トップページ 日程表 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 チリ・アンデスの奇妙なスミレたち 2日目 2019年12月11日(水) (ロンドン) → サンティアゴ → ポルティーヨ イギリスを出た飛行機は大西洋を南下して、南米大陸へ近づいています(イギリス時間05:34)。
飛行機が南米を縦断して、チリに近づいた頃、ようやく青い窓が解除され、外の風景が見られました(09:44)。ちょうどアマゾンを縦断して、アンデス山脈に入ろうとしています(写真下右)。
朝食です(10:29)。つまり、後二時間ほどで到着するらしい。 やがて窓の外にわりとなだらかなアンデス山脈が見えてきました(写真下)。 このあたりはアンデス山脈の中でも中央アンデスと呼ばれ、標高4000mくらいに広大な高原が広がる地域です。
夏といえ、標高4000mも珍しくないアンデス山脈なのだから、雪山を期待したのに、ほとんど雪がありません。これはちょっと意外でした。アンデス山脈でも、地球温暖化で氷河がどんどん溶けだして縮小していることが報じられています。
2019年9月にあった国連気候行動サミット2019(UN Climate Action Summit 2019)での小泉環境大臣の発言に失望しました。マスコミでは彼のセクシー発言ばかりが取り上げられているが、あんなのはどうでも良い。それよりも、日本の石炭火力発電技術がいかに優れているかなどという時代錯誤の主張が、世界的な嘲笑の対象になっていることを知らないのは彼の勉強不足です。日本は今でも新規に石炭火力発電所を作る計画があるのをご存じですか。地球温暖化への世界の危機感から日本は遠く離れている。
飛行機は高度を下げ、薄いモヤの中に突っ込んでいきます(写真下)。
やがて住宅地や畑が見えてきました(写真下)。
ようやくチリに到着 サンティアゴにある国際空港(Aeropuerto Internacional
Comodoro Arturo Merino Benítez)に到着しました。日本との時差はちょうど12時間です。チリ時間で12月11日09:44、イギリス時間で12:44、日本時間では21:44です。成田を発ったのが12月10日12:35ですから、ほぼ33時間かかったことになります・・・ひたすら疲れた(笑)。前回、2015年にチリからアメリカ経由で成田に戻った時は約29時間でした。乗り換え時間が違うから比較はあまり意味がないが、どちらにしろ、長い。
この空港は横長の建物が一つあるだけで、国際空港にしてはわりと小さい。 植物ガイドのパトリシオ・ロペスさんと合流しました。学者肌のとても穏やかな人です。私は四年ぶり、もう一人のお客さんは三年ぶりの再会です。
大型バスに11人ですから余裕です。普通、毎日座席を変えるのですが、最後部は人気がないので、私の指定席になりました。悩まなくても良いから楽です。
今日はこれから、サンティアゴの北東にあるポルティーヨまで行きます。ポルティーヨは標高2800mほどのアンデス山脈の中のスキー場で、アルゼンチンとの国境近くです。 空港はサンティアゴの西側にあるので、市内には入らず、北に向かいます。
道路の両側にはアカシアが生えています。この光景には四年前の記憶があります。
写真上下 Acacia caven
耕作地に使える所にはブドウ畑が広がっています(写真下)。日本の輸入ワインはチリが2015年から連続五年トップです。
雪山を写すためにバスを停めました(写真下)。南米最高峰のアコンカグア(6,960m)です。ただ、遠くて霞がかかっているのであまり良い被写体ではありません。山頂部分の雲の形から、強風が吹いているのがわかります。
空は晴れて、空の高い所では強い風があるらしく、日本なら秋に見られるような筋雲が流れています(写真下)。
畑のそばにあったピンク色の花がきれいなので、熱心に撮っていると、「このあたりのはすべて外来種です」と言われて、急に意欲がそがれた(笑)。
写真上下 Oenothera rosea
写真下も撮ってから意欲をそがれたヒルガオで、欧州からの外来種です。 写真上 Convolvulus arvensis 写真下は四年前にもチリで見て、とても気に入ったバス停です。統一された瓦屋根と土壁で出てきて、雰囲気が良い。日本のバス停の多くは屋根さえもありません。こういう公共的な物に余裕がないのは、文化的な貧しさです。ただ、チリでも都市部ではこういう情緒のあるバス停は消えつつあります。
谷川に沿った道を上流に向けて進みます。道の両側には時々、人家が見られます。
上流に行くにつれて、大きな樹木は消えて、写真下右のようなシャボテンが現れました。
人家が消えた頃から、両側の山が迫り、道は谷川に沿って高度を上げて行きます(写真下)。
やがて道は谷の奥に達して、そこから峠を目指して七曲りの斜面を登ります。
道は急な斜面をうねうねと曲がりながら登って行きます。すれ違うのは大半が大型トラックで、アルゼンチンとの国境がこの先にありますから、物資の輸送トラックでしょう(写真下)。
ホテルは標高2800m 七曲りの坂道を登り切った所にあるホテル・ポルティーヨ(Hotel Portillo)に到着しました(13:47)。このホテルの名前は他にもCentro de ski Portillo、Chalets Hotel Portilloなどがあり、いずれもこの真黄色いホテルのことです。
(https://www.skiportillo.com/en/)
ホテルのレストランで昼食です(写真上右、13:57)。ここは目の前にインカ湖(Laguna del Inca O del
Portillo)がある素晴らしい眺めのレストランです(写真下)。 レストランの従業員が私をわざわざ呼び止めて、店内に流れている音楽を指さします。胡弓の演奏で、つまり私たちを中国人だと思っている(笑)。私はすぐに、これは中国の音楽で、私たちは日本人だと言ってしまいました。せっかく気をつかってくれのだから、お礼だけ言えばよかったのに、よけいなことを言ってしまった。
たいていレストランは飲み物は別途料金なのに、ここは小瓶のワインとミネラルウオーターは食事に付いてきます(写真下右)。
ロゼットヴィオラ 食事を終えて、一休みの後、山に登り、いよいよロゼットヴィオラを探します(15:28)。花などありそうもない標高3000mの瓦礫の斜面です(写真下)。
ありました。瓦礫の斜面に松ぼっくりか、キノコみたいなのが生えています(写真下)。これがスミレだという。私は今年九月にエクアドルでロゼットヴィオラを見ているものの、何度見ても、これがスミレだということに驚かされます。しかも、これで花が咲いている。
写真上下 Viola atropurpurea
松ぼっくりの頭の部分を見ると、何か芽のようなものが出ていて、これが花です。何だか、良くわからないので、カメラで拡大してみましょう。
老眼では何だかわからない花を拡大したのが写真下です・・・なんだ、これ?色も形も奇妙だが、何より奇妙なのが、花弁の上に生えている白い綿毛です。カビじゃないよな(笑)。 写真上下 Viola atropurpurea 白い毛のような物を拡大したのが写真下で、小さな花びらのようなものが密に生えていて、しかも、白だけでなく、薄いピンク色もあります。拡大してもやっぱり何だかよくわからん。虫を集めるために、白い毛を生やして目立つようにしたのでしょう。ネット上での写真では、ここのように両側の二つの花弁だけでなく、残りの花弁にも生えた「ひげ面」もあるようです。
花に、頭が茶色で腹が黒いアリがいて、蜜を集めているらしい(写真下)。アリと比べてもわかるように、花は小さい。
写真下は雄しべか雌しべか、緑色の突起物が見えます。
このスミレはチリの中部と隣接するアルゼンチンに分布し、ここでは花弁が濃い紫や写真下のようなやや茶色ですが、他にも黄色、白などもあるようです。
たぶん写真上が完全で、写真下は白いヒゲが少なく、イマイチの開花です。
黒いロゼットヴィオラ すぐ近くの斜面に別なロゼットヴィオラがあります(写真下)。
写真上下 Viola montagnei
一つ目のロゼットヴィオラの鱗で覆われたような姿と違い、こちらは葉と葉の間に隙間があります。その代わり、葉にたくさん毛があって、これが防寒か、防水かわかりません。
花弁の表面に白く汚れているように見えるのは、細かい毛のような物が生えていて、ホコリが付いたように見えるのです。先ほどのロゼットヴィオラはその一部が白く伸びてヒゲのようになったのでしょう。
花弁の色は、写真下の花弁の黒と白の境目を見ると、実は濃い紫なのがわかります。
花の大きさは前のロゼットヴィオラとほぼ同じです。
ヴィオラ以外の花 写真下など、よほどスミレみたいですが、ゴマノハグサの仲間です。チリ中部とアルゼンチンの山岳に分布し、標高4500mまで生えているというから、かなり丈夫な植物です。
写真上下 Melosperma andicola
写真下は、学名にパタゴニアが入っているから、チリ南部のパタゴニアに生えているかと思ったら、このあたりのチリの中央部とアルゼンチンに分布する植物です。根茎に甘味があり、食料として使われるようです。 写真上 Arjona patagonica
写真下はセリの仲間だと言われてもピンと来ない。ちょっとしたお花畑を作っています。 写真上下 Laretia acaulis
ネット上の写真を見ると、この植物は密に生えて絨毯のように地面や岩を覆い尽くすようです。チリやアルゼンチンの高山に分布します。 黄色い目立つ花が少し咲いています(写真下)。翌日、もっと良い被写体を見つけました。
写真上 Tropaeolum polyphyllum 写真下は見るからに日本にも入ってきているセイヨウミミナグサです。欧州や北米が原産地とされていますから、外来種かと思ったら、ここのも自生であるという議論があるようで、こういう小難しい議論は専門家にお任せします。
写真上下 Cerastium arvense
写真下がナスの仲間だと言われても、いま一つピンときません。葉がロゼット状に広がる様子を見ると、ますますナスとはイメージが違う。アルゼンチン北西部からチリではここよりも北部に分布します。
写真上 Jaborosa caulescens
写真下のきれいな花がスベリヒユの仲間と聞いて、これまた驚きです。スベリヒユは私の畑にも生えている雑草で、茎や葉に水分を蓄えているので、ボテッとした植物で、花も咲いているかどうかわからないくらいの小さな黄色い花です。こちらの花は園芸用としてそのまま使えそうだし、葉も多肉植物のような日本のスベリヒユとは似ていません。 写真上下 Calandrinia andicola
チリとアルゼンチンに分布します。
ピンク色の花はアヤメの仲間です(写真下)。チリもこのあたりの中央部に分布する固有種です。
写真上下 Olsynium philippii 写真下は全体的な外見からはニワゼキショウを連想します。日本で普通に見られるニワゼキショウは北米原産らしいから、似たような品種がここにあっても不思議ではありません。ニワゼキショウに比べると、こちらのほうが背が高く花も大きくてピンクなので、きれいに見えます。
写真下のカルセオラリアは今年の九月に南米のエクアドルでこれの仲間をたくさん見かけました。アツモリソウのような、花の下の袋はいったい何のためにあるのかといろいろと考えた植物です。ここは花が終わりかけており、良い被写体があまりありません。チリ中央部以外では、アルゼンチンに主に分布します。
写真上 Calceolaria germainii インカ湖の散歩 ホテルに戻り(17:42)、七時半から夕飯と聞いて、私はそのままホテルのそばのインカ湖の散歩に出かけることにしました(写真下)。衛星写真で、湖に沿って道があるのを見ていたからです。
写真下はホテルの壁にかけてあった写真で、昔はこの湖でヨットなどを楽しんだのだ。今回は舟は見かけませんでした。 ちょうど同じ方向に行こうとしているお客さんがいたので、一緒に行くことになりました。では、夢幻旅行社のオプショナルツアー「インカ湖を巡る花のツアー」に出かけましょう(笑)。
道端の瓦礫の間に少しだけ花が咲いています(写真下)。
写真下はキクの仲間で、まるでドライ・フラワーです。ここのはそれほど背が高くありませんが、2mくらいまでなるようです。チリとアルゼンチンのアンデスに分布します。
写真上下 Chuquiraga oppositifolia 湖に沿って山道があり、危険な所には柵もあります(写真下)。
Leucheriaは南米にのみ分布するキクの仲間で、写真下はチリ、アルゼンチン、ボリビアなどに分布します。
写真上下 Leucheria congesta
写真下はキクの仲間で、チリの中部から南部にかけて咲いています。
写真上 Perezia carthamoides
先ほども見たピンク色のスベリヒユやアヤメの仲間が生えています。
写真上 Calandrinia andicola 写真上 Olsynium philippii 写真下は長い刺のついたメギの仲間で、チリとアルゼンチンの南緯30°以南に分布します。青い実がなり、これをある種のトカゲが食べて、種を新しい土地にまいてくれます。 写真上 Berberis empetrifolia
マメの仲間が何種類か咲いています。写真下は茎が長いわりには花が少ない。
写真上 Adesmiaの仲間 写真上が立ち上がっているのに対して、写真下は地面を這っています。 すぐそば斜面に紫色のマメの仲間が地面を這っています。いずれも数は少ない。
スキー場のホテル 七時半からホテルのレストランで夕飯です(写真下)。前菜もメインディッシュもチリのサーモンで、今回もワインと水は無料で付いています。
レストランから見る外はまだまだ明るい(写真下)。夏時間なのかとパトリシオさんに聞いてみると、夏時間は1~2月で、今はまだ夏時間ではないという。サンティアゴが南緯33度、東京が北緯35度ですから、日本の夏と事情は似ています。 ホテルの壁にレトロな雰囲気のポスターが貼られています(写真下)。スキー場は1930年に作られたとネットでは紹介され、この黄色いホテルが描かれていますが、いくらなんでもこのホテルの建物が80年たっているとは思えませんから、ポスターそのものは1960年代の物でしょう。
このスキー場が有名になったのは1966年のThe 1966 Alpine World Ski
Championshipsからです。その頃の様子らしい写真が壁にかけてあります(写真下)。
壁の写真でもう一つ目を引いたのが鉄道です(写真下)。どうやら、このホテルのある峠まで列車が走って、スキー客を運んでいたらしい。冬にあの七曲りの急斜面を自動車で来るのは非常に危険で、列車は正しい選択でしょう。
トランザンダイン鉄道(Transandine Railway)と言って、1910~1984年まで運行していたという。豪雪地帯らしく、写真下左の除雪車(Rotary snowplow)の羽は直径が3m以上ありそうです。
ホテルに来る途中の道に並行して、線路やトンネルが見られました(写真下)。
この鉄道は完全には廃止されておらず、写真下のように下流域では現役です。コンテナのような貨物は銅鉱山からの銅鉱石です。写真下右は翌日で、コンテナはありませんでしたから、活発に使われているようです。
写真下が私の部屋です。お湯を循環させる方式の暖房設備はあるが、暖房が入っていません。夜10時すぎにいったん暖房が入り、夜中にいったん止まり、朝方にまた入りました。
バスタブもあり、ゆっくりできそう(写真下右)。
窓からの風景も素晴らしい(写真下)。私たちがホテルに泊まれるのはラッキーで、前回のツアーでは写真下右に見えるオクタゴノ(Octogono Portillo)という八角形のロッジに宿泊したそうです。ロッジですから、設備はここより悪い。ホテルはスキー客用で、客の少ない夏は閉鎖して、ロッジのみの運営らしい。私たちも最初はロッジに宿泊する予定で、日本にいる時に松森さんのところにはこのロッジの見取り図が届いていたそうです。今回は私たちの他にも泊り客がたくさんいたので、運よく、ホテルに宿泊できたのです。
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