、最近作られた施設です。

 

 

 

 溜池よりさらに上流に溜池用の取水口があり(写真下左)、そこから下流は水がほとんど流れていない(写真下右)。この取水口の水が集落への梅花藻水なのか、確認はできませんでした。でも、たぶんそうなのでしょう。

 

 

 

 もう一つ気になるのが写真下で、これは溜池や取水口近くの道です。除草剤がまかれ、周囲は緑なのに、道の両側は草が枯れている。幸い、取水口(写真上左)よりも少し下流です。取水口よりも上流で除草剤をまけば、バイカモは全滅します。草刈り機で草刈りするよりも、除草剤が楽で安くあがるのはわかる。だが、水源の近くで除草剤などの農薬を使うのはやめたほうがいい。

 

 

 この種の公共工事で気になるのが、このように水路を地面の下に埋めてしまうことです。地震などで地中の水路が破壊されたら、またこれだけの大規模な工事をすべてやり直すつもりらしい。日本は単年度予算で、長期的戦略が不得意で、わずか半世紀前の高度経済成長期に作られた橋や水道がボロボロです。これを反省し、ローマ時代に作られた道路や水道の中には現役もあることを参考するべきでしょう、と私は言いながら、彼らはやらないのだろうと思っている()

 

 

 十年前に原発崩壊という大惨事を経験したのだから、あの時、再生可能エネルギーに舵を切っていれば、世界を科学技術の面で先導できて、日本の経済力に結びついたはずです。2022年のウクライナでの戦争で、エネルギー価格が高騰しても、影響はもっと少なくて済んだはずです。

 現実は正反対で、これをチャンスとばかりに地震大国の日本には合わない原子力発電所を再稼働させ、さらに増やそうという目論見らしい。それでは新しい科学技術の創生につながらず、日本はますますエネルギーという巨大市場から立ち遅れ、経済力の衰退を招くことがどうしてわからないのだろうと、昔は腹立たしかったが、今はもう諦めてバイカモを眺めている。年を取ったのでしょう()

 

 

 水源は集落のすぐそばにあり、そこから数百メートル下流までの短い区間でのみバイカモが生えています。上流の水源などの工事が数年前に終わったばかりなので、今後どのような影響が出るか、柏倉の見事なバイカモも気を付けるのはこれからです。

 

 

 

 見た範囲では、バイカモは上流のコンクリートの側溝にはそれほど多くないのに、少し下った写真上の石積の側溝になると、大繁茂しています。石垣の側溝は底が小石で出てきているから、バイカモは根でつかまりやすいのでしょう。石垣の側溝自体が、ある意味で文化財ですから、大事したほうがいい。

 写真下は集落の最上流でのバイカモで、側面も底もコンクリートの不愛想な側溝にも花を咲かせています。

 

 

 バイカモは写真上のようにコンクリートが古くなって表面にデコボコができて、さらに川底に泥や石が流れてきたから、根がはりやすくなっただけで、コンクリートは嫌いなはずです。

 

 

 最悪はU字溝で、バイカモがつかまるところがないだけでなく、幅が狭いから水流が早すぎて、根が張れない。その実例を次の楯山で見ました。

 

 

 

楯山のバイカモ

 バイカモが生きるためにはきれいな水が必要です。ただ、どの程度きれいな水が必要なのか、良くわからないことを示す事例が山形市内の楯山のバイカモです。この街を通る幹線道路は山寺街道と呼ばれ、松尾芭蕉の俳句で有名な山寺に行く途中の街道で、その側溝にバイカモがあります。

 

 

 下の地図で赤丸を付けたのがバイカモが見られた場所です。地図の青い線が川から引かれた用水路で、実際はもっと細かく分岐して③や⑥にも流れています。側溝の多くは私有地の中を流れていることが多く、近寄ることが難しいので、私の目撃は道路から確認できた範囲になります。

 

 

 もっとも繁茂していたのが①で、花も咲いている(写真下)。両側が個人の住宅なので、道路から見るしかありません。

 

 

 

 本当にバイカモなのか、右上の写真を拡大したのが写真下で、間違いありません。

 

 

 意外だったのが③で、完全なコンクリート製の側溝なのに、バイカモが繁茂しています(写真下)。塀にはバイカモの保護を呼び掛ける張り紙もあり、駅からも近く、側溝のそばで見られるので目撃例も多い。

 

 

 

 

 次に目撃例が多いのが、大岡山(おおおかやま、標高400m)の登山口への通路になっている④と⑤です(写真下)。大岡山は山形市内から気軽に来れて、山形百名山にも選ばれているので登山客は多く、この日も何組かに会いました。ただ、ここはバイカモはそれほど繁茂していません。

 

 

 

 柏倉に比べると、花も少なく、全体としては繁茂しているという雰囲気ではありません。しかし、こんな住宅地の中の水路に清流を好むバイカモが生えているのには驚かされる。

 楯山の側溝の水は、東から流れて来た菰石川(こもいしがわ)の二カ所から取水されているようです。下流の楯山の街中にさえもバイカモが生えているのだから(下地図の赤丸)、上流の菰石川にはもっとあるに違いない。

 

 

 写真下の菰石川は、どうだということもない普通の川で、そのまま2キロメートルほど上流までたどってもバイカモは見つかりませんでした。

 

 

 

 下の地図を見るとわかるように、楯山から上流の約1.5kmほどは線路で遮られていることもあって、川の両側には民家も少なく、川が山の麓の田畑よりも高い所を流れているので、田畑からの水は流れてきません。生活用水や農薬の流れ込みが少なく、その間に浄化されるのが、下流の楯山でバイカモが見られる理由だろうと思って、さらに上流に行くと、とんでもない光景に出くわしました。

 

 

 川に作られた段差の下に大量の泡ができている(写真下左)。これって、水が汚いという証拠じゃないか()。取水口から百メートルほどの民家近くでも、細かい泡が浮いているのが気になりました(写真下右)。この川は汚染されているのに、ここから取水した水路にどうしてバイカモが生えているのか??

 

 

 

 途中から湧き水が加わっているのではないか。実際、菰石川のそばには写真下のような「延命水」という名前の地下水が汲み上げられていて、飲めるという。ただ、この地下水は菰石川をはさんで楯山とは反対側にありますから、この水が楯山の水路に直接流れているのではありません。

 湧き水があるかどうかを確認するのは簡単で、二カ所の菰石川からの取水口を閉じてしまえばいい。ただ、行政も地元の人たちも私のこの興味に付き合ってくれそうもない()

 

 

 

 汚れを示す泡を見てしまったので、お口直しに、もう一か所、上の地図で赤丸()で示した場所にバイカモを見にいくことにしました。

 ありました。農道の脇の用水路の中に生えていて、少しだけ花も咲いています(写真下)。地図でもわかるように、ここは菰石川とは別な水系で、泡はない()

 

 

 

 この数メートルの石でできた側溝にだけ生えていて、その前後のコンクリートの側溝ではバイカモは生えていません(写真下左)。写真下左のコンクリート側溝はU字溝ですから、表面はつるつるしてバイカモはつかまることができず、幅も狭いから流れが速すぎる。

 写真下右で、石でできた側溝も生えているのは下流だけで、上流(手前)に生えていないのは、上流が山に近く、より陽当たりが悪いからかもしれません。バイカモが生えている側溝はたった2mほどで、風前の灯火のようにも見えます。下流のU字溝を取り除いて、川底に石ころのある幅の広い側溝にしてバイカモをもっと増やすのはそれほど難しくありません。

 

 

 

 

山形市街地にバイカモ?

 柏倉や楯山は山形市の住宅地といっても、市の中心からは離れています。ところが、山形市の市街地を流れる山形五堰(やまがた ごせき)と呼ばれる用水路にバイカモがあるという!私の子供時代、そんな話は聞いたことがなかったので、驚きました。

 

「・・2005年頃には御殿堰や笹堰で梅花藻が生育し始め、ほたるも見られるようになった。」(Wikiwand 山形五堰)

 

 山形五堰とは、江戸時代初期の1624年頃に作られた用水路(疏水)のことで、蔵王から山形市に流れてくる馬見ヶ崎川(まみがさきがわ)の五カ所の堰から取水したことから山形五堰と呼ばれ、御殿堰や笹堰はその一つです。市役所のホームページでも下記のように紹介されています。

 

 

 県庁所在地の市街地にバイカモが生えているなど、日本中探しても山形市だけでしょう(←自慢している)

 下水道の普及によって山形五堰もきれいになり、その一部でバイカモが見られるようになったらしい。ネットで調べてみると、主な目撃例は二カ所あり、下の地図の赤丸で示した山形大学の近くと市立図書館の近くです。たしかに市街地の真ん中にバイカモがある!

 

 

 20226月下旬、私が探し歩いたのは下の地図の青で示した部分と、市立図書館の水路です。

 

 

 だが、見つかったのは上の地図で赤丸で示した二カ所のみで、しかも、写真下のように、なんとも寂しい状態です。山形大学と市立図書館の周囲にはまったくありませんでした。山形市の宣伝と実態はだいぶんかけ離れています。

 

 

 

 2001年に「山形五堰の流れを考える会」が発足して、清掃などの努力によってバイカモが山形五堰に現れて、2005年には新潟日報に取り上げられ、2009年には「日韓国際梅花藻サミット」が山形で開催され、この頃は一般の人たちも山形五堰のバイカモをさかんにブログなどで書いています。

 ところが、バイカモを見たという書き込みは2009年をピークにだんだん減り、2015年頃を最後に、ネットで検索してもほとんど出てきません。ただ、この十数年間に汚染が進んだという話は聞きません。

 「山形五堰の流れを考える会」の責任者が亡くなったらしく、活動している様子がありません。さらに深刻な理由を示すのが、同じ場所を写した写真下の二枚で、左は2022624日、右は昨年の2021731日で、昨年は水が流れていない。同じ場所であることは同じ車がここを駐車場代わりにしていることからもわかります()

 

 

 

 写真下のように、昨年の七月末は水が流れておらず、バイカモとミドリモの干物が川底にへばりついています(写真下)。これではバイカモが残るはずがない。水は自然になくなったのではなく、人為的に止めた。しかし、けしからん、とは怒れない事情が山形市にはあります。

 

 

 

 山形五堰は写真下の馬見ヶ崎川(まみがさきがわ)から取水しています。馬見ヶ崎川は蔵王から流れてきていて、蔵王ダムが山形市民の水源になっています。渇水期には蔵王ダムの放水を減らしますから、川の水量は減ります。

 

 

 写真下は昨年の七月末の馬見ヶ崎川の様子で、川底が出るほど水量が少ない。下流には田んぼがあって、馬見ヶ崎川の水が頼りですから、これを大幅に減らすことはできません。私など農家は単位面積あたりの水代を払っている。そこで、市街地を流れる山形五堰の流れは止められてしまい、水代を払っていないバイカモは干上がった。

 飲料水かバイカモか、稲作かバイカモかと選択を迫られたら、バイカモとは言いにくい。

 

 

 長い間、山形五堰にバイカモがなかったのに、2000年代に現れた理由の一つは、水源の馬見ヶ崎川にバイカモがあるからです。馬見ヶ崎川のバイカモらしいのが写真下左で、水底に緑色の藻が見えます。これ以上、近づけなかったので、バイカモかどうか確認していません。雰囲気だけで言うなら、バイカモです。山形市は市内を流れる川にバイカモがあるくらい水がきれいなのです(←また自慢している)

 

 

 

 現在の馬見ヶ崎川は、前は山形城の北側を流れていたのを、江戸時代の1624年に藩主の鳥居忠政が治水のために流れの方向を変え、山形五堰もこの時に整備されたと言われています。

 下の左の地図は江戸時代前の山形と馬見ヶ崎川の様子を示した地図の一部です。これは山形県立図書館に所蔵され、ネットで公開されている「最上家在城諸家中町割図」で、江戸時代中期に書き写されたとされています。この地図に基づいて、新旧の馬見ヶ崎川を比べたのが右の地図です。三つのお寺の位置はたぶん変わっていないだろうから、そこから江戸時代前の旧・馬見ヶ崎川(赤い線)を推測しました。

 

 

 蛇行しながらもほぼまっすぐ流れていた馬見ヶ崎川を強引に北に捻じ曲げた。このように不自然に曲げるとかえって災害が起きそうなのに、実際は水害が減ったそうです。山形城は内堀と、現在は埋められてしまった外堀があって、ここに大量の水を流す必要があって、旧・馬見ヶ崎川のそばに建てられたのでしょう。江戸時代になって戦さがなくなって掘の必要性が下がり、街中の水害が問題になったので、城と街から川を遠ざけ、生活用水を確保するために山形五堰を整備した。

 刀で殺し合いをしていた連中の意図とは関係なしに、四百年後の山形市内では、彼らが作った堰のきれいな水の中で少しだけバイカモが花を咲かせています(写真下)

 

 

 

バイカモのソックリさん

 水がきれいで流れがあることがバイカモの生育条件とされています。しかし、この条件にあてはまらない事例を山形県山辺町の作谷沢地区で見つけた!と思ったら、実はバイカモのソックリさんでした。

 山辺町の作谷沢は山形市の西に位置して水脈が豊かで、湧き水を訪ねるコースもあります。きれいな湧き水とくればバイカモです。2022629日、関東では早々と梅雨があけて、山形でも猛暑が続く中、標高400mほどの涼しい作谷沢地区に出かけました。

 

 

 下の「まんだらの里作谷沢」は山辺町が2015年に発行した湧水を訪ねる地図です。地図の発行と同時に遊水地に看板を立てるなど整備を行ったようです。環境省の「山形県の代表的な湧水」として、山辺町だけで12カ所も登録されています。

 

 

 湧き水の一つ、子安大明神の龍神水は道路のすぐ脇にあり、龍神の口からかなりの量の水が噴き出ています(写真下)。龍神が二日酔いなら龍神のゲロ・・・つい要らぬ連想をしてしまいました。この日、外は三十度だというのに、水はかなり冷たく、ペットボトルに入れている間、手を持ち替えたほどでした。

 

 

 

 写真下は萬年水で、亀さんが口から水を出しています。藪の中から突き出た亀らしくない丸い頭と、隈取りした眼が恐いので、目を合わせないようにしながら、汲み取ります()。こちらも冷たくておいしい。

 

 

 

 写真下左の「亀の子」は、「たらたら清水」という名前どおりにタラタラと亀さんの口からヨダレが垂れている程度なので、亀のヨダレは汲み取れない。

 写真下右の御所清水(ごしょすず)は藪に埋もれてしまい、壊れた看板がなければ、ここが湧水地とはわからない。藪の中の側溝も詰まっているのか、水は山道に流れ出しています。自分の地元なら、草刈り機で草刈りをしてあげたいところです。

 

 

 

 これだけきれいな水があれば、当然バイカモがあります。その一つが小針生(こばりゅう)です。

 

 

 小針生は写真下左のような小さな集落で、この日、ここで私は誰とも会いませんでした。稲荷神社のそばに湧き水があるはずなのに、案内表示は何もありません。

 「まんだらの里作谷沢」の説明には「・・小さな稲荷神社があり、その脇から湧いているのが稲荷様です」とある。これを読んだ時、私の脳裏には『まんが日本昔ばなし』のように、狐の姿の稲荷様がボコボコと地面から湧いてくる光景が浮かびました()。実際の稲荷神社は写真下右の奥に見える小さな社で、竹など藪に覆われて近づくこともできないので、ボコボコと湧いてくるという楽しそうな稲荷様に遠くからご挨拶をしました。

 

 

 

 写真下左の、稲荷神社の下が湧水源らしく、そこから写真下右の水路があって、バイカモがあるのは、この50mほどの水路と書いた部分のみです。そこから先はU字溝の用水路なので、バイカモはありません。

 

 

 

 水路は草刈がしてあること以外は手入れはされていません。反対側の岸は草が刈られていないので、一部で水路に覆いかぶさり、陽射しを遮り、バイカモの生育を妨げています。

 

 

 

 

 写真下は、そばまで寄ってバイカモを観察できるように設けられた木道で、恐る恐る足をかけてもまだ大丈夫でした。反対側の板は、草が生い茂っているのでたどり着けない。水路に落ちるのを覚悟でジャンプするなら別です。

 

 

 

 流れは静かで音もしません。水が流れているのは、写真下右のように、バイカモが下流方向に倒れているのと、下流の細いU字溝から先は勢いよく流れているので、それなりの水量があるのでわかります。

 

 

 

 流れがゆっくりしているおかげで、バイカモから泡が絶え間なく上がってきていて、光合成をして酸素を出しているのがわかります(写真下左)。昔、私は水槽で育てていた水草から泡が出るのを、この泡ぶくのおかげで自分は生きていられるんだなと、飽きもせずに見ていた()

 

 

 ここでもU字溝はバイカモの敵です。バイカモの生えている水路は途中から90度角度を変えて、U字溝に流れていきます(写真下左)。水路にはあれだけ生えていたバイカモが、U字溝に入ったとたん一本もありません(写真下右)U字溝は幅が狭いので、水流が速すぎるのでしょう。バイカモが生育するためには、水質だけでなく、流れの速さなど、いくつか条件が必要なのがわかります。田んぼはもう作っていないようなので、私の所有地なら、U字溝を取り除いて上流と同じ幅の広い水路に戻します。

 

 

 

 小針生のバイカモを見て帰る途中で、田尻沼に寄りました。写真下のような、バイカモなどあるはずもない濁った農業用の溜池です。

 

 

 

 わざわざ立ち寄ったのは、四年前の2018823日にここで意外な物を見たからです。

 田尻沼は堤防を築いて作った人工的な溜池で、水が流れ込む側のU字溝は枯れていて、水は濁っています。水生植物がいくつかあり、最も多い浮草はヒシで、日本中の溜池などに見られ、水の汚れにも強いらしい(写真下)

 

 

写真上 ヒシ( Trapa japonica)

 

 水の表面には腐ったアオミドロのような藻の残骸が浮いています。赤いコイが泳いでいるくらいで、水の透明度はかなり低い(写真下左)。コイは排泄物で水を汚すだけで浄化はしてくれません。ただイトトンボが飛んでいるから、水は濁っているだけで、汚染されているというほどではないのでしょう(写真下右)。実際、腐ったような臭いはありません。

 

 

写真上右 クロイトトンボ(Paracercion calamorum)

 

 コイの行方を目で追っていくと、何か白い花が咲いています(写真下)。水辺まで近づき、写真下の水草の葉を見て驚きました。バイカモじゃないか!?

 

 

 

 遠くからヒシの花かと思っていた写真下の白い花は、良く見るとバイカモの花です。え゛―――!こんな流れもない濁った水にバイカモ???清流にしか生えないバイカモという定説を覆す大発見です()

 

 

 

 いくらなんでも、これがバイカモなんてありえない。花が水面からパラパラと出ている光景はどこかで見たことがある。それが、つくば市の外来種が繁栄する並木池で撮った写真下で、北米原産のカボンバです。

 

IMG_5402

写真上 つくば市の並木池のカボンバ(Cabomba caroliniana)

 

 小針生のバイカモ(写真下左)とカボンバ(写真下右)の葉は良く似ていて、素人目に区別がつきにくいし、花の大きさも色もほぼ同じです。

 

 

写真上右 Wikipediaから転載

 

 両者の決定的な違いが花弁の数で、バイカモは花弁が5枚、カボンバは6枚です。田尻沼に咲いている花の花弁の数は写真下のように6枚です。つまり、これはバイカモではなく、外来種のカボンバです。

 

 

写真上 田尻沼のガボンバの花

 

 小針生のバイカモの花弁は5枚です(写真下)。これだけ良く似た植物なのにまったく別な植物だという。

バイカモ → キンポウゲ目キンポウゲ科キンポウゲ属

カボンバ → スイレン目ハゴロモモ科ハゴロモモ属

目、科、属って何なのか、実は私も良くわからない()。ただ、完全に他人の空似で、シャチとサメくらいの違いがありそうです。

 

 

写真上 小針生のバイカモの花

 

 田尻沼は人工的な溜池ですから、外来種のコイを放し、外来種のカボンバを持ちこんだという、ありがちな話です。『緊急SOS!池の水ぜんぶ抜く大作戦』(テレビ東京)というテレビ番組で、人家から遠い山の中の溜池の水を抜いてみると、外来種だらけだったという恐ろしい実態が放送されていました。

 カボンバは日本では環境省から「要注意外来生物」というお墨付きまでもらっています。カボンバにはハゴロモモ(羽衣藻)というきれいな和名が付いています。日本の生態系を脅かすかもしれない植物に、あまりきれいな名前は付けないでほしい。

 

 

 

 

市街地にバイカモがある長井市

 山形市の市街地のバイカモは探すのも一苦労でした。一方、市街地の用水路にたくさんバイカモが生息しているのが山形県南部にある長井市です。西の朝日連峰から流れ来る豊かな水がこの街を潤しています。1996年に「水の郷百選」で山形県は四件選ばれ、その一つが長井市です。

 

 

 長井市は花を大事にする街で、個人宅の庭を開放する「花のこみち」という運動もあります。1966年に設立された「長井植物愛好会」の機関紙『ひめさゆり』はすでに50号をこえているのを見れば、花好きが付け焼刃ではないのがわかります。

 その中でも有名なのが六月に開かれる「あやめまつり」です(下図の左)。他の地域のアヤメ祭と同様に、実際に植えられているのはアメヤではなくハナショウブです。他と少し違うのは「長井古種」という長井市独自の品種があり、写真下右の『長井古種花菖蒲図録』(長井市商工観光課、2015)によれば、長井市指定天然記念物として13種類、他にも長井古種と認定されたハナショウブが34種類あります。

 

 

 

 バイカモも市をあげて宣伝していて、案内図もあります(下図)

 

 

 

 下の山形新聞の記事のように、「ながい黒獅子の里案内人」という観光案内の組織が大学と組んでバイカモの調査や保護など積極的な活動をしています。ただ、これらの調査結果がネット上では公表されていないのが残念です。

 

 

 

 「長井の梅花藻MAP」から、私がこれまで探し歩いたのが下の地図の赤丸です。市街地の川は主に北東方向に向かって最上川に流れ込み、街の川の水源になっている西側の木蓮川だけは西から南に流れています。

 

 

 「長井の梅花藻MAP」もあるので、バイカモを探すのはわりと楽です。車を降りてすぐに見られるのが、私が長井市に行くたびに立ち寄る道の駅「川のみなと長井」で、この施設の前の川に生えています。幹線道路の側溝にバイカモが生えているのですから、すごい。

 

 

 

 街中の水路にも豊富な水が流れていて、そこここにバイカモが生えています。もちろん、どこにでも生えているというのではなく、写真上下のように、密にきれいに生えている場所は限られています。

 

 

 

 

 

 素晴らしいバイカモに感動しながらも、妙なことに気が付きました。花が少ない。この前後の写真は花を避けているのではなく、78月に何回か訪れ、これだけの青々としたバイカモが大量にあるのに、花はほとんど見つけられません。バイカモは68月くらいが開花時期ですから、この少なさは変です。

 

 

 

 

 街中の用水路に小さな魚が群れているのが見える!見かけるのは写真下の一種類です。水路に魚が泳いでいると「梅花藻マップ」など、案内や紹介にも書いてあるのに、魚の名前が書いていない。長井市環境協会のホームページにアユ(鮎、Plecoglossus altivelis)が遡上するとありますから、アユの稚魚かもしれません。

 

 

 

 写真下はイワナでしょうか、水の上でも泳いでいる()

 

 

 街中の水路にハグロトンボが飛んで、水草の上に停まっている。写真下は胴体が金緑色のオスです。

 

 

写真上 ハグロトンボ(羽黒蜻蛉、Calopteryx atrata)

 

 こんなふうに、長井市の市街地にはきれいな水が流れ、バイカモが見られます。ただ、実は、ここまでの写真は主に2021年に撮ったものです。

 今年2022年は明らかに去年よりもバイカモが少ない。それを示すのが写真下で、左は2021年、右は今回2022年の同じ場所です。去年は川の中にバイカモが見られたのに、今年はまったくありません。

 どうして消えたのでしょう。バイカモは水温が25度を越えると生育できないようで、元々少なかったところに、今年は暑いことが原因かもしれません。

 

 

写真上 202185                            写真上 202279

 

 人為的な理由も加わっているのではと思われるのが次の例です。写真下は私が見た中ではかなりバイカモの多い「木蓮川通り」の水路で、小さな魚が群れ、バイカモの花も咲いています(写真下)

 

 

 

 

 ただ、やはり去年よりも今年のほうが少ないのは、下の二枚の写真を比較するとわかります。つまり、水温を含めた気候が強く影響していることになります。

 

 

写真上 202171                            写真上 202279

 

 ここは去年よりは減っていても、それなりにバイカモがあるのに、少し下流で奇妙なことがおきます。この水路の途中から別な細い水路が流れ込んでいて(写真下左)、そこまではバイカモがあるのに、その直後からバイカモはほぼ消えてしまいます(写真下右)。細い水路からの水は量も多く、見た目にはきれいです。水路は幅や川底の状態や陽当たりなどの環境もそれほど変わりないのに、除草したみたいに消えてなくなっています。

 

 

 

 バイカモが消えたのは今年からなのを示すのが、合流地点からすぐ下流の写真下です。二枚は同じ場所で、写真下左は2021年で、川にきれいな緑色のバイカモがありました。右は2022年の様子で、水路にはバイカモは一本もありません。

 考えられることは、今年は自然条件が悪いところに、細い水路の水に化学物質が流れ込み、合流地点(写真上左)から下流ではバイカモは生育できなかった。バイカモを殺すのに毒は必要なく、例えば、洗車用の合成洗剤などが入れば十分です。

 

 

写真上 202171                                          写真上 202279

 

 写真下は「やませ蔵美術館」という私設の美術館の裏手にある平野川に沿った建物で、豪商の屋敷だったらしい。美術館自体は新型コロナの影響か、2019年に閉鎖されています。

 

 

 

 きれいに整備された観光名所の立派な建物よりも、私はこういう草むして崩れかけた建物に興味をひかれる()。人間の作った物が自然の力に押しつぶされ消えるのを、普通は困った風景と見るのに、私にはあるべき姿に見えます。水路の周囲は夏草が生い茂り、建物にはツタが這い上がる。

 

 

 

 長井市は草だらけにしているのではなく、写真下左のように業者が草刈りをしています。カルガモも泳いでいて(写真下右)、散歩には心地よい良い場所でした。残念なのは、ここの水路の周囲はこれだけ緑があるのに、水路そのものにはバイカモはほとんどなく、他の水草も少ない。

 

 

 

 水路にはバイカモの他にもいくつか水草が見られます。水草の名前の判断に用いたのが、ネット上で公開されている『水草ハンドブック』です()

 

『水草ハンドブック』(新潟大学教育学部、2018)

 

 バイカモについで良く目につくのが写真下のセキショウモで、日本やアジアでは普通に見られる水草です。写真下右のように、水の流れが遅い所で揺れている様子に、立ち止まって見入ってしまう。

 

 

写真上下 セキョウモ(石菖藻、Vallisneria asiatica)

 

 黄緑色がセキショウモ、緑色がバイカモで、写真下のように、場所によってはバイカモを圧倒しています。琵琶湖のセキショウモは葉が捻じれていて、バリスネリアという名前で水草として売られ、私も一時、水槽で育てたことがあります。

 

 

 

 

 次に目についたのが、写真下のバイカモの間に生えている黒っぽい水草です。最初、バイカモが枯れて古くなったのかと思った()

 

 

 

 良く見ると、別な種類の水草で、たぶんクロモです。たぶんというのは、クロモであってほしいという希望的な判断で、良く似た水草にコカナダモ(Elodea nuttallii)という外来種があるからです。ここは地元のグループが調査もしていますから、外来種なら取り除いているでしょう。海藻のクロモとは、もちろん別種です。

 

 

写真上 クロモ(黒藻、Hydrilla verticillata)

 

 写真下の深緑色のヤナギモはあまり数は多くありません。気が付かないだけかもしれない。ヤナギモは側溝や小川などでは良くみられる、いや、見られた水草です。汚れに比較的強く、ありふれたこの水草でさえも、私の周囲では激減しています。

 

 

 

写真上 ヤナギモ(柳藻、Potamogeton oxyphyllus)

 

 写真下は葉がワカメ状になっているのが特徴のエビモで、汚れた水でも平気で、日本の沼地はもちろんこと、世界中に広がっている。

 

写真上 エビモ(海老藻、Potamogeton crispus)

 

 

 市街地から西に出て、田んぼの真ん中にある木蓮川(もくれんがわ)に行きました。私の見た範囲では、水は田んぼに供給しているだけで、田んぼからは流れ込んでいないようです。

 

 

 

 下の地図のように、木蓮川は、長井市の北西を流れる野川から取水して作られた川で、この川からさらに市街地の水路へと水が流れているのがわかります(赤い矢印)。私が市街地で見て来たあの豊富な水路の流れの元は主にこの木蓮川です。以下の木蓮川の写真は2021年に撮ったものも混ざっています。

 

 

 ネットの書き込みで、市街地よりも木蓮川のほうがバイカモが多いとありました。だが、かろうじて、バイカモではないかと思われるのが、20218月に撮った写真下です。川べりを2kmほど往復して、確認できたのがほぼこれだけです。写真下左では水中で花が咲いていて、花弁が5つですから、ほぼ間違いなくバイカモです。写真下の茶色の藻はたぶん前述のエビモで、枯れているのではなく、元々の色のようです。写真下右で、写真の左側にある深緑色の藻はクロモでしょう。

 

 

 

 木蓮川はそばに近寄れる場所が少ないので、確認が難しいだけでなく、実際にバイカモはかなり少ないように見えます。堤防の土手からでも明瞭にわかるのが写真下のセキショウモです。

 

 

写真上 セキョウモ(石菖藻、Vallisneria asiatica)

 

 写真下のセキショウモは、写真下左が20218月、右が20227月で、八月のほうが繁茂しているのがわかります。これは年の違いではなく、202171日に行った時も、写真下右の2022年と同じような状態でした。

 

 

写真上 202185                                              写真上 202279

 

 水はきれいで、八月になると岸辺には植物が生い茂り、カルガモもいるなど、人工の川にしては生態系が豊かです(写真下)

 

 

 

 川を造成するのに生態系に気をつかったらしく、岸辺には自然石が並べてあり(写真下左)、川底もコンクリートのままではなく、石が敷きつめてあるのが見えます(写真下右)

 

 

 

 名前がわからない水草が写真下です。水面から完全に出ている葉も多いので、陸上の植物が増水で水に浸かったのかと思いました。ところが、川の真ん中の水中にいくらでも見られますから、水生植物です。これも202171日に来た時には数が少なく、一か月後の85日に来た時はたくさん生えていました。

 

 

 

 

 写真下はホソバミズヒキモで、見事に繁茂しています。水草が真横になっていることでわかるように、川の水量はかなりのものです。

 

 

 

写真上下 ホソバミズヒキモ(細葉水引藻、Potamogeton octandrum)

 

 最初、写真上のこの藻を見た時、アオミドロが見事に生育しているのかと思いました()。しかし、写真下で小さな浮葉があるので違います。水中葉と浮葉の両方を使い分けて光合成をするらしい。

 

 

 

 長井市で人家のある市街地にバイカモなど様々な水生植物が繁茂しているのは、良質な水質を示しています。自分の家の前の水路にこんなたくさんの水が流れ、水草が生えていたら、心も豊かになるでしょう。ただ、去年と今年を単純比較しても、猛暑だけでは説明がつかないくらい減っているのが気になります。これだけ広い地域にバイカモがあるのだから、どういう条件だとバイカモが繁茂するのか、長期的に環境調査や水質検査をしたら、おもしろい結果が出そうです。

 

 

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