天山山脈のチューリップ 7日目 2017年4月24日(月) ジャバグリ → タシケント → (成田) 朝はゆっくり七時近くまで寝ていました。昨日も寝たのが11時をすぎており、睡眠不足が重なっていたので、荷物の片付けもせずに寝てしまいました。外は晴れています。
本日は事実上、旅行の最後の日で、これからバスでウズベキスタンに戻り、タシケントから夜の便で日本に帰国します。途中でチューリップを見るためにレッド・ヒルに立ち寄ります。 八時から階下の食堂で昼食です。 写真下右のカップに入ったミルクは油が浮き、色も黄色みを帯びています。絞ったままの牛乳です。
迎えに来たバスの運転手がゲスト・ハウスの場所がわからなかったらしく、到着が遅れて、出発は予定よりも三十分も遅れました(9:34)。ジャバグリ自体がわかりやすい場所で、しかもゲスト・ハウスは村の大通りに面していますから、迷う場所ではありません。 今回のバスも外見の立派さに比べて中は古い(写真下)。ただし、今回は座席が寝転がっていることはありませんでした(笑)。バスに書かれた名前が前回とは別ですから、これもまた海外から輸入したバスでしょう。
このバスもエアコンは効かない上に天窓が固定できないので、ペットボトルを差し込んで隙間を作ります(写真下)。すっかりこのやり方に慣れた(笑)。 何度見ても、村の中を走っている黄色い水道管は奇妙です(写真下)。
日本とは風景も違うが、特に違うのがモスクがあることです(写真下)。金持ちのイスラム教の国にありがちな大きなモスクは今回の旅行では見かけませんでした。
レッド・ヒル レッド・ヒルでチューリップを見るために大型バスからワゴン車に乗り換えます(写真下、10:10)。 雪山を見ながら山道を進みます。 レッド・ヒルの頂上に到着。丘の上から斜面一面にチューリップが生えている。尋常ではない数です。花の様子からして最盛期らしい。しかも天気にも恵まれました。 写真上下 Tulipa greigii
どこもここもチューリップだらけで「うわあ、すごい!」と言ったきり、言葉が続きません。丘を降りていっても、どこまでもチューリップが途切れません。
ネットで調べると、このあたりのチューリップは1平方メートルあたり最大で150球もあり、そのうち60本が花を咲かせるといいます。周囲を見ても、そこまで密度は高くはなく、咲いているのは密度が高いところでも20本くらいでしょうか。 (http://www.welcometokazakhstan.kz/index.php?option=com_content&view=article&id=431&catid=48&Itemid=1753&lang=en) ここがレッド・ヒルと呼ばれる理由は、説明されるまでもなく、見てのとおりです。
野生のチューリップは種で増えます。種はいきなり葉をだすのではなく、まず球根になって何年かすごした後に葉を一枚だけ出します。この段階で球根は地面に近いところにあり、年ごとに少しずつ潜っていきます。 二枚目の葉をだすのに種から7年かかり、ようやく8年目に花を咲かせ、実をつけるのに15年もかかります。寿命は数十年から長いと80年というから人間並です。この中には私が生まれる前から花を咲かせているチューリップもあるのだ!
これらのチューリップは昨日見たのと同じグレイギーなのだが、ここには赤(オレンジ)が圧倒的に多く、純然たる黄色はなく、さらに黄色が混ざった花も少ない。混ざっているのは数が少ない上に、鏡を見ないで化粧したような、配色がグチャグチャなのが多い(笑)。
昨日の薄黄色の「頬紅チューリップ」にすっかり惚れこんでいたので探しましたが、ここにはありませんでした。写真下左のようにオレンジと黄色が全体に混ざっている微妙な色の花を一本だけ見つけました。写真下中央は、一瞬ヤブカンゾウかと思ってしまった(笑)。写真下右は花弁の先が割れて、花弁自体も捻じれており、園芸業者なら品種改良に使いそうです。
昨日のハイキングで見たグレイギーは同じ赤でも微妙に色の違いがあったが、ここのはほぼ単色です。しかも、同じ赤でも何か昨日のとは印象が違う・・・わかった、花弁の下の部分が黒い。
写真下は昨日のグレイギーで、花弁の下の部分が黄色い。
これに対して、写真下のレッド・ヒルのグレイギーは花弁の下の部分が黒い。また、上下の色を比較しても、昨日のほうがややオレンジが強い。写真上左はオレンジ色の強い例ですので、あくまでも「やや」です。
この丘には一説ではチューリップが500万本あるとも言われています。仮にここの広さが縦横それぞれ1kmあるなら、1平方メートルあたり平均5本生えているとすれば500万本です。地図で見ると、そこまで広くはないようです。
あたり一面にチューリップが咲いているので、だんだん写真ばかり撮っているのがバカらしくなる(笑)。皆さん、それぞれにゆっくりと雄大なお花畑を楽しんでいます(写真下)。レンジャーらしい人が現れただけで、うれしいことに私たちのグループ以外、誰もいないので貸し切りです。
寝転がっていたいくらい、お花畑の中は気持ちが良いから寝転がっている(写真下)。
チューリップの中で昼食を取ります。
すごい丘なのだが、グーグルで見ると、あまり喜んでばかりもいられません。下の衛星写真のように、周囲はすべて畑になっており、周囲よりも少し高い丘になっているレッド・ヒルだけがかろうじて残されているのがわかります。
この丘にチューリップがたくさんあるのは気象と土の質が絶妙な組み合わせだったからのようです。丘さえ残せばよいように見えますが、畑や人家があれば、外来種は必ず来ます。これ以上、人家が近づかないように、もっと周囲の畑を含めた広い範囲を公園化するべきでしょう。
車で戻り、大型バスに乗り換えます。ここで4日間お世話になった植物ガイドのエフゲニーさんともお別れです。 ウズベキスタンに戻る これで花の観察はすべて終了して、ウズベキスタンの国境まで来た時の道を引き返します。
バスの左側、南東方向には西天山の雪山が見えています。下の衛星写真にあるように、バスは西天山の西側を並行して走りますから、ほぼ同じ方向に雪山がずっと見えます。 途中にある一番大きな街であるシムケントを通過します(写真下)。南カザフスタン州の州都で人口70万人ですから大都市です。ここもキャラバンサライ(隊商宿)から発展した街で、シムケントとは「草原の街」という意味です・・・そのまんまだ(笑)。
シムケント市内はちょうど子供たちの帰宅時間のようです。
途中でトイレ休憩(14:46)。反対側には平原が広がっています。
カザフスタンは日本の7倍の面積に、人口がわずか1800万人ほどです。だから周囲を見渡しても馬くらいしかいない。
一時間以上走っても両側は相変わらず雪山の手前に草原が広がっている。
カザフスタンの主要な民族はカザフ人で今でこそ65%を占めていますが、1991年の独立前はロシア人のほうが多かったそうです。今ではロシア人は2割程度まで減っています。
私たちはカザフスタンの南部のほんの一部を通過しただけですから、どちらからという田舎の風景です。しかし、この国は石油などの資源が豊かなので、首都のアルマトイは近未来的なすごい都市になりつつあります。ただし、私の好みはこういう田舎のほうです。
モスクがあるといかにも中央アジアという風景に見えるし、後ろに雪山があれば申し分ありません(写真下)。でかくて有名なモスクよりも、こういう地元の風景の中にある名も知れないもモスクのほうがきれいに見えます。 ローカルバスに乗る ウズベキスタンとの国境に到着(15:56)。国境は人が少ないせいか、前回よりも時間は取られませんでした。何事もなく一時間弱で国境の建物を出て一安心していると、ターニアさんから、目の前にあるバスに乗るようにと指示が出ました(写真下)。え?!これは路線バスではないか。実際、地元のお客さんが乗っています。
バスが小さいので、車内は狭く、運転手の隣にまでスーツケースを積み込みます(写真下右)。何か手違いがあって、迎えの大型バスが来ないのだろうか。このローカルバスでタシケントに行くとすれば、おもしろい展開になったと、私はちょっとワクワクして、顔がニヤニヤするのをこらえています(笑)。ローカルバスなんてこういう旅行ではまず乗りませんから、貴重な体験です。ちっこいバスは何となく親しみが持てる。
でも、ワクワクやニヤニヤは五分も続きませんでした。迎えの大型バスが待っていました。国境の建物の近くには大型バスが入れないので、その間だけローカルバスを使ったのです。前回カザフスタンに入る時は、大型バスを下りて、国境の建物までを荷物を引いて歩きました。それでは大変なので、ターニアさんが機転をきかせて、その間をローカルバスに乗ったのです。 私はちょっとガッカリしながら、立派な大型バスに乗りました(写真下)。カザフスタンの中古の大型バスと違い、こちらはきれいでエアコンも効いた普通のバスです(16:54)。
十数分でタシケント市内に入りました(写真下)。
街中はイスラム風の建物は少なく、近代的です。1966年に直下型の大地震で都市は壊滅し、ソ連政府がわずか数年で今の街を作り上げたと言います。写真下などの建物はその時代の建物だそうです。
歴史ある中央アジアの都市をこんなふうに近代的な建物で埋め尽くすのが良かったかどうかは難しいところです。ただ、写真下のようなヨーロッパ風の建物もあり、とてもきれいです。残念ながら、東京にはこういうおしゃれな建物が少ないし、新たに建てられることもない。
街の看板広告はローマ字が多く、ロシア語系のキリル文字が少ない。この国の国民がどっちを見ているかを示しているようです。隣のカザフスタンは大統領の指示でキルリ文字からローマ字に変えています。
この国の美の基準も看板に現れているはずです。
写真下左のような政治的な看板を見ると、ここがソ連邦の共産主義国家だったことを思い出せます。たぶん、背広姿の左側の男性がウズベキスタンのミルズィヤエフ大統領、右がカザフスタンのナザルバエフ大統領でしょう。足下や男性の手にチューリップがあるのがおもしろい。この国の人たちにとってチューリップは象徴的な花なのでしょう。 内容はともかく、ここでも気になるのが、ポスターにシワが寄っていることです(笑)。ジャバグリでも貼られたポスターにシワがよっていたが、隣の国の都会のど真ん中なのに、ここでもそっくり同じ方向にシワが寄っています。両国は仲が良いのかもしれない。
トイレ休憩のために市内のホテルに寄りました(16:28)。玄関まで行くと、おっ!結婚式です(写真下)。どうやら、ホテルのロビーでポーズをとり記念撮影をしているらしい。今回の旅行では二組目です。
お土産や現地通貨を使い切るためにも、市内のホーム・マーケットという店で買い物をすることになりました(16:53)。
ターニアさんがドライ・フルーツと蜂蜜のコーナーに案内して、説明してくれました。そこで彼女が手に取って説明したのが、下のドライ・フルーツで、なんだか良くわからないが、わざわざ説明するということは、何か意味があるのだろうと、お勧めに従い、これを買いました。味は悪くないが、今でもこれが何なのか、よくわかりません(笑)。 買い物をすれば手持ちの現地通貨だけでは足りない人が出ます。そこでレジの所でターニアさんが待っていて、足りない分を彼女が払い、後でドルに換算して請求するというやり方をしました。これなら客は現地通貨を使い切ることできます。 精算が終わってターニアさんが各人に請求したのに、私だけ請求がありません。そこは拾った財布は警察に届ける日本人ですから、申し出ました。また、私も彼女がいくら請求するか知りたかったのです。
団体旅行では現地ガイドがお土産屋に案内したり、現地通貨との換金などでリベートを稼ぐことがあります。これは主催した日本側の旅行会社とは別問題で、また必ずしも悪い事ではないが、たまに客の無知をいいことに、客の金銭や時間などに被害を与えていることがあります。だから、旅行中に私は案内された店と換金については丁寧に観察することにしています。 ターニアさんからの請求は換金率そのままの金額でした。つまり、リベートは取っていない。客が現地通貨を残さずに済むように、ここまで気を遣う現地ガイドに初めて会いました。私のターニアさんへの評価は一気に上がりました(笑)。素晴らしい美人ガイドですと誉めて、推薦します。 市内のレストランで夕飯です(18:01)。とてもおしゃれなレストランで、昼(写真下左)よりも夜(写真下右)のほうがきれいです。
屋外にもテーブルがあり、こちらで食事を取るのも素敵でしょう。 レストラン内もおしゃれです(写真下左)。トイレの洗面台は、デザインそのものは好みではないが、凝っているのがわかります(写真下右)。
昨日まで地方の料理を食べていたので、本格的なレストランの料理に見える(笑)。
ターニアさんの旅行会社からお土産をもらいました(写真下)。皿と人形の二種類あり、開けてからのお楽しみで、私は希望どおり、皿が当たりました。皿が好きなのではなく、人形はネットで売るしかなくなるからです。それにしてもイスラム教の国で人形がお土産に売られているのがおもしろい。
ウズベキスタンを離れる 食事の後、空港に移動し、ここで現地ガイドのターニアさんともお別れです。達者な日本語と、客の財布を守ってくれる頼もしいガイドでした。 飛行機はウズベキスタン航空HY527便で、来た時と同じボーイング767です。ウズベキスタンの空港では写真が撮れないので、写真下は成田で着陸した後です。 写真下が今夜の私の寝床です。幸い、あまり飛行機は混んでいません。来る時も一緒の飛行機だったCT旅行社の添乗員が日本語のできる客室乗務員に「前の空いている席に移りたい」と頼んだところ「他にもお客さんがいるから、離陸前はやめてくれ」という型どおりの返事が返ってきたので、添乗員は引き下がりました。後ろで聞いていた私は空いている席があるのを知り、すぐに前の席に移りました(笑)。空港でチェックインした時に指定された座席は翼が邪魔で眺めが良くなかったのです。
時間どおりに離陸して(22:07)、まもなく飲み物とスナックが出て(22:41)、続いて夕飯が出ました(22:56)。夕飯はすでに食べているし、こんな時間では私の胃袋が受け付けてくれません。
少ない映画の中から、『The
Tale of time lost』(1964年、ソビエト連邦)というファンタジーを見つけました(写真下)。ソ連時代に作られたファンタジー映画『石の花』に感動したことがあるので、これも秀作かと期待して観たのですが、最後まで観る忍耐が続かなかったのは、吹き替えが英語で十分に意味がわからないからだけではありません。帰国後ネットで検索すると、『A
Tale Of Lost Times』という題名でロシア語版が英語の字幕スーパーで公開されています。特にお勧めはしません。 飛行機は来た時とは逆のコースをたどり、成田まで直行です(写真下)。夜間飛行は約八時間ほどと短いので、飛行機で眠るのが苦手な私には助かります。窓の外は天山山脈があるはずだが、真っ暗で何も見えません。では、少し眠ることにしましょう。 |