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10 11 12 9日日 2010年8月2日(月) 理塘→雅江→新都桥→康定 6:30に起床。部屋の温度は18.9℃です。窓は閉まらないので、外とあまり温度が変わらない。外を見ると、曇ってはいるが、青空も見えるまずまずの天気です(写真下左)。
今日は四千メートル前後の峠を四つも超えて、300kmを走ります。 理塘—143km—雅江—74km—新都桥―71km―康定 理塘-卡子拉峠(4178m) ―剪子弯峠(4659m)-雅江―高尓寺峠(4412m)-新都橋―折多山峠―康定 荷物をバスに積み込み、昨日と同じ店「天天小喰屋」で朝食を取りました(8:00-8:34)。写真下の白玉のような物は、見た目通りで、中に黒いあんこのような物が入っています。
街はまだ人通りも少ない(写真下左)。食堂のすぐそばの公衆電話は線が切れています(写真下右)。もっとも携帯電話が普及していますから、困らないのでしょう。
理塘ゴンパ 理塘を出る前に、理塘ゴンパ(長青春科尓寺)をバスの中から見学することにしました。地図で見ると、街の西側にあるようです。民家の間の坂をうねうねと登って行くと(写真下左)、やがて大きなお寺が見えてきました(写真下右)。
彼らとって朝早いせいか、参拝者も僧侶の姿もまばらです。ここは16世紀に建てられた、ダライラマと同じゲルク派のお寺です。
ネット上の旅行記を読むと、それなりに見所のあるお寺のようです。しかし、今日は4千メートル級の峠をいくつも越えて、300km近い山道を行かなければなりません。個人的には、お寺に時間をつぶすよりも、峠で花の撮影に時間を取ってほしいので、バスの窓から見学で十分です。
街中に戻り、水などを購入した後(写真下左)、理塘を後にしました。
理塘を出発。峠に向かって登り始めると、理塘の街がだんだん遠ざかっていきます(写真下左)。
最初の峠(9:14, 4045m)は霧がかかり曇っていました(写真上右)。しかし、峠を通り過ぎると、雲はあるものの、晴れてきました(写真下)。
放牧のヤク 道路の左下の谷にたくさんのヤクが放牧されているのを見て、バスを停めました(3844m,9:23~9:44)。群れを誘導する牧童や犬たちもいます。
ヤクの背には荷物が積んでありますから、夏の間、こうやってヤクに草を食べさせながら、あちこち移動するのでしょう(写真下左)。彼らはいつも旅行しているようなものです。体力があったら真似してみたいが、たぶん私は数日でダウンするでしょう(笑)。
道端には高山植物が花を咲かせています。
写真上:ポテンティラ・フルティコサ・リギダ (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.436)
写真上:アコノゴノン・モレ(『ヒマラヤ植物図鑑』p.666) 黄色い話を付けた大きな植物が道端の土手にたくさん咲いています。これだけたくさん一面に生えていると、おひたしにして食べたらうまそうです(笑)。『ヒマラヤ植物大図鑑』ではこの地域にはこの名前の植物はないことになっていますから、姿が似ているだけで別種かもしれません。今回の旅行でもあちらこちらで見かけました。
写真上下:リグラリア・アンブレクシカウリス(『ヒマラヤ植物大図鑑』p.103)
写真上:ビレトルム・タツィエネンセ(『ヒマヤラ植物大図鑑』p.100)
写真上左:デルフィニウム・デニイ(『世界のワイルドフラワーⅡ』p.81) 写真上右:ゲンティアノプシス・バルドサ(『ヒマヤラ植物大図鑑』p.241、『世界のワイルドフラワーⅡ』p.92) ヤクの群れも行ってしまい、我々もバスで出発しました。晴れて気持ちの良い高原をバスは走ります。 写真下右はチベット高原の道路脇にあるトイレです。よく見ると、小川の上にありますから、水洗トイレのようです(笑)。日本でも昔は「川屋」といって、この種のトイレがありました。ただ周囲はこれだけの広さですから、男性の場合、屋外のほうが圧倒的に気持ちが良い。
托仁村を通過(9:57)。この村のおもしろいのは建物の屋根です。道路から見かける他のチベット式の建物は屋上が平らで、屋根をつけるのは寺院など一部です。ここの建物はすべて屋根が付いています。屋根をかけるとなるとさらに木材が必要になります。ごらんのように周囲には樹木はありませんから、わざわざそのために運んできたことになります。おそらくチベット人の定住化のために新たに作られているのでしょう。集落全体の建物が斜めの屋根をつけているのは今回通過した範囲ではここだけです。
樹木の生えていない広々としたした山々がどこまでも続きます(写真下、10:15, 4110m)。
来る時、理塘ではないかと空喜びした郷を通過(写真下、3930m, 10:28)。ここもどこもかしこも建設ラッシュです。きっと数年後にはきれいな街並みになっているのでしょう。
幸せそうな遊牧民のオジサン 道の左側にテントを張っている遊牧民を見つけ、訪問しました。
テントとヤクの群れに近づこうとすると、犬が猛烈な勢いで吠えます。いわゆるチベット犬です。彼らはペットではなく番犬です。鎖につないであるから今は大丈夫であるものの、普段はつないでありませんから、うっかり近づけば、噛みつかれます。日本では根絶されている狂犬病も、この国では現役です。
テントの中を見てみたいが、犬が恐いのでやめておきました。
腰に数珠をさげたオジサンとその奥さんらしい人が来ました(写真下左)。見た範囲では、男性が一人、女性が二人、子供は女の子三人に、男の子が一人、犬が三匹に、ヤクがたくさんいます。 なんかオジサンの顔がチベット高原の広さを満喫しているようで、いいですねえ。「どうだい、おれのヤクはすごいだろう」と自慢しているようで、とても幸せそうな表情です。
道などない高原を時々バイクが走っていきます(写真下)。
あたりは悠々として、土地の境を1cmで争っている日本人が小さく見えます。 草原で一番目につくのはフデリンドウのような紫色の小さな花です。花の色が青が混ざった濃い紫色をしています。ヤクが食べないのか、それとも負けずに花を咲かせているのか、一面に生えています。
キアナントゥス・ロンギフロルス(『世界のワイルドフラワー Ⅱ』p.80) 草原をよく見ると、バッタや黒いミツバチなど昆虫がいます(写真下)。草原に咲く花を目当てに集まってくるのでしょう。
タンポポ(写真上))はどこにでもあるが、相変わらず名前はわかりません。ありふれているせいか、図鑑にも詳しくは載っていません。
写真上:ビレトルム・タツィエネンセ(『ヒマヤラ植物大図鑑』p.100)
崖の下にブルーポピーの群落!! 再び高度が上がり始めると、崖の上のあちらこちらに青いケシが見えるようになり、烏里さんがバスを停めてくれました。私は真っ先にバスを飛び出し、どれを撮ろうかと、何気なく崖の下を見ると(写真下左)、ブルーポピーが何本も生えているのが見えるではありませんか。私はためらわず、崖を降り始めました(11:13, 3998m)。
しかし、この崖、写真上のようにかなり急峻です。上左の写真では、アスファルトの道路の端が写っており、その先はいきなり谷の底が見えています。その間は崖です。道路工事で掘り起こした瓦礫が積み重なった状態なので、足をかけるとすぐに崩れてしまい、滑り落ちそうでかなり怖い。写真上右は後で崖の下から見上げた光景で、ごらんのようにきつい斜面です。私はカメラを斜めに肩からかけ、両手を地面につき、這いつくばるように、ちょっとずつ降りていきました。 上から見たよりももっとたくさんのブルーポヒーが咲いており、しかも真っ盛りです。上から烏里さんが「いいのがある?」と聞くので、「すごい!とにかく来てごらんよ」と呼びかけました。しかし、烏里さんも最初の花が咲いている所まで降りてきて、戻ってしまったようです。それよりももっと下の私のいるあたりにたくさん咲いていたのです。他の人たちも崖があまりに急なので危険を感じたのか、誰も降りてきませんでした。結局、無鉄砲なオバカはたった一人でした(笑)。
他のお客さんが下りて来てくれると、時間がかせげるから助かるのです。私の経験からすると、人数が多くなればなるほど集合時間は遅れます。すると私はぎりぎりまで撮影ができます。しかし、今回は崖が急なので誰も下りてこないし、烏里さんもバスに戻ってしまったようでした。
たまたまちょっと下りただけでもこれだけあるのですから、崖をずっとたどればもっとたくさんあったはずで、放っておいてくれれば、おそらく半日くらいは写真を撮っていられたでしょう(笑)。
ブルーポピーはこういう荒れ果てたような環境を好むようです。道路を作るために瓦礫が落ちて、いったんは不毛な状態になったはずです。下の谷は緑の植物におおわれています。そういう競争率の高い場所ではなく、わざとにこういう荒れ地に花を咲かせていることになります。ブルーポピーは他の植物との競争を避けるためにも、わざわざ過酷な環境を選んで生えているようです。
株が大きい個体がありますから、何年もかけて成長したはずです。このあたりの植物はどれも氷河時代を生き残った草花で、ブルーポヒーはその中でも、過酷な環境に良く適応しているのでしょう。花の生きるための戦略はとても興味深い。
どうしても個々のブルーポピーを撮ってしまいがちですが、実際は写真下のように群生しているといってもいいくらい生えています。
崖の上のほうから「おーい、そろそろ行くよ」という声が聞こえて、私は後ろ髪が引かれる思いで崖を登り、バスに戻りました(11:27)。この間、わずか15分。今回の旅行中ではもっともきれいなブルーポピーが見られたのはこの崖です。あまりの衝撃に、バスに乗ってからも、私の頭の中にたくさんブルーポピーが咲いていました(笑)。 卡子拉峠と剪子弯峠を通過
卡子拉峠を通過(写真上左、11:42, 4185m)。表示では4718mとありますが、私の高度計では4185mしかありません。27日に通過したときも、4190mでした。私の高度計が百メートルくらいの誤差はあるとしても、五百メートルも差があるのはちょっと変です。
卡子拉峠を下って間もない所にある有料トイレに寄りました(写真下左、~11:51,4100m )。来る時も寄ったトイレです。ここにいる犬は毛もふさふさしていかにもチベット犬らしい風貌です(写真下右)。トイレ休憩所なので人慣れしているせいか、吠えません。
理塘から雅安までの間で名前のわかっている峠(埡口)は卡子拉峠と剪子弯峠だけです。実はその他にも写真下左(12:33, 4130m)のような山頂と思われる所を何カ所か通過していますが、いずれも名前がわかりません。公開されているネット上の地図を見ても、卡子拉峠ですら地図上のどこなのか今でもわかりません。
来る時にブルーポピーを撮影した剪子弯峠(4659m)を通過(写真下左、13:16, 4200m)。ここでも掲示と、私の高度計では五百メートルもの差があります。道路のそばにあるコンクリートの看板にここが自然保護区であると示してあります(写真下右)。
雅江のドライブインで昼食 この近辺で唯一の街といえる雅江に到着(14:13、写真下)。てっきり雅江の街で昼食を取るのかと思ったら、車は街を通り過ぎてしまいました。
このあたりは平地が少ないので、斜面や崖下のほんの隙間に家を建てます。写真下左のように、家は半分土砂に埋もれています。家の裏は断崖絶壁で、土砂崩れを起こせばひとたまりもないし、川が氾濫すれば、これまたひとたまりもありません。
雅江から川沿いに上流に向けて走り始めて間もなく、道路沿いの店で昼食です(14:23-15:08)
食堂の建物には看板一つなく、おおよそ食堂には見えません。ドライブインというところでしょうか。ただ、帰り際に気がついたのが、道の反対側にこの店の看板がありました(写真下左)。店にあった名刺には(写真下右)、赤いスポーツカーとおしゃれな建物が背後にあり、いったいどこのリゾート施設かと思うような雰囲気ですが、実際は写真上のような店です。
食事の前ですので、道路をはさんで反対側にあるトイレがどうであったかは述べないことにしましょう。
調理場をのぞくとおじさんが調理の最中で(写真上左)、外では女性たちが皿洗いをしています(写真上右)。そのわきには、調理用の練炭や野菜(写真下左)、魚などが並べてあります。(写真下右)
店の外では採ったばかりの松茸が売られています(写真下右)。
ステンレスの器にキノコ料理が運ばれてきました(写真下左)。新鮮で味はなかなかです。ステンレスの容器に食べ物を入れるのは日本ではあまり習慣がないのでちょっと違和感がありますが、慣れてしまうと気になりません。ただ、熱いので気をつけないといけません。 一番うまかったのは、この店の漬け物でした(写真下右)。私は日本の市販の漬け物は味が濃すぎて好きではありません。しかし、中国を旅行していると小さな店では独自に漬け物を作っていて、それらは総じてうまい。
キノコを食べ終えて、再びバスで川沿いに上流を目指して出発です。 上の地図で見ると、このあたりは八角楼郷と呼ばれているようです。農家は、借金してでも競って立派な家を建てるのだそうです。では、しばらく、彼らがミエを張って造ったという立派な建物を拝見しましょう。
日本に比べると、外見に統一感があり、集落としても景観を損ねません。古い建物とか、みすぼらしい建物のほうが珍しいほどです。農地は狭いから、牧畜で収入を得ているのでしょうか。
谷を登るにつれて人家もなくなり、やがてまたチベット高原らしい風景が広がります(写真下、16:46, 4095m)。
高尓寺峠の青いリンドウ 高尓寺峠で休憩(写真下、17:00-17:16, 4050m)。27日にもここでトイレ休憩をしました。その時は霧雨だったので、今日のように晴れているとまるで別な場所のような印象です。
斜面を登ってみると、リンドウがあちらこちらに咲いています(写真下)。来る途中の道路の崖などにも見事なリンドウの花を咲かせていました。日本ではリンドウというと紫がほとんどです。ここではきれいな青いリンドウです。
写真上:ゲンティアナ・プルゼワルスキイ(『世界のワイルドフラワー Ⅱ』p.81) 写真下の花は道路の脇というよりも、アスファルト隙間に生えていた花です。烏里さんから花の名前を調べるように言われ、調べてみると、なんとリンドウの仲間でした。
写真上:Gentiana tongolensis (Guide to the flowers of
western China, p.400) 夕暮れの農村風景 バスが走り始めて間もなく、進行方向に虹が見えました(17:30-17:46, 3390m)。良く見ると、虹のかかっているあたりで雨が降っているのがわかります(写真下左)。この後、十数分にわたり、虹が見えました。
雨が降っていて、西から太陽が当たるから東に向かっている我々に虹が見えるのは当たり前です。でも、虹が出るとなんとなくうれしくなるから奇妙です。
道路の周囲にある建物は立派なのが多い。商店も民家も造りが立派です。
7月26日に泊まった新都橋(ゾンシャップ)を通過(17:57, 3350m、写真下)。ここから再び、上り坂になり、折多山峠を目指します。
あたりはのどかな風景が広がっています。村落の一つを撮影するために停まりました(18:12-18:20)。
夕暮れ時で、手前の牧草地ではヤクがのんびりと草を食べています。
川の向こうに石造り建物があり、山の中腹には僧院らしい建物も見えます(写真下右)。このあたりの集落はどこもきれいです。
ここでは時間がゆっくりと流れているような雰囲気です。牧草地なので、何か花は咲いていないかと探したのですが、めぼしい花はありませんでした。
我々が停まったすぐそばに、お兄ちゃんがバイクを停めて、何かしています(写真下)。ケータイでも操作しているのか、それともゲームでもしているのか、我々が引き上げるまで、彼はそのままでした。
バスは川に沿って上流に向かい、窓からは引き続き農村風景が見えます。
夕暮れのチベット高原に、高圧送電線の鉄塔が白く浮き上がり、ちょっとシュールな感じです(写真下)。 折多山の峰が美しく見えてきました(18:33)。陰り始めた手前の山と山の間から、はるか彼方に峰々が忽然と姿を現すと、チベット高原のスケールの大きさに驚かされます。 この道を通るのは去年と今年で三度目ですが、折多山がこんなふうに見えるとは気がつきませんでした。ちょっと不思議な景色です。
登り坂はだんだんきつくなりますが、道路が去年舗装されたばかりできれいなので、かなりの速度で走っています。折多山の峰々は峠に近づくにつれて、逆に見えなくなってしまいました(写真下)。
折多山峠の花 ストゥーパのある折多山峠の山頂に到着(18:46-19:16, 4080m)。すでに太陽が斜めになっており、しかもガスが時々かかるので、撮影条件としてはあまりよくありません。時間もない。なんとか紫色のブルーポピーが撮りたい。
時間がないので、ストゥーパのある南側の斜面か、それとも鉄塔のある北側の斜面か、片方しか行けません。去年は、ストゥーパのある南側の斜面に行き、ブルーポピーを撮影しました。皆さんが南側を登るようなので、へそ曲がりの私は一人で北側を登ることにしました(笑)。
写真上下:ゲンティアナ・プルゼワルスキイ(『世界のワイルドフラワー Ⅱ』p.81) ここでもリンドウがちょうど盛りらしく、とてもきれいです。先ほどの高尓寺峠でも見かけたし、バスからもきれいに咲いているのが見えました。ここは気候が厳しいから背が低いだけで同じ種類でしょう。
ブルーポピーがありました。紫色で、私が見つけたのはいずれも十数センチほどの高さしかなく、他の植物の間に埋もれるように咲いていました。数が少ないだけでなく、明らかに盛りをすぎており、良い被写体が少ない。風が強く、時々ガスがかかり、撮影条件もよくありません。
メコノプシス・ヘンリキ(『世界の山草・野草』p.178) ネット上の、植物の専門家を同行したツアーに参加した人の旅行記では、この折多山峠でのブルーポピーをメコノプシス・ヘンリキと判断しているようですので、これを採用します。
写真上左:オキシトロピス・ラッポニカ (『ヒマヤラ植物大図鑑』p.416) 写真上右:ペディクラリス・ブルゼワルスキー・アウストラリス(『雲南花紀行』p.168)
写真上左:ソロセリス・フッケリア(『ヒマヤラ植物大図鑑』p.69、『世界のワイルドフラワーⅡ』p.88) 写真上右:キアナントゥス・ロンギフロルス(『世界のワイルドフラワー Ⅱ』p.80) 尾根なので風が強く、時々ガスがかかり、ジャンバーの襟を立てても寒い。横殴りに吹き付けるガスがひどくなり、カメラに露がつき始めたので撮影をあきらめ、バスに戻りました。集合時間は守ったのに、やはり私が最後でした(笑)。
折多山峠を越えると、目的地の康定まで後少しで、ひたすら下るだけです。去年と違い、道路はほぼ舗装されているので、順調に飛ばします(写真上下)。
軍のホテルに泊まる 甘孜チベット自治州の州都・康定に到着(20:06, 2415m)。時間はすでに夜の八時を過ぎていますが、夏だということと、北京時間とのずれがあるので、まだ十分に明るく、街は人々で賑わっています。
今日の宿泊予定ホテルの康武賓館に到着。去年泊まったホテルのすぐそばです。名前に「武」が入っているように、ここは軍が経営するホテルです。今の時期は成都は猛暑なので、避暑のために車で簡単で来れる康定にたくさんの観光客が訪れており、ホテルを確保するのに烏里さんは苦労したようです。
建物は大通りに面して「口」の字に作られ、ホテルの入り口は駐車場にもなっている中庭ら面しています(写真下左)。軍のホテルなど、普通のパックツアーではまず泊まりませんから、私は、入り口は鉄砲を構えた軍人が警護していれば、写真が撮れると大いに期待したのですが、残念ながら、普通のホテルでした(笑)。一つだけ普通のホテルと違うのが、中庭から見る建物の面に軍のスローガンが書かれていることです(写真下右)。
写真下左のスローガンの一つを、中国語を知らない私が適当に日本語的に表現するなら、 「党に忠誠を誓い、人民を愛して、国家を・・(意味不明)、身を挺して使命を果たし、名誉を尊ぼう」 こんなふうに書いてあるようです。 興味深いのは、人民を愛することよりも、中国共産党に忠誠を誓うことのほうが先に書いてある点です。 ホテルのレストランの入り口にも毛沢東、鄧小平、江澤民、胡錦濤ら歴代の国家主席の写真と、彼らの直筆と思われる文字が並んでいます(写真下右)。毛沢東の直筆は初めて見ましたが、かなり悪筆で、ほとんど読めません。私も達筆すぎるので(笑)、親近感を覚えました。
フロントはあまり広くなく、普通のホテル並で、受付のお姉さんも、軍のホテルだからと言って特にいかついわけではありません(写真下左)。カウンターの上には「客房已満」、つまりこのホテルは満室だという表示が出ています(写真下右)。残念ながらネットはありません。
建物は6階建てなのにエレベーターがありません。さすがは軍隊で、スーツケースを担いで駆け上がるのが当然とされているのでしょう。我々は4階です。日本人には、特に金と力のない私には、2500mの高地で4階までスーツケースを持ち上げるのは容易ではありません。
休みながらようやく4階まで到着。部屋はこぎれいです(写真上左)。室温は24℃で、暑くもなく寒くもありません。窓の下は、繁華街の折多川の流れている通りで(写真上右)、騒音のためでしょう、二重サッシになっています。スタンダード・ルームで380元(5700円)とあります。 そなえてあるお茶はパックされたジャスミン茶です。
しかし、問題の一つはトイレで、ここも中国式の水洗トイレなので、臭いがかなりあります(写真下右)。
写真下を見てください。これはベッドと洗面所との間の壁です。下の部分が水がしみ出したように壁紙がはがれています。洗面所はベッドのある部屋よりも一段高くなっており、ちょうどその高さに沿ってはがれています。洗面所の水が壁の中に入り込んで、しみ出しているのでしょう。長年水が建物内側に漏れているとすれば、鉄筋が腐っているなど、地震が来たらけっこう怖い話です。 もう一つこの建物で怖い事に気がつきました。避難路が階段以外にないのです。ここは四階ですから、火災になっても飛び降りるのが無理なのはもちろんのこと、私の持ち歩いている洗濯紐でも逃げられません(笑)。階段が一つしかなく、もし一階から火災が発生したら、階段は煙突になり、逃げられません。 廊下の突き当たりまで行って、窓を開けてみると、そこに鉄柵や鉄のパイプが無造作に建物に取り付けてあり、それにしがみついて降りれば、隣の一階の屋根まで降りられそうです。 ホテルのレストランで夕食です(写真下、21:00~)。私が避難経路のことを話すと、皆さん、半分感心し、半分あきれて聞いてくれました(笑)。でも、小心小心。 トップページ 日程表 1 2 3 4 5 6 7 8 9
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