クリンジ 12年に一度しか咲かないインドの花 2日目 2018年9月9日(日) プネー → サタラ → カース高原 昨夜は飛行機で疲れていたので、朝はぎりぎりまでゆっくりと寝ていました。室内は23℃で、エアコンをつけていないのに暑くはありません。
今日はプネーを出発して、最初の花の目的地であるカーツ高原のあるサタラを目指し、その西にあるカーツ高原で最初の花の観察をします。サタラはプネーの南に位置して、道路事情は悪くないので、約三時間ほどです。 7:30からホテルのレストランで朝食です(写真下)。五つ星ホテルだけあって(笑)、メニューは少なくない。
8:30にスーツケースを出して、9:00に出発。昨日と違い、新しいバスです(写真下)。
本当に新しいバスで、天井のビニールや窓枠に貼られた青い保護シールも付けたままです(写真下)。昔、新車を買った人がシートのビニールを取らないまま使っていたので周囲が苦笑いしていました。
覆面女子 バスは朝の出勤時間で混むプネー市内を走り抜けます。
バイクが多いのが目立ちます(写真下)。ヘルメットをかぶらないのは北部のインドと同じだが、こちらは二人乗り、三人乗りが少ない。これは今は通勤時間だからでしょう。ごらんのように、一列に並ぶなんてことはせずに、隙間があれば割り込むのがインドのルールです。
北部のインドと同様に、若い女性のサリーは少なく、シャツとズボンか、パンジャビと呼ばれるズボンとワンピースを組み合わせたような服装が大半です(写真下)。サリーは布一枚なので着付けが大変だが、これらは簡単に着られるからでしょう。
一方、北インド同様に、年配者はサリーが多い(写真下)。
写真下は屋台で朝食を取っているようです。どういうわけか、ほぼ全員が若い男性です。学校でもあるのだろうか。
北部インドでは見かけなかったのが写真下の顔を隠した「覆面女子」です。最初、日焼け防止かと思ったら、イスラム教徒だという。今年四月にイランに行き、真っ黒なスカーフをかぶった女性たちをさんざん見て来たので、こういう服装はあまり印象は良くない。
女性が顔を隠すことに印象が良くないのは、私が男であるだけでなく、強盗やテロリストを連想するからです。顔が見えないと表情が読めないので、本能的に警戒してしまう。
写真下左を「おっ、月光仮面!」などと私と同じ世代の人は思うでしょう。私も子供の頃、手ぬぐいをかぶり、風呂敷をマントにして、夜店で買ったサングラスをかけて遊びました(笑)。ただ、月光仮面は白いマントのおじさんで、彼女は黒頭巾で若い女性のようです。
写真上右 月光仮面(ウィキペディアから転載) 青森県でプロレスラーがマスクをしたまま県議会議員になった人がいます。テレビ番組で、覆面をどう思うか、男女のタレントに聞くと、きれいに分かれて、男性は肯定的なのに、女性たちはほぼ反発しました。覆面レスラーは男性で、女性たちは異性を顔の表情から相手の中身を読み取ろうとするからでしょう。
街中では路上の花屋を見かけます(写真下)。昨夜、空港からホテルまでの間も、花や観葉植物を売る店を見かけました。
写真下の青いバスは廃車置き場にあったのではなく、実際に道路を走っているバスです。少なくとも、ここ数年、雨以外では洗ったことがないようだ。
オートリクシャはインドでは庶民の足として活躍しています(写真下)。
街中で大きな看板で目立つのが写真下で、政党などの看板に見えます。頬がふっくらした髭面の男性が多い。メタボ顔もヒゲも、日本と違い、インドでは好まれるようです。
赤いクマ バスは市街地を通過して郊外に出ました(写真下)。有料道路なので道は悪くありません。周囲は緑が豊かです。
プネー市内でも宗教施設はそれほど多くはありません。郊外を走ると、道のそばにヒンドゥー教の寺院が見られました。しかし、イスラム教のモスクには気が付きませんでした。
自動車道の料金所です。そこに集まった人たちがおもしろい。
料金所の前で停まった車相手に物売りが押し寄せてきました。ビニール袋に入れた黄色い物はトウモロコシで作ったスナック菓子だそうです(写真下)。
写真下左は何か棒のようなものを持っている(写真下左)。自撮棒ではないか、というのがお客さんの意見でした。写真下右はたぶんガヴァというインドで良く見られる果物です。
料金表を見てください。普通車は90ルピーですから、約150円です。日本とは料金制度が違うし、インドは物価が低いとはいえ、日本に比べて安い。と言うよりも、日本の高速道路料金は異常に高い。自分で車を運転しても新幹線でも金額がそれほど変わらないのは、いくらなんでも変です。日本も規格のゆるい低料金の自動車道があっても良いような気がします。 料金所を通過した直後に渋滞して、その先に渋滞した原因の警察の車両があります(写真下)。交通事故?だが、写真下左のバックドアを開けている車の若者3人が警察官と何か話しているだけで、交通事故とも違うようです。
道端で色鮮やかなヌイグルミを売っています(写真下)。こんな店を少なくとも数十軒見かけました。
別の店なのに同じようなヌイグルミです。色とりどりだが、どれもこれもクマのヌイグルミに見える。変ですよね。イヌ、ネコ、ウサギなど他の動物があってもよさそうなのに、座るか、立つかしているクマのヌイグルミだけです。しかも、どれ一つも包装されていません。仕入れ先や製造元が同じだということでしょう。それにしても店の数からいってもただならぬ量で、いつからインド人はこんなにクマのヌイグルミが好きになったのだろう。
今年四月にイランに行った時、同様に道端でクマのヌイグルミが売られていたのが写真下です。イランでは立ったクマだけだったが、遠目には似ています。離れた二つの国で似たようなヌイグルミが売られていることから、たぶん中国からの輸入品でしょう。インドは中国とはそれほど仲は良くないが、それでも安い中国製品の攻撃には負けているらしい。 道路脇には大きな看板が立てられています(写真下)。郊外のせいか、数はそんなに多くありません。乱雑さがなく、看板の質は日本よりも良い。 日本でビルなどに設置されている看板の大半が届け出のない違法看板だって、知っていますか?最近、ようやく一部の都市で取り締まりが行なわれるようになりました。それも看板による死傷事故が起きてからですから、行政の怠慢です。日本は景観にあまりに無関心です。
同じような看板でも、顔がメタボの男性政治家とインド美人では比較にならない(笑)。
写真下のように看板が風化したまま放置され、広告募集の電話番号だけが書いてあるのが目立ちます。切れた広告の布が看板にぶら下がっているのは、この地域の経済があまり活発でない状態を表しているかもしれません。ただ、インド全体の経済は過去数年はちょっと減速気味だったが、今は好調で回復しています。
インドのバッタはでかい 道路脇の店でトイレ休憩です(10:38)。 敷地内に店があり、オモチャと香辛料を売っているだけで、いま一つおもしろくない(写真下)。
店の敷地の裏に農家らしい一軒の家があります。盗難防止なのか、自転車が壁に掛けてある(写真下右)。
畑には穂のついた穀物が実っています(写真下)。コーリャンと似ているが、これは何だろう?
畑の周囲にはいくつか花が咲いています(写真下)。
皆さんが花のまわりに集まっています。見ていたのは花ではなくバッタでした(写真下)。10cmくらいあるだろうか。堂々としていて、人間が近づいても動こうとしません。インドでは広く分布するバッタです。 写真上 Poekilocerus
pictus 料金所の物売り 道が上りの山道になったので、いよいよ西ガーツ山脈に入ったのかと思ったら、ただの峠でした(写真下)。
こんな山道で渋滞です(写真下)。トラックが一台エンコしたのが原因でした。ところで、写真上下を見てもわかるように、この道路は一方通行で、周囲の山を見ても反対側の車線がありません。
グーグルでこの地域の国道48号を見ると、南下(写真下左)と北上(写真下右)で、ルートが違うのがわかります。たぶん、元々は私たちが通過しているうねうねした山道だったのを、斜面を拡張工事するのは限界があるから、トンネルを掘って別ルートを作り、上下線を別にしたのでしょう。
峠を越えて、Weleという街に入ると、48号は再び一本道になります(写真下左)。
おっ、ゾウだ!と言いたいが、もちろん作り物です(写真下)。
写真下左は本物の生きた白いウシ、写真下右は作り物の白い牛です。作り物も、遠くからは本物かと間違えるほど良くできている。こんなふうに牛も見かけますが、北インドのような勝手に歩いている牛はほとんど見かけません。
サタラの約20km手前の二カ所目の料金所に到着(写真下)。上下線で料金所の名前が違うのがおもしろい(Virmade Toll Plaza, Anewadi
Toll Plaza)。 ここも物売りがたくさんいて、全員が男性で女性は一人もいません。写真下のお盆に載せている果物は、先ほどは丸ごと売られていたガヴァです。これまで食べた範囲でいうなら、あまりおいしい果物ではありません。
写真下左は先ほどと同じスナック菓子で、写真下右はパックに入ったイチゴのように見えます。
写真下左の人が首から下げているのは何なのだろう?彼が左手に持っているのは、写真下右の人も売っている窓に貼る陽よけです。首からぶら下げているのはその吸盤かもしれません。
写真下左では、バイクのハンドルにはたくさんの刃物をぶら下げ、後ろの助手席には刃物を研ぐためのグラインダーが取り付けてあり、おじさんはよそ見しながら何か研いでいます。このおじさんは刃物を売るだけでなく、研ぐサービスもしている。それを道路の料金所でしているという点がインドらしい。 写真下右の男性が持っているのは糸でつないだ花でしょう。車の中に入れて香りを楽しむためもので、刃物よりもこちらなら買っても良い。
サタラを通過 出発から三時間弱で、本日の宿泊予定のサタラの街が見えてきました(写真下、11:42)。テーブルマウンテンのような山頂部分が平らな山が南西方向に見えます。あれが目的のカース高原です。
車はサタラ市街を通過して、テーブルマウンテンは遠ざかってしまいました。カース高原はサタラの西にあるはずなのに、この道路は南東の方角に向かっています。
車を停めて助手が地元の人に道をたずねています。聞かれた二人は、西の方向を指さしています(写真下)。
走ってきた国道48号を降りて、田舎道を西に走ります。インドは田舎道のほうがインドらしい光景が見られます。
写真下はニワトリの専門店で、しかも軒を並べているから、ここは専門街らしい。
インドの田舎道では牛が普通に見られるのに、ここまでは幹線道路のせいか少ない。気になったのが、写真下右の黒い牛で、お尻のあたりの骨が浮いて見えるほど痩せているように見えます。草木が豊富な時期で食べ物に困るはずはないから、こういう品種なのだろうか?
少し行くとトンネルをくぐり、サタラ市街の南端にでて、ここからテーブルマウンテンに向かって登り道になります。
カース高原を走る 目的のカース高原のお花畑はサタラ市内から西に25kmほどにあります。斜面を上り、テーブルマウンテンの上を走ります。ここからカース高原に入ります。
斜面を登るにつれてサタラ市街が一望できるになりました。
道端ではサタラ市街を背景に記念撮影をしている人たちがいます(写真下)。
道の両側にはさっそくピンク色のツネフネソウの群落が見られ、これから先の花に期待できます。
道端にサルがいます(写真下)。バスが近づいても逃げないから、人馴れしているのでしょう。ボンネット・モンキー(Bonnet Macaque)と呼ばれ、南インドの固有種です。写真下右のように、頭髪が左右に分かれていることが婦人帽(ボンネット)に似ているから、この名前がついたというが、この頭髪と似ている婦人帽って、どんな形だろう??
写真上 Macaca
radiata 写真下左は、はるか下界の人間どもが棲むサタラ市内(写真下右)を俯瞰するサル君です。
テーブルマウンテンの上に上がってしまうと、視界は広がり、遠くの山が見えます。尾根に沿って、山道にしては起伏の少ない道(Kaas Road)を西に進みます。このあたりで標高が1100mほどで、サタラ市内が標高700mほどですから、ちょっとした峠を登ったという感じです。 周囲はそんなに樹木が密集しているわけではないが、それなりに生えています。集落などもあり、畑や牧草地もあちこちら見られます。
北側に見えるのはKanher ダムです(写真下)。このダムだけでなく、この周囲には他にも大きなダムがあり、サタラは水不足の心配はないでしょう。 道の両側には遊びに来ているらしいインド人たちがいます(写真下)。
昼時なので、道端で食事中の人たちもいます(写真下)。ピクニックも、ここでの食事も楽しそう。
露店で売られているのはトウモロコシです(写真下)。周囲にはトウモロコシらしい畑は見当たりません。また、先ほど通ったサタラの街中や田舎道でも見かけませんでした。まるで生で売っているかのようにみえます。調理道具らしいものはいずれの店にもなく、インド人は生でトウモロコシを食べるのだろうか、それとも家に持ち帰るお土産でしょうか?カース名物は高原トウモロコシとか??
カースの花の女神 昼食のために道の途中にあるKaas Holiday Resortに寄りました(写真下)。
ここで現地の植物ガイドのモヒテ教授(Prof.Shekhar A. Mohite)と合流しました(写真下のメガネをかけた人物)。彼はサタラ市内にあるLal Bahadur Shastri Collegeの植物学の教授で、カース高原の花を紹介した“Flowers of Kaas Plateau”の著者です。 建物や部屋の壁にはカース高原のお花畑の写真が飾ってあります(写真下)。こんなのが見られたら最高なのですが・・。
写真右が昼食で、見たとおりほぼすべてが辛く、私はナンなどを食べただけで食事は終了です。 私の食が細いのを見た教授が、2013年に大阪に開催された学会に出席するために、日本に滞在して、食べ物が合わず一週間で6kgも痩せた、という話をしました。寿司などまったくダメだったそうです。私は教授のお腹を見て「先生、一週間と言わず、一カ月ほど滞在したほうが良かったのでありませんか」と思わず言いそうになりましたが、幸い、私の英語力では無理でした(笑)。
私が食堂で気になったのが、写真下の女神です。写真上左の奥の窓の左側にかけてあり、薄暗い中、美人の女神様と目が合ってしまった(笑)。 ヒンドゥー教の神々はずいぶん見て来たが、この女神は初めてです。これは絵というよりも、女神像の写真ではないか。名前を聞いてみると、カサイ女神(Kasai Devi)だという。カサイはカースというここの地名から来ており、もろに地元の女神です。しかも、カサイの元となったカッシューニとはblooming、つまり花が咲いているとい意味だという。彼女は花の女神なのだ!これはちょうど良い女神に会った。私はカサイ・デヴィに、飾られている写真のようなカース高原の素晴らしい花畑を見せてくれるようにお願いしました。もちろん、美人の女神様は二つ返事でした(笑)。 写真上 Kasai Devi 他の部屋には象頭のガネーシャが祭ってあります(写真下)。ガネーシャは学芸や富の神としてインド人には人気があり、花輪が飾られ、手前には供物の皿もあります。ところが、カサイ・デヴィのほうはただ壁にかけられているだけです。つまり、ガネーシャは神として祭られているのに、カサイ・デヴィは祭られているのではありません。 カース高原の花が観光客を集めて人々に富をもたらしているのだから、花の神であるカサイ・デヴィをもっと大事にするべきでしょう。教授の本によれば、この近くにカサイ・デヴィを祭った祠があるようですが、場所がはっきりしません。 食事を終えて外に出ると、新聞記者の取材を受けました(写真下)。
翌日、掲載された新聞が下記で、現地の言葉らしく(マラーティー語?)、まったく読めない(笑)。バサントさんも読めないという。インドには二十以上もの公式言語がありますから、バサントさんが読めなくても不思議ではありません。困ったことに、新聞のどこを見ても発行年月日がわからない。日本語でも漢字で日付を書くように、この言語で日付が書いてあるのでしょう。二枚の写真の内、左側が私たち一行で、幸い印刷の質が悪いので顔のシワは写っていません(笑)。 カース・パーサーに到着 検問所を通過して、目的地のお花畑のあるカース・パーサー(Kas Pathar)のチケット売場(Ticket Office)に到着し、ここでバスを降ります。今日は日曜日ですから、観光客もたくさんいます。
さっそく、インド人の大好きな警句の看板があります(写真下)。 「汚染の一部ではなく、解決の一部になりなさい(Be a part of the solution,
not part of the pollution)」。 Solutionとpollutionをひっかけて、ゴミなどを捨てるなという意味でしょう。後で事態はかなり深刻だったことを知りました。 写真下の白いシャツの人がこの公園を管理している所長さんです。教授が来たので、挨拶に来たのかもしれません。すっかり紹介が遅れましたが、写真下の右にいる人がガイドのバサントさんです。三年前もアルナーチャル・プラデッシュの青いケシの旅行でガイドしてくれた方です。外見はインド人なのに、インド人に共通した「濃さ」がなく、日本人には親しみやすいことを私は不思議に思っていました。彼がブータンで生まれ育ったと聞いて、納得しました。 下の地図は教授の本に掲載されたカース高原(Kaas Plateau)です。細い朱線で囲まれた部分がカース高原で、黄緑が森、黄色が私有地です。もう一冊の参考書“Kaas Plateau of Flowers”にも同じ地図が載っています。 地図上 “Flowers
of Kaas Plateau”から転載 上とほぼ同じ地域の地図が下です。つまり、私たちがバスで通過してきた尾根に沿った道の両側と、お花畑があるカース・パーサーを含めた一帯がカース高原と呼ばれているようです。 カース高原はユネスコの世界遺産で、事務所近くの看板にもそのことが掲示されています(写真下)。2012年に「西ガーツ(Western Ghats)」として登録された中に、Kas Plateau(登録ID 1342rev-036)として登録されています。ユネスコに登録されているのはKaasではなくKasなのだから、Kasのほうが正式名称なのでしょう。カース・パーサーもKasです。それでいくとカース高原ではなく、カス高原になりますが、慣習上カースと表記します。 (https://whc.unesco.org/en/list/1342/multiple=1&unique_number=1921) 下左の地図はユネスコに登録されている地図で、緑色がKas Plateauという名前で登録されている地区です。右は教授の地図からほぼ同じ地域を切り取ったもので、教授の地図の私有地(黄色)は登録から外れています。教授が私有地部分もカース高原としたのには理由があって、バスで来た道の両側は地形的にも高原であり、しかも花がたくさんみられるからです。
地図上左 https://whc.unesco.org/en/list/1342/multiple=1&unique_number=1921から転載加工 柵が高い 下の地図の朱線が私たちが往復したカース・パーサーのトイレル2と呼ばれるコースです。周囲の緑色の樹木が生えているのが斜面で、茶色の土が露出している真ん中が標高1200mの台地で、そこに様々な草花が咲いています。 入場料は100ルピー(約170円)、カメラの持ち込みが250ルピー(約425円)ですから、両方合わせて約600円です。入場制限があり、朝7時から夜7時までを3時間ごとに四つに区切り、それぞれに最大750人、一日で最大3000人までしか入場は認められません。 (https://www.kas.ind.in/) 車を降りたチケット売場を出発して、南側のトレイル2を進みます(写真下)。ごらんのように、トレイルと言っても、サンダルでも歩けるような平らな道です。カース・パーサーは地元の人たちが車で気軽に来て花を見られる観光地です。
道の両側には金網の柵があります。柵を越えないようにと、監視人もいて、写真下左のようにたまたま柵のない所に少し入って見つかると、笛を激しく吹いて、注意されます。
写真を撮るには柵の上か下から撮るしかない。ところが、柵が高く、液晶モニターが動くカメラでもないと無理で、結局、柵の上にカメラを乗せて適当に撮るか、写真下のように下からのぞくしかありません。とにかく撮りにくい。目の前にきれいなお花畑があるのに、ファインダーからのぞいて撮ることもできない。
この柵をあと30cmくらい低く作ってくれれば写真が撮りやすいのに、何も考えずに作ったのでしょう。人の侵入を防ぐのにこれほどの高さは必要ないし、その気になれば、柵の下から入れますから、この高さは意味がありません。
シータの涙 写真が撮りにくいとブツブツと文句を言っていたら、教授が監視人に交渉してくれて、薄紫色の花の咲いている所に10分だけ中に入って撮影してもいいことになりました(写真下)。たった10分なんて、カメラを構えただけで終わりじゃないかと、相変わらずブツブツ言いながら、急いで柵の中に入る(笑)。
紫の小さな花がお花畑を作っています。柵がないとすっきりする。 写真上下 Utricularia
purpurascens この花には「シータの涙(Seeta’s Tears)」という美しい名前が付けられています。シータ(Sita, Seeta)はインドの古代叙事詩の一つ『ラーマーヤナ(Ramayana)』の主人公であるラーマの妃です。彼女が悪者にさらわれる時に流した涙だというのです。花弁の真ん中が白くなっているので、遠くから見ると、水の滴のようにみえるからでしょう。
この花にそんな名前を付けた奴はどれほどロマンチストなのかと、私は妙に感激しました。しかし、そのロマンチストは間違いなく腹の出た普通のインド人のオッサンでしょう(笑)。
美しいシータの涙にはオチがあります。この花は外見と名前に似合わず、食虫植物だというのです。モウセンゴケのようにネバネバで虫をとっ捕まえて食ってしまうというのではなく、茎や根などに微細な穴が開いており、そこから土中の微生物などを吸い込んで消化してしまうようです。
群生しているのはもちろんきれいなのだが、この花は一本でもなかなか良い。
写真上のように撮ると、まるでアヤメのようなイメージですが、写真下の長さ約14cmのボールペンを比較してもわかるように、真ん中の花弁は一円玉もないくらいの小さな花です。 色の違うのが少しだけあります。写真下は青が強い。
こちらは薄紫です(写真下)。これもぼんやりした雰囲気がなかなかきれいです。
さらに白です(写真下)。真っ白ではなく、ほんのわずかだが、水色が混ざっている。紫とはイメージの違う清楚な花になっています。こちらのほうが「シータの涙」らしい、というのは日本人的な感覚で、インド人は濃い紫のほうを選ぶでしょう。
あっという間に10分はすぎて、ブツブツ言いながら柵の中の通路に戻る(笑)。シータの涙の周囲には他にも写真下のようなホシクサの仲間の白い花が咲いています。
写真上 Eriocaulon
sedgewickii ツリフネソウの大群落 道をさらに進むと、金網は消えて柱だけになり、その先に今度は赤紫のツリフネソウの大群落が現れました。 写真上下 Impatiens
oppositifolia
花も生えている所も日本のツリフネソウのイメージとはだいぶん違います。
カース高原の花の写真で、ピンク色のお花畑なら、間違いなくこの花で、カース高原を象徴するような花です。
雲が多く、陽が傾きかけて逆光なので発色はいまいちです。その代わり、他の観光客もあまりいません。
このお花畑が見られるのは九月のモンスーンのさなかだけです。今は九月上旬なので、お花畑を見るのは難しいのではないかと私は思っていました。うれしいことに予想を外した。
写真下は同じツリフネソウでも、ランのような大きな花で、群落しているのだが、惜しいことに開いているのが少ない。インド、バングラデシュ、スリランカなど南アジアで見られます。いわゆるホウセンカ、と言うとちょっと有り難味が薄れるが、これは野生です。 写真上下 Impatiens
balsamina
写真下の植物はこういう岩場が大好きらしく、来る途中の道の岩の上にたくさん咲いていました。岩とこの花の組み合わせはなかなかきれいなのだが、花の色が薄いせいか、写真下のように絵になる被写体は案外少ない。 写真上下 Neanotis
lancifolia
ここに写っている岩は人間が積み上げた物だが、自然石にこの花が生えていると庭のような美しさがあります。
写真下のショウガの仲間も道の周囲に群生しています。地元ではChavarと呼ばれています。
写真上 Hitchenia
caulina
花はとてもおもしろい構造をしていて、頂上部に大きな花が付いているように見えて、その下から形の違う花が次々と咲いていくようです。たぶん、頭頂部のは花ではなく、葉が変化したものなのでしょう。
花が開く前のツボミはかすかにピンク色をしているのが少数あります(写真下)。南部のケララ州では根の澱粉を食べるそうです。
写真下は花が蝋細工のような印象で、しかも青や紫が透けて見えるのがなかなかきれいです。地元ではNisurdiと呼ばれています。学名は教授の本の名前を採用しましたが、ネットではカッコ書きで示したほうが一般的のようです。数は多くありません。
写真上 Paracaryopsis
coelestina (Adelocaryum lambertianum)
セネシオの仲間です(写真下)。ありふれた花のせいか、教授の図鑑には載っていません。 写真上下 Senecio
grahami
トンボランのような緑色のランです(写真下)。
写真上 Habenaria
digitata 写真下の花はカース高原では良く見られ、ヒマラヤやスリランカにも分布しています。ネット上のインドの植物図鑑である“Flowers of
India”ではDipcadi
ursulaeと分類しています。 写真上 Dipcadi
montanum
大人も子供も裸足で歩いている人たちがいます(写真下)。土の感触が気持ちが良さそう。
ガマガエルのようなカエルです(写真下)。水とは関係のない岩場にいました。こちらも裸足です。 道から少し離れた所に池があります。大きな川はありませんから、周囲の水が岩のくぼみに集まって自然にできたような池です
涼しげな水辺で家族連れが遊んでいます。
この池の周囲にあったのが、写真下の紫色の花です。今回の旅行の後半の目的であるクリンジの仲間です。この花も七年に一度咲くというが、クリンジのように咲く年が決まっているのではなさそうです。
写真上下 Strobilanthes
callosus ここで見たのはそれほど多くありませんが、この花もまた大群落を作るそうです。
来た道を引き返します。 初回の花の観察は期待以上でした。バスでサタラ市内に戻ります(16:06)。
写真下に見える湖はカース高原の南にあるUrmodiダムです。カース高原は午前中に見た北側のKanherダムに挟まれているだけでなく、西側にも巨大なダム湖があります。
夕方のカース高原を人々がのんびりと歩き、子供たちは手を振る(写真下)。
来た時と同じ道を逆にたどり、国道18号まで戻ります。
黒い子ヤギ サタラのホテルHotel Preeti Executiveに到着(17:10)。
ホテルは私たちが来た国道18号の高架道に面したビルなので、かなりの騒音があります(写真下)。店や事務所などが入った複合施設の一部がホテルになっています。ただ店はスーパーやコンビニではないので、ホテルの客にとってはそれほど役立たない。
夕食まで少し時間があるので、散歩に出ることにしました。お客さんから、ホテルの南側に露店が並んでいると教えられたので、行ってみます。 写真下の青線が私の散歩コースで、ホテルの前の通りを往復しただけです。 道の両側の露店はあまり数は多くなく、客も少なく、いかにも地元の人を相手とした露店です。
これは何だ?唐辛子とスダチを糸で通してぶら下げてあります(写真下左)。後ろのカゴには材料が入れてあります。
後でわかりました。私たちが乗っているバスの前にぶらさげてありました(写真下)。たぶん何かのお守りです。 小さな店の前に人だかりができていて、子ヤギの肉を売っています(写真下)。
肉を見ただけで子ヤギとわかったのではなく、写真下のように、これから殺される予定の子ヤギが店の外につながれていたからです。私には黒いヤギの子供のように見えるが、ヒツジも似たようなのがいるから、断定はできません。 たぶん彼らはオスです。私の実家で乳を採るために飼われていたヤギも、産まれた子供がオスだと、ほどなくして売られてしまいました。家畜としてのオスはあまり役に立たない。売られたオスの子ヤギがその後どうなったのか、子供の頃の私は知りませんでしたが、たぶん、こんなふうになったのでしょう。 この店ではこの場で子ヤギを殺して販売しているらしい。子供たちも通る道端で、残酷という見方もできるかもしれないが、私はこういうあり方に賛成です。子供たちにも今日の夕飯がどこから来たものなのか、また人間は他の生き物を犠牲にしないでは生きていけないことを目の前で教えたほうが良い。これを見れば、少なくとも大食いや早食い、美食飽食などという馬鹿げたことはしなくなるでしょう。 写真下で、黒いシッポの毛だけを残しているのは、ヤギであるという証拠を示すための習慣でしょう。つまり、インドでも羊頭狗肉を売る連中がいるようです。
子ヤギの解体を見た後、七時からホテルのレストランで夕食です(写真下)。見るからに辛そうに見えるのは実際に辛く、辛そうに見えない写真下右のスープさえも辛い。辛さは後で来るので、ほんの少し口に入れて10秒ほど待ち、確認しながら食べます。
食べられるのはナンや生野菜などに限られます。インド旅行では覚悟しているので気にしない(笑)。辛さは私の胃腸を荒らすので、快適な旅行をしたければ、ちょっとでも辛い物はすべて避けます。胃腸の弱い方がいたら、旅行中の辛い物を徹底的に避けてみてください。一時的に少しくらい食事を減らしても人間は簡単には死にませんし、案外、効果があります。
写真下左はラッシーというインドでは有名なヨーグルト・ドリンクです。ここのはちょっと甘すぎるが、カロリーを取るのにはちょうどよい。表面に浮いているのはトッピングされた木の実などです。
お湯が出ない 写真下が私の部屋です。部屋の備品などは大きな問題はりありません。ホテル自体が高速道路に面しているので、車の騒音がやはりすごく、窓を開けるのは論外です。その上、私の部屋はホールになっている階段のすぐそばで、下からの音が筒抜けで、夜遅くまで騒音がありました。 部屋にはエアコンがありません。ただ、ここは標高800mほどあるので、夏でも暑くないのかもしれませんし、いずれにしろ、エアコンは必要ありませんでした。
このホテルの最大の問題は騒音ではなく、シャワーのお湯でした。夜、九時すぎにシャワーを浴びようとすると、お湯が出ない。給湯器までの距離があるのだろうと、水を流したままにしたが、出ない。普通、ぬるいお湯くらい出るものだが、完全に水しかでない。迷惑を承知で、ツアーリーダーの松森さん(仮名)を電話で叩き起こして確認しても、他の部屋からの苦情は来ていないようで、この部屋の問題です。その後も水を流したままにするという、良心がとがめる行為をしても出ないので、あきらめて顔と手足だけ洗って寝ることにしました。
ここには三泊する予定なので、翌朝、松森さんに部屋を変えてくれるようにホテルに交渉を頼みました。ところが、ホテル側からは、夕方ならお湯が出るといういい加減な返事で、私は三晩もシャワーを浴びられないと困るので、絶対に部屋を変えてくれるように頼みました。 ただ、このホテルは太陽熱でお湯を沸かしていると聞いて、ようやく昨夜お湯がでなかった理由がわかりました。太陽熱は太陽光発電のことではなく、太陽光で直接お湯を作るやり方です。太陽熱で温めた分のお湯しかないから、私が9時すぎに使おうとした時には、すでに使い切ってしまい、水しかなかったのです。そこで、翌日の夕方、戻って来て真っ先にシャワーの蛇口をひねると、触れないほど熱いお湯が出てきました。
このホテルの私の評価は五段階評価の2.5で、最小限の要件を満たしておらず、ホテルとしては不合格です。2.0にしたかったが、他の点は問題がなく、宿泊費も安いようなので、0.5をおまけしました。 ゲストハウスならともかく、三ツ星ホテルを自称しながら、夜の9時にお湯が出ないなど、いくらインドでも論外です。足りない分は石油で沸かすか、客にその事を最初に告げるべきでしょう。私はしばらくぶりでホテルに落第点を付けました。皆さんもこのホテルに泊まる時には、何よりも先にまずシャワーを浴びましょう(笑)。 |