雲南のノモカリスと青いケシ 4日目 2019年6月25日(火) 老君山 六時頃に起きても外は真っ暗。明るくなり始めてから窓を開けると雨。夜に比べたら、小降りにはなっているが、止みません。寝る前にエアコンを25℃に設定したのに、部屋の中は21℃です。 昨夜は10時頃寝て、疲れているはずなのになかなか寝付けない。夜中に何度も眼が覚め、また寝付けなくなる。これらは高山病の初期症状の一つです。3800mの高地であることを忘れて、普通に動こうとすると頭がクラクラします。 今日は、群龍山荘の西にあるいくつかの湖まで行き、青いケシを3種類探します。一種類は十年ほど前に新種だと確認されたケシです。下の地図が湖の位置を表し、この内、私たちは三才湖(天)と日月湖(姉妹湖)に行きます。距離は大したことはなく、道は整備されていますが、標高4000m近い高地ですから、かなり大変です。 八時から昨日と同じ広々とした食堂で朝食です(写真下)。 ゆで卵に赤いマークがついていて、しかも印字されている位置が卵によって違うのがおもしろい(写真下右)。電話番号のようなものがついているから製造メーカーの名前なのでしょう。 雨の中を出発 相変らず小雨がぱらついていますから、雨具を付け、一眼レフのカメラはしまい、防水カメラを出して、九時に山荘を出発です(9:04)。寒さ対策にフリースを着ましたが、途中で脱ぎました。この時期、ヒマラヤやチベット圏は日本と同様に雨期で、だからこそ草花が咲くのですから、覚悟するしかありません。 これから群龍山荘の西にある山を越えて、三才湖(天)に向かいます(下図)。先に紹介した地図にもあるように、左側に6つの湖があります。私たちが行くのは南にある三才湖(天)と、南西にある日月湖です。湖が二つあるので日月湖あるいは姉妹湖とも呼ばれています。一番南にある太极湖には、健脚のお客さんが一人だけ行きました。 この地図には載っていませんが、ここは九十九龍潭(九十九龙潭)、つまり99の龍の池と呼ばれるくらいで、たくさん湖があり、そのせいか、個々の湖の名前を確認するのがけっこう大変でした。三才湖と言っても三カ所あり、日月湖と言っても二カ所あり、しかも呼び名が二つあるからです。 個々の湖にただ別々の名前を付ければいいだけで、天地人や日月など中国の文化的な名前を付けたい気持ちはわかるが、わかりにくい。 簡単なことをわざわざ煩雑したがる人たちはどこの国にでもいるようで、日本の元号もそうです。私の車の免許証の有効期限は「平成33年」です。すぐに私の免許証の更新の年が何年後か計算できる人がいるのだろうか。今は令和であり、平成33年は存在しない。西暦を併記すれば何の問題もないのに、誰もすぐに計算できないような数字を公文書に使うという神経が私は理解できない。 道は石畳や木道で整備してあるので歩きやすい。雨でなければ、比較的楽な道です(写真上)。周囲の地面はコケだらけで、ここが湿潤な森なのがわかります(写真下)。ただ、ちょっと奇妙だと思ったのは、サルオガセがほとんどないことです。これだけの森林ですから、サルオガセがぶら下がっているのではないかと予想したのですが、ないのは意外でした。 山頂付近にある東屋で休憩です(9:19)。写真下のような屋根のついた休憩所が数カ所あって、高度を考えなければ、私の家の裏山よりもはるかに楽です。 ここで道が分かれており、左(南西)に進むと展望台に行くことができます。私たちはまっすぐに三才湖(天)に向かって進みます。 昨日も見かけた大柄なサクラソウが群生しています(写真下)。 写真上下 Primula secundifolia クリンソウよりも背が高く、花は濃いピンクで、小さなベルをたくさんぶらさげたような姿です。 黄色のサクラソウは少ない(写真下)。 写真上 Primula sikkimensis そこでピンク色と一緒に記念撮影です。 写真下のマムシグサは象の鼻をのばしたような姿からelephasという学名がついたのでしょう。この象の長い鼻で臭いを飛ばして虫を集めるのだろうか? 写真上 Arisaema elephas 白いアブラナの仲間が咲いています(写真下)。ネパールの東部、ブータンにも分布するらしい。 写真上 Draba polyphylla 林の下にリュウキンカの仲間が群生しています(写真下)。世界中の温帯地帯に分布して、日本でも見られます。 写真上下 Caltha palustris 林の中に唐突に背の高いダイオウが2本立っています。写真下の下段が花です。高山地帯だと寒さから守るために葉で温室を作って、外からは花が見えないことが多いが、ここは温暖なせいか、風通しがよい。 写真上下 Rheum alexandrae 写真下のシオガマギク(Pedicularis)の仲間は花の上部分が口ばしのとがった鳥のような形をしていて、これはチベット圏のシオガマギクで時々見られる姿なのですが、名前がわかりません。 写真下はチベット圏から北インド、ネパール、ブータンにも分布します。北インドのアルナーチャル・プラデッシュにグランディスという大型の青いケシを見に行った時も4000mの斜面に見事に生えていました。 写真上 Acanthocalyx nepalensis 写真下のシソの仲間は名前がわかりません。 小雨が相変わらずぱらついていて、周囲は煙っています(写真下)。 青いブルーポピー 昨日も見たベトニキフォリアが山の斜面に群落しています。 写真上下 Meconopsis betonicifolia このケシは雲南や隣接するミャンマー、ヒマラヤの標高3000~4000mに分布します。ただ、私のような普通の人が楽に行けて観察できる場所となると、老君山などに限られます。 樹木の間の斜面に沿ってかなりの群落です。写真下の人と比べてもわかるように、ケシの背は高く、大きなものなら1mちかくあります。 昨日は二番咲きが多かったのに、ここは大半が一番咲きです。今の花が枯れると、花の下につぼみが二番目に咲き、つぼみも二段ありますから、おそらく三番咲まであるのでしょう。 ここでも花の色は様々で水色からピンクや薄紫など様々です。その混ざり具合や配色が一つ一つ違うのがおもしろい。 写真下くらいになるとピンク色が優勢になり、写真下右のように、ちらけた感じの花もあります。 その中で、お化粧のうまい花もあります。 写真下のように離れて見ると、ピンクというよりも薄紫です。 様々な花の色の中で私が探したのは青です。青いケシだから青は当たり前のようだが、ベドニキフォリアは見てもわかるように、大半がピンク色が混ざっており、純粋な青はむしろ珍しい。例えば、写真下など遠くから見ると青に見えるが、良く気を付けて見ると、ピンクがかすかに混ざっています。 写真下などほぼ青と言ってもいいでしょう。だが、花弁の裏がピンク色の部分があります。 ようやくほぼ青という花が写真下で、下から透かして見てもきれいな水色です。写真下の左は行きに、右は帰りに撮ったものです。 ほんのわずかですが、白もあります(写真下)。2本とも表も裏も真っ白です。 本日、二種類目の青いケシは黄色いスレフレアです(写真下)。数はあまり多くありません。またベトニキフォリアのように一カ所にまとまらず、ポツンと一本だけ咲いていることもあります。 写真上下 Meconopsis
sulphurea 背丈は高く、1mくらいあり、ここの雲南北西部から隣接するミャンマー北東部、四川省南西部、チベット南東部などに分布します 写真下の花はすべて花の上に種がありますから、二番咲、三番咲です。青いケシの多くは、おもしろいことに上から下に咲いて行きます。青色よりも黄色いブルーポピーのほうが早く咲きます。七年前、雲南に来たのは6月上旬でしたが、同じような黄色いポピーが咲いているのが遠くから見えました。 三才湖(天)に到着 正午近く、三才湖(天)の岸辺に到着しました(写真下)。 牛クンたちがいて、カメラを向ける私をにらんでいます(写真下)。花を食べるから困るだけでなく、彼らの栄養価の高い糞尿は生態系にはありがたくありません。ここが入場料まで取る保護区なら、放牧はさせるべきではない。 三才湖(天)の北側の林の間から、もう一つの湖である三才湖(地)があるのが見えます(写真下)。 木道に沿って三才湖(天)を半周します。 湖の周囲は湿地帯になっていて様々な花が咲いています。 写真上 Primula sikkimensis 写真下のシオガマギクも、先ほど見たのと同じで、花弁の上の部分が曲がっています。解説によれば、この形の違いで受粉する昆虫を選んでいるのだそうです。 写真上下 Pedicularis rhinanthoides シャクナゲも良く咲いています。 写真上 Rhododendron telmateium 写真上は日本人のイメージではシャクナゲというよりもツツジです。写真下のほうがやや葉の雰囲気からもシャクナゲのように見えます。ツツジとシャクナゲは同じRhododendronに分類されていますが、ツツジは落葉樹、シャクナゲは常緑樹で、花の咲き方も明瞭に違い、これを同じ仲間に分類されると素人目にはわかりにくい。 コケだらけの山道 三才湖(天)を半周して、そこから日月湖(姉妹湖)に行くために、再び山を登ります。先ほどと同じで、薄暗い森の中はコケだらけです(写真下)。 山道は石で階段など付けられているので、雨で濡れていても、それほど大変ではありません。雨も小降りになってきました。皆さんは先に登ったので、私は一人でのんびりと山道の散歩を楽しむ、のではなく、息が切れるのでそんなに早く登れない。高山病にならないためにもマイペースです。 登山道の両側には所々に花畑があります。うっそうとした樹木の下で、陽が射してもそれほど明るくはないのにこれだけの花が咲いているのは驚きです。 花で目につく一つ目は水色のエンゴサクです。 もう一つが写真下の紫のサクラソウです。 写真上 Primula pinnatifolia 周囲の枯れたような樹木、岩に生えたコケ、その間エンゴサクとサクラソウは、ちょっとした庭のような風景を作り出しています。 写真下はキジムシロの仲間で、日本のキジムシロは小さい花のイメージだが、ここでは花も葉も大きい。 写真上下 Potentilla cardotiana このキジムシロの仲間は写真上のように林の下に生えているのを時々見かけることが多く、写真下のような群落は珍しい。 写真下のキンポウゲはチベット圏の青海、四川、雲南、そのまま西のインド北部、ネパール、シッキムなどのヒマラヤに分布します。 写真上下 Anemone demissa 森から出て開けた場所に出たので、尾根かと思ったら、瓦礫が一面に転がっている川です(写真下)。川と言っても、今は水量が少ないせいか、水は表面ではなく、瓦礫の下を流れているようです。 「石海」「石河」と呼ばれていると案内板に書いてあります(写真下)。 瓦礫が堆積した所に、写真下のバラがいくつも根を張っています。河原の中の大きな岩に土が溜まり「島」のようになっている所に根を下ろしたようです。 写真上 Potentilla glabra シャクナゲが何種類か咲いています。 写真上 Rhododendron hippophaeoides しかし、シャクナゲは図鑑を見ても、似たようなのが多く、区別がつかない。学者によればここは74種類のシャクナゲがあり、しかも、その内の4種類は他の地域では絶滅しているという。 石河で初めて見たシャクナゲが写真下です。上の二種類はツツジのように葉が小さいが、下は典型的なシャクナゲの姿をしています。軽く人間の背丈を越えています。 キンポウゲの仲間のように見える写真下は花が咲いているのは一株しか気が付きませんでした。 石河にはウルップソウの仲間があちらこちらに咲いています(写真下)。四川、チベット、雲南に分布します。 写真上 Lagotis yunnanensis 日月湖のダイオウ 石河を登り切ると、日月湖が現れました(写真下)。ここで標高3950mほどです。 案内板に「老君棋盤」と呼ばれる将棋の盤のような石畳があると書いてあるのは写真上のことらしい(写真下)。 このあたりで皆さんは昼食を取るようです。お客さんから、隣接する北西側のもう一つの日月湖の岸辺にダイオウの良い被写体があると教えてもらい、私は食事をとるのをすぐに中止。湖の反対側の岸辺にそれらしい姿がかすかに見えます。写真下左を見ると簡単に行けそうですよね。直線で500mほどで、高低差もあまりありません。私は良い被写体という言葉に目がくらみ、そのお客さんがすごい健脚の持ち主であることを忘れて、すぐに出発しました(笑)。 最短コースは岸辺を行くことなのだが、岸は湿地になっていて歩けない。道などありませんから、森の中の樹木の生えていないコケの上を探して、見当つけて行くしかありません。 樹木の枝からはサルオガセがたくさんぶら下がっています(写真下)。 森の中で奇妙な物を見つけました(写真下)。花が終わっているのかどうかわかりません。花が咲いている時も似たような姿をしたハマウツボの仲間で、チベットからブータンやネパールなどのヒマラヤまで分布します。 写真上 Boschniakia
himalaica ようやく到着しました。湖のほとりに五本のダイオウが咲いていて、被写体としてはすばらしい。だが、だどりつくのが大変で、行ったのは私を含めて三人だけでした。この写真にはその三人目のお客さんが私とは逆向きに湖を回り、歩いているのが写っています。 撮っている間にも霧が出てきて、対岸が煙っています(写真下)。 写真上下 Rheum alexandrae 午前中に見たダイオウと同じで、葉のすきまに花があり、虫たちが雨宿りできるようになっています。 新種のケシ 本日、三種類目の青いケシで、紫色のムスキコラです。このケシは十年ほど前に新種であると確認された種類です。コケむした斜面に、ここに写っているのは5株6輪のみで、数は極端に少ない。 写真上下 Meconopsis muscicola うまい具合に、すべて一番咲です。薄い紫から濃い紫まで、青いケシらしく個体差が大きい。 ボールペンの大きさと比較してもわかるように、高さはせいぜい20cm程度で小柄です。これまでここで見た他のケシが大柄なのに対して、ここのはしゃがまないと撮れません。 これで花の観察を終了して、道を引き返して戻ります。一時、雨も降りやんでいたのに、引き返す頃にはまた降り始めました(写真下左)。無事、三時すぎに群龍山荘に戻ることができました(写真下右)。 ピカ 皮肉なことに、山荘に戻って一休みしていると雨が上がってきました。夕飯が六時半からだという。老君山は今日が最後で、このまま部屋にいるのもなんですから、散歩に出ることにしました。昨日も散歩した三玄湖の脇の山道を登ってみることにしました。 道の周囲はここもコケだらけです。種類がわかるのは写真下のサルオガセくらいで、他は調べてみようという意欲も起きないほど種類と数が多い。 写真下など、外見から別種だと思うが、近づくからわかるだけで、離れると全部、緑色のコケにしか見えません。 ネズミだ!・・・それにしては耳が大きいから、ナキウサギ(pika)です。Moupin pikaと呼ばれるナキウサギがチベットや雲南に分布します。二カ所で見かけましたから、たくさん棲んでいるのでしょう。 写真上 Ochotona
thibetana 息を切らせながら登ったわりには収穫はこのピカだけで、登れば登るほど花は少なくなり、山道も気を付けていないとどこが山道なのかわからないほど細くなりました。尾根に到達する前に引き返し、山荘のそばにある三玄湖の周囲を歩いてみることにしました(写真下)。 水は透明だが茶色で、枯れた植物の出すタンニンが原因でしょう。 この湖の透明度には別な意味で関心がありました。群龍山荘はまさかこの湖に排水はしていないだろうな、という疑いです。下の地形図を見てください。三玄湖とは反対側の、山荘から北側は低くなっていますから、普通ならそちらに排水するが、時々、中国では私の常識が通用しないことがあります。三玄湖は山荘よりも低いですから、流そうと思えばできます。三玄湖を一周しながら、花よりも、排水用のパイプはないか、水が濁ったり、臭うような所はないか、そちらに気を付けていました。 幸い、排水や水が濁っているような所もありませんでした。ゴミなどもなく、三玄湖を一周するように木道が敷かれていて、歩くのは楽です。何より良いのは、誰もいない。中国は旅行ブームで観光地はどこも人が多いが、ここは予想外に人がいない。 疑いは晴れましたので、ゆっくり花を観察しましょう。三玄湖に流れ込む小川に沿って、花が咲いています。写真下は先ほども日月湖の近くで見たキンポウゲで、水辺に咲いているせいか大きくて元気そうです。 写真上 Anemone demissa イグサ(Juncus)と黄色いキンポウゲで、いずれも湿地で良く見かけます。 青いケシも同様で、川のそばではないが、湿り気のある限られた所にしか咲いていません。 写真上下 Meconopsis betonicifolia 二日間、楽しませてもらったベトニキフォリアともこれでお別れですから、ゆっくりと見ることにしましょう。 花弁についた水滴が模様みたいできれいです。 写真下のムラサキの仲間は下段のような青が多いのに、ここで上段の薄紫が多い。 サクラソウは小川のそばや中に生えています。湿地帯なので、草の上に足を乗せたつもりがぬかる。 写真上下 Primula secundifolia 写真上左 Primula pinnatifolia 写真上右 Primula sikkimensis ピンク色のシャクナゲがちょうど盛りのようです(写真下)。 写真上下 Rhododendron aganniphum 今回、シャクナゲは時期外れだと思って、期待していなかっただけに、昨日も今日もこんなふうにちょうど盛りの花が見られてラッキーです。 日本のシャクナゲと大きく違うのは背が高い。これらの写真は私の目線で撮っていますから、高さは軽く3mはこえています。また今回は見られなかったが、雲南にはシャクナゲの巨木もあります。 写真下は昨日もこの近くで見た白いシャクナゲで、やはり今が良い時期です。 写真上 Rhododendron
wardii 六時半から山荘の食堂で夕飯です。下山してそのまま食堂に行くと、まだ誰も来ていませんでした(写真下)。このまま広々とした食堂の隅に寄せられたテーブルで、辛くない白い御飯と白い豆腐だけをたった一人で食べたら、さすがに寂しい絵になるだろう(笑)、などと考えているうちに、他のお客さんたちが到着しました。 夕飯が終わる頃になって土砂降りの雨になりました。山の天気は変わりやすい。私以外の大半の人たちは傘を持ってきておらず、食堂から宿舎に戻るのに傘を借りてピストン輸送しました。 |