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クリンジ 12年に一度しか咲かないインドの花

7日目  2018914()

クリンジのお花畑

 

 

 5時頃目が覚め、6時頃起きると暑くも寒くもありません・・・おや、今日はヒンドゥー教寺院の音楽がない。

 

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 今日はいよいよ昨日のトップ・ステーションから見たクリンジを見られるかどうかです。後で聞くと、松森さんは必死に現地ガイドのモハンさんに交渉したようで、バサントさんは松森さんが頑張ったと誉めていました。ルートは昨日の午後とほぼ同じで、ムンナールから東に一時間ほどかかります。

 

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 朝の散歩に出かけます。昨日はヒンドゥー教の寺院をたどり着き損ねましたから、今日こそ到達しなければなりません。昨日と同じようにエレベータで地下五階まで下りて、入口の守衛さんに挨拶して、外に出ます。

 

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 下図の朱線が私の散歩コースです。まず昨日、道を間違えて行き損ねたヒンドゥー教の寺院に行ってみたい。

 

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 集落の外れの突き当りにヒンドゥー教の寺院がありました(写真下)。二つの建物からなる簡素な寺院です。しかし、誰もいません。

 

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 儀式が行われた形跡はあるが(写真下左)、本尊のある堂は鍵がかかっていて誰が祭られているのかわかりません(写真下右)

 

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 彫像で祭られているのはどれも油をかけたように真っ黒で誰なのかさっぱりわからない。写真下左は手前にシヴァのリンガとヨニがありますから、たぶんシヴァでしょう。

 

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 明瞭にわかるのが本堂とは反対側に飾られたムルガン(Murgan)です(写真下左)。別名をスカンダ(Skanda)といい、日本では韋駄天として祭られています。その近くにもシヴァの三叉があります(写真下右)

 

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 サタラでもガネーシャの祭りがあり、昨日の大騒音もガネーシャの祭りなのだろうと思っていたら、ここにはガネーシャの形跡はありません。昨日がお祭りで、その時来ていればもっとおもしろい光景が見られただろうに、祭りの後で、後の祭りです。

 

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 昨日と同じように、洗濯物通りをすぎて茶畑まで下りてみます。

 

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 朝早いのにもう店は開いている。この集落にある二軒の店のうちの一つです。

 

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 斜面に作られた集落なので、屋根の上を眺められます。石を乗せてあるのは風対策としても(写真下左)、自転車は何なのだろう(写真下右)。放置されたと見るのは日本人の狭い常識で、これで毎日通勤しているのも、インドは広いからありえる話です。ただし、昨日と同じ位置にありますから、少なくとも毎日は使ってはいません()

 

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 道は茶畑の間を下りて行き、その先にも集落やリゾート施設らしい建物が見えます(写真下)

 

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 きれいな風景で「お茶の谷(tea valley)」という看板まであるのに(写真下左)、ゴミが捨ててあるのはいただけません(写真下右)

 

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 茶畑から引き返し、ホテルのちょうど西側の集落の中を上ります。両側には、豪華な家は少ないが、急斜面に建てられているので、眺望は抜群です(写真下)

 

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 家の前にジープやオートリクシャが停めてあるのは、この家の人がこれで商売をしているのでしょう。写真右の家はなかなか立派で、しかも駐車場が広いから他にも車があるのだろうか。

 

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 家の前の道路に幾何学模様が描かれています(写真下)。インドでは時々見られ、ヒンドゥー教の儀式の一つなのでしょう。

 

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 おじさんが何か洗い物をしている(写真下)。冬も凍る心配がないから、水道管らしい塩化ビニールのパイプが道にそのまま敷設されています。写真下右など水が出しっぱなしで、道の両側の壁にシダやコケが生えているのを見てもわかるように、ここは水系が豊かなのでしょう。

 

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 ヒンドゥー教の祭りも見られず、ちょっと残念だったと思いながら、狭い通りを行こうとすると、小学生が追い越しながら私に挨拶をしたので、「学校の行くのか?」と質問すると、「違う。家に行く」といいます(写真下)。きれいにペイントされた壁に干された洗濯物通りを通過して、彼の後を付いていきました。

 

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 少年の家は写真下のどこからしい。通路はしだいに狭くなり、人ひとりがやっと通れるくらいです。狭い場所にたくさんの人たちが住んでいて、ゴチャゴチャはしているが、掃除が行き届いていて、不潔な感じはありません。

 

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 少年の弟だろうか(写真下左、中)。隣のドアが開いて、父と娘らしい親子が顔をのぞかせる(写真下右)。幸い、カメラを嫌がる人は一人もいません。

 

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 ホテルに戻り、7時から二階のレストランで朝食です。パンが「生えている」(写真下)。この発想は毎晩出てくるケーキの作り方と似ているから、同じシェフが飾り付けたのではないだろうか。

 

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道端のツリフネソウ

 予定どおりに8:30にいつものジープに乗り、ホテルを出発(写真下左)。まずはビソンバレー道(Bisonvally Road)の花の散策です(写真下右)。と言っても、二日間ホテルからダムまでジープで往復した山道で、ジープで通過するたびに花が目に付きました。

 

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 斜面で目立った写真下は南インドやスリランカで見られる花です。花一つ一つの紫がきれいです。

 

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写真上 Plectranthus malabaricus

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 写真下は昨日も散歩で見た花です。

 

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 ツユクサは西ガーツ山脈でも広い範囲に見られます(写真下)

 

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写真上 Commelina clavata

 

 写真下はツユクサとお仲間で、毎度印象深いオシベとメシベの花です(写真下)

 

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写真上 Cyanotis arachnoidea

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 ここでも目につくのがツリフネソウで、数も種類も多い。写真下のツリフネソウも西ガーツ山脈の固有種です。

 

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写真上 Impatiens dasysperma

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 写真下は昨日もパンバダム・ショラ国立公園で見たツネフネソウで、西ガーツ山脈の固有種です。

 

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写真上 Impatiens campanulata

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 ここまではツリフネソウと言われれば、そんなイメージです。

 

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 ところが、写真上の岩場などに咲いているのが写真下で、いずれもが日本のツリフネソウのイメージとはかなり違います。岩場に咲いている様子などから、サクラソウかと思ったほどです。

 

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写真上 Impatiens scapiflora

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 このあたり数種類のツリフネソウは、写真下左が典型で、花の根元が細長いため、花の下に細長い突起物が付いているように見えることです。ツネフネソウだから、当たり前なのはわかっていても、日本のツリフネソウと姿が違うので、つい目が行きます。

 

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 写真下はここに生えていたツリフネソウの中でも一番小さい。他に人に教えてもらうまで気が付きませんでした。花の大きさは1cmほどです。写真上と同様に、水が流れる岩場に咲いています。

 

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 写真下は土手の茂みの中に一面に咲いているツリフネソウです。

 

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写真上 Impatiens goughii

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 これもツリフネソウですから、花の後ろが細いのでまるで突起物が付いたように見えます。写真下右はツボミです。

 

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 少し歩くと、また別のツリフネソウがありました(写真下)。昨日も見たエレガンスという名前のツリフネソウです。

 

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写真上 Impatiens elegans

 

 

ここにもクリンジ

 クリンジの仲間がありました(写真下)。クリンジは薄紫色が多いのに、これは白です。この花も咲く周期が八年以上で、西ガーツ山脈の中央から南にかけて生えています。図鑑では見つかる頻度は「稀」とありますから、こんな一般道のそばで見つかるとは驚きです。保護するべきなのに、たぶん地元の人は誰も気が付かない。

(Kurinji field guide Evrvikulam National Park”p.65)

 

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写真上 Strobilanthes urceolaris

 

 皆さんが崖に咲いているツリフネソウの写真を撮っている中、私は写真下のチョウセンアサガオを撮るために、道を少し引き返しました。昨日からこの道を往復するたびに目についていた理由は、ごらんのような花の色です。ネットでみると、それほど珍しい色ではないものの、花の先だけがオレンジの混ざったピンク色できれいです。南米原産で西ガーツ山脈では標高1700m以上の道端に普通にみられるとあります(Flora of the southern western Ghats and Plains,p.164)

 樹木の高さは軽く3mをこえて、しかも高い位置に花が咲いているので、花に近づけません。

 

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写真上 Brugmanisa suaveolens

 

 写真下は、インドでは一般的な植物で、中国にもあり、薬用に用いられています。ただ、インドと中国で同一の植物であるかどうかで議論になっているようです。

 

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写真上 Pimpinella candollean

 

 写真下はヒマラヤから中国、日本やフィリピンにも分布し、ここでは大変良くみられる植物です。ただ、これも日本と本当に同じなのか、ちょっと疑問があります。

 

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写真上下 Persicaria chinensis

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 写真下のきれいな花はインド原産ですが、中米、ハワイ、オーストラリアなど世界中の熱帯地方にはびこる困り者です。

 

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写真上 Thunbergia fragrans

 

 写真下はアカネの仲間で、花は小さいが、とても良く目立ちます。

 

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写真上 Mussaenda hirsutissima

 

 写真下のようなアサガオ型の花は種類も多く、判断が難しい。

 

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写真上 Argyreia pilosa

 

 写真下のデージーの仲間は西ガーツ山脈の固有種です。

 

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写真上 Acilepis ornata

 

 写真下は世界中に広がっている植物で、ケララ州では「十の聖なる植物(Ten Sacred Flowers of Kerala State)」の一つになっています。薬草として用いられているようです。

 

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写真上 Emilia sonochifolia

 

 名前のわからない花もいくつかあります。写真下など特徴ある花なのにわからない。

 

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 写真下の上段はLinderniaの仲間、下段はNeanotisの仲間のように見えます。

 

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 ヤブの中にコーヒーがあります(写真下)。たぶん植えられて放置されたのでしょう。意外なことに、インドのこの地域では茶よりもコーヒーが先に栽培されました。

 

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クリンジを目指して

 道端の花の写真を撮り終えて、バスに乗り換えて、昨日と同じ国道18号を東に向かい、クリンジを探しに茶畑の中を走ります。

 

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 ヒンドゥー教の寺院とキリスト教の教会が目立ちます。写真下右は、青く染められたガネーシャです。青い象なんて変な色ですが、インドでは黒い肌を青色で表すことがあります。

 

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 道には観光客相手の店が軒を並べています。写真下左でチョコレートを売っているのは、ここがカカオの産地だからです。食べてみるまでもなく、甘いだろうなあ。

 

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 写真下左では「ホテルとお茶(Hotel & Tea stall)」とあります。お茶を飲ませてくれるのはいいとして、ホテルと言っても、ごらんのようなビニールで囲った掘っ立て小屋ですから、宿泊はいくらなんでも無理です。こういう所にインドの不思議が転がっている。

 

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 そろったユーカリの林もきれいな茶畑もクリンジなどの元からいる植物にとっては脅威だとわかると、ちょっと興ざめします。山の中腹まで茶畑が続いていて、その意味では自然破壊が進んでいるのがわかります(写真下)

 

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茶畑村に到着

 茶畑の村に到着し、ここから歩きます。道路脇の植え込みにアマリリスのようなきれいな花が咲いています(写真下右)

 

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 茶畑の中の道を進みます。道は平たんで起伏が少ない。

 

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 茶樹の幹と根です。横から見ると、幹は盆栽のような風格があり、根が深くのびているのがわかります(写真下)

 

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 道の両側にアサガオが紫の花を咲かせています(写真下)。朝は青く、夕方になる頃にはピンク色になるというアサガオです。

 

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写真上下 Ipomoea indica

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 ここもランタナが咲いています(写真下)。花はきれいでも、外来種で強烈な繁殖力を持っている。

 

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写真上 Lantana camara

 

 茶畑の南側の谷に沿って集落が広がっています(写真下)。建物は大半が戸建てではなく、長屋タイプの集合住宅です。

 

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 ここは茶農園で、彼らは労働者として雇われて、この住宅は社宅なのでしょう。

 

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 写真下左はcanteenとありますから、社員食堂です。今日は休みなのか、開いていません。

 

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 村の中は時間がゆっくりと流れています(写真下)

 

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 犬クンは朝寝中で見慣れない通行人を横目でチラッと見て、オンドリは縄張りの警戒を怠らない(写真下)

 

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 茶畑で働いている人の姿はないのに、畑で働いている人たちがいます(写真下)。食堂用など、自分たちが食べる野菜を作っているのでしょう。

 

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 写真下は村で見かけた看板です。たぶん、結婚の祝いでしょう。二日前、ムンナールに来る途中にもこれと似たような、結婚を祝う友人からの看板がありました。

 

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 谷の奥のほうでは山を切り開いて、茶畑を拡大しようとしています(写真下)。人々の生活のためには必要なのかわかるが、これも自然破壊であり、クリンジを追い詰めているだけに、見ていて複雑な心境です。

 

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 茶畑を通過して、やがて道は林の中に入って、上りがきつくなりました(写真下)。茶畑のあるあたりも元々はこういう森林だったのでしょう。

 

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 山道なので、これまでも見たような草花が花を咲かせています。

 

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写真上左 Impatiens elegans、写真上右 Impatiens campanulata

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写真上左 Justicia latispica、右 Leucas ciliata

 

 写真下左は昨日、パンバダム・ショラ国立公園で見かけたクリンジの仲間です。

 

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写真上左 Strobilanthes gracilis、中 Plectranthus malabaricus、右 Emilia sonochifolia

 

 茶畑あたりが1800mで尾根が2000mくらいですから、標高差は200mほどで大した上りではないのだが、それでも尾根に近づくにつれて上りがきつくなります。

 

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クリンジの大群落

 尾根まで登り、反対側の斜面を見ると、あった!クリンジだ!!それも大群落です。登ってきた側の斜面には一本もなかったのに、こちら側はクリンジの海です。

 

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写真上下 Strobilanthes kunthianus

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 昨日のクリンジとの違いは、場所によっては人の背の高さよりも高いことです。山道を歩いているのにクリンジの花をかきわけながら進まなければならないほど密集しています。

 

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 写真下に写っている人たちはクリンジの中に入り込んでいるのではなく、山道を歩いています。写真でもわかるように、密集して生えているので、中に足を踏み入れることは無理です。

 

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 背丈もかなり高いものがあり、写真上左の女性と比べてみればわかるように、人の背よりも高いのも珍しくありません。

 

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 尾根に沿って、クリンジの大群落の間をかきわけながら進んでも進んでも群落が続きます。

 

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 昨日と違い、枯れた花がありませんから、真っ盛りです。

 

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 私たちのいる斜面だけでなく、斜め前の斜面にもクリンジの大群落が見えます(写真下)。でも、あの斜面は急すぎて、決死隊を結成しても行くのは難しそう()

 

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 このあたりはこういう急斜面で茶畑に向かないのでクリンジが残ったのでしょう。先ほど通過してきた茶畑のあたりも、前はクリンジが生えていたのかもしれません。

 

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クリンジの色

 写真下は“.keralatourism”というケララ州の観光局のホームページに掲載されているクリンジの写真です。そのまま切り取って来ており、色の加工はしていません。同じ花でも太陽光の当たり具合で色が違うことがあるものの、私の撮ったクリンジは薄紫のぼんやりした色なのに、写真下はピンクや紫など色鮮やかです。私たちが見ているクリンジと種類は同じなのに、どうしてこんなに色が違うのでしょう。

 そのインド・マジックをお目にかけましょう。

 

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写真上 “.keralatourism”から転載

(https://www.keralatourism.org/neelakurinji/)

 

 写真下は私の撮った写真で、写真上と同じようなピンクや紫のクリンジのお花畑が出現しています。感動していただけたでしょうか。でも、同じ場所の同じ写真なのに、どうしてクリンジの色が違うの??

 

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 写真下が写真上の元の写真です。私の目にも写真下のように見えました。ホワイト・バランスと呼ばれる色の基調を調整するとこんなふうに色を変えることができます。おそらく、ケララ州のホームページに掲載された写真は、色を強調したのでしょう。

 

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 ケララ州のホームぺージの写真のように色を強調した写真がネットのあちらこちらで見かけます。現実のクリンジは藤色の淡い色なので、インド人が色を強調したい気持ちはわかりますが、誤解を与える写真です。あれでは山がピンクや紫に染まっているかのように見えて、ブルーマウンテンにはなりません。

 

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 インド人のために弁護すると、街や服の色彩を見てもわかるように、彼らは強烈な色を好みます。この点で一昔前に成功したのがソニーで、色を強調したテレビをインドで販売したところ、値段が高いにもかかわらず、良く売れました。

 

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 クリンジの咲いているニルギリ丘陵(Nilgiris Hills)のニルギリとは青い山という意味で、その青とはクリンジが咲くことで山全体が青紫に見えたからだというのです。しかし、ケララ州のホームページの写真では青ではなく、ピンクや紫になってしまう。

 

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クリンジと記念撮影

 尾根に沿って進むと、ようやくクリンジの大群落から抜けて、開けた場所に出ました(写真下)。周囲にクリンジも咲いているので、ここで皆さんで記念撮影です。

 

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 イギリス人がここで茶畑を作った時、茶畑に適した山の斜面にはクリンジが生えていました。彼らは当然、邪魔者としてクリンジを刈り取り、青い山は茶畑の緑の山になってしまいした。しかし、クリンジを迫害したのはイギリス人だけでなく、独立後のインドでも茶畑でなく、燃料の木材を手にいれるためにユーカリ、マツ、アカシアなどを植樹したので、ますますクリンジが減っていきました。

 

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 クリンジの保護が本格的に始まり、「クリンジ保護活動委員会( the Save Kurinji Campaign Council)」が設立されたのは1989年というから、意外に遅い。それ以降、花が咲いたのは1992年、2006年、今回で三回目ですから、12年に一度しか咲かないことも関心の低さと対応の遅れを招いているのでしょう。

(Kurinji : the flower of blue mountains ”,p.55)

 

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 花の見た目は昨日見たとの同じです。ただ、背の高さと密集度が違う。日本にいる時、私はクリンジをセイタカアワダチソウのような茎の硬い草なのだと思い込んでいたので、昨日、樹木だと知って驚きました()。現物を見ないとわからないことが多い。

 

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 私たちのいる尾根から谷に向かって斜面にクリンジが群落しています。全景はドローンでも飛ばして撮るしかありません。尾根を境に片側には樹木が生えてクリンジは一本もなく、こちら側の斜面の樹木がない所にクリンジが生えています。まるで尾根が植物の国境になっているみたいです。

 

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 写真下は尾根から谷を見下ろすように撮ったもので、写真の上が谷の下です。下から見上げるとわかりやすいのだろうが、斜面は急斜面で、しかもクリンジが密集しているので、下りていくのは無理です。

 

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 シャクナゲが一本咲いています(写真下)。いくらなんでも狂い咲きでしょう。これもこの地方の固有種です。

 

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写真上 Rhododendron arboreum

 

 

昨日見た斜面に行く

 私の関心は昨日トップ・ステーションから見た決死隊を結成して登ろうと決心した斜面です。記念撮影した開けた場所のさらに先らしい。それが前方に見える写真下ではないか。同一の場所かどうかわからないが、薄紫色が見えますから、クリンジは咲いているようです。推定で500mほど先で、集合時間までまだ余裕がありますし、山道が続いていますから、行ってみましょう。

 

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 山道を一人で進んでいくと、かなり大きな動物の足跡を見つけました(写真下)。ここはゾウもトラもいるインドで、現地ガイドからもレオパードがいるという警告がありました。レオパードって、太った野良猫ではなく、ヒョウみたいな猛獣だよな。一人でこの足跡を見つけるのはあまりうれしくはありません()。後日、クリンジを見るためにムンナールに来た日本人が、現地ガイドから、山の上でまだ新しいトラの足跡を示されたそうです。

 

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 クリンジの仲間(Strobilanthes)はインドだけでも59種類あります(諸説ある)。その中でこのクリンジが特に有名なのは12年に一度咲くということと、何よりもこのように山一面に咲くからでしょう。クリンジの他の種類も花の咲く間隔が8年から16年などという気の長いものまであります。

 

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 ここと同じ種類なのに、2014年に咲いたクリンジもあったという研究者による記述があります。私たちが何度か通過したマトゥペティ・ダムの近くの山で見事な写真が撮られています。それでいくと、その山で次回は2026年に咲くことになります。

(Kurinji : the flower of blue mountains ”,pp.9-10)

 

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 尾根に沿って進むにつれて、山道は林の中入り、クリンジは減り、しかも上りになりました。その中で、見つけたのが写真下で、葉の形が違うから、別種のクリンジのようにも見えます。ただ、花が小さく背丈も低いのは環境が悪いからだけかもしれません。終わってしまった花もありますから、ピークをすぎています。

 

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 山の上まで登り切ると、急に視界が広がり、目的の斜面の真上に来ているのがわかりました(写真下左)

 

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 ここから見る周囲の山の斜面にも、どこもここもクリンジだらけです(写真下)。背の高い樹木がない所はたいていクリンジが咲いている。ここまでの写真でも、背の高い樹木の生えている所と草地が混ざっています。これが昨日も申し上げたショラ(Sholq)というこの地方独特の風景です。

 

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 ここは一番高い所で2000mほどで、クリンジは数百メートル下までの他の樹木で日陰にならないところに生えています。

 

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 この斜面に生えているクリンジは先ほど見た尾根のクリンジに比べて背が高くありません。やはり環境に左右されるのでしょう。

 

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 他のお客さんたちも到着しました。枯れた草の間にクリンジだけが咲いているのも、どこか奇妙な光景に見えます。

 

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 クリンジにはたくさんのミツバチたちが集まっています(写真下)。クリンジだけの蜂蜜があるそうですが、残念ながら、今回は見かけませんでした。ミツバチの羽音だけでもすごい。

 

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 他のお客さんたちは戻ってしまい、私は一人で写真を撮っていました。

 

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 先ほどよりも花の発色が良くないなあと周囲を見渡すと、写真下左の山に雲がかかっています。つい先ほどまでは陽が射していたのに、空は雲で覆われていて、天気は良くない。集合時間がありますから、そろそろ戻りましょう。

 

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 花を咲かせたクリンジはこの後、枯れてしまい、種から再び成長を始め、12年後に花を咲かせるという。

 

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 枯れたクリンジと思われるのが写真下です。ただし、これは12年間、この姿を保てたとは思えないので、12年前に芽を出したが、花を咲かせる前の成長の途中で枯れてしまったのでしょう。写真下のような状態は一部の斜面でしか見られず、いずれも高い樹木との境界あたりです。つまり、ちょっと陽当たりが悪いと彼らは枯れてしまうらしい。これなら、背の高いユーカリが生えたらクリンジは全滅です。

 

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 記念撮影をした尾根にバサントさんと現地ガイドのモハンが、約一名の遅い客のために待っていました(写真下)

 

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 写真下左の山にはいよいよ雲がかかっているのに、反対側のはるか向こうの山には陽が射しているようにも見えます(写真下右)。いずれにしろ、明らかに天気は下り坂です。

 

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 私は集合場所に6分遅刻して到着。ここに昼の弁当が届けられて食事を取るという話だったので、少し遅れても大丈夫だろうと思っていました。私は食事は帰りのバスの中で取ることにして、そのまま近くのクリンジの写真を撮るつもりでいたからです。

 

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 ところが、皆さん下山してしまったらしく、集合場所には誰もいません。弁当は届かなかったらしい。インドでは良くあることです()。クリンジを見ながらの弁当も楽しいが、どうもそれを許してくれそうもない空模様ですから、急いで下山しましょう。

 クンリジに「12年後にまた会おう」と告げて、さようならです。

 

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 下りなので下りるのは楽で、途中で他のお客さんたちに追いつきました(写真下)。茶畑の中を戻ろうとする途中、バスから数百メートルほど手前から雨が強く降り始め、この旅行で初めて雨カッパを着ました。今回の旅行でカッパを着たのはこの時の一度だけで、まだモンスーンが終わっていない南インドにしては天気に恵まれました。

 

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地元の食堂

 道端にある小さな食堂で昼食です(写真下)。道から奥まった所に建物があるので、食堂とは気が付かないくらいで、地元の人くらいしか利用しないのでしょう。予定外なだけでなく、普通のこの種のツアーではまず利用しない食堂なので、私はちょっと楽しい。

 

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 建物は横長で、真ん中が食堂で左に調理場、右が住まい()に分かれています。調理場の写真を撮らせてもらうと、ここでも調理師も配膳もすべて男性です(写真下)

 

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 食堂は17人もの客が来ることを前提としていないので、椅子が足りない()

 

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 写真下左を見てください。バナナの葉に乗せられた食事です。こういう庶民の食堂しか対面できない貴重な体験です。私は二十年ほど前にインドを旅行した時、菜食主義用の食堂があり、そこでバナナの葉の皿で食事をして感激しました。

 

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 二十年ぶりのバナナの葉の皿なのだが、食事は辛いに決まっているから、私には無理で、店の人にバナナとリンゴを多めに頼んで、それで済ませました。クリンジで頭が浮かれているので、何を食べてもうまい()。椅子が足りない?椅子なんていらない。なんなら、踊りながら飯を食う・・・日本人のイメージが悪くなるので、やめておきましょう。

 

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 店の壁にはヒンドゥー教の神々の写真が飾ってあります。写真下で、左からアイヤッパン、ムルガン、ラクシュミー、ハヌマーン、ミナクシ、ガネーシャです。ラクシュミー以外は主に南インドで人気のある神様たちです。

 

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 壁の目立つ所に単独で祭られているのはカレンダーについているムルガンで(写真下左)、天井近くの壁に飾ってある金ピカのレリーフはガネーシャですから(写真下右)、やはりこの二者は南インドではかなりの人気です。

 

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 浮かれ気分でリンゴとバナナをたくさん食べて、雨上がりの食堂の外に出ると、道端に写真下の黄色い花が目につきました。この植物は南米原産なのに、インド全体に、また西ガーツ高原にも広く広がっています。人の背丈よりも高くなり、黒いツボミがアクセントになり、良く目立つ。

 

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帰り道

 雨上がりの茶畑の中をムンナールに戻ります。

 

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 ダムの湖畔を下ります。ダムというよりも、川に沿って走っている雰囲気です。

 

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 昨日と同じ所に同じゾウの一家がいました(写真下)

 

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 ダムの湖畔にある小さな村でトイレ休憩です(16:13)

 

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 ちょうど子供たちの下校時間らしく、黄色いスクールバスの子供たちが手を振る(写真下)。写真下右は、バスには公立学校(Public School)とあるのに、後ろの窓にはマリアの絵が描いてあります。もっともイギリスではPublic Schoolが私立学校だったりするらしいから、よくわかりません。

 

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 ダムの湖畔には店がいろいろあります。写真下左の右側に座っているおじさんは双眼鏡を三脚に立てて、一回20ルピー(34)で景色を見せてくれます。風船を板に張り付けてあるのは何なのだろう(写真下)。子供のためでもなさそうだし、ダーツのように的にして当てる?こんな所でダーツをするなら、インド人の不思議にまた会いました()

 

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 昨日も紹介したように、道端の店ではニンジンが積み重ねてある。写真下左などニンジンしか売っていません。どんな味なのか、まさかインドの赤いニンジンは辛くはないだろうな()

 

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 気の毒に、先月の洪水の崖崩れで家ごと破壊され、そのまま散乱しています(写真下)。ただ、こういう光景は数は少ない。

 

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ムンナールに戻る

 ムンナールの新市街に戻ってきました(16:40)。夕方のせいか、相変わらずの人混みです。

 

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 下校時間でスクールバスや通学の生徒が目につきます(写真下)

 

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 インド人は肌が浅黒く、目が大きく、ジッと見る習慣があるから、睨まれているように錯覚するが、たいてい、ただ見ているだけです。

 

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 写真下左の家の門を見てください。日本でこんな色に染めたら、近所から苦情が来そうです。インドではそれほど違和感がない。

 

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 最近、このケララ州で若者の間で流行しているのが、ニルニル・チャレンジ(Nillu Nillu challenge)という遊びです。写真下はユーチューブに投稿された動画です。

 手に木の枝を持った若者がバスや車の前に突然飛び出して、ニルニルという音楽に合わせて踊り出すというもので、かなり楽しそうです。しかし、映像を見ていてもかなり危険で、日本なら警察からこってりと絞られるでしょう。残念か、幸いか、私たちは遭遇しませんでした。

 

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ムンナールの鉄道

 ムンナールの新市街を通過して、西にある紅茶博物館に行きます。

 

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 博物館と言っても公営ではなく、Kanan Devan Hills Plantations Companyという紅茶を古くから生産販売している会社の経営する博物館(KDHP Tea Museum)です。

 

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(https://www.kdhptea.com/)

 

 博物館には百年間の茶業の歴史が展示されています。古い時計がたくさん並べてあって、ここの時は止まっている(写真下)

 

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 写真下左が茶農園の建物(1910)、写真下右が最初に開かれた茶畑です(1880)。つまり、これがここの自然破壊の始まりです。

 

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 私の目を引いたのは写真下の蒸気機関車です。写真下左はThe Kundaly Valley light Railway(1911)、写真下右はHigh Range light railway (1924年以前)とあります。

 今のムンナールには鉄道などありません。いったいどこに鉄道があったのだろう?博物館の説明では、鉄道はKundaly Valley Light Railwayが正式名称で、ムンナールから私たちが昨日訪れたトップ・ステーションまでの間を1900年代の前半に走って、人間とお茶を運んだとあります。

 あんな山の上がどうしてトップ・ステーションなんて変な名前なのか不思議に思っていたが、本当に駅があったのだ!それにしても、この蒸気機関車をコーチからムンナールまでのあの山道を運んで来たのだろうか?今でも完成品ままなら運ぶのは簡単ではありません。

 

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 写真下は牛車の隊列ではなくモノレールです。写真上の鉄道が引かれる前の19021908年はこのモノレールでお茶を運んでいました。

 

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 写真下のようにモノレールに人も乗せています。彼女は間違いなくイギリス人で、抱えているのはネコです。ここは気候が良いから、故郷のイギリスより全然暮らしやすかったはずです。

 

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 ムンナールに蒸気機関車の鉄道があったのなら、今なら観光列車として重宝したはずです。同じように茶産業が盛んなインド北部のダージリンでは茶の運送に使われていた蒸気機関車がトイ・トレインとして観光客の大人気になっています。

 

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 ムンナールに鉄道が残らなかった理由が写真下で、1924年の大洪水で壊滅的な打撃を受けて、復旧をあきらめ、鉄道は19081924年という短命に終わりました。

 

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 ここに鉄道やモノレールを敷けるほど資金をイギリス人たちが持っていたのは、お茶の生産によって巨万の富を得ていたことを意味します。

 彼らの生活が豊かであった証拠が写真下です。自動車レースと(1930)、タバコをくわえ半ズボンでバイクに乗った男性です(1911)。今と違い、自動車やバイクはヨーロッパから運び込んだのだろうから、高額商品です。もちろんムンナール初のバイクで、彼は名前も載っていて、この博物館の農園の経営者だったようです。

 

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 写真下左は新たに作られたコーチまでの道路で(1931)、写真上右のバイクに乗っていた人物の時代に会社が作ったことになっています。会社が道路を作れるほどの資金をもっていたことになります。

 

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 写真下左は「Kundaly Club(1900)」とあり、イギリス人の好きなクラブで、この地方にいた白人の集まりのようです。ボンネットをかぶった白人の女性がかなりいます。この地方に最初に白人女性が来たのは1889年だというから、わずか十年の間に、イギリスから女性を呼び寄せることができるほどにイギリス人たちがお金を儲けたことを意味します。

 写真下右の「Munnar troop of Special provincial mounted police(1933)」とは、騎馬警察隊という意味でしょうか。全員が白人です。これらの写真からわかるのは、イギリス人が茶業で得た富で上流社会を作り、治安という武力を握っていたことです。経済力と武力を持っていたのだから、彼らは支配者だった。

 

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 これに対して、写真下左は農園でのスタッフの写真で(1920年代)、少数の白人と多数のインド人です。写真下右は立っているのが白人で、座っているのが多数のインド人の茶摘み労働者です。つまり、支配階級のイギリス人と、労働者階級のインド人たちが百年前のインドだった。インドで得た利益をイギリス人が独占し、インド人に還元しなければ、独立運動が起きて当たり前です。

 

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 うれしくないのが写真下のトラとゾウの狩猟で、今なら犯罪です。この周囲には百年前は狩猟できるほどこれらの動物がいたことになります。ただ、スポーツで動物を殺すというのはどういう神経なのか私は良く理解できない。

 人間よりも知能が高くて残虐な生き物から、自分が狩りの対象になったら、どうなのだろう。宇宙人が人間狩りをする『プレデター(Predator)』(1987年、アメリカ)というSF映画があり、今でも続編が作られています。映画そのものは戦闘シーンを売り物にする貧弱な内容だが、着想はたいへん興味深い。

 

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 写真下はお祭りのポスターです。写真左は「The Munnar flower show(花の展示会?)とあり190141819日というのだから、クリンジというわけではなく、春の花の展示会のようです。写真下左は「The Munnar agricultural show(農業展示会?)で、190441415日と1901年と同じ時期で、どうやら春の祭りが毎年開かれていたらしい。

 

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 写真下左は私たちが昨日、今日と二往復したMadupattyダム(写真下右)1953年完成当時の様子です。このダムの完成で1924年のような大洪水の水害をかなり防ぐことができるようになりました。しかし、今回ほどのモンスーンの大雨だと、ダムから放水せざるを得なくなり、街は水浸しになりました。

 

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インドのウーロン茶

 博物館に続いて、お茶の製造工場に案内されました(写真下)

 

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 写真下左がボイラーらしい。さきほどの展示写真にも、標高1400mをこすムンナールまで大きなボイラーを運送する様子がありました(写真下右1901)。今は電気や石油を利用するのだろうが、当時は薪用にユーカリやアカシアを植えて、これまた自然破壊の手伝いをしました。

 

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 ここのお茶のブランドはRippleで、ムンナールの街中にもこの店の看板が目に付きます(写真下)

 

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 工場の奥に店があります。種類が多そうに見えるが、普通に紅茶を買おうとすると意外に種類が少なく、あまり選択の余地がありません。ここは紅茶専門ではないからです。

 

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 それを示すのがここのお茶の見本です(写真下)。左から白茶、緑茶、ウーロン茶、紅茶、CTC紅茶です。CTC紅茶とは、茶葉を細かく粉砕して丸めて胡麻粒のようにすることで、短時間にお茶ができるようにしたものです。インドのチャイ(ミルクティー)CTC紅茶を牛乳で煮だして砂糖を入れたものです。当然、日本ではほとんど手に入らないし、飲まれていません。何度か買って日本で試したが、当然、インドで飲んだチャイの味は出せず、あきらめました。

 興味深いのは左の三つで、白茶(White tea)やウーロン茶は中国の製法によるお茶です。白茶は日本ではあまり知られていないが、簡単に言えば、ほんの少し発酵させただけのお茶です。私の推測だが、ほんの少し発酵させたのではなく、茶葉を摘んでおいたら、温かい地方だから、自然に発酵したのでしょう。湿度と温度があるから発酵させないようにするのが難しいはずです。

 

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 普通の紅茶とオーガニック紅茶をお土産に買いました(写真下)。普段ならお土産などあまり買わない私ですが、ルピーが余っていました。12日に乗ったスパイスジェットで荷物の超過料金を取られるつもりで多めに換金していたためです。

 

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 お茶のサンプルを見て自分のために買ってみようと思ったのが、写真下の白茶、ウーロン茶、緑茶です。紅茶の生産地で紅茶以外のお茶を出しているのが私の興味を引きました。

 白茶300ルピー(510円、25g)、ウーロン茶150ルピー(255円、100g)、緑茶600ルピー(1020円、100g)で、ネットでは値引きして売っているのに、店では値引き無しです。

 

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 帰国後、飲んでみました(写真下)。白茶、ウーロン茶、緑茶は茶葉は明瞭に違うのに、お茶として出してしまうと見た目はほとんど差がありません。

 まず、写真下の白茶は上品な香りと味わいです。私の記憶で一番近いのは雲南省で飲んだ緑茶です。ただ、100gで換算すると2000円もする高いお茶ですから、次回も買うかと聞かれると、「ウーン」とうなって、たぶん買わない()

 

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 写真下のウーロン茶は葉を見た時、私は買い間違えたのかと思ったくらいで、中国のウーロン茶とは葉の形状がまるで違い、葉を細かく砕いたらしい。ウーロン茶は葉の発酵を途中で止めたものだが、これで発酵させた状態なのだろうか?茶葉はかすかに樹木を連想させるような匂いがします。しかし、発酵した時の匂いとはちょっと違うような気がする。味はこの樹木を連想させるような味で、中国のウーロン茶と比べると、ウーロン茶とはわからないような味です。

 

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 写真下の緑茶の茶葉は黒くて、日本茶も古くなって劣化するとこうなる()。葉の匂いはほとんどなく、他の茶に比べて、苦味や渋みがあります。

 

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 三者には微妙な味の差があるものの、並べて飲み比べると違いがわかるだけで、飲んでいる最中にこっそり取り換えられても、たぶん気が付きません。白茶、ウーロン茶、緑茶の違いという分類よりも、この店の三種類のお茶と言ったほうがわかりやすい。共通しているのは、三者ともあっさりとした、さわやかな味わいで、インドの暑い気候には合っています。

 

 

インドの釘

 このお茶にはオチがありました。それは白茶の中に鉄釘が入っていたことです。写真下の黒いほうの釘で、銀色の釘は日本で売られていた釘です。飲み終えた茶葉を捨てようとして気が付いたので、私は自分が釘を落としたのだろうかと疑いました。日曜大工で私も長さ5cmの釘(写真下の銀色の釘)を使っているからです。しかし、私の持っている釘と比較すると、まず長さが違う。日本の釘はちょうど50mmなのに、この釘は54mmあります。こういう規格外の釘は、私が買った量販店では扱いません。また、頭頂部に突起が残っているなど(写真下右)、作りも粗雑です。つまり、ほぼ間違いなくインドの釘でしょう。

 

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 インドの釘は錆だけでなく、全体がススが付いたように黒いのは緑茶のタンニンと鉄分が反応したからです。確認のために、私の持っている日本の釘を白茶に一緒に入れたのが写真下です。左からインドの釘、白茶に入れた日本の釘、元の日本の釘で、白茶に入れた日本の釘は同じように黒く染まっています。

 

 

 さらに日本茶と比較するために、同じように日本の釘を緑茶(静岡産)に入れてみました。写真下の左からインドの釘、白茶に入れた日本の釘、日本の緑茶に入れた日本の釘、右が元の日本の釘です。日本の釘は白茶で黒く染まっているに対して、日本の緑茶ではそれほど染まりません。このことから、この白茶は日本茶に比べて、かなりタンニンが多いのがわかります。

 

 

 レジでお金を支払い(写真下左)、売場の外に出ると、別な店員が待っていて、もう一度、品物とレシートとをチェックします(写真下右)。インドの大きな店では良くあることで、万引きが多いのでしょう。客のチェックも必要だが、お茶そのもののもしっかりチェックしたほうが良い。釘など金属物の混入を見つけるのは今の技術では簡単です。

 

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ラッシーで乾杯

 ホテルに戻り(18:09)、七時からホテルの二階のレストランで夕飯です。このレストランでの夕食も三回目なので、だいたいどれが辛いかわかるようになってきました。つまり、ほとんどすべてが辛い。クリンジのお花畑を見たので、ただの野菜サラダがとてもおいしい()