トップページ 日程表 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 ヒマラヤの青いケシ 2日目 2015年7月6日(月) デリー → グワーハーティー → テーズプル また雨 六時前に起床して窓の外を見ると、雨です(写真下)。窓の下の道路には通勤や通学の人たちもいて、傘をさしている人が少ないところを見ると、大降りではなさそうです。
今日はデリーからインド東部のグワーハーティーまで飛行機で移動し、その後、車でテーズプルまで行きます。下の地図を見てもわかるように、昨日来たばかりの道を逆にたどりますから、戻ると言ったほうが正確です。二日かかってもまだ目的のアルナーチャル・プラーディシュ州にも入ることができません。 7時半からホテルのレストランで食事です。さすがデリーのホテルだけあって、朝からメニューも豊富です(写真下)。
8:15にバスに乗り、すぐそばの空港に移動です。相変わらず、雨が降っている。
離陸が遅れる 朝なので道路が混んでいないこともあり、10分もかかわらずに空港に到着(8:19)。
建物の入口で検問があり、パスポートをチェックされます(写真下)。ホテルと同様に非常に厳重です。
入口は厳重で狭いが、メイン・ホールは広々としています。
入口は国内線と国際線が同じで、今日は向かって左側の国内線のターミナルに向かいます(下図)。 この飛行機も事前に座席の予約が取れないので、とにかく早目に来て、希望の座席を確保するしかありません。出発予定の二時間前の九時頃には手続きも終えて、出発ゲートが29Aであることを確認します。
搭乗まで時間があるので、建物内を散歩することにしましょう。通路にはインドらしく、たぶんヨーガのポーズを表した像が置いてあります(写真下)。
壁にはインドの遺跡からそのまま持ってきたような伝統的なレリーフが飾られ(写真下左)、また通路にはアマゾンのインドらしい広告もあります(写真下右)。
十時二十分すぎ、ようやくエア・インディアAI889便に搭乗開始。機体はエア・バス社のA321です。
乗ったはいいが、天候のせいか全然動かず、10:50の予定を一時間近くも遅れて11:42に離陸しました。この遅れがこの後の私たちの今日の移動に影響しました。 座席はほぼ満席でしょう。私は希望通り、左側の窓側に座れました。 かなり混んでいます。エア・インディアのこの便の個人評価はC、つまり普通とします。国内線なので国際線ほどのサービスは期待できないことや特に大きな問題はなかったので、Bとしても良いのだが、ネットで座席予約が取れず、早目に行って、必死に訴えないと座席が取れないというのはマイナスです。 雨雲のかかるデリーを離陸して、昨日来た空路を途中まで引き返します。
さらに上昇して雨雲の上に出ました。
昼食が出ました(12:26)。インド料理は辛いか、甘いか、油っこい物が多く、食べるのに苦労します。 ヒマラヤは雲の中 私が飛行機の左側の窓側の席を確保しようとしたのは、晴れればヒマラヤが見られるからです。しかし、眼下は少し雲が切れることはあっても、ヒマラヤ方向には雲がかかり、いくら彼方を見てもヒマラヤらしい姿は見えませんでした。
二時間ほどの飛行の後、高度を下げるにつれて雲の間から、大きな河が見えてきました。飛行機の高さから見ても、川岸がはっきりしないほどです。
このブラマプトラ川が見えてきたということはアッサム州に入ったことを意味し、まもなくグワーハーティーに到着です。 この川はすごい川で、下の地図を見てもわかりように、ヒマラヤの北側をヤルツァンポ川(Yarlung tsangpo)としていったん東に流れ、それから東端でヒマラヤを横切って南側に出てきて、ブラマプトラ川として今度は西に流れ、やがて西からきたガンジス川と合流して、ベンガル湾に注ぎこみます。 地図上 ウィキペディアより転載 高度を下げて雲を突き抜けると、眼下には緑と水の豊かな田園風景が広がっています。
写真下の緑の部分はたぶん田んぼでしょう。ブラマプトラのおかげで、実り豊かな大地のようです。
空港に到着 予定では13:10だったのが、出発が遅れたせいで13:52にグワーハーティー国際空港 (Guwahati International
Airport)に到着。空港ではインド美人に出迎えられました(写真下左)。グワーハーティーはアッサム州の中心的な都市です。
空港は地方空港らしく、規模はそれほど大きくないが、混雑だけはインドらしくすごい(写真下)。
写真下は空港の出入り口付近で、コンクリートのかたまりで美しさにはいまひとつ欠ける。
空港を出て、10日間お世話になる六台の車に分乗します(写真下左)。今回行く四千メートルのバンガジャンには道路が狭く悪路なのでバスで行くのは無理です。車一台に三人の客が乗り、毎日、松森さんが各人がどの車に乗るかを決めてくれたので、いろいろな人と話しができました。 各車両には運転手の安全宣言文が日本語でも印刷されて貼られています(写真下右)。宣言分は良いことなのだが、この紙は窓に反射して写真を撮るのにはありがたくなく、私は毎回、運転手に頼んで外してもらいました。
これから車でブラマプトラ川に沿って東に向かい、本日の宿泊予定のテーズプルに行きます。グーグルで見ると四時間ほどだから楽勝かと思っていたら、飛行機の遅れで、出発が一時間遅れていたので、予定どおりにはいきませんでした。 グワーハーティーを出て間もなく、列車通過のために踏切で停められました。 地元の人たちは踏切で停められることは慣れているらしく、のんびりしているばかりか(写真下左)、踏切の手前には屋台まで出ています(写真下右)。
道端には少し花が咲いています。暇なので写真を撮りました。
道の脇に看板があり、ヒンディー語なので意味はわからないが、象の写真と地図があるところを見ると、野生の象の保護区があるようです(写真下左)。
五分ほどで列車が通過して行きましたから、長くは待たされませんでした。
牛もいる 象もいる 踏切をすぎて国道37号を軽快に走ります。しかし、周囲の風景は日本のそれとはかなり違います。皆様にその違いを順次ご紹介しましょう。 まず、道路に牛やヤギがいる!これがインドです。
写真下で車が右を走っています。インドは日本と同じで車は左側通行ですが、牛様がいらっしゃると道をお譲りするのは人間です。クラクションくらいでは牛は動かない。
道路でお休み中の牛なども珍しくありません(写真下)。アスファルトの道路はけっこう暑いと思うのだが、良く見かけます。彼らは車の騒音や排気ガスがあまり気にならないらしい。
インドでは牛はシヴァ神のお使いとして尊重されていると言われますが、そんなに崇められているわけではありません。牛もヤギも放し飼いが普通であり、人々も家畜が周囲にいてもあまりに気にしない。日本でネコがいても気にしないのと同じです。
「うわっ、象だ!」と日本人は大騒ぎ(写真下)。道路を悠然と象が歩いています・・・すごい。
今回の旅行で意外だったのは、物乞が少なかったことです。行った先が観光地ではないことも理由でしょうが、物乞はほとんど見かけませんでした。子供の物乞などに追いかけられると、日本人は精神的にまいってしまいます。 乗り物事情 インドの道を走るトラックの多くが、まるで永井豪のアニメの「マジンガーZ」みたいな顔をしています(写真下)。これはインド財閥のTATAの傘下にあるタタ・モーターズ(Tata Motors Limited)のトラックです。
上図 Wikipediaから転載
庶民の交通手段はバスの他にリキシャがあります。リキシャは日本語の力車から来た言葉です。人間が引く人力車は今日ではインドでも絶滅状態で、写真下のような自転車で引くリキシャが一般的でした。しかし、今回はかなり減っているような印象です。
自転車リキシャに次いで昔から良く見かけるのが写真下のオート三輪のオート・リキシャです。
今回旅行してみると、三輪のオート・リキシャも前よりも減ったような印象を受けます。市民の足は、写真下のような四輪のジープに移りつつあるようです。
写真下のように後ろに立って乗っているのは客ではなく、料金係の車掌です。日本ならこれだけで罰金をとられるが、ここでは誰も気にしません。
写真下は我々を追い越して行った救急車です。隙間を縫うように追い越して行くのを見てもわかるように、サイレンを鳴らしているにもかかわらず、一般車は道を開けません。気の毒に、この救急車もしばらく我々の車の前後を走っていました。
写真下のバイクの二人乗りもインドでは大変良くみかけます。たいてい男性が運転して女性が後ろに横座りしています。たぶん夫と奥さんではないかと思います。女性だけがバイクに乗っている例はほとんど見かけません。これだけでも危険なのに、ご覧のように、たいてい二人ともヘルメットもかぶっていないことが多い。事故が起きれば、ただ事では済みません。
車の後ろには「Blow Horn」、クラクションを鳴らしてくれとあります(写真下)。原則としてクラクションを鳴らさない日本とは違い、ここではガンガン鳴らして危険を知らせる。だから街中はものすごくうるさい。排気ガスと騒音、これがインドの道路の常です。 豊かな田園地帯 道路脇で店を出しているなどインドの当たり前です。インドの大きな道路はたいてい両側に大きく空き地があり、そこで商売をしている事は珍しくありません。本格的な建物でなければ文句は言われない。 最初は写真上のようなバナナなどを売る屋台だったのが、道を進むにつれバナナは消えてしまい、増えてきたのがヤシの実を売る店です(写真下)。一個買って、ヤシのジュースを飲んでみたい。少し青臭く、薄甘く、暑いインドには向いています。市販のジュースを飲むよりもずっと身体には良いはずです。
周囲の農村では背の高いヤシの木がたくさんみられますから産地で今が取り入れ時なのでしょう。それにしてもあんな高いヤシの木から実を取るのは大変です。
周囲は、飛行機からも見えたように広大な田園が広がっており、人々が農作業をしています。豊かな穀倉地帯なのがわかります。
人手による作業が目立ち、機械はあまり見かけません。機械化が進んでいないのでしょう。私は手作業の田植えや稲刈りをしたことがあるから知っているが、本当に大変です。機械があっても、購入費や維持費で今度は機械貧乏になり、なかなか難しいところです。
アッサム州は9割が農村部に住んでいるといいますから、都市へ集中度が低い。農業は見てのとおりの米と他にお茶があり、石油や金属などの天然資源にも恵まれています。 両側には広大な田んぼや池などが広がり、その間に集落が点在します。ちょっと村に寄って、彼らの生活をのぞいたら、きっとおもしろいでしょう。それほど遠くない所に山も見えますから、ここの生態系が豊かなのがわかります。実際、ここには五つの国立公園があり、ゾウやサイといった貴重な動物が棲んでいます。
サリーを着た女性たち 街を行く女性たちをごらんください。
ここまでの写真では、皆さんインドの民族衣装であるサリーを着ています。そこで次の写真と見比べてください。
全員でありませんが、若い人たちはサリーを着ていない。若い人で良く見かけるのは、写真下のように、ズボンをはき、その上から膝まであるワンピースを着て、上からスカーフをはく服装です。これもパンジャビ・ドレスまたはパンジャビ・スーツ(Punjabi suit)と呼ばれ、パンジャブ州が発祥と言われるインドの服装です。写真下は顔が見えないが、たぶん若い人です。 写真下の左は普通の服の孫とサリー姿のおばあちゃんで、真ん中の写真では、右側のサリーを着た人の子供でしょう。写真下右では、サリーを着た人が子供を連れ、手前の人はたぶん若い人です。いずれも既婚者や年齢上の人たちがサリーを着て、そうでない人たちは着ていません。
道路は片側二車線も多く、舗装もしっかりしています。私が昔来た頃のインドの道路は、幹線道路でもすれ違うのがやっとでした。今回の旅行では山岳地帯まで入ったので、そこは道路事情があまりよくなかったが、少なくとも平地の幹線道路についてはかなり整備されていました。
チャイで休憩 ジャジロード(Jagiroad)という街の、幹線道に面した食堂ジャイン(Jain)でトイレ休憩を兼ねてお茶を飲みます(16:17、写真下左)。店の名前のジャインとは普通はジャイナ教のことです。お釈迦様と同じ時代の宗教で、仏教がインドでだいぶん前に消滅したのに、ジャイナ教は今日も生き残り、しかるべき勢力を保っています。店の主人はジャイナ教なのだろうか。バサントさんに聞くのを忘れました。 私たち客は休憩ですが、ドライバーたちは食事を取っていなかったらしく、ここで遅い食事です(写真下右)。
食堂にはお菓子類を売っています。私は40ルピー(約93円)で500mLのコーラを買いました。写真下右の店の前に発電機がありますから、ここも停電が多いのがわかります。
出されたのはチャイです(写真下)。紅茶をミルクで煮出して、砂糖を加えたインドの標準的な飲み物です。こぼれているからちょっと汚く見えるが、使い捨てコップを使うので不潔ではありません。なによりもうまい。私はかなり好きで、これを飲むとインドに来た気になります。不思議な事に、チャイ用の茶葉を買って日本でチャイを作って飲んでもうまくない。 西日の入る薄暗い厨房で料理人たちが一生懸命に何か作っています(写真下)。使い込んだ雰囲気が良い。 写真下の人はたぶん皿洗いをしています。 ドライバーたちの食事も終わり、出発です(16:49)。 あたりは夕方になり、牛を集めて家に帰る光景が見られます。放し飼いの牛が戻ってくるのがおもしろい。
先ほどまでは夕焼けまで見えたのに、雷鳴が聞こえたと思ったら、突然スコールがやってきました(18:22)。叩きつけるような雨が降り、周囲は水浸しで、車の窓を開けるとサウナに入ったような猛烈な暑さと湿気が押し寄せてきます。
ホテルの神様 飛行機が遅れたことが影響して、すっかり暗くなってからホテル(The Fern Residency Tezpur)に到着(19:27)。先頭の四台の車は到着したのに、後の二台が到着しません。車にトラブルがあり、運転手同士が対立したそうです。ただし、こんなもめ事はこの時だけでした。
(http://www.fernhotels.com/tezpur-hotels/fern-tezpur.php) テーズプルはブラマプトラ川岸にできた街でアッサム州の州都です。ホテルはその北側にあります。 ホテルの玄関は普通だが、ロビーは広々して天井も高く、立派です(写真下)。遅れている二台が到着するのを待つ間、ロビーを散策しましょう。
写真下は受付の後ろの飾りです。ヒマワリの絵はさておき、仏像が二体と、右側の額縁に神様が飾られています。 二体の仏像はお釈迦様の像のように見えます(写真下)。この地方がインドの中でも仏教徒が多いのでしょう。隣接するブータンのブータン仏教はチベット仏教系だし、これから私たちが行く地方もチベット仏教圏です。しかし、写真下右の仏像などは南方の上座部仏教の典型的な立ち姿で、両方ともチベット仏教ではなく、上座部仏教の仏像です。ここは上座部仏教のタイやミャンマーなどにも近いし、隣接するバングラデシュは仏教徒がいますから、その影響かもしれません。
額縁に飾られた写真下左はヒンドゥー教のミーナクシ(Minakshi, Meenakshi)という女神です。ここにあるのがちょっと不思議なのは、この女神は主に南インドで信仰されている女神です。それがどうしてインドの東端で信仰されているのでしょう?来る途中に寄った店のジャインはジャイナ教だと紹介しました。ジャイナ教もどちらかというとインドの中西部に見られる宗教です。 上座部仏教、南部のヒンドゥー教、中西部のジャイナ教と、アッサム州は宗教的にどうも奇妙な所です。
写真上右 http://photos.templesonnet.com/jan-2011/madurai-meenakshi-temple.shtml より転載 壁にはこのホテルが表彰されたらしい記録があります。
壁に帽子が竹で編んだ色鮮やかな帽子(傘)が飾られています(写真下左)。写真下中は今日来るときに道路脇にあった看板です。広告主のDaimiaとはインドの財閥で、何の広告なのかわかりませんが、看板に描かれた帽子はホテルに飾ってある写真下左の帽子と同じです。写真下右は今日、空港でお出迎えいただいたインド美人のポスターで、彼女の左上にも同じような帽子があります。 これはJaapiまたはJapiと呼ばれる帽子で元々は農作業などで用いたようで、アッサムのシンボルになっています。
写真下は来る途中の道端の屋台です。模様こそついていないが、竹で作った傘や籠などが売られています。ただ、道路を走った範囲ではあまり竹林は見かけませんでした。
ロビーの壁にこの地方の様々な民族の習俗を表すレリーフが飾られています(写真下)。奇妙なことに、この帽子が出て来ない。
ようやく夕飯 遅れていた二台が到着しました。部屋に荷物を入れて、すぐ八時からホテルの一階の奥にあるレストランで食事です(写真下)。 デリーあたりのホテルに比べると品数も少なく、私のように辛いのがまるでダメな人間はいろいろと苦労します。「スパイシーなのが苦手だ」と言うと「インド料理でスパイシーでないのはない」と従業員が笑っていました。
このホテルでは珍しく夜もお茶を無料で出してくれるというので、頼みました(写真下)。これはありがたい。 写真下が私の今夜の部屋です。最初に入って驚いたというか、がっかりしたのが、部屋の中が猛烈に蒸し暑い。つまり、エアコンが入っていなかったのです。このホテルではしばしば停電しましたから、節電の為でしょう。それは理解できるのだが、やっと外や廊下の蒸し暑さから解放されると期待してたどり着いた部屋が暑いと、後ろからケリを入れられたようなショックを受けます(笑)。他のお客さんも同じようなことを言っていました。 果物と水は無料で、湯沸かし器がそろっていて便利です。
シャワーは固定式で使いにくい、部屋のスタンドがつかない、洗面所の灯りがつかない、などいくつか問題がありますが、私の個人的な評価はかなりオマケして4.0です。レストランでの従業員の対応や雰囲気の良さもこの点数の中に入っています。
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