トップページ 日程表 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 アムネマチンと黄河源流の花 9日目 2013年7月10日(水) 瑪沁→達日→久治 七時に起床。相変わらずの曇り空です。一時的に停電がありましたが、間もなく復旧。 八時からホテルのレストランで朝食。自由に取れるという点は良いが、朝から辛い食べ物が大半です。辛さは味覚ではなく、刺激にすぎませんから、過剰な辛さは味覚細胞を破壊します。
ホテル前で出発の準備をしていると、ゴミ集めの車がやってきました(写真下)。音楽を鳴らしている点を除けば、日本と同じような車両です。おもしろいことに、ゴミを車の中に入れるのは捨てる本人です。コックの姿をしたホテルの従業員と、赤い制服を着た女性の従業員も飛び出して来て、ゴミを投げ入れていました。
九時の予定が周さんと張さんが遅れて9:22にホテルを出発。 今日は、瑪沁(マチン)から達日(ダルラ)を経由して久治まで行きます。大半が四千メートルの高地ですから、途中の峠などではブルーポピーなどが期待できます。移動距離が四百kmもあるので、私は達日で一泊することを提案したのですが、烏里さんによれば、道が良いので花を見ながらでも久治まで行けるとのことでした。実際、下の地図に通過した時刻を記載してあるように、日没前に久治に到着しました。 烏里さんはホテルの近くにあるお寺に立ち寄りましたが、特に被写体になるような物もありません(写真下左)。道路いっぱいに広がって歩くヒツジのほうがよほど面白い(写真下右)。
ガソリンスタンドに寄りました。でもトイレ無し(9:36~9:48)。ガソリンの値段は7/2の二郎山峠で7.27元、7/5の馬尼干戈で7.59元ですから、ここの7.15元は今まで一番安い。 101省道を南下します。道の両側は川にそった平地が広がっています。
平地がなくなり、山の斜面が迫った頃に赤いケシを見つけて車を停めました(3810m,
10:07)。メコノプシスの仲間では唯一赤い花を咲かせます。今回の旅行では初めて見つけました。
写真上下 Meconopsis punicea (『世界のワイルドフラワー Ⅱ』p.126) 前に四姑娘山で見た時は、写真上のように花弁にシワが寄っていました。開花しても、花弁が開花前の折りたたまれていた時のシワがそのままなので、私はてっきりこういう花なのかと思っていました。ところが、写真下を見てください。シワがよっていない。シワがよっているというのは私の思い込みだったようで、プニケイには失礼しました(笑)。
写真上 Caragana jubata (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.402)
写真上 Nardostachys jatamarisi (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.128)
写真上 Caradamine macrophylla (『世界のワイルドフラワー Ⅱ』p.534)
写真上:Oxytropis lapponica (『ヒマヤラ植物大図鑑』p.416) 写真上 Pedicularis oederi (Guide to the Flowers of Western China,
p.453)
青珍山峠までの道は新道が出来ていて、旧道をヤクがのんびりと歩いています(写真下右)。
青珍山峠を通過(10:39)。
峠を下がった所にある青珍郷を通過(10:50、写真下)。
道のそばで若い坊さんたちがサッカーをしています(11:04-11:16,
4010m)。ここでテントに泊まっているようで、一種の修学旅行でしょうか。
彼らがいる草原にも黄色いケシが生えています。 写真上右:Oxytropis lapponica (『ヒマヤラ植物大図鑑』p.416)
写真上左 Aster souliei (『世界のワイルドフラワー Ⅱ』p.88) 写真上右 Anaphalis nepalensis (『ヒマヤラ植物大図鑑』p.82)
写真上 Pachypleurum xizangense (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.344)
安拉峠(垭口)を通過(11:31)。
道端に大きな石碑のような看板があります(写真下)。縦に折り目が付いていますから、ポスターを張ったようです。「保持水土資源 造福子約后代」とあり、たぶん「自然や資源を保護して、子孫に幸福を約束しよう」というくらいの意味でしょうか。 中国はこの種のスローガンが実に多い。個人的にはスローガンは好きでもないし、信じていません。「○○を守ろう」という呼びかけがあるということは、実際にはほとんど守られていないことを意味します。
甘徳の街の手前で中国らしい真っ赤な看板が目立ちます(写真下、11:44)。地方政府が模範的な村を建設するというくらいの意味でしょうか。写真下左は先ほど通過した四十キロほど北にある青珍郷にあった看板で、まったく同じ標語なのをみれば、このあたり一帯で進めている政策のようです。
写真下の住宅がその建物らしく、道路脇には建築中の建物が並んでいます。たぶん、遊牧民の定住を促進するつもりなのでしょう。
甘徳の街を通過しました(11:48)。街の中は建物も道路も工事中だらけです。
甘徳まででようやく84km走り、昼食を取る予定の達日(ダルラ)まではまだ50kmもあります(写真下左)。
走っていて目につくのは、金ピカの寺院です。いずれも真新しい。まるで日本のお城みたいに天守閣がある。日本もそうだが、仏教はお釈迦様の時代とは似ても似つかない姿になってしまいました。
広々した草原のど真ん中にテントを張って生活するのは気持ちも豊かになるでしょうね。ただ、テントの素材が昔からのヤクの毛で作った黒いテントではなく、たぶんビニール製の白いテントなのがちょっと残念です。白なら明るいから使いやすいのでしょう。
周囲の牧草地でよく見かけるのが写真下のパラソルがあちらこちらにあります。経典や仏画を印刷した布をなどをロープにくくりつけているようです。
道の左側に大きな河が見えて来ました。黄河です。瑪多の近くで見たあの黄河とここで再会です。
黄河の周囲は平らな牧草地になっています。河のそばだから水が十分にあり、質の良い牧草が採れることでしょう。ただ、テントの数のわりには家畜がいません。
大きく曲がる黄河に沿ってさかのぼって行くと、やがて河の向こうに街が見えて来ます(写真下)。
物乞か巡礼か 黄河にかかる達日黄河大橋を渡ると(写真下左)、対岸の街が達日(ダルラ)です(12:36)。
達日はチベットの地方都市という印象です。南北に大通りがあり、その両側に街並みが続いているだけで、目立つような大きな建物はありません。
街並みはチベットらしさはありません。ただロータリーの真ん中にあるモニュメントはマニ車をイメージしたものであることや(写真下左)、街中をヤクが歩いているのはチベットらしい(写真下右)。
街並みにはあまり特徴はないが、歩いている人たちの服装はやはりチベットです。
ここでもマスクをかけている女性が多い。
昼食のために街の中の食堂に入りました(写真下、12:44-13:34)。中は四つほどのテーブルがあり、どうやら2階も部屋があるようです。
奥が厨房になっていて、奥さんらしい人が料理を作っています(写真下)。
料理を待っている間に、母親と少年の親子連れらしい二人が入ってきました。彼らの注文したのがチャーハンだったこともあり、我々よりも早く食事が始まりました。その直後に、物乞の女性が入って来ました。写真下の中央にリュックサックを背負った女性が物乞で、母親は物乞の陰になっています。見ていると、母親はいくらか物乞にお金を渡しました。私の所にも来るかと待ち構えていると、物乞はそのまま店を出ました。 彼女を含めて立て続けに二人、女性の物乞が入ってきました。物乞と言っても、写真下を見てもわかるように、物乞をしなければ、普通のチベットの女性です。チベットにはいわゆるコジキとは違い、巡礼などの旅行中は助け合うという習慣があるようです。二人がどちらなのかわかりません。 親子が食事を終えて出ていくと、前後して入ってきたのが写真下の親子です。中年と、妊娠中の若い女性、若い男性が一人、女の子が四人で、たぶんその内の二人は双子です。様子から推測するなら、妊娠中の若い女性が四人の子供たちの母親で、男性が父親、中年の女性が子供たちの祖母でしょう。 父親の上着には警察のワッペンがついています。平日の日中に警察官がこんな所で家族と一緒にいるのは奇妙なので、烏里さんに質問すると、彼は警官ではなく、上着は買ったのだろうとのことでした。
一人っ子政策の中で子供が四人でまもなく五人になるというたいへん面白い光景です。こういう光景を見ればわかるように、チベット人の生活は貧しくはありません。 郊外の山の斜面にはタルチョが一面に飾られ、金ピカの寺院が並んでいます。タルチョなんて無意味な物を飾るなら、山の斜面の色が変わるほどに花を植えてくれれば良いのに。
看板には「達日県森林生態林保護区」とあります。写真下左は13:27分に、写真下右は16:00に撮影したものです。つまり、百キロ以上も広範囲にわたり保護区だということになります。でも、「森林」とはどこにあるのでしょう。四千メートル前後の高地ですから、木など1本も生えていません。
道は黄河の支流に沿って上っているが、平坦で比較的順調です。
写真下左は競馬でしょうか。それにしては馬がいない。
ラケモサ 徳昴郷の手前の道端に青いケシが現れたので車を停めました(4015m,
~14:51)。ラケモサです。アムネマチンで見たホリドラと違い、一つの茎に複数の花が付いています。
うれしいことに、ここのは一部二番咲きもあるが、大半が一番咲きです。
写真上下 Meconopsis racemosa (『世界のワイルドフラワー Ⅱ』p.98) 青いケシは奇妙な事に青以外の色も多く、ラケモサもそうです。ここのはちょっとボケたような青が特徴です。写真下の個体には青の中にピンクが混ざっています。
ここのラケモサは咲き始めが多い。花の下に玉のような蕾がぶらさがっています。つまり、今から次々と咲いていくのです。
この斜面で私が最も気に入った色の花が写真下です。青いケシですから、紫が混じってしまうと、普通はイマイチです。ところが、この花だけは青から薄紫に、水彩の絵の具がにじんだような微妙な色をだしています。 写真下もとてもおもしろい個体です。色もさることながら、二重(八重?)咲きで、花弁はシワクチャです。咲き終えようとして花弁が枯れ始めてシワがよったのではない証拠に、オシベはまだ白い。つまり、このシワクチャの状態が一番開いた状態のようです。 青いケシを撮っていておもしろいが、このように色や形に多様性があり、変種が多いことです。もっとも、そのために分類学者泣かせと言われています。私は分類学者ではないので、うれしいだけで、泣きません。
ケシの青と対照をなしているのが写真下のピンクのノウゼンカツラの仲間です。
写真上 Incarvillea compacta (Guide to the Flowers of Western China,
p.466)
写真上左 Pedicularis angustiloba (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.156) 写真上右 Pedicularis roylei (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.158) 道端に生えた巨大なダイオウの仲間を見つけて車を停めてもらいました(写真下)。アムネマチンでも村落の道端に生えていました。こちらは数も多い。
写真上下 Rheum australe 道端が好みらしく、道から離れた所には生えていません。
大半のダイオウは花が白いのに、中に写真下のような茶色もあります。これが花の終わりかけだからこんな色をしているのか、それとも元々こんな色なのか良くわかりません。
写真上 Dracocephalum heterophyllum (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.192)
写真上 Ajuga lupulina (『世界のワイルドフラワー Ⅱ』p.123)
写真下は、花の外見からはトリカブトの仲間のように見えます。ただ、色はさえない。この花はもしかして、7月7日の黄河源流から瑪多に戻る途中にたくさん生えていた植物ではないでしょうか。あの時は花が咲いておらず、どういう種類なのかわかりませんでした。
黄色いケシ 斜面一面に黄色いケシです(写真下,
15:16~,)。大群落が数キロにもわたり続いています。黄色いケシは6月中旬には咲き始めるので、花のピークはすでに過ぎています。これが真っ盛りの時期に来ていたら、どんな光景なのでしょう。
ここだけでなく、今日走った道路脇には何度か黄色いケシの群落がみられました。さっそく降りて、撮影します。
写真上 Meconopsis integrifolia (『世界のワイルドフラワー Ⅱ』p.126)
写真上下 Meconopsis punicea (『世界のワイルドフラワー Ⅱ』p.126) 満掌郷を通過(15:58、写真下左)。ここまでの道端には青いケシなどがよく見られました。満掌と白玉は直線にすると二十キロもないのだが、山をぐるっと迂回するのでなんと75kmもあります(写真下右)。
遊牧民たちものんびりした雰囲気です。
黄色いキンポウゲの咲く草原でヤクがのんびりと草を食べている。とてものどかな光景です。
家の壁にチベットらしい模様がついています。雨がぱらついて来ました(3690m,16:12)。
多貢麻寺を通過(16:19)。寺という名前がついているから、ここもお寺だらけの街かと見たが、道路の脇にはありませんでした。
道端にたまに仏塔が見られるが、その頻度は四川省のチベットに比べてずっと少ない。新しく建築されているお寺にも仏塔は意外に少なく、四川省と青海省で、チベット仏教でも信仰に微妙な違いがあるようです。
真新しい寺院のある多並布を通過(写真下左、16:35)。多並布の「並」は当て字です。道をまっすぐいくと208省道になり、18km先に班玛という街があり、我々は左に折れて101省道を白玉に進みます(写真下右)。目的地の久治まであと155kmです。
上の地図を見てもわかるように、多並布で方向を変えて、乌可河という先ほどまでとは別な河に沿って上っていきます(写真下)。
河に沿った牧草地では遊牧民たちが放牧していて、ここも圧倒的に白いテントが多い。
ヤクの毛で作った黒いテントから煙が出ているのを見ると(写真下)、なんとなくホッします・・・遊牧民でもない私がホッとしてどうするのだ(笑)。
白玉の看板 白玉を通過(17:13~)。目的地の久治までここから120kmもあります。
白玉は、道沿いに行けども行けどもお寺の敷地というすごい光景です(写真下)。大型のクレーンを使い、なおも建築中です。
街はチベットとしては普通です。だが、他のチベットの街にはない意外な物を目撃しました。店の看板です。
写真下のように、白玉の店の看板は非常に興味深い。まず紫色に統一されています。そして、統一された看板にはチベット文字しかありません。これは中国ではかなり珍しい。私は初めて見ました。
たいていのチベットの街の看板は、写真下のように、上にチベット文字があり、下に中国語で書かれ、たいてい中国語のほうが大きい。写真左もこの街の看板ですが、この街ではかなり例外的です。 また、下の写真の3枚の看板は左下に小さく中国語で書いてあります。写真下左では「湖南商店」「甘粛商店」、写真下右は「甘粛商店」とあります。別な店なのに同じ名前です。甘粛省と湖南省という省があることから、これらは店の名前ではなく、店主の出身を意味しているのかもしれません。
いずれにしろ、看板を統一して、しかもほとんど漢字を使っていないことを見てもわかるように、白玉の街全体で行われていることです。チベット人たちの強い意思が感じられます。中央政府からは反発を買いそう。
霧雨の中の赤いケシ 斜面にまた赤いケシを見つけて停めました(18:01-18:20,
4190m)。斜面はお花畑だが、あいにくの霧雨です。
写真上下 Meconopsis punicea (『世界のワイルドフラワー Ⅱ』p.126)
他のケシと違い、赤いケシは花が下に垂れており、しかも、花弁もまた開ききっていないような状態です、たぶん、これはこの花の受粉のための作戦ではないでしょうか。虫を寄せるのには赤い花弁があれば十分で、むしろ虫に留まって花粉を運んでもらうことが重要です。そこで、花弁を下向きにして半開きにすることで、今日のような霧雨でも虫は雨に当たらないし、風が吹き込みにくいから、少し温度も高いはずです。虫にちょっとでも長く滞在してもらうためにこんな奇妙な花の咲かせ方をしているでしょう。
この斜面のイブキトラノオは大半が白です。
白いイブキトラノオの次に多いのが、写真下のマメの仲間です。
写真上 Hedysarum alpinum (Guide to the Flowers of Western China,
p.333)
写真上 Pedicularis roylei (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.158)
写真上 Pedicularis plicata Maxim. subsp. plicata (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.163)
写真上 Soroseris hookeriana (『世界のワイルドフラワー Ⅱ』p.69)
写真上 Rheum delavayi (Guide to the Flowers of Western China,
p.162) 写真下はまだ花が十分には開いていません。紫の花の周囲が綿のような物で覆われていて、きれいです。 写真上 Veronica
cephaloides
写真上 Trollius farreri (Guide to the Flowers of Western China,
p.111) 写真上 Corydalis govaniana (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.568) さらにいくつも峠を越えて 霧雨程度だったのが、途中から雨が本格的に降り始めたので、撮影を中止しました。おかげで道は泥道です。幸い、雨は長くは続きませんでした。
扎拉山峠(垭口)を通過(19:11)。
曇り空で薄暗いので見えにくいが、道路脇の山の斜面一面に花が咲いています。
峠を下りて、明日訪れる予定の年保玉則の入り口で休憩です(19:17~19:24, 3840m)。年保玉則の湖や山へはここが入り口で南側にあります。
あたりは風があって寒いのに、この子供は片足が裸足です(写真下)。二人とも夕暮れを楽しんでいるが、私など寒くてとてもこんな所に座っていたい気分ではありません。身体のつくりが違う。
写真上 Ranunculus brotherusii (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.630) 子供たちが見ている風景が写真下の夕暮れのチベット高原です。寒くさえなければ、私もしばらくここでたたずんでいたいような、のんびりした風景です。地面が黄色く見えているのは、写真上のキンポウゲです。日本でいえばちょうどタガラシのような花で、違いは花の数が多く、一面に咲いていることです。キンポウゲなのでたぶん毒性があり、ヤクも食べないのでしょう。
年保玉則から目的地の久治までまだ五十キロほどあります。年保玉則から再び山を登り、最初の峠が紅土峠で(19:28)、このあたりの峠はいずれも四千メートルを越えています。
斜面にいるのはヤクだけでヒツジはいません。
乱石頭峠を越え(19:28、写真下左)、年保玉則から流れてくる川にかかる黒河橋を渡りました(19:57、写真下右)。
最後の峠・桑赤山峠を通過すると(20:04、写真下左)、道は下り坂になり、前方の谷の向こうに街が見えてきました(写真下右)。
天然模様のコップ 日没前に久治(Jiǔzhì)に到着(20:22,
3485m)。 今日のホテルは、一カ所目は満室で断られ、街の東側の西姆措賓館(久治县西姆措宾馆)になりました。写真下左のように、部屋数が東西にたぶん50室ほどの中国としては中級ホテルです。
壁にはチベットらしくタンカ(仏画)が飾ってあります。ただし、飾り方からすると、信仰というよりも装飾的です。
荷物を部屋に入れて、近くの店でだいぶん遅い夕飯を取りました(21:05-21:22、写真下)。
店の壁には明日訪れる予定の年保玉則の風景写真が飾ってあります(写真上右、写真下)。 私は例によって、出された食べ物の内、辛くない物だけを選んで食べます。たいてい肉類は食べられません。私は先に食事を終えて、まだ飲んでいる他の三人を残し、一人でホテルに戻りました。 写真下が今日の私の部屋です。一時停電もありましたが、すぐに復旧しました。ネット接続はここもダメだが、全般に清潔です。洗面所にはシャワーカーテンもあり、洗面台がびしょ濡れにならずに済みます。
洗面台の蛇口がおかしく、水を出すと洗面器の中ではなく、周囲に水が飛び散る。おかげで、そばにおいてある歯ブラシや櫛の紙の箱は全部湿っています。
ここでの一番の傑作が写真下の洗面所にあったコップです。これは模様の入ったコップではなく、透明なコップです。年季の入った天然模様に私は見惚れて、この感動を皆様にも伝えようと、見たままに写るように何枚も写真を撮りました。客が使った後、ここの水道で軽くゆすいでそのままなのでしょう。もちろん、これに口をつけることは論外です。 賭博禁止の張り紙もあります(写真下)。初めて見ました。ホテルの部屋に貼ってあるということは、このあたりでは賭博が良く行われているということでしょう。 設備はこのようなものだが、値段が260元(4524円)ですから、そんなに安いホテルではありません(写真下)。ネットの設備はあるようだが、機能していない。ただし、これはホテル側の問題なのか、久治そのものが接続させないのかわからないので、ネット接続はマイナス点に入れないとして、このホテルの評価は3.0、つまりいくつか問題はあるが、もう一泊してもかまわないホテルです・・・とにかくあの洗面台の天然模様のコップはすごく、特別賞をあげたいくらいです(笑)。 トップページ 日程表 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 |