トップページ 日程表 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 ヒマラヤの青いケシ 8日目 2015年7月12日(日) ディーラン → テーズプル 五時半頃に起床しました。部屋は23度で暑くも寒くもありません。窓を開けると、セラ峠方向は相変わらず雲に覆われています(写真下)。結局、今回、ここに着いた7月7日から今日12日までの六日間、一度も雲が取れることはありませんでした。今回の旅行中、日本でも雨だったと後で聞きましたから、アジア全体の天気が悪かったのでしょう。 本日は、7月7日と正反対にテーズプルまで戻ります。つまり、いよいよ山を下りることになります。また道すがらの花に期待しています。 部屋の窓の下の道路を軍のトラックが行き来し、またホテルの道を直している人たちがいます。写真を撮っている私に気が付いたので手を振ったら、笑っていました。
空き地を散歩 朝の散歩コースはホテルの近くの空き地です。8日の朝の散歩は山のほうに行ってみたが、めぼしい花はありませんでした。そこで逆に、東側の空き地なら何かあるかもしれないという期待です。 雲が低い山にも垂れこめています。
空き地は衛星写真で見たとおりで、サッカー場が一面とれるくらいの広さがあります(写真下)。この周囲は山ですから、平地が極端に少なく貴重品です。どうして空き地のまま放置されているのか、日本で見た時から不思議に思っていたのです。 結論から言うと、いくら現場を見てもその理由はわかりませんでした(笑)。空き地がグーグルの衛星写真にあることや松の成長からして(写真下右)、少なくとも五年以上は放置されているのでしょう。
空き地の真ん中に看板が落ちています。「Filling Station」ですから、ガソリンスタンドのことです。でも、ガソリンスタンドなら、この空き地の真上の道路脇に立っています。ここは道路脇といっても、道路から下りてこないといけないから場所的に不適切だし、ガソリンスタンドを作るにしては広すぎます。
空き地の理由を調べるのはやめて、花を見ることにしました。少しですが、雑草が花を咲かせています。
写真上 Cynoglossum
wallichii (Flowers of India) 写真下はヒメツルソバ(姫蔓蕎麦)で、そっくりなのを私の自宅の近くでも植えられているのを見かけます。日本には明治時代に輸入され、このあたりが原産地ですから、これらは自生です。
写真上 Persicaria
capitata (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.677) 細い花弁が雨に濡れてクシャクシャになっても、薄紫の色がきれいです(写真下)。雰囲気はアゲラタムに似ているが、南米原産の亜熱帯の花がこんなところにあるのだろうか。もっとも、前回8日の朝の散歩でこの近くで見かけたマルバアサガオは熱帯アメリカ原産、オオセンナリはペルー原産といいますから、案外、アメリカがここでは普通なのかもしれない(笑)。
七時半からいつものホテルのレストンで食事です(写真下)。とても広いのに、椅子とテーブルが窓側にいくつか並んでいるだけです。客足を良く示しているのかもしれない。この朝も当然、私たちだけです。セラ峠までの最後のまともなホテルなのだから、もう少し流行ったらいいのですが。
日曜日の風景 予定どおりに九時にホテルを出発。 周囲の家屋は写真下のような石積みのしっかりした家もあります。しかし、どちらかというとこういう家は例外です。
写真下左の家は壁が板を縦横に編んで作ってあります。たぶん竹です。こういう家もそれほど珍しくない。ここは台風なんてないからいいが、日本だったら、吹き飛ばされてしまうでしょう。日本の竹は風雨にさらされると木材よりもはるかに簡単に劣化して、数年でボロボロになります。
写真下の家は竹の壁に泥や漆喰を塗りつけたようです。写真下の下段右など、下半分がまだ泥の塗りつけが終わっていない。
アジアでは良くみられ光景は、仕事をしている人よりも休んでいる人のほうが多い。
今日は日曜日のせいか、遊んでいる子供たちがたくさんいます。
こういう斜面の多い地域で遊ぶと子供たちも身体が頑強に育つでしょう。
ごらんのように平らなところがほとんどない。直線では大した距離でもないのに、谷を大きく迂回しないと反対側にも行けません。
背の高いラン 松森さんが土手の上にピンク色のランを見つけて停車(10:02)。背が高く、1メートル以上あるでしょう。
写真上下 Arundina
graminifolia (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.705)
生えているのは写真下のような崖とも言えないほどの斜面なのですが、登るのは容易ではなく、撮影は意外に難しい。 ここにも外来種のオオセンナリ(大千成)があります。
写真上 Nicandra
physalodes
写真上 Cynoglossum
furcatum (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.216) 見てください、この斜面に乗っかった家!至る所こんな家ばかりだし、往復でたくさん見ているが、見るたびに地震が来たらどうなるかと思うとゾッとします。
家はあまり立派とは言えないが、人々の表情はけっこう楽しそう。
道路に面して小さな店が時々あります。
店よりも圧倒的に多いのが、単に家の前に農作物を家の前に並べただけの商売です。
ボンディラ通過 峠を登り切った所で、ボンディラに到着しました(11:01)。人があまりいない地域にいたので、大きな街に来たような気がします(笑)。
ボンディラは峠から南側の斜面にあるので車はひたすら下るだけです。
ボンディラの南側の龍の門を通過して、犬クンたちのお見送りを受けながら、この街ともさようならです。
インド風の交通安全 道脇にはさかんに安全運転の呼びかけの文言があります。いつも思うのだが、文字を読んでいる間、運転手はよそ見することになり、かえって危ない。 「居眠り運転をすれば、家族は泣くことになる (If you sleep your family
will weep)」 「遅刻するほうが、故人になるよりましだ (Better be Mr late than to
be late Mr)」
「速度の出しすぎは命を切り裂くナイフだ (Speed is a knife that cuts
life)」 「道路の敵とは酒、速度、過重積載の三つだ (Three enemies of road,
liquor, speed and overload)」 「スピードはスリルだ。しかし、しばしば人を殺す (Speed thrills but often
kills)」 「車は馬力で運転するべきで、ラム酒の力はいらない (Horse power not on um
power)」
「安全でハッピーな旅行をしよう (Wish you a safe and happy
journey)」 「レースも大急ぎもいらない。美しい谷を楽しもう (No race no hurry. Enjoy the
beautiful valley)」
そして、もしこれらの警告を守らない場合はあの世逝きで、時々、道端に写真下のような慰霊碑が立っています。石碑のタイトルは「In Loving memory of」の後に人の名前と誕生日があり、日付けは2014年といいますから、去年作られた記念碑で、おそらくここで事故で亡くなったのでしょう。 毎度思うのだが、バイクの三人乗りはとにかく危ない。写真下は三人家族らしいが、父親だけヘルメットをかぶり、奥さんと子供はかぶっていない。日本も昔はこんな光景が珍しくなかった。神に祈る前にヘルメットをかぶることです。 交通安全も含めているのか、道路脇には宗教的な祠が見られます。写真下左は中身がちょっと見えにくいが、ヒンドゥー教のシヴァが祭られています。一方、それ以外は写真下右がチベット仏教のパドマ・サンヴァバであるように、祠や仏塔ですから、この数を比較しても、ここがチベット仏教が盛んな地域であることがわかります。しかし、中国側のチベットに比べると、明らかに数が少ない。これがこの地域の経済力を示すのか、それとも信仰心を示すのかはわかりません。
仏塔や祠よりも、道路沿いには軍事施設がものすごく多い。ちょっと立派な建物や建物群があると、たいてい軍の施設です。軍の施設を写すのは原則禁止だろうから、カメラを向けると怖いので、写真は少ないだけで、軍事施設に迷い混んだのかと思うほど、軍事施設が多い。
軍事施設が多いのは、すでに紹介したように、1962年10月、中国が攻めて来た中印国境紛争が理由です。準備万端で攻めて来た中国軍に対して、冬のヒマラヤで夏服のインド軍が勝てるはずもなく、壊滅状態で、中国側の圧勝に終わります。当時のネール首相の依頼でアメリカが介入して、中国側は一方的に撤退したために終息しました。
こういう戦争や軍事的な緊張は過去のことではなく、日本でも他人事ではないのは事実でしょう。しかし、日本は七十年にわたり、武力を用いない方法で平和を保つ努力をしてきました。最近、その方向を転換して、これまでの努力を無にしようとしているのはとても残念です。
暴力に対して暴力で対抗するのは一見現実的な解決法のように見えるが、歴史を見ればそんなことが成り立たないことは明らかです。
同じ店で昼食 ナマンディ・バザールの検問所に到着。私はてっきり軍事的な検問所かと思っていたら、写真下右の看板を見ると、州の農業局とあります。
そういえば、軍人らしい姿もなく、いるのはヤギさんと犬クンです。
この街で前回7日も昼食を取り、今回も同じ店で昼食です(写真下)。ただ今回は量が少なく、店側が人数を間違えて作ったようでした。 食堂を含めて崖側の建物の後ろは細い柱で支えられています。そういう目で建物を見ると、たとえば写真下左の建物は窓の下枠が地面に合わせて斜めになっているし、他の建物も柱が細く、しかも互いに角度を為しているから、垂直が取れていない。地震が来たら壊滅するだろうが、逆に言うと、建て直すのも簡単かもしれません。
子供たちが石ケリをしています。ケンパという日本にもある遊びだと他のお客さんから教えてもらいました。こんなに隔たった地域で子供たちが同じ遊びをしているのは興味深い。
食事を終えて、ふたたびテンガ谷を下ります(13:43)。
「野生動物を殺してはならない」「木を切る奴は悪人 木を植える人はヒーロー」といった野生保護を呼びかける看板も良く見かけます。緑と赤で斜めになっている看板はたいてい自然環境系の看板です。写真下の看板は森林局とあります。
行く時も見た「骸骨看板」は、もちろん、下り線にもあります。
立体墨絵 山を上るにつれ、周囲は霧に包まれてきました。やっと昨日、霧や雲とおさらばしたと思ったのに、またです。
霧も雨も旅行には邪魔だが、深い森林はこれらの霧雨などによって水が供給されて、花も咲くのだから、本当はありがたい存在です。
松森さんが白い花を付けたショウガの仲間を見つけて車を停めました。
写真上 Cheilocostus
speciosus (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.723)
写真上 Impatiens
stenantha 7日に来た道を引き返しているはずなのだが、あの時は晴れで、今日は霧のせいか、まったく別な道を走っているような感じです。
緑はすっかり消えて、白と黒の世界です。車に乗ってこれらの風景の中を走っているとまるで墨絵の中を走っているような気分です。立体墨絵、3D墨絵です。
雲のかかる山の上で雨が降ると、時々こういう幻想的な光景に出会います。
霧の中の花 松森さんが高い木の上に寄生している花を見つけて車を停めました。車から降りて、指を指されても、高い木の上なので(写真下右)、わかるまで時間がかかりました。これを走っている車の中から見つけるのだから、松森さんの「千里眼」にはひたすら驚く。
写真上 Hoya
lanceolate (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.226)
峠をすぎて谷に下りたところにまた軍の基地がありました。Tenga Valley military
satationとあります。ここはテンガ川に沿ったテンガ谷です。
道脇のヤブの中に紫色の花を見つけて松森さんが車を停めました。この道を来る時も別な所でこの花を見ました。前回は崖がきつく女性たちが登るのは無理でしたが、今回は全員が撮影できました。
写真上 Rhynchoglossum
lazulinum (Flowers of India)
写真上 Torenia
diffusa (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.146) この周囲の山々には巨木が生い茂っています。写真に撮ってしまうとその大きさが十分に伝わりませんが、写真下右の人などと比較すると、巨木なのがわかります。こんなのが道路の両側の山に一面に生えています。
危険なカタツムリとウルシ 進むにつれ、高度が下がり、霧もなくなりました。その代わり、だんだん蒸し暑くなっていく。そんな中、ヤブに咲く赤い花をみつけて松森さんが車を停めました。
他のお客さんは撮り終えると車に戻りましたが、私は細い道に沿ってヤブの中に入っていきました。この時、どうやらウルシに触れたらしい。この後、私の左足にはウルシ特有の赤い斑点が広がりました。私はウルシに弱く、服の上からでもかぶれます。絶対やってはいけないのは掻くことで、これさえしなければ広がりません。痒くなったら、かゆみ止めの薬を塗り続けると、一週間くらいで治ります。 ウルシにかかったのも、ヒルに血を吸われたのも、客の中で私一人だけです。どんなもんだいと自慢してみる(笑)。
写真上 Clerodendrum
japonicum (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.222) ウルシのあった細い道を少し上に登っていくと、道の泥の中に巻貝を見つけました。アフリカマイマイ(giant African snail)という寄生虫のいる危険なカタツムリで、世界各国から輸入禁止扱いの嫌われ者です。日本では鹿児島以北では確認されていません。噂には聞いていたが、デカイ。
写真上下 Achatina fulica このカタツムリは大きさがまだ十センチくらいですが、二十センチくらいになるそうです。このカタツムリが這った跡を触っただけでも人間に寄生虫が入り込み、髄膜炎を引き起こします。ヒルやウルシのほうがまだ良い。
アッサム州に入る 写真下右の門の下を通ると、間もなく検問所です。
バルクポン(Bhalkupong)の検問所に到着(17:05)。これでいよいよアルナーチャル・プラデーシュ州ともお別れです。入るのではなく、出るせいか、バサントさんの手続きもそれほど時間はかかりませんでした。
ここは検問所があるせいで、道路沿いだけの街なのに人も店も多い。
アッサムの田園風景 検問所をすぎると、道は山を離れ、周囲は平地になりアッサム州に入ったのがわかります。
やがて田んぼが見えてきました。
アッサム州らしい水の豊かな農村地帯が広がっています。 「サルだ!」と相変わらず日本人は騒ぐ(写真下)。インドではサルは街中にもいることがあるので、それほど珍しくはありません。見れば見るほど、人間の従弟です。写真下左などはまだ子ザルように見えます。インド北部から中国南部にいるアカゲザルです。
インドの宗教では輪廻転生が信じられており、お釈迦様も人間が動物に生まれ変わると説いています。だから、動物を虐待するなんて自分や家族を虐待しているようなもので、ペットを飼うなら最後まで責任を持ちましょう。未だに日本では12万頭もの犬猫が殺されているのは合法的な虐殺で日本の恥です。 道にはなぜか夕方になると人が出てきます。それも写真下右のような牛を連れて帰るような仕事ではなく、のんびりとした様子で、集団で歩いています。
皆さん、身なりも整えて、道をゆっくり歩いている。夕方で食事や準備の時間だと思うのだが、いったいどこに行くのでしょう?
茶園休憩 やがて見覚えのある牛のいる交差点に差し掛かりました(写真下)。交差点の真ん中にある金色の傘はインドでは日よけに使う天蓋を模倣したものでしょう。日本でも仏教で取り入れられています。ここはBaliparaという町で、ここまで来ればテーズプルまであと少しです・・・あら?交差点を左に曲がりました。テーズプルへはここを真っすぐに行くはずなんだが・・・。
道を左に曲がり、52号を車は北東に進んでいますから、テーズプルとはむしろ逆方向です。さらに52号からも外れて、川の土手の道から、茶畑が広がっている中を進みます(写真下右)。
茶園農場の中に入ると、周囲にはたくさんの労働者らしい人たちと子どもたちがいます。先ほど道路で見かけたように、まるでどこかに出かけるかのようにゾロゾロと人が歩いている(写真下)。この人たちはどこに何しに行くのだろう?
かなり広大な茶園らしい。写真上の人たちはここに住み込みで働いているのでしょう。蒸し暑い中をしばらく待たされた後、林の細い道を進みます(写真下)。 下記の衛星写真のWild
Mahseer(http://www.wildmahseer.com/)が私たちが訪問した場所です。北側に一面に緑色に畑が広がっているのがすべて茶畑で、この周囲に広大に広がっています。 バサントさんはここで紅茶を売ってもらおうとしたようです。生産者から直接買えるのはありがたい。しかし、時間外なのか、それとも売る気がないのか、交渉がかなり難航したようです。車が停まったのは林のなかにある「The first flush」という小奇麗な建物です(18:14)。
(写真上左 http://www.wildmahseer.com/から転載) ここは看板からしてもレストランや喫茶店で、林の中に唐突にこんなしゃれた建物があるのには驚きました。ガラス張りのこの建物でゆっくりと夕暮れの中でお茶を飲みたいような雰囲気です。本当は写真下の広告写真のように、とても素敵な場所なのです。 写真上 http://www.wildmahseer.com/images/wm-brochure.pdfから転載 しかし、実際は改修中で、床は切かけの材木や木くずが散らばっていて雑然としている(写真下左)。 ここで生産されたらしい箱入りの紅茶をもって来ました(写真下右)。売店がないか、あるいは店の担当者がおらず開いていないらしい。インドの恒例からいくと後のほうでしょう。それは良いとしても、灯りがつかない。インド人の土産物売りにしてはずいぶん消極的です(笑)。その理由は後でわかりました。
茶葉農園なのだから、茶葉が袋に雑然と入っていて、量り売りしてくれるのではと期待したのですが、出てきたのは、写真下のようなご立派な箱に入ったティーバッグです。日本語を含む各国の言葉で説明文がありますから(写真下右)、箱代まで払わせるお土産品だろうと、私は最初買うつもりはありませんでした。ところが、一箱250ルピー(約582円)で、しかも、私の好きなアールグレイが皆さんからの不人気で売れ残っているのを見て、急に気が変わりました(笑)。
私はてっきりこの農園で加工されパッケージされたお茶なのだと思っていました。実際、この茶葉園の名前である「Wild Mahseer」というシールが貼ってありました(写真下)。
しかし、帰国後、良く見ると、外のラベルと箱の内側に、西ベンガル州にある「Dev Agri Farms Private
Limited」の製造とあります。どうやらこの農園自体は葉を生産しているだけで、これをDev Agri Farmsという会社が買い取って商品化し、「Bagan Fresh」(http://www.baganfresh.com/#!)という銘柄で売っているようです。 写真下のように、この会社のネットでの価格は8ドル(約984円)なのに、私たちは250ルピー(約582円)でしたから、適切な値段です。ただし、帰国後飲んでみましたが、私の好みには合いませんでした。お湯を注ぐとすぐに色が濃くなるのはスリランカのウバを連想させるが、味に深みがない。
写真上中 アールグレイの価格(http://www.baganfresh.com/#!) 私たちが訪れた所は茶農園そのものではなく、ロッジ形式のWild Mahseer Tea Planter
Bungalowというホテルでした。写真下の緑で囲った部分がホテルの敷地です。昔、イギリス人が開いた茶農園を引き継ぎ、彼らが使っていたバンガローをホテルに改装したもので、泊り客からの評価も上々です。ホームページの写真を見ると、イギリス風で、ちょっと一泊したいような気分です。おしゃれな喫茶店が林の中にあったのも農園ではないからです。ホテルだから、紅茶を熱心に売ろうという気がないのでしょう。 ホテルの敷地(http://www.wildmahseer.com/) ホテルに到着 七時過ぎ、ホテルに到着(19:11)。
松森さんとバサントさんが手続きをしている間(写真下左)、私たちはウエルカム・ドリンクでホッとしています(写真下右)。暑いので、ようやくジュースがおいしく飲めるようになりました。
七時半からホテルのレストランで食事です。
おもしろい料理があるので頼んでみました。写真下のように、ピンポン玉のような中空のフレークがあり、料理人が穴をあけてその中にポテトサラダのような具を詰め込みます。それで渡されたのが写真下左で、椀のスープを中に入れて食べるらしい。しかし、最後まで食べ方がわかりませんでした。スープを中に入れたら、フレークは壊れてしまうし、ピンポン玉ほどもあるフレークをそのまま口に入れるのは無理。また、見た目の予想どおりの味で、苦労しても食べたいというほどではありません。
ピンポン玉はイマイチでしたが、インドで生野菜が食べられるのが、こういうホテルの良いところです。
写真下が今日の私の部屋です。前回と同じ配置で、ベッドの上に飾ってある絵が違います。民族衣装の女性で、薄暗い部屋で目線が合うと怖い(笑)。
もう一つの違いがトイレとシャワーがガラス戸で仕切られていることです(写真下右)。こうしてみると、前の部屋のシャワー室もガラスの仕切りがなかったのではなく、単に壊れたので、取り外したままになっていたのでしょう。インドらしいいい加減さです。
このホテルの個人的な評価は前回同様に、おまけして4.0で、満足です。しばらくぶりでネットにも接続できて、テント生活の後だと何でも天国に見える(笑)。 トップページ 日程表 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 |