花と雪のペルシャ 5日目 2018年4月17日(火) チェルゲルド →ゴルパイェガン 目覚ましをかけて六時起床。部屋の温度は23℃で、寒くも暑くもありません。昨夜も一晩中、雨でしたから、今日の天気が心配です。 今日は、チェルゲレドをたち、北に位置するゴルパイェガン(Golpayegan)に行き、途中で何ヵ所か花を見ます。地図を見てもわかるように雪のザグロス山脈ともさようならです。 外を見ると、雨が上がったようなので、散歩に出かけることにしました(写真下)。
東の空は明るいが、昨日もそれで騙されたので、信用できません(写真下)。天気予報では今日もにわか雨があるというものでした。にわか雨よりも、それによる泥がうれしくない。 昨日と同じように犬クンたちが付いてきてくれるらしい(写真下)。
写真下に写っているホテル前のクラング川に沿って散歩するつもりでした。しかし、道らしい道はなく、草が濡れているだけでなく、雨が降った後の地面は泥だらけです。せっかく昨夜、苦労して泥を落として乾かしたばかりの靴がまた泥だらけになりそうなので、あっさりと散歩は諦めました。後でお目にかけますが、とにかくイランの泥は根性がある(笑)。
写真上右 Muscari
neglectum 七時半からホテルのレストランで朝食です(写真下)。
モハンマドさんの約束どおり、食事中に焼き立てのナンが届けられました。昨日、バスの中で食べたのと同じです。日にちのたったナンも置いてあり、両者を比較すると、やはり明瞭に違う。改めてこんなに違うのだと驚きました。おかげで朝からうまいナンが食えた。モハンマドさんはこういう点はたいへん律儀です。
フロントの四人ともお別れです(写真下)。マネキンの彼に「人生いろいろあるさ。気にすることはない」と声をかけました(笑)。 雪のザグロス山脈 予定どおりにホテルを出発(7:58)。まずチェルゲルドの北西部にあるShikh Alikhanという村にある滝を見に行きます(地図下)。 出発して間もなく、街の中で警察らしい人からバスを停められました。モハンマドさんが対応しています(写真下)。イランは検問がかなりあります。
写真下はチェルゲルドの全景で、小さな街です。
チェルゲルドの街が標高2300mくらいにあり、昨夜は雨が降っていましたから、標高の高い所は雪だったのでしょう。少し登るとうっすらと雪が積もっていて、おそらく新雪です(写真下)。 峠で車を停めて雪景色を見ます(写真下)。このあたりで標高2600mほどで、寒いが晴れて風も少ないので、気持ちが良い。
スキーでひと滑りできるくらいで、すっかり「雪のザグロス山脈の旅」になってしまった(笑)。
西側に見えるのは標高3900mくらいの山で、富士山よりも高いのに、ザグロス山脈では珍しくもないらしく、地図を見ても名前も付いていません(写真下)。 イランの滝 Sheikh Ali Khan(Shaykh Ali
Khan)という小さな村に到着(8:25)。ここも標高は2500mほどありますから、雪が残っています。
道路には四人の人物が載っている大きな看板があります(写真下)。モハンマドさんに聞くと、右側二人は宗教指導者で、左側の男女はイラン・イラク戦争で亡くなった人です。イランの国内品を使おうという呼びかけだそうで、経済封鎖がこんな看板になって表れている。 目的の滝は道から見えるほど近くにあります(写真下)。
私の住んでいる山形県は、落差5m以上の滝が日本全体の約1割弱あるという「滝王国」です、と山形県人は自慢するが、要するにどこもここも山だらけだという意味です(笑)。そういう所から来ると、ちょっとやそっとの滝では驚かない。しかし、ここは雨の少ないイランですから、かなり珍しいのでしょう。 滝の手前にはコンクリートの台があります(写真下)。展望台にしては変なので、モハンマドさんに聞くと、テントを張る台だという。気持ちはわかるが、滝の景色を壊しています。日本でも風光明美な場所にダサイ土産物屋が建っていて、感性を疑うような風景があります。
来た道を戻り、チェルゲルドを通過して、北に向かいます。
樹木があるせいか、緑がだんだん増えているような気がします。
ついにはイランには珍しい大きな川まで現れました(写真下)。
花より泥ダンゴ 本日、最初の花の観察です(9:06)。
斜面に花が咲いています。
写真上 Leontice
leontopetalum 写真下の花弁は写真上と似ているが、別な花で、葉が一つもないように見えます。イランだけでなく、北アフリカ、シリア、レバノンから中央アジアまで広く分布しています。
写真上 Bongaldia
chrysogonum 昨日よりも環境が悪いのか、ムスカリも冴えません。
写真上右 Muscari
neglectum 花を撮ることに集中できない理由が写真下です。見事に靴に泥がついて、しかも、めくれ上がっているのがおわかりでしょうか。かなりの重さで、数歩進むのも容易ではありません。
周囲はどこもここも歩くと泥だらけなのでしょう。でも、バスから見ている分にはとてもきれいな風景です。 川の周囲には畑が広がっていますから、穀倉地帯のようです。
樹木が少し見られます。このあたりは比較的水が豊かな地域だろうに、自然林らしい姿はありません。樹木は一種の水瓶ですから、こういう川の周囲から少しずつ樹木を植えれば、環境が変わり、農業にも良い影響を与えるはずです。
写真下のように川に沿って樹木が成長していますから、もっと手をかけてやれば、増えるはずです。 イランは乳製品が豊富なはずなのに、牛の放牧はそれほど見かけませんでした。写真下は、昨日も見かけたヒツジの放牧です。ヤギほどではないにしても、ヒツジも生えて来た草をすべて食べてしまうだろうから、環境保全には必ずしもプラスではありません。
農地に散水しています(写真下)。こういう光景はそれほど見かけません。地下水があるなら、まず木を育てればいいのに、順序が違う。
通過する街で見かけるのは、毎日のように目にするイラン・イラク戦争で戦死した人たちの遺影です(写真下)。1980年、イラクの攻撃から始まり、1988年まで続いたこの戦争で、両国の犠牲者は100万人とも言われています。 興味深いのは、この戦争の時、中国はイランへの武器の最大の供給国で、同時に、中国はイラクにもその二倍の武器を売っていたという。両国が中国製の武器で戦ってくれたおかげで、中国は経済的に発展できた。
日本人はこれを聞いて中国のあり方に苦笑するだろうが、日本も安倍政権になってから、武器輸出を禁止した武器輸出三原則を撤廃して、武器を輸出できる国になったと知っていますか?防衛のための武器なんて綺麗ごとを言っても無駄で、日本も武器商人になったのですから、イラン・イラク戦争での中国のあり方を非難できません。
ちょっと山登り 幹線道路から外れて、麓にある村にバスを停めて、山を登ります(10:40)。
目指すは写真下の正面に見える岩山です。山頂ではなく、中腹の岩が見えている手前くらいで、標高差は約300mほどです。斜面の傾斜は楽だとは言わないものの、私が普段登る家の裏山とそれほど変わりません。
ところが、登り始めると、ひどく息が切れる。体力の衰えか、それとも旅行の疲れかと疑いました。息が切れるのも当然で、バスを降りた村のはずれあたりで標高2550mほど、岩場の下が2850mほどですから、酸素が薄い。ここ数日2000mを越す地域にいたから、少し順応しているとはいえ、高さだけでいうなら高山病の一歩手前です。
斜面を登る途中で良く目についたのが、写真下の枯れた植物です。立ち枯れたように残っているということは、ここは雪が積もらないのだろうか?写真下は斜めに写しているのではなく、これでほぼ水平です。
苦労して登った目的は岩場に咲くディオニシアです。昨日、雪山で見たのと生え方は似ているが、花がやや大きい。
写真上下 Dionysia
caespitosa この花が岩の隙間が好きなのはわかるが、どうやってそれを選択しているのでしょう?種が落ちる場所は土の上もあるはずです。だが、土の上には見当たらない。岩の隙間のわずかな土と、地面の普通の土とをどうやって区別するのでしょう?
たぶん、岩の隙間は水分や温度を保てるからでしょう。地面では水分や温度が保てないから、種が落ちても成長できない。
岩にしがみつくように生えている花を、岩にしがみつくようにして撮る(写真下)。斜面はきつく、場所も狭く、足元は瓦礫で滑りやすい。
周囲には他にも花があります。ただここから上は岩場で、瓦礫なので数も種類も少ない。
写真上 Thalictrum
isopyroides 写真下のセリのような植物は、岩場の少し上のほうにありました。環境がよければもっと大型化する植物です。足元が崩れそうになりながら、撮っています。
写真上 Prangos
uloptera 花が黄色で似たような印象の花が多い。 写真上 Leontice
leontopetalum 写真下はトルコやギリシャにも分布しています。
写真上 Cruciata
taurica 写真下は斜面のあちこちで見られ、日本の高山で言えばユキワリソウか、と思ったら、写真上のトウダイグサ(Euphorbia)の仲間だという。オレの推測と全然違う(笑)。 写真上下 Euphorbia
decipiens
登る時は晴れ間も見えていたのに、急にガスがかかり、眼下の村が雲で見えなくなりました(写真下左)。しかも、冷たい風が吹き、はっきりとわかるほどに急激に温度が下がり、雪が降ってもおかしない天候です。さっきまで汗をかいていたのに、かなり寒く、身体が冷えてきました。高山はこれだから恐い。主な花も撮り終えたので、皆さん、下山します。
皆さんが降り始めたら、私は当然残って撮影をする(笑)。他の人がいると撮りにくい小さなチューリップがあったからです。岩場のちょうど下あたりの瓦礫の中に生えています。 写真上 Tulipa
systola
見つけたのはわずか5本ほどで、限られた所にしか生えていません。残念ながら、つぼみです。
チューリップの高さはボールペン(長さ約14cm)の半分ほどもありません。
先に降りた人たちが遅い私を呼んでいます。急いで降りるのは簡単で、ハイキングシューズなので靴底が厚く、岩の上をジャンプしながら降りても痛くなく、けっこう楽しい。ただスピードがついて危ないので、私の運動神経ではやめたほうがいいのだが、つい調子に乗って飛び跳ねてしまう(笑)。
斜面を下りて河原のようになっている所にも良く見ると花が咲いています。いずれも小さいのを見れば、ここの環境の厳しさがわかります。この種のマメの仲間(Astraglus)はほとんど名前がわからない。
写真上 Astragalus
nanus 昨日も見た綿毛に包まれた植物です。ここがいかに寒いかわかります。昨日と違い、綿毛の間から花が咲いていますから、花の保温や雨よけで虫を集める作戦なのでしょう。
写真上 Stachys
lavandulifolia 白いシャボテンの花??(写真下)。でも、こんな寒い所にシャボテンがあるはずないし、何よりも葉がついている。花が地面から出て、葉は地面に貼りついて、茎がほとんどありません。1本しかなく、ヤグルマギク(Centaurea)の仲間とのことでした。
バスに乗り、幹線道路に戻り、北に向かいます(12:13)。周囲の山には雲がかかり、不安定な天気です。
ダーラーンのお菓子屋さん ダーラーン(Daran, Dārān,
Dārūn)という街で昼食です(12:36)。
ここも女性は黒づくめの葬式スタイルです(写真下)。
写真下左は映画館でしょうか。
写真下はレストランの前の歩道の植え込みで、バラのツボミのように見えるのは、実はプラスチックで、枝に取り付けてあるだけです。これなら一年中バラが楽しめるが、私の感性ではとうてい理解しがたい(笑)。
店は昼時なのに、客は私たちしかいません(写真下)。
店のカウンターと壁には宗教指導者であるホメイニー師と現在のハーメネイー師の絵が飾ってあります(写真下)。
ここでもモハンマドさんはまるでこの店の店員のように配膳を手伝います。ここは日本ではありませんから、注文してから出てくるまでよく言えばゆったり、正確にはとても遅い(笑)。 写真下右は日本と同じようなパック入りのヨーグルトです。食後のデザートはシュークリームで、この店のコース料理ではなく、たぶんモハンマドさんが準備したのでしょう。彼は実に気づかいが細やかです。
食事が終わり、レストランの周囲を散歩してみました。近くの店で目についたのが、乳製品の入ったプラスチックの容器です(写真下)。常温にさらしているところを見ると、たぶん牛乳そのものではなく、ドゥーグというヨーグルドリンクのようなものでしょう。街の店のいたるところで売られています。イランは生乳を輸出するほどなのに、いったいどこで牛を飼っているのだろう?
レストランとは道路の反対側にあるのは御菓子屋さんのようです(写真下)。行ってみましょう。
写真下左の店の主人は愛想が良く、私たちにお菓子の試食を勧めてくれました。写真下左の子供連れの男性はお客さんです。
お父さんは可愛い娘にメロメロなのがわかる。 街を出て、さらに北に向かいます。天気は相変わらずです(写真下)。
道端の露店はそれほど多くは見かけません。写真下左で並べてある袋は乾物のようです。白いシャツのおじさんは客です。写真下右で袋に入れて積み重ねてあるのはジャガイモで、左側に袋に入っているのは葉をのばし始めたばかりの野菜で、何なのかはわかりません。
日本人の旅行客にはあまりありがたくない雨模様も、イラン人には恵みの雨なのでしょう。
インペリアリスの保護区 Golestan Kuh 保護区に到着(写真下)。ゲートの上には巨大なインペリアリスが四つも咲いていて、金属で作ればこのまま鐘になりそうです(笑)。
雲と風はあるものの天気もまあまあで、何よりも地面が濡れていないので、泥の心配はいらないのがありがたい。
写真下左の真ん中頃にある頂上付近を目指します(14:28)。見てのとおり、なだらかな山で、高低差も150mほどですから、登るのはそれほど大変ではないはずです。ところが、出発地点が標高2700mですから、空気は平地の7割程度です。もちろん、高山病とお友達の私はこんな所で皆さんの後など絶対に付いていきません。
斜面は枯れた植物が多くみられますが、足元には小さな花が咲いています。午前中に登った山にもあった花で、ここでも良く目につきます。
写真上 Euphorbia
decipiens
写真上 Geranium
tuberosum
写真上 Scorzonera
cana ペルシャの恋人たち 斜面の途中に小さなチューリップが生えています。
写真上 Tulipa
systola 残念ながら、開いているチューリップのほうが少ない。写真下はその数少ない開きかけているチューリップで、鮮烈な赤が印象的です。 数少ない開いた花の中をのぞくと、花弁の元が黒い模様が付いています。 大きさは午前中のと同じくらいで、長さ約14cmのボールペンと比較するとわかるように、高さは10cmもありません。
写真下はまるで恋人同士が抱き合っているように見えませんか(笑)。情熱的になっているのか、赤味も強い。ここのチューリップは「ペルシャの恋人たち」という名前はどうでしょう。
斜面にまばらに生えているわりには、「ペルシャの恋人たち」が良く目につきます。スイセンと違い、球根が分裂するわけではないだろうから、たまたま種がすぐそばに落ちたということでしょうか。
大半の葉には波があります(写真下)。
写真下のように葉に波がまったくないほうが数は少ない。 ここは群落はないが、写真下のように比較的密集して生えている所も数カ所あります。
カザフスタンなどで野生のチューリップを見てから、イメージがだいぶん変わりました。花壇育ちのお嬢様たちかと思っていたら、苦労の多い人生を送っているチューリップもあるのだ(笑)。
一時間ほどかけて山頂付近に到着(15:22、写真下)。
このあたりで標高2850mで、上りはこれで終わりです。 山頂付近にもこれまでとは違う花があります。写真下は、午前中もあった花で、葉がいかにも高山植物だが、花が小さくて写真に撮りにくい。ザグロス山脈と北部にも分布しています。
写真上 Thalictrum
isopyroides あの黄色いディオニシアがここでも岩にへばりついている。よほど岩が好きらしい。数は少ない。 写真上 Dielsiocharis
kotschyi 高山のマメの仲間(Astragalus)の花は透明感があり、きれいなのが多い(写真下)。 写真上 Astragalus
nanus
インペリアリス 山頂を迂回すると、反対側の東側斜面にインペリアリスの大群落がありました(15:38)。
写真上下 Fritillaria
imperialis
私が到着した頃には皆さんは写真を撮り終えていて、間もなく下山を始めたので、誰もいなくなり、いよいよ私の撮影時間です(笑)。
インペリアリスは山頂付近から東側の谷に向かって流れ落ちるように群落を作っています。二日前にチェルゲルドで最初に観た大群落に比べると規模は小さいが、ここも大群落と言っていいでしょう。
流れ落ちると書きましたが、実際に、種が水に流されるなどして斜面に増えたのではあるまいか。ただ、この推測が正しいなら、下のほうが密集してもいいはずなのに、実際は逆です。
日差しが西に傾き始めているので、斜面の上から光が射してきて、写真下のような斜面の上に向かっての構図はあまり撮りやすくありません。
写真下のようなオレンジがかった色の花はありますが、黄色は見つかりませんでした・・・いや、ゲートの上に巨大なのがありましたね(笑)。
山頂付近はピークをすぎた花が混ざっているのに、下のほうに降りていくと、群落は閑散としてしまうが、まだ新しいようです。他の植物が生えていない分、雑然としておらず、撮りやすい。下のほうが土が露出しているわりには植物が少ないから、見た目よりも花にとっては環境が厳しいのでしょう。
写真下は写真上のインペリアリスと同じバイモの一つで、名前にペルシャ(persica)が入っています。昨日のインペリアリスの生えていた丘にも生えていました。両者に環境の共通点があるのでしょう。
写真上 Fritillaria
persica インペリアリスが閑散としはじめたあたりから、別な花が見られました。
写真上 Astragalus
angustiflorus 写真下はイラン、イラク、トルコなどの高山に分布する花です。
写真上 Ficaria
kochii 私が最後にノロノロと下山して、本日予定していた花の観察はこれで終わりです(16:57)。 蜂蜜の街 近くのKhansarという街では店の看板にインペリアリスが描かれています(写真下)。花があれば十分で、宗教家の似顔絵はいらないような気がする(失礼)。
Khansarは蜂蜜で有名な街で、店先にはたくさんの蜂蜜の入った瓶が並べられています(写真下)。それだけこの近辺には花が多いのでしょう。ミツバチが蜜を集めるのは必ずしも目立つ花とはかぎらないものの、周辺は先ほど登った山のように樹木がなく、それほど花が多い地域には見えません。
そしてついには巨大なミツバチが現れました(写真下)。道路の真ん中に作られたモニュメントです。インペリアリスもミツバチもこのあたりではデカイらしい(笑)。 甘くて楽しそうな街だが、ここも女性たちは葬式スタイルで、通りにはイラン・イラク戦争で戦死した人たちが飾られていて、あまり明るい雰囲気ではありません(写真下)。
イラン人の17歳の少女が写真下のようなダンスの映像をネットで公開していたところ、当局から拘束され、取り調べを受けた後、公営テレビで涙ながらに自分の「罪を自白」したというニュースがありました(2018年7月29日、共同通信)。イランではこれが不道徳な行為なのだそうです。
古色蒼然とした宗教的な抑圧に、あきれて溜め息が出てしまうが、こういう主観の押し付けや独断は日本も例外ではありません。同じ時期、日本では自民党の杉田水脈衆院議員が、月刊誌への寄稿で、同性愛など性的少数者を「子どもを作らない、つまり生産性がない」とおとしめました(毎日新聞2018年7月28日各紙)。これが問題視されている最中に、自民党の谷川とむ衆院議員は「同性愛、趣味みたいなもの」と差別発言をしました(毎日新聞2018年8月2日)。 少女がダンスをしたのを不道徳と批判するのも、同性愛者を非生産的、趣味などと罵るのも同じだと気が付きませんか。彼らは大きな権力を持ちながら、それにふさわしい良識と見識を持っていない。イラン国民は宗教的な指導者を選べるわけではないが、日本のこれらの議員を選んだのは国民です。発言の責任をとって議員を辞めるのが当然なのに、自民党からの処罰もなく、その自民党の政権を国民の半数近くが支持している!? 私はイランの時代錯誤の抑圧的な政策を批判したい気持ちだが、振り返ってこういう日本を見ると、トーンが下ります。 服装と話題は暗いが、イランの空は青く明るい(笑)。
夕方の菜の花畑でバスを停めました(17:56、写真下)。どこまで続いているのかわからないほどで、蜂蜜を採るのには十分な菜の花です(写真下)。ただ、こういう大規模な菜の花畑はここくらいしか見ませんでした。
本日の宿泊地のゴルパイェガンの街中に入ってきました(18:04)。メロン、トマト、キュウリ、スイカなどを路上で売っています(写真下)。時間帯のせいか、客がいない。
ホテルはゴルパイェガンの中心部からさらに6kmほど北東にあります。
キャラバン・サライ 今回の旅行で最も楽しみにしていたホテルに到着です(18:15)。昔、隊商を泊めた宿泊施設(キャラバン・サライ)を改装した三ツ星ホテルです。建物が大きいわりには客室は13~14室しかありません。ここが観光施設の一部をホテルとして使用しているからでしょう。 (http://www.argegoogad.com/)
建物は「口」字型になっていて、南門から建物を横切ると(写真下左)、広々とした中庭に出ます(写真下右)。
ホテルの名前は例によって、Googad Hotel、Arg-e-Googad Hotel、ArgeGoogad Hotel、Hotel Arg-e-Googadと複数あり、ホームページにはHotel Arg-e-Googadとありますから、これが正式なのでしょう。 Googadとはゴルパイェガンでのこの地域(町?)の名前で、これもGuged、Gouged、Gūged、Gūgadなどの表記もあります・・・そろそろ表記の煩雑さに皆さんもウンザリしてきたでしょう(笑)。
ホテルのフロントは右(東)側の建物にあり、それほど広くはないのに、ロビーの真ん中にはイマイチな噴水がある(写真下右)。乾燥しているこの国では水は特別な意味があるのでしょう。
ロビーの隅にはいかにもイスラムらしい精緻な模様の壺が置いてあり(写真下左右)、入口を振り返ると、アラベスク模様の窓がきれいです(写真下中)。
要塞ホテルの散歩 ホテル自体がキャラバン・サライ(隊商宿)という遺跡のようなものですから、夕方の散歩はこのホテルそのものに決定です。 建物は下の衛星写真のように、真ん中に中庭のある一辺が80mほどの四角い建物で、まず外側を一周することにしましょう。 実際に出入りできるのは南側の出入口のみです(写真下)。
出入口の前は通路で(写真下左)、その両側は駐車場になっており(写真上右)、その先にロータリーがあります(写真下右)。
建物の四方には高さ12mの塔があり、壁には窓がありません。まるで要塞のようで、実は要塞です。隊商宿として使われたのは平和な時だけで、この建物の名前はGoogad Citadel、つまり「Googadの要塞」です。四方の塔は敵に攻められた時、上から矢などを放つためでしょう。
この要塞は四世紀より前に作られたとある一方、文書として残っているのは130年前だというから、今の建物は意外に新しいのでしょう。修復してあるらしく、建物の内も外もきれいです。 北側には門があり、閉じられたままです(写真下左)。写真下右は建物の内側から見た北門で、通路は博物館というか、物置状態になっています。
東側はゴミや家畜の糞などがあり、急に汚くなります(写真下左)。推測ですが、東側は昔は馬などの家畜を飼う場所だったのでしょう。
北側の壁に落書きがあったり、落剥した部分があるなど、整備がされていない(写真下右)。ただし、こういうのは建物のほんの一部で、大部分はきれいです。
解説によれば、この要塞の番人はハト(doves)で、敵が来るとハトが騒ぐのを利用したというので、ハトを探しても、いたのは写真下のカラスだけでした。イランのカラスは白黒で、日本人にはカラスには見えないが、動きや鳴き声はカラスそのものです。
写真上 Corvus
cornix ホテルの周囲は一般の民家が建っているだけで、この要塞だけが浮いた雰囲気です。
地図を見るともっとその浮いた雰囲気がわかります。下の地図はGoogadの街で、ロータリーを中心に街は広がっています。つまり、この要塞は街外れにあるのです。普通、こういう城や要塞を中心に街が作られるはずなのに、なぜか外れにある。 さらに奇妙なのがホテルから南西に向かって直線的に約500mのびた道路です。為政者が力を誇示するために要塞に向かって長い道を造るのは珍しくないが、まず奇妙なのは、道路は街の中心であるロータリーに直結していません。攻め込まれた場合を考えて戦略的にそうしたともとれるが、おかしいのはそればかりではない。この道路は要塞の門から真っすぐではなく、建物に対して角度をなしています。この道路は要塞とは関係なく、観光などのために最近作られたのかもしれません。 要塞はこの地方の王様が作り、王妃の王宮などにも使われたこともあるというにしては、周囲の街の作りとは全然関係なしに作ったかのような、奇妙な配置です。 周囲はあまり面白くないので、建物の中に戻ると・・いたあ!ペルシャ猫、にしては毛足が短いから、違うようです(写真下)。猫の一覧表を見るとエジプシャンマウという種類に似ています。ペルシャ猫といってもペルシャ(イラン)が発祥のネコという意味ではなさそうです。
建物の中庭は良く手入れされています(写真下)。日本だったらどうということのない風景ですが、イランでは水と緑があると安らぎます。
写真下の建物が先ほど見た城壁の内側です。
客室は北側のみで、それ以外は、レストランや店舗、ホール、喫茶店などに使われています。ここはホテルだが、一般の観光客も入れるようになっています。この日、日中に開いていたのは北西の角にある二軒のみで、片方はナンを売っているパン屋、もう一つはハンドクラフトを売り物にする土産物店です(写真下)。平日の夕方のせいか、客は一人もいません。
建物の内側は二階部分もあり、塔もある。○○と煙で、私は怖がりのわりには高い所に登りたがる(笑)。階段は建物の中にあるらしく、中庭に面した階段は北門の左右にしかありません。しかも、右側の階段の上のドアは鍵がかかっている。これだけの建物でありながら、外から上れたのは左側の階段だけです(写真下右)。
選択の余地もなく左側の階段を上り二階に行くと、ベランダのような細い通路があり(写真下左)、その先は屋上で、先は壁で仕切られ、ドアがあり、鍵がかかっています。私は城壁の上は回廊のように一周できるのではないかと期待したのですが、無理です。
あきらめて引き返そうと階段まで戻ると意外な人に会いました。植物ガイドのノロージーさんです。「先生の部屋は二階ですか?」と聞くと、そうだという。あんなベランダのどこに部屋があるのだ?!見せてくれと頼むと、OKです。写真上左のベランダのような狭い通路に面したドアが入口で、背の高い窓から部屋の中に降りるような感じで入ります。部屋は私の部屋と違い、壁がきれいに金色に装飾され、イスラム的な雰囲気です(写真下)。
ノロージーさんに頼んで、塔の上に登れないか従業員に聞いてもらったのですが、登れないという返事でした。 イラン風の喫茶 ホテル内のレストランで夕飯です。ホテルの客以外の観光客も来るのでメニューもあります。もちろんペルシャ語なので読めない(写真下右)。
恒例の1ドルのノンアルコールのビールを注文しました(写真下左)。三種類あり、味付け無し、ピーチ味、レモン味です。ピーチやレモンではただの炭酸ジュースのような気にもするが、他のお客さんによればそちらのほうがうまいとのことでした。
食後、場所を変えてカフェでお茶を飲みながら、本日の花の復習会です(写真下)。絨毯を敷いたベッドのような椅子の上に靴を脱いで上がります。こういう喫茶スタイルはイランでは普通で、屋外の木陰などに椅子が出ていて、そこでお茶や食事をする風景が見られます。
音のない部屋 お茶を終えて、部屋に戻りました。私の部屋は中庭に面していて、一階にあります。写真下の、上に灯りのついているのが私の部屋の入口で、日中と夜の様子です。
入口にはドアはありません(写真下左)。中に入って入口を振り返ると中庭が見えます(写真下中)。部屋のドアはその左側についています(写真下右)。
写真下のように、先ほどのノロージーさんの部屋に比べると簡素です。ベッドカバーのホルスタインのような牛柄模様は好みの分かれるとしても、私はこちらの部屋のほうが落ち着きます。ベッドの右側の壁が、さきほど私が建物の外を一周した時の北側の壁部分です。
このホテルの最大の特徴は隣部屋の音が無いことです。音がしないのではなく、無い。写真下は部屋の窓で、写真下左の薄ピンクのカーテンが下げてある二カ所が窓で、写真下右のようにカーテンをめくると窓の外に中庭が見えます。壁の厚さを見てください。目測で1.5mほどあります。つまり、これがこの建物の壁の厚さでしょう。この壁の厚さを見てもわかるように、ここは隊商宿ではなく、要塞として作られた建物です。
暖房は必要なく、毛布一枚で眠れました。これも壁が厚くて断熱性に優れているからでしょう。入口や窓を狭くしているのも、冬の寒さや夏の暑さを避ける生活の知恵です。
ここには避難経路の張り紙はありません。一階だから必要ないのと、たぶん、各部屋で火災を起こしても、燃えるのはその部屋だけで、延焼する可能性がほとんどないからでしょう。
欠点もあり、土の壁が音を良く反射するので、冷蔵庫の音がうるさい。電源から抜きました。部屋に案内してくれた係りの人が電源を入れただけで、最初は入っていなかったのです。明るいうちは中庭で流す音楽が窓から入ってきてうるさかったが、それが鳴りやむと、とても静かです。 設備も悪くありません。ベッドの隣のクロゼットの中には使い捨てのスリッパもあります(写真下)。私は帰りの飛行機でこれをはいていました(笑)。 洗面所は広くはないが、歯ブラシなども付いており、お湯も問題なく出ました(写真下)。シャワーカーテンがないので、洗面所のほうまで水が飛んでしまいます。
トイレでは紙をトイレに流すなという張り紙があり、こういう習慣に慣れていない日本人にはありがたくない(写真下左)。紙で目詰まりを起こす理由の一つは水槽の位置が低いからでしょう(写真上中)。これでは水圧がかからず、実際に流れにくい。
モハンマドさんに、個人的にこのホテルを今予約したらいくらいかかるかと聞くと、おおよそ7,000~8,000円だろうという返事でした。それなら何日が泊まってもいい。このホテルの個人評価は、ホテル自体のユニークさが際立っているので細かい問題点は帳消しで、余裕で4.0、十分に満足です。 |