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4日目 2006年8月20日(日) チャカ → ゴルムド 朝7:00、添乗員さんがノックしてモーニングコール。 チャカ塩湖の観光 8:30 バスでチャカ塩湖にある塩の採集場に向かいました。 ホテル自体が採集場の敷地に作られているので、10分くらいしかかかりません。
曇天で、風が強く、寒い。まるで雪のように塩が高く積み上げてあります。採取用のトロッコを観光用に改造したものに乗り、塩湖の中に入っていきます(写真下)。もちろん乗り心地は最高に悪い。
天気が悪いせいもあるが、塩湖も一面白いので、沈んだような雰囲気です。塩で機械類は錆びて、塩が雪が積もったようで、荒涼とした風景です。
トロッコに乗って風を受けているせいもあって、寒い。カーディガンを持って来たが、まさかこれほど寒いと思わなかったのでホテルに置いて来てしまいました。旅行中一番寒かったのがこの時です。
トロッコの道が塩湖の中まで突き出て、その途中で止まりました。塩がツララのようになっています(写真上右)。
終点の光景は荒涼としているだけなので、同じ線路を引き返しました。しかし、途中の坂でトロッコは止まってしまい、そこからは大した距離ではないので、下りて歩くことになりました。よく見ると、これほど塩だらけなのに植物が生えて、花を咲かせています(写真上)。 バスの駐車場まで戻ると職員らしい人たちが、塩の結晶を売りに来ました。小さいのが一個10元(150円)だというので、一番小さいのを一つ買いました。大きな立派な結晶は80元だが、こんなもの日本に持ち帰れません(写真上)。 ここでは塩の持ち出しは禁止されています。前は旅行者向けに販売されていたそうだが、それも中止になり、添乗員が1kgにつき20元(300円)を払い、添乗員が採取するのが唯一の方法のようです。100gくらいの小袋で売ったら、日本人にはお土産としてバカ売れするでしょう。採取が添乗員だけに許されるというのも意味がわからないし、一方で、従業員が塩の結晶を売り来ているなんて、日本人にはいささか理解できません。しかし、それが中国です。あれだけ金儲けに熱心な中国が、こういう矛盾を抱えたままなのは、推測ですが、ここが未だに国営企業だからでしょう。 前日の夕飯の時、添乗員さんから塩の募集がありました。1kgが最小単位だというので、それを注文したところ、この日の夕方、ゴルムドで渡された塩を見てビックリ。二袋あり、どう見ても2kgはある。水分を含んでいるので、実質1kgなのでしょう。困ったのは私だけでなかったようで、添乗員さんの努力を無にすることもできず、さあどうするか?どうしたかは聞かないでください(笑)。
塩湖の観光を終えて、ホテルに戻りました。ホテルと道路反対側の公園にはいろいろな花が咲いています。(写真上) 10:30頃、ゴルムドに向けて出発。
チャカのあたりはまだ灌木が生い茂るが、西に向かって走るにつれて、しだいに砂漠化していきます。周囲は遠方に山が見えて、一面に灌木の生えた草原があり、道路はその中をひたすら真っ直ぐに走ります。
12:10 3300mの地点でトイレ休憩。西寧でも見かけたノコンギクの仲間が咲いています(写真下)。バスの窓から見ていると、まるでブーケのようにまとまって、道端に咲いていて、とても美しい。
進むにつれてますます乾燥した風景になっていきます。薄曇りだが、日差しがあるので、気温が上昇して、けっこう暑い。 12:30 都蘭という街の興都賓館で昼食。トイレは伝統的な中国式トイレで、ドアが付いていない「ニーハオトイレ」です。汚くないだけ良しとしておきましょう。 食事は、添乗員さんが特注したのか、野菜が多く、それなりにおいしい。 1986年の東北大学西蔵学術登山隊の旅行記『青海・チベットの旅』(岩垂弘、連合出版、1987年)を読むと、チャカからゴルムドに行くのにこの都蘭で一泊しています。我々が観光バスで二時間で走った距離を、彼らはランドクルーザーで四時間かかったと書いています。今は観光コースだが、当時はまだ調査旅行や冒険のコースだったようです。
13:30出発。フルハンブダイ山脈の北側をほぼ真っ直ぐに西のゴルムドに向かって進みます。植林している所も見えますが、あまり成果が上がっているようにもみえません(写真上)。周囲はいよいよ乾いて、砂漠というよりも沙漠になり、所によってはまったく草が生えていない場所もあります。自転車で走る白人の旅行者もいて、ここでは一つ間違えば、命に関わります。
15:00 トイレ休憩。道の脇の砂漠のど真ん中にポツンとトイレがあります(写真上)。もちろん、こんなところで水洗なはずはなく、かえって不衛生な感じがします。男性はほぼ全員が外で用をたしました。目の前は一面の砂漠だから、開放感がある(笑)。
15:36にゴルムドまで184kmという標識があり、標高3000m。砂漠や道路で逃げ水など蜃気楼が見えます。 この砂漠には「地下森林」があるそうです。ここは昔は大森林で、それが枯れて砂漠の土の下に枯れ木のまま埋もれており、これを採掘して薪として使っているのだといいます(『青蔵紀行』松原正毅、中央公論社、1988年、61頁)。ここが昔は大森林だったと言われても・・・思わず、うなってしまいます。砂漠の多くは自然発生ではなく、伐採や牧畜などが原因であり、紀元前の中国には森林が広がっていたと言われています。
16:40トイレ休憩。砂漠に行くと、何か虫が鳴くような音がします。不思議に思い探すが、こんな熱いところに虫などいるはずがありません。客の中で一番の若手に話をすると、彼はすぐに、それが送電線が風で震動して発する音だと気が付きました。その音が、地面に反射して、まるで地面から音が出ているように聞こえていたのです。
周囲から植物が消えて、砂と岩だけの砂漠を走るうちに(写真上)、ゴルムドの街が見えて来きました。いかにも人工的に作った都市らしく、砂漠の真ん中に突然現れます。 青蔵公路から市街に入ると、ローターリーの中心や歩道などに、鉢植えの花がたくさん並べられています。花が植えてあるのではなく、プラスチックの鉢に入れられた花が並べられているので奇妙な光景です。後で聞くと、どうやら、オエライさんが来たのに合わせて、街を花で飾るために鉢植えを並べたようです。
18:35 ゴルムド賓館に到着。青蔵鉄道開通に合わせて、江沢民が泊まったというホテルだが、それほど大きくも、立派でもなく、売店も小さいし、部屋の施設も平凡です。 周囲には花がたくさん植えてあって、砂漠から来るとホッする光景です(写真下)。一番目立つのがタチアオイで、西寧でもたくさん咲いていました。コスモス、キンセンカ、ペチュニアなどで、ここでも数の割には種類が少ないようです。
17:30 ホテルで食事。大きな会場の壇上のようになっている所で食事を取ります。我々だけしかいません。服務員のおねえさんがお湯をこぼし、床と椅子が水だらけになりました。こういう時の服務員の反応をいつも楽しみにしています。日本なら客に謝るのだが、ここではそういう常識は通用しません。 このホテルはビジネスルームがあり、パソコンが使えます。問題なくネットに接続できました。10元。 トップページ 日程表 1 2 3 4
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