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10 11 12 3日目 2012年6月5日(火) 香格里拉滞在 七時起床。部屋の温度17.4℃で、3200mの高地にしては予想したよりも低くありません。外は青空が見えます(写真下)。 ホテルのレストランで八時から食事です。レストランに行くまでのガラス張りの通路はなかなか素敵です。 しかし、これだけ立派なホテルの朝食も、中国の例外に漏れず、必要最小限で、おいしくありません。せめて生野菜や果物くらい出せないものだろうか。 本日は、香格里拉の西にある藍月山谷に行き、その後、市内の古城を散策する予定です。 香格里拉市内はまだそれほど車も人も多くはありません。もっとも、これが普通なのかもしれませんが。 市内のスーパーに立ち寄り、水などの買い物をしました(写真下、9:09)。 レジをしているのはどうやらこの店の子供たちのようです(写真下)。中国の子供たちは一般に良く働く。私はリンゴを、上島さんはバナナを買いました。 道端の花 藍月山谷に行く道路の両側には石が積み上げてあります。何か意味があるのかと烏里さんに聞いてみたのですが、「ない」という明瞭な返事でした。たぶん、仏塔やマニ塚に見立てた飾りなのでしょう。単に景色を壊しているだけのように見えます。ただ、石積みの隣にある木のやぐらはたぶん麦などを干すためのものではないかと思います。一緒に並べてある所を見ると、何か意味があるのかもしれません。 私の関心は石積みよりも周囲にある花です。 写真上 Lathyrus corniculatus (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.424) 写真上下 Erigeron breviscapus (『雲南花紀行』p.177、Guide to the Flowers of Western China,
p.510) 写真上 Oxytropis lapponica (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.416) 写真上 Pedicularis microchila (『雲南花紀行』p.167) 写真上 Anemone rivularis (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.615) 写真上 Stellera chamaejsame (『雲南花紀行』p.161、Guide to the Flowers of Western China,p.341) 写真上 Primula pesudodenticulata (『雲南花紀行』p.127) 写真上 Ranunculus brotherusii (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.630) 藍月山谷の登山口 藍月山谷風景区の入り口に到着しました(9:44)。ここからケーブルカーで石卡雪山の山頂近くまで行きます。 藍月山谷の英語名は、 The valley of the blue moon Blue Moon Valley の二種類が書いてあります。「青い月の谷」というのだから、元々この地域にこんなしゃれた名前がついていたとは思えず、観光開発のために最近付けた名前でしょう。中国はこういうのが多い。 似た名前で有名なのが、麗江にある藍月谷です。麗江は藍月谷、香格里拉は藍月山谷・・・紛らわしい。 山頂の一つである石卡雪山にはケーブルカーで登ります。写真下の建物は寺院ではなく、展示館で、ケーブルカーはこの建物を通って、奥にあります。 ケーブルカーに行く前にトイレに行きましょう。木の板を使ったきれいな水洗トイレです。ドアもあり、中国のトイレとしては十分に合格です。しかし、トイレのドアの立て付けが悪くて閉まらなかったり、鍵がずれて、かからないなど、中国ではよくあるように、作りが荒い。 展示館といっても真ん中に藍月山谷のジオラマがあるだけで、建物のわりには展示物は少ない。これは写真下右の二階も同じでした。 巨木の切り株をテーブルにしているのが印象的です。山が深いからこんな巨木があるのでしょう。鹿も棲息しているようだが、剥製はいつ見ても苦手です。 ジオラマ(写真上)や立て看板の地図(写真下)で碧月山谷全体がどうなっているのか、我々がどのあたりにいるのか確認しようとしたが、なんだか良くわからない。なんとなくわかったのは今からケーブルカーで石卡(shi
ka)雪山という山に登るらしいことだけです。 展示館の右側がケーブルカーの入り口で、ここでお金を払います。実際のケーブルカーは二階から建物を出て、さらに斜面に沿って作られた階段を上ります。平地ならどうということのない登りですが、ここは三千メートルを越えていますから、気をつけないといけません。 ケーブルカーの代金は、チケットには270元と書いてありましたが、実際に払ったのは220元です。ネット上の他の人の旅行記でも同じ額だったとありますから、220元が定価のようです。それでも3080円ですから、中国の物価からみたら、すごい金額です。 シャクナゲの咲く山 ケーブルカーは最大六人乗りで、混んでいないので、すぐに乗れました。客はほとんどいないのだから、私は一人で乗りたかったが、係員から早く乗るように言われて、三人で乗りました(10:21)。 ケーブルカーからは緑豊かな山と、木々の間にピンク色のシャクナゲらしい花も見えます。 山を一つ越したあたりで、眼下に建物と牧場が見えて来ました。これが乗り継ぎ用の途中駅で、牧場に向かってケーブルカーは少し下ります。 約二十分ほどで途中駅の亚拉青波牧場に到着(10:38, 3585m、写真下)。 下の写真はグーグルの衛星写真を加工したものです。衛星写真には入り口の建物やケーブルカーなどの設備は映っていません。つまり、この衛星写真はケーブルカーが作られる前に撮影されたものです。また、ケーブルカーが最近作られた物である証拠でしょう。やはり、藍月山谷は最近つけられた名前です。 この途中駅は、元々は亚拉青波牧場という名称どおり、ここは山の上の比較的平坦な場所だったので、昔から放牧の場として使われていたようです。グーグルの写真には十軒ほどの建物が写っています。 ネットでもここの古い旅行記が少ないことから見ても、最近開発されたばかりなのでしょう。途中駅で下りて、すぐに乗り換えて、先に進みます。 登り始めて間もなく、斜面のあちらこちらで白やピンクのシャクナゲが咲いているのが見えて来ました。 「ちょっと停めてくれ」というわけにもいかず、これだけのシャクナゲをそばで撮れないはほんとうに残念です。 花の形などもわからないので、名前は調べようもありません。 石卡雪山の山頂到着 ケーブルカーの終点に着きました。4190mあります。空気が薄くて寒く、霧雨が今にも雨になりそうなので、私は酸素を吸い、雨カッパを着ました。 ここが石卡雪山の山頂近くのようです。ただし、周囲を見ても、ガスがかかっていることもあって、どれが4449mの山頂なのかよくわかりませんでした。 柵のある木道があるので、四千メートルである点を除けば、登るにはそれほど困りません。 歩道の一番高いところに仏塔のようなものがあり、どうやら、ここが展望台の頂上らしい。看板があり、「碧羅雪山」と書いてあります(写真下)。読みにくい看板から推測すると、晴れていればここから西に25km先にある碧羅雪山が見えるようです。 ここから、麗江の北にある玉龍雪山、我々がこの後に行く予定の梅里雪山など八つの有名な山が見られるようです。あいにく、ガスがかかっていて、近くの山すら見えません。 後でネットで、この山の晴れている時の写真を見ました。確かに眺望はすばらしいし、はるか彼方に雪山の連山があるのはわかるが、率直に言って、そのためにもう一度来てみたいかといわれると、迷うところです。(たとえば、http://tw.myblog.yahoo.com/wxm3338/article?mid=30406) 私は山が目的ではないので、見えなくてもさほど困らないが、問題は花です。 ようやく花の撮影開始 曇り空の上に風が強く、時には霧までかかり、花の撮影には向きません。しかし、天気に文句を言っても始まらないから、撮影開始です。まず目立つのが、濃いピンクのサクラソウです。 写真上下 Primula sinopurpurea (『雲南花紀行』p.128) 上の濃いピンクのサクラソウは比較的大柄なのに対して、もう一種類の薄ピンク色のサクラソウは小柄です。両者の大きさの違いがわかるのが下の写真です。上のサクラソウがたくましいなら、下のサクラソウは可憐です。 こちらはその小さなサクラソウです。大きさと色が違うから区別がつきますが、実は、大きさと色だけではどちらとも区別のつけにくい個体もあります。 風が北西から吹き付けているので、私は頂上から南西側のやや風の弱い斜面で写真を撮っています。こちらは、風はあるが、一瞬だけ弱まることがあり、それがシャッターチャンスです。 写真下は地面に花が落ちているような植物です。短い夏に精一杯花を咲かせて虫たちにアピールしているのでしょう。 写真上下 Diapensia purpurea (『雲南花紀行』p.123) 写真下のサクラソウは西側の風の強い斜面に咲いていた花で、これ一つしか見つけられませんでした。 写真上 Primula amethystine (Guide to the Flowers of
Western China, p.238) 木道のそばの斜面は花は咲いているが、種類も数も多くはありません。環境が厳しいから、元々少ないこともあるでしょうし、ここが開発された場所だから、踏み荒らされ、減ってしまったのでしょう。 このまま花の写真を撮りながら途中駅まで足で降りればシャクナゲも撮れて理想的だが、なにせ地図もなければ時間もない。 写真上下 Oxygraphis glacialis (Guide to the Flowers of
Western China, p.98) 写真上 Astragalus acaulis (『雲南花紀行』p.157) 晴れたのに下山! 東には香格里拉の市内が見えます。 烏里さんは下山すると告げて、先に降りたようでした。私も花の写真をあきらめて降りようとした頃になって、青空が見え始めました。周囲のガスも取れて、山が見え始めました。 青空が見えているのに下山する?しかし、もう私以外の人たちは下山したようなので、残るわけにはいきません。涙を呑んで下山です。あと一時間あそこにいられたら、きれいな写真が撮れたのではないかと、今でも残念です。 では、登りと同じケーブルカーからのシャクナゲをごらんください。 写真下は斜面に生えていた黄色いケシです。これ以外にも何株か見つけました。大きくて見事な花を咲かせています。そばで撮れないのが残念です。 写真上 Meconopsis integrifolia (Guide to the Flowers of Western China, p.125) 上から見ると木々の間にもシャクナゲが咲いているのが見えます。 写真下の白い花はシャクナゲではなく、たぶん木にからみついているノイバラです。 亚拉青波牧場に近づき、上から見ると、木立のあちらこちらに、先ほどの斜面のシャクナゲとは別な薄紫のシャクナゲが生えているのが見えます(写真下)。 黒豚君と昼食 3585mの亚拉青波牧場に戻りました。ここでビスケットやバナナで昼食です。昼食の時間があるなら、青空の見えている山に戻ろうかと思いましたが、昼食が終わりしだい下山するというので、あきらめました。 おっ、こんな高山にもブタ君がいます(写真下)。何かエサでもくれると誤解したのか、私のほうに近寄ってきます。おい、その鼻先をカメラにくっつけないでくれ!と私は慌てて逃げ出しました。ブタ君に追っ払われた。 ブタ君の足下に青い小さな花が咲いているのがおわかりでしょうか。あちらこちらに一面にフデリンドウのような小さなリンドウが咲いています。食後すぐに下山するというので、昼食を中止して、私は花の写真を撮りました。 写真上 Gentiana pubigera (『雲南花紀行』p.119) 写真上 Sinopodohyllum hexandrum (『雲南花紀行』p.146) 薄水色のコリダリスもきれいです。山頂で見かけたコリダリスに比べて、色も薄く、背丈が二十〜三十センチもあり、圧倒的に大きい。 写真上 Fragaria nubicola (『ヒマラヤ植物大図鑑』p.455) 地元のチベット族と思われる女性たちがたくさん働いています。彼らにしてみれば、牧畜などの農業よりは観光のほうが簡単にお金が手にはいるのでしょう。 ケーブルカーに乗って、入り口まで戻ります(13:24)。 写真下をご覧ください。山の右と左でまったく色が違います。茶色の右側が南斜面で、緑の多い左側が北斜面です。日本的な感覚からいうなら、南斜面に緑が多そうですが、ここは逆です。 北側(写真下左)のほうが樹木がより生い茂り、南側(写真下右)は木の丈も低く、まばらなので、地面の茶色が目立つのでしょう。おもしろいことに、ここは赤茶けて環境の悪そうな南斜面にピンク色のシャクナゲが多くみられます。 吠える豚と吠えない犬 藍月山谷から降りて、空港の手前にある農村を訪問しました(写真下)。 衛星写真を見てもわかるにように、戸数が少ないせいもあり、人が少ない。日中だから、出かけているのか、入り口から中庭をのぞいても人がいません。 写真下右はたまたま通りかかって写真撮影に同意してくれたオバサンで、まともに撮れたのはこの人が一人だけです。他にも子供か孫を連れたオバサンがいましたが、こちらは撮影拒絶で、あまり愛想は良くない。 人間がダメなら動物はどうでしょう。写真下左の左側の二匹は黒豚で、我々の姿を見て猛然と「吠えた」。豚がこれほど吠えるのを見たのは初めてで、番犬ならぬ番トンです。それでいて、右側にねそべっているのは黒い番犬です。こいつは番犬のくせで吠えようともせずに寝たままです。吠える豚に吠えない番犬という奇妙な村でした。 こうやって写真に撮ってしまうと、まるでさびれた村のように見えますが、新築している家の立派なことといったら、すごい。写真下左は建築中の家で、使われている柱は直系が七十〜八十くらいある巨木です。日本ではこんな巨木をみつけるのはたいへんです。チベットは山が深いから、まだこんな巨木があるんでしょう。 スジグロチョウとアカタテハの仲間が、道路の水分を吸っています。牛糞も混じっているから、栄養があるのかもしれません。 新しい古城 香格里拉の中心部にある独克宗古城という観光地を訪れました。石畳の道に立派な木造の家があって、それらが店になっています。なかなか良い雰囲気で、私が「すごい」と言うと、烏里さんは、「ここはチベット人の街だが、ここにある家屋はチベット様式ではない。つまり、新しく観光のために作った街だ」と言うのです。 後日訪ねた麗江の古城を真似て観光用に作ったようです。そう言われて良く見ると建物はどれも新しく、古い建物はほとんどありません。麗江の古城に比べて規模が小さく、また観光客の数も少ない。その分、ゆっくりと散策するのには良い。 写真下左では、店の中にいるお姉さんがヤクに狙われている!なんてことはなく、この雄牛は店の前の飾りの剥製です。剥製はどうもねえ、やはり生きているほうが良い。 木造の二階建ての建物はどれも重厚でとても立派な作りです。 細い路地をのぞくと、「客桟」の旗があります。この街の中に民宿があるようです。一流のホテルも良いが、こういう街中の民宿も魅力的です。 古城の真ん中に四方街という広場があります。そこに食べ物の屋台が出ています。時間が早すぎるのか、それとも客が少ないだけなのか、皆さん、暇そうです。ネット上の旅行記を読むと、夜になるとここでは踊りがあるそうですから、盛り上がるのはこれからなのでしょう。 建物の統一性はとれているのが、街が単調で見せ場に欠け、店も土産物屋の範囲で、入ってみようと思うほどの特徴のある店がありません。 三人で古城に戻る 古城の観光を終えて、ホテルに戻ったのは午後四時くらいです。まだ十分に明るい。夕食が七時だというのだから三時間もあります。こんなに余るなら、藍月山谷にもう少しいたかったが、今からあそこに引き返すこともできません。そこで、今見てきた新しい古城を散策しようと、私は三郷さんと上島さんを誘い、三人でタクシーで戻りました(16:19、10元)。地図を見てもわかるように、その気になれば、ホテルからは歩いても行ける距離です。 タクシーから降ろされた所は古城の中心から外れているせいか、建築中の建物や、古いままの建物なども見られます(写真下)。これがたぶん元々の姿だったのでしょう。ごらんのように木造建築はありません。 この新しい古城に「古城保護費」の名目で観光客から30元を集めると2012年に発表されています。しかし、私が歩いた範囲では請求されたことはありませんでした。 写真下のドアの鍵を見てください。正面のドアの鍵は外れているが、扉の上の鍵かかかっています。こんな所に鍵をかけるのは初めて見ました。泥棒は入りにくいだろうが、でも、鍵を開けるのもよほど背の高いでないと大変です。 通りから金ピカの塔が見えます(写真下左)。チベット仏教のマニ車を模した塔です。あそこに行ってみようと、三人は目の前の路地に入って行きました。写真を見ても、目の前の路地から行けそうな気がしませんか。ところが、後でわかったのは、この路地に入らず、通りをそのまままっすぐ行けば良かったのです。路地に入ったために寺の周囲をほぼ一周するほど歩くことになりました。ちなみにチベット仏教では時計回りに巡礼しますが、不信心な三人は反時計回りに巡礼しました。 古城の珈琲庁で一休み 目の前に見える寺院になかなか行き着かず、だんだんくたびれてきました。まだ時間もあるし、ちょっと一休みしようと、茶館を探しますが、ここは四川省ではないので、意外にない。 写真下左の白いネコが店の中から招いているので、一休みしたかったのだが、お茶やコーヒーはないと断られてしまいました。マンホールの上の犬はもちろんコーヒーは出してくれません(写真下右)。鉄のマンホールが冷たくて気持ちが良いのでしょう。 ようやく、ベランダにイスを出してある店を見つけて、聞いてみると、コーヒーが飲めるという(写真下)。 入り口を入ると、すぐにバーのカウンターがあり、そこに面して部屋が二つあります。二階もあるようで、ネコが騒いでいます。古そうに見えるだけで、たぶん建てられて数年です。 我々以外は客は一人もいません。途中、若いカップルが入ってきましたが(写真上左)、すぐに出て行ってしまい、店は一行三人の貸し切りになりました。我々はカウンターの奥にある広いほうの部屋に行きました。 フラッシュを焚いて撮ると上の写真のように、壁に飾られたマンダラが騒がしく、どこのお寺みたいですが、実際は写真下のようにもっと薄暗く、落ち着いた雰囲気で、窓の外の通行人を見ながら、コーヒーを飲むのにはちょうど良い。 マンダラやタンカ(仏画)はすべて売り物で、定価がついています。先ほどの通りでも、曼荼羅や仏画を描いている店がありました(写真下)。 この店の名前に画廊とついているのは曼荼羅を売っているからでしょう。マンダラは特に際立った物でもなく、土産物店の相場から見ると、ちょっと高い。 コーヒーを頼むと、たぶんこの店の娘さんなのでしょう、カウンターで作り始めました(写真下左)。後で、母親らしい人と一緒に記念撮影です(写真下右)。 コーヒーはうまかった(写真下)。30元(420円)はちょっと高いようにも思うが、娘さんとお母さん、そして店の雰囲気も良く、リラックスできて我々三人は十分に満足しました。 出てきたコーヒーのスプーンをごらんください。柄の所が曲がっています。私が超能力で曲げたのではありません。カップにひっかけるのだろうかと、いろいろ試したのですが、使用方法は最後までわかりませんでした。 コーヒーで休息して元気も出たので、店の窓からも見える金ピカの寺院に向けて再度挑戦です。 人が歩いてすり減った自然石の階段を下りて行きます(写真下)。牛もいます(写真下右)。 このあたりになると新しい古街からも離れているので、昔ながらの住宅地が広がっています。店のような木造ではなく、土や石でできたチベット式の家です。どうせ作るなら、こういう古城を作ってもよかったような気がします。 金ピカお寺に登る ようやく寺院の広場に近づいたのに、工事中でまた迂回させられました(写真下左)。写真下右を見てください。金ピカの塔が先ほどは近くに見えていたのに、かえって遠くなっています。我々は寺院の周囲をぐるっと回ってきたのです。 この寺院のあるあたりは正式には大亀山公園(あるいは亀山公園)といいます。小高い丘になっているから、亀にたとえたのでしょう。亀の前は月光広場というかなり大きな広場になっていて、出店や観光用の白いヤクもいます。一部まだ工事中です。 写真下が月光広場から見上げた寺院です。金ピカの寺が二つと、巨大な金ピカのマニ車が見えます。私はこの光景に、コーヒーの一休みの効果も一気に身体から抜けてしまいました。私のイメージでは、香港映画に出てくる妖怪が住んでいる館みたいです。力が抜けたのは私だけでなく、三郷さんは広場で待つと言い出しました。私は逆回りに巡礼までして来たのだから、妖怪の館を見ないでは帰れません。 私と上島さんは孫悟空の觔斗雲に乗って一気にマニ車のてっぺんまで・・・と言うわけにもいきません。私は石の階段を息を切らせて登りながら、どうして孫悟空は觔斗雲に三蔵を乗せて一気に天竺まで行かなかったのだろうと考えました。ところで、なんで私はこんな時にこんな事を考えているのでしょう。 でも、どうしてだと皆さんは思いますか?もちろん、それでは物語がすぐに終わってしまうからです。 高台から周囲を見渡すと、古城の瓦屋根が見えます。ここを訪れた人はたいていこの風景を撮るので、私も真似して撮ってみました。 丘のてっぺんにある寺院の入り口です(写真下)。香をたく炉の上に日傘がかけてあるのはいいのだが、商品や店の宣伝が書いてあります(写真下右)。彼らか寄付したのだろうけど、何もこんな事まで商売を持ち込まなくてもいいではないか・・・商人が悪いと言っているのではなく、お寺側に品性がないという意味です。 写真下は大仏殿の本尊で、暗いので手振れでボケているのは勘弁してください。一緒にいた上島さんは中で撮ろうとして、坊さんに制止されました。たぶんそんなことだろうと思った私は建物の外の階段から撮影しました。何の仏様か、ずいぶん恐い顔をしています。これは恐い顔にしようとしたのではなく、仏像の作者の腕が悪いからです。 本堂から左のほうに行くと、下からも見えた「金閣寺」がありました(写真下)。そばで見ると、正真正銘の金ピカが建築中です。きっと、将来、こういう館に「金角」と「銀角」が棲むのでしょう。建築中だけあって、2010年頃の他の人の旅行記にはこの建物は出てきません。 日本の寺院や仏像もできた頃はこんなふうに金ピカだったのでしょう。ただ、お釈迦様自身はこういう物をすべて捨て去ることを求めたのですから、これが仏教の寺院だというのは、私には悪趣味にしか見えません。 大仏殿の周囲の黄土色の壁を回り、妖怪の館めぐりも三つ目、本堂の右側に見えた巨大なマニ車です でかい!マニ車を回そうとしている人たちと比べると、その巨大さがわかります。 マニ車とは、写真下の今日訪れた藍月山谷の入り口の両側にあった金色のドラムです。中に経典が入っており、一度回すと、読誦したのと同じ功徳が得られるとされ、これをチベット人は日がな一日回し続けるのです。そして、手で回すのも面倒だとばかりに、水車やモーターで回すマニ車まであります。 経典を回すなど、おおよそ、お釈迦様の説いた仏教とはかけ離れた姿です。学校の教科書をクルクル回せば内容が頭に入ると言っているのと同じくらい愚昧な風習です。 こういう習慣を是認する人たちは、昔の無知無学な人たちにとってはこういう信仰しかなかったのだというが、それを言ったら、お釈迦様が説いた相手も無知無学な人たちです。彼は言葉をつかって理路整然と説法したのであり、経典を回せば読誦したのと同じで、功徳が得られるなどという馬鹿げたことは説いていません。それはどちらかというと、お釈迦様が批判したバラモンの宗教です。 ここに来た人たちは、私にようにただの観光で来た人たちだけではありません。写真上のように、マニ車の周りを合掌しながら、回っている人たちもいます。 ここまでの写真で一つお気づきになっているかもしれません。実は、ここに来ている人たちのほぼ9割が若者です。友達同士、カップルなどがいるから、ここが香格里拉では数少ない遊びやデートコースの意味があるのでしょう。 写真上左のサングラスをかけた女性は、マニ車を背景にケータイで自分の写真を撮っています。一人なのかと見ていたら、その彼女を手前から一眼レフで恋人らしい男性が撮っていました。 私もカップルからシャッターを押してくれと頼まれました。お寺に来るのは年寄りが多いだろうと思っていたら、とんでもない。デートコースになっているのなら、妖怪の館も価値があります。 三郷さんがいない! 広場まで階段を降りると、待っているはずの三郷さんの姿がありません。さては妖怪にさらわれたか、あるいは屋根の上でお茶でも飲んでいるのかと見上げてみるが、屋根の上には龍がいるだけです(写真下)。 広場は広いが、見通しも良く、はぐれるような所ではないのに(写真下左)、見つからない。写真下右の狛犬にも聞いてみたが、無愛想で答えてもくれません。 こんなこともあろうと、私は二人にホテルのカードを渡し、六時半まで他の人が見つからない場合には、各人が自力でタクシーでホテルに戻るようにと約束していました。三郷さんはイギリスで一ヶ月以上も一人で旅したことがある人だから、大丈夫だろうとホテルに戻ると、先に三郷さんが帰っていました。話を聞いてみると、階段の右側と左側にいて、お互い相手がいないと探していたらしい。 七時からホテルの北側にある大理飯店で夕飯です。名前は大きいが、テーブルが二つしかない小さな食堂です。 店の奥に調理場があり、夫婦で料理を作り、小学生くらいの男の子が配膳などを手伝っています(写真下)。 庶民の料理なので、どうしても辛いのが多い。ちょっとでも辛いと私は食べるのをやめます。食えないことはないのだが、胃腸がついて来ないからです。 料理の一つが店の入り口の水槽にいる魚でした。食べた人の感想を聞くと、小骨が多く、味もおいしくないというので、私は食べませんでした。水槽の前には天秤測りがあり、魚が量り売りなのが合理的です(写真上右)。 店を出ると夕暮れ時で西の空が赤くなっています(20:23)。明日の晴れに期待したい。 トップページ 日程表 1 2 3
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