|
表紙 日程表 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10・11 ペルー・アンデス めおとプヤの最期 2日目 2025年5月8日(木) リマ → ワラス
←→ ウィルカコチャ湖 今日は、リマから飛行機で目的地のワラス(Huaraz)に行き、花観察の第一日目としてウィルカコチャ湖を訪れます。
ホテル出発が4:45だというので、昨夜は10時頃に寝ましたが、何度か途中で目を覚まし、眠れないので3時前に起きて、出発の準備をしました・・・年を取るとこの有様です。こんな時間ではホテル前の通りは車も人通りもありません(写真下)。
15分ほどで空港に到着しました(写真下左)。チェックインは機械でやるのだが、幸い、前のお客さんが手間取ったところに係員が来て、ついでに私のもチェックインしてくれたので、楽だった(写真下右)。
飛行機は予定どおり7:20頃に出発予定なのでまだ時間があります。店をのぞくと、いかにもアンデス文明らしいお土産が並んでいます(写真下)。
ラタム航空(LATAM Airlines)のLA 2059便の機体はAirbus社のA319で、7:20にリマを発ち、1時間 5分飛行の後、8:25にワラスの空港に到着予定です。つまり、昨日飛んだ空路を一時間ほど引き返します。
ワラスは地方都市なので、乗客は少ないだろうという予想は外れて、一日一便のせいか、満席に近い。7:39にリマを離陸しました。離陸後、私はホテルからもらったサンドイッチで朝食です(写真下右)。
私の席は翼の上で眺めが良くないだけでなく、窓ガラスがかなり汚れていて、コンパクト・デジカメで撮ろうとすると、窓の汚れに焦点が合ってしまう(写真下)。
ネットの情報によれば、リマとワラスの飛行機は、2018年にLC Peruという航空会社が倒産したために、定期便がなくなってしまい、昨年ようやく復活しました。前は37人乗りのプロペラ機だったのを、空港を拡張して3000mの滑走路を造り、180人乗りの中型機も離着陸ができるようになりました。ワラスの飛行場は標高2700mにあって空気が薄いから、普通よりも速度を上げないと離陸に必要な浮力が得られないらしい。
ネットの旅行記「夫婦で行く海外山歩き」によれば、2007年にワラスを訪れた著者が乗ったのは、機内では中腰にならないと歩けないほどの15人乗りの小型飛行機で、この年に定期運航が始まったばかりだったという。この旅行記を読んだ時、私たちもその小さい飛行機に乗るのかと大いに期待しました。プロペラ機の騒音と振動はすごく、両手を広げて「ブーン」と飛ぶ真似をしたくなるような実感があります。残念ながら、今回乗るのはAirbus社のA319という安全快適な、そしてありふれたジェット機です。
飛行機は高度を下げ始めると、集落などが見えてきました(写真下右)。
ワスカランが出迎え ワラスの空港に着陸(8:27、写真下)。この空港の正式名称はComandante FAP Germán Arias
Graziani Airport (ATA)と、一日一便の地方空港のわりには御立派に長く、ATAという略称と合いません。空港がある村のAntaからきているのかと生成AIに質問したら、そうだとの答えでした。わかりにくいのでワラスの空港と呼びます。実際、アンタ・ワラス空港(Anta-Huaraz Airport)という呼び名もあるそうです。
飛行機から下りて驚いたのが、写真下の雪山です。空港が標高2700mにありますから、雪山の高さがすごいのがわかります。写真下の真ん中に見える山がワスカラン(Huascarán、6768m)というブランカ山群にあるペルーの最高峰で、ワラスに滞在中、毎日見ました。角ばったのがワスカランの南峰で、すぐ左に見えるのが北峰です。
乗客たちは足を止めて美しい雪山に見とれる(写真下)。ここは飛行機が一日でこの一便だけなので、滑走路に客がウロウロしても、誰も気にしません。
バスで迎えに来てくれたのは現地ガイドのモラレス(Morales)さんです(写真下右の左)。ヒサオさんと呼ばれているので、日系かと思ったら、日本人が勝手に付けたあだ名のようです。
空港からワラスに向かって、サンタ川(写真下左)の上流に南下します(8:51)。写真下は西側のネグラ山群の山並みです。
サンタ川に沿って所々に街があります(写真下)。
まず目がいくのが街を歩く女性たちの服装です。アンデス地方で見られる民族衣装で、山高帽をかぶり、カーディガンを着て、ズボンの上にスカートをはき、縦縞の風呂敷のようなものを背負うのが定番の姿です。アンデスの伝統的な衣装のように見えますが、山高帽は百年前に欧州から持ち込まれた習俗です。
ワラス到着 25kmほどの道を一時間走って、ワラス(Huaraz)のホテル(Hotel Morales, Morales Guest House)に到着(9:48、写真下)。写真下左が道路から見たホテルで、写真右の二つの茶色い扉がホテルの出入口です。外に出かける時は右側の鉄製のドアから出入するので、各人に鍵が渡されています。ただ、外から鍵を開けるのは難しく、私は毎日出入りしても、慣れるのに時間がかかりました。他のお客さんも苦労していたようです。
ホテルは迎えに来てくれた現地ガイドのモラレスさんの経営するホテルです。写真下は写真上の入口から入って、建物の中を上り、中庭に出たところで、フロントはこの中庭に面しています。
フロントの入口には冷蔵庫の隣で登山中の人がいます(写真下左)。ワラスはブランカ山群の登山口で、たぶん客の大半が登山客です。
ここでワラス在住で現地ガイドの井瀬さん(仮名)と合流しました(写真下)。約一名の口うるさい老人客が、滞在中に面倒な仕事をいくつも頼みましたが、彼はどれも丁寧に対応してくれました。また、帰国後、何回かメールでの問い合わせにもきちんと答えてくれました。 井瀬さんが2013年に設立した旅行会社「Nature and Interpretation Peru」は日本語のホームページがあるので、出発する前の下調べと、帰国後の確認にとても役立ちました。
土砂崩れで予定変更 軽く休憩して、10:30に最初の花の観察に出かけます。ところが、予定していたヤカ渓谷で土砂崩れと雪崩れが起きたので、予定を変えて、ワラスの南にあるウィルカコチャ(Willcacocha)湖に行くことになりました。今回、訪れる山は今日を除いて、ワラスの東側にあるブランカ山群(Cordillera Blanca)です。今日、唯一、サンタ川の西側のネグラ山群(Cordillera Negra)に行きます。 ホテルの出入り口の壁にブランカ山群の地図があり、毎朝その日行く場所を確認しました(写真下右)。
高山病には酸素を吸う ワラスの街の薬局に立ち寄り、酸素ボンベを買いました(写真下)。これは私が日本にいた時からお願いしたことで、ワラスは標高3065mで、明日からは4000m級の山に登りますから、私のお守りです。今回の旅行では、幸い高山病になったお客さんはいませんでした。 私とモラレスさんがそれぞれ3本買いました。クレジットカードでの決済で6009円、1本約2000円ですから、日本とあまり変わりない。薬局で取り扱っているくらいで、ワラスはブランカ山群の登山口なのに、あまり需要はないようです。
不思議なのは、高山病を心配する人たちはたくさんいるのに、その対処法の中に「酸素を吸う」というのがほとんどないことです。今回、旅行会社から渡された高山病の対策資料にも、高山病に効く薬のダイアモックスについては細かく説明があるのに、酸素を吸いましょうとは一言もありません。 高山病とは酸素が不足するから起きる病気です。だったら、酸素を供給すればいいのではありませんか。お腹が空いたとき、食事をするのと同じです。それとも空腹を抑える薬を飲む??高山病も同様で、酸素が足りないなら、第一に酸素を供給してやればいいのであって、薬は二番目です。 ワラス近郊の風景 ワラスは人口12万人、人口密度が320人/㎢で、この数字はちょうど山形市の半分です。ただ、ここは平地は限られていますから、ワラス市街地の人口密度は高いはずです。
平均最高気温は、1月22℃、5月22℃、9月24℃で、つまり一年を通して気温が変わらないから、服がいつも同じでいい。東京は1月9℃、8月31℃ですから、20℃も落差があります。
街中はどこでも女性たちの民族衣装が目立ちます(写真下)。
所々に露店ができていて、私が酸素を買うのを待つ間、他のお客さんたちは屋台で買い物をしていたようです(写真下左)。
通りには露店もあり、にぎわっています(写真下)。私は夕方、ワラスの市場に行き、その大きさから、ここがこの地方の中心なのがわかりました。
ワラスから出ると幹線道路なのに路面はかなりひどい。車は右側通行なのに、写真下左で左側を走っているのは、右側に穴があるからで、真っ直ぐな道路でも、車は右に左にと蛇行します。デコボコ路面の典型が写真下右で、速度を出せないのは良いが、車酔いに弱い人にはつらいでしょう。
幹線道路を外れて、サンタ川を渡り(写真下左)、西側の山道に入ると、間もなく料金所がありました。写真下右の男性が集金係です。ここから先の道は住民たちが整備しているので、料金徴収をしているらしい。
ここから斜面を一気に登ります。途中に集落(Huamarin)があり、真新しい教会(Centro poblado de Huamarín)と学校(Micaela Bastidas Puyucahua)が建っています(写真下)。階段の下にあるレリーフは何を表しているのでしょう。
地図を見ると、このあたりの斜面にこういう集落がいくつもあって、ここはやや大きい(写真下)。
やあ、ロバ君、こんにちは(写真下左)。写真下右はもう少し登ったところから撮ったこの村の全景です。
写真下の女性三人は道路の脇で座り込んで、編み物らしい。見かけるのは圧倒的に女性が多い。右側の女性が顔に手を当てているのは、たぶん私のカメラに気が付いて顔を隠したのでしょう。
写真下右の女性は荷物を肩にかけ、子供を抱きかかえています。写真下右はまだ若い女性で、これから街まで下りていくのか、オシャレに着込んで、顔が日焼けしていません。この国でも若い女性は美白に関心があるのでしょう。
写真下は畑の端の岩の上に座って休んでいる二人で、彼女たちの帽子には大きな日よけが付いています。農作業ではこういう日よけ付きの帽子が見られます。
道路の周囲にはトウモロコシ畑や麦畑が広がっています。写真下左の女性たちの足元に転がっているのはジャガイモですから、彼女たちがいるあたりはジャガイモ畑だったらしい。
畑の近くで見つけたのが、ミントです。写真下右ではミントの幹が見えるように、かなり背が高い。アンデス・ミントとしてお茶にして飲まれているようで、生成AIはMinthostachys
mollis とMinthostachys setosa の2種類を候補に挙げました。後者に似ているが、KEW植物園の示した分布図にはこの植物は隣のエクアドルにしかないことになっています。
道端にピンク色のアブラナ科の花が雑然と咲いています(写真下左)。畑のそばであることを生成AIに告げると、大根の一種ではないかという、なかなか説得力のある提案をしてきました。 写真下右は日本に帰化して、道端の雑草として見かけるコセンダングサと似ていますから、お仲間でしょう。北米が原産ですから、これも外来種です。
崖崩れがあって、重機がないと完全除去は無理です(写真下左、11:47)。でも有料道路ですから、車が通れるほどに石が片付けてあります。 湖の名前が書いてある案内板の矢印に向かってさらに登ります(写真下右)。
わからない花だらけ 高度が上がるにつれて、東側のブランカ山群の山々が見えてきました(写真下)。車を停めて、花を探します。
目についたのが、黄色いキクのような植物で、道のあちらこちらに群落しています(写真下)。外見からキク科ビデンス属(Bidens)に間違いないだろうが、ビデンスは似たようなのが多すぎるのと、同じ種類でも姿形に変化があって判断が難しく、生成AIもお手上げです。“Flores
Silvestres de la Cordillera Blanca”と、現地で配られた『ブランカ山群&ワイワッシュ山群の花々』に掲載されていたビデンスは一種類のみです。
写真上 Bidens
andicola 写真下は上と良く似ているが、気が弱い私は同じだと決める勇気がありません。
写真下のきれいなキクの仲間は、ペルーの固有種です。“Flores
Silvestres de la Cordillera Blanca”の説明によれば、花弁の先が3つに分かれているので、明瞭に他と区別がつきます。もっとも、今回の旅行ではこれに似た花はなかったので、そこまで詳しく見なくてもすぐにわかりました。
写真上 Onoseris
annua
写真下は、土手の斜面にまとまって咲いていて、この株しか見つかりませんでした。地面を這うように広がり、葉にも特徴があるのに、図鑑にはなく、生成AIから納得できるような候補の提案はありませんでした。
写真下の花は見るからにナスの仲間だとわかりますが、樹木です。ナスの仲間のジャガイモもピーマンも草花なのに、南米ではナスが樹木にまで進化した。
写真上下 Solanum
hispidum
写真下は、日本でも園芸種して売られているロベリアの仲間で、南米の西から北西地域に分布します。
写真上 Lobelia
tenera
写真下は日本にも帰化しているニワゼキショウ(Sisyrinchium)に似ているのに、生成AIにあげてもらった候補で納得できるのはありませんでした。こちらがペルーだと指定しているのに、ペルーに分布しない花を出したり、写真下を示しているのに、黄色い花を出したりと、なかなか勇ましい。最後は、日本に来ているニワゼキショウそのものではないかという説を出してきました。ここは道や集落があるから、外来種が入り込んでも不思議ではないから、この説も嘘とは言えません。当然、私はお手上げです。
写真下左の黄色い花も、生成AIに何度か質問しても、ダメでした。
写真下は、こんなわかりやすい姿をした花なのだから、名前など簡単にわかるだろうと期待したが、“Flores
Silvestres de la Cordillera Blanca”にはNototricheの仲間としか載っていません。Nototricheはアンデスの高地に62種類もあって、2025年にも新種が発見されているという。道端に咲いている、特徴のある花なのに、名前がわからない??
写真下のオレンジ色のサルビアの仲間はペルー原産で、現在もペルーが分布範囲ですから、固有種といっていいでしょう。
写真上 Salvia
oppositiflora 名前がわからないのが多い。写真下のようなわかりやすい花でも、頼りの“Flores
Silvestres de la Cordillera Blanca”、『ブランカ山群&ワイワッシュ山群の花々』のどちらにも掲載されているのに、Castillejaの仲間とあるだけで、名前は不明となっています。私が素人の強みで独断と偏見で決めました。
写真上 Castilleja
arvensis 写真下も同様で、花の姿からカルセオラリア属(Calceolaria)で、花弁の内側に赤い点があるなど、特徴ある姿なので、簡単にわかると思ったが甘かった。頼りの“Flores
Silvestres de la Cordillera Blanca”、『ブランカ山群&ワイワッシュ山群の花々』のどちらも掲載されているのに名前は不明だという。生成AIの出した候補もダメでした。後日、これと良く似たカルセオラリアを見ましたが、花の内側に赤い点があるのはここだけでした。
写真下はどこから見てもルリハコベでしょう。ヨーロッパ、西アジア、北アフリカが原産地で、世界中に広がっており、その結果、学名も2種類あるようです。私が過去にお目にかかったのはいずれも海外で、青い色が印象深い。日本では紀伊半島よりも南の温かい海岸に生えていて、帰化植物ではないかと疑われています。
写真上 Anagallis
arvensis f. coerulea または Lysimachia
arvensis var. caerulea 写真下左など見た目はハハコグサの仲間(Pseudognaphalium)らしいことは推測できます。生成AIに候補を出してもらい、それぞれをネットで検索してみましたが、わかりません。
花の観察初日の最初の、わずか一時間ほどで見た花の半分の名前がわかりません。ここでは道端のありふれた花で、判別が難しいはずもないのに、わからない。これは今回の旅行で繰り返されたことで、たぶん、ペルーは花の分類をする学者や専門家が少なく、一般人の花への関心も低いのではないか。
たいていの国では花を分類したホームページがあるもので、日本などかなりの数があります。だが、ペルーでは探せませんでした。生成AIにペルーの花のホームページを探してもらっても、名前だけのデータベースでは素人には使いようがない。市販されている植物図鑑の推薦してもらっても、樹木や他の地域の本が数冊出てきただけでした。だから、旅行中にたまたま見つけた“Flores
Silvestres de la Cordillera Blanca”
と、ガイドの井瀬さんたちが作った『ブランカ山群&ワイワッシュ山群の花々』の2冊が数少ない頼りでした。
ウィルカコチャ湖 目的地のウィルカコチャ湖(Laguna de Willcacocha)に到着(写真下)。標高が3720mほどですから、富士山(3775m)の火口に水が貯まったようなものです。湖は風景がきれいなだけでなく、水草が生い茂り、水鳥がいて、水系が豊かです。写真下の真ん中に見えるのは湖の中にできた島で、たぶん水鳥の棲み処です。
湖で真っ先に目についたのが、赤い浮草です(写真下)。日本にもアゾラという赤い浮草の外来種が繁茂しています。ただ、南米はアゾラの原産地の一つですから、ここのアゾラが外来種とは限りません。
日本で見ると、アゾラの赤い色は不気味だが、この湖では一部にしかないこともあり、むしろ色どりになって、きれいに見えるのがおもしろい。湖の南側は人家もあり、家畜もいるので、十分な栄養が流れ込んでいるから、南側だけアゾラが生育しているのでしょう(写真下右)。
アゾラは日本にアイガモの餌として持ち込まれたようで、おそらくここでも水鳥の餌になっているはずです。
ここの水鳥は身体が黒、頭が白で(写真下左)、日本にもいるオオバンとそっくりです(写真下右)。生成AIによれば、アメリカオオバンだそうです。
写真上 Fulica americana 写真上 Fulica atra( Wikipediaから転載) 湖には水草が生えています。写真下を見てもわかるように、水の透明度は高く、人家が近く、家畜がいるわりには富栄養化が進んでいないようです。 水草の花は咲いていません。1本引っ張り上げて写真を撮りたいが、岸辺は湿地帯で近づけず、しかも、棒のような枝も落ちていないので、諦めました。
写真を拡大して見ると、細い針状の葉が生えていて、日本のマツモに似ています(写真下)。生成AIもマツモ(Ceratophyllum demersum)だと断定しました。しかし、地球の裏側の高山に同じマツモがあることに疑問に思い、ウィキペディアを見たら、南北アメリカどころか、世界中の熱帯や温帯に分布するそうですから、可能性はあります。マツモって、すごい。
水の上に葉を出している水草(抽水植物)もあります(写真下)。葉に黒く汚れがついたような特徴ある葉なので、簡単にわかるだろうと、生成AIに質問しても、葉の特徴だけでは不十分で、アゼナ科(Linderniaceae)ではないかという推測でした。
周囲の花 写真下のゼラニウムが八重咲なのが気になって、生成AIに質問すると、やはり園芸品種だろうという返事でした。土手に咲いていて、近くに人家がありますから、人が植えたのが残ったのでしょう。この後を見てもわかるように、ここは農産物、園芸種、外来種が混ざっています。
写真下は、花からもわかるようにオオイヌフグリの仲間で、日本にも帰化しているオオカワヂシャ(Veronica anagallis-aquatica)にそっくりです。オオカワジシャは欧州やアジア北部の原産とされていますから、ペルーでも外来種です。日本でも川のそばに見られ、ここでも水辺に繁茂しています(写真下の下段)。
写真下左は高さはわずか10cmほどと小さいが、見るからにルピナスです。写真下右は、湖に来る途中にあったルピナスの畑で、ペルーではルピナスは種を食料にしますから、民家の近いここに栽培品のルピナスが生えていてもおかしくありません。
写真下はマメ科の帰化植物です。写真下左は日本にも帰化しているカラスノエンドウで、可愛い姿なのに、他の植物にからみついて生育を阻害するので、私は「たちの悪い小娘」と呼んでいます。写真下右は、紹介するまでもないシロツメクサ。 写真の下段は和名をウマゴヤシというすごい名前をもらった草花で、帰化植物というのもためらわれるほど世界中に広がっているので、ペルーにあっても何の不思議もありません。馬がいなくても、ウマゴヤシらしく、一面に生えていました。
写真上 Vicia
sativa subsp. nigra
写真上 Trifolium
repens
写真上 Medicago
polymorpha 写真下は、和名がユウゲショウ(夕化粧)という素敵な名前の付いた花で、アメリカ大陸が原産地とされています。ただ、ペルーは自生ではなく帰化だという説もあるようです。
写真上 Oenothera
rosea 写真下は高さはせいぜい10cm程度の小さな花で、草むらの中に埋もれるように咲いていました。小さくても花は特徴があるのに、生成AIに質問に質問しても、候補すらあげてくれません。
写真下は、写真上と同じだと思って撮っていました。老眼には小さな花は区別がつかない。生成AIは、ミヤマカタバミ(Oxalis acetosella)を候補に挙げましたが、南米にあるはずがないと私が拒絶。ただ、オキザリス(Oxalis)の仲間だろうというのは説得力があります。
写真下の3種類は遠目には似たような花だが、良く見ると別種で、生成AIに花の特徴などを示して質問してもほぼ名前の判別はできない花です。
写真下はせっかくのきれいなシソの仲間なのに、これも名前は特定できません。
写真下はタンポポの仲間で、日本のタンポポと違うのは、地面ぎりぎりに花を咲かせている点です。ペルーの中部から南部の標高2800~4500mに分布します。
写真上 Paranephelius
ovatus 湖はネグラ山群の東下がりの斜面にあるので、サンタ川をはさんだ東側のブランカ山群が借景になっています。ここからブランカ山群までつながっているのではなく、間にワラスなどの街があるサンタ川が流れています。
犬の爪の垢 大きなプラスチックの容器に入った昼食が配られて、ここで食事を取ることになりました(13:03)。
私は食事よりも花の写真を撮りたいが、大きな容器を持ちながら撮影は無理です。ここで食事という指示がなかったので、私や大半のお客さんはそうとは知らずに、リュックなどの手荷物を持たずに車を降りてしまい、背負うこともできません。
時間がもったいないので、食事はバスの中で取るつもりでしたが、容器を返さなければならないので、撮影を中止して、食事にすることにしました。すると、犬クンたちが集まってきました。気のせいか、私の周囲に多い(写真下)。
私は「オレは飼い主ではないから、君たちに餌をやる義務はない」と毅然とした態度を表明したのですが、犬たちは、コイツは気が弱そうだから押せばなんとかなると見抜いたらしい・・・一匹と目があって、私に解決案を伝えてきました。昼食を犬にやって、さっさと容器を返してしまえば、食べ物は無駄にならず、手が空き、花を撮る時間もできて、犬も人間も幸せになれる!「オマエ、頭いいね」と褒めました。
食後の犬クンたちはすっかり私になついて、写真下の花の写真を撮っていると、岩の向こうで犬が顔を出した・・・おまえ、邪魔なんだけど(写真下左)。
写真上 Paranephelius
ovatusと犬 ここにいた犬たちに一つ共通点があって、写真上のように、すぐそばにいても、首を曲げてよそ見をして、私を直視しようとしません。カメラの大きなレンズが恐いだけではなく、目を合わせないことで敵対するのを避ける習性でしょう。 目を合わせれば牙をむき出して唸り、戦争ばかりしている偉大な大統領様や御立派な首相様たちは、ここの犬の爪の垢を煎じて飲むべきです。犬よりもシツケの悪い連中が国の支配者に選ばれている。
リュウゼツラン 食事を終えて、来た道を戻ります(14:02)。
帰り道で観察したのが、リュウゼツランです。リュウゼツランは珍しい植物ではなく、ここでは集落や畑の近くで普通に見かけます。写真下左で、一号車の左側に生えているのがリュウゼツランの葉で、写真下右で、車の右側の土手に立っているのが花と花茎です。 日本にも帰化して、世界のあちこちで見かける植物で、原産地は中央アメリカとされていますから、ここも厳密には古い時代に持ち込まれたものでしょう。
朝、空港から来る途中もたくさんあって、写真下左は幹線道路の脇に生えていたリュウゼツランの葉で、写真下右はそれが山の斜面に一面に生えています。つまり、この地域では雑草や雑木(?)です。
花を咲かせるために真ん中から電柱のような花茎をのばします。写真下左はまだ花を咲かせる前の花茎で、写真下右で、花茎に黄緑色に葉が茂っているように見えるのが花です。
写真上下 Agave
americana 花茎は家の2階くらいの高さがあるので、花を見るのは簡単ではなく、しかも、花は大半が終わりかけなので、こちらの熱意も低温。
リュウゼツランは発芽から開花まで10~20年かかり、花を咲かせると枯れてしまいます。日本では30~50年かかると言われ、昨年2024年は日本でもあちらこちらで開花して、テレビのニュースで生中継をしていました。逆に言えば、30~50年前には持ち込まれていたことになります。その証人が私で、子供の頃、園芸農家であった父が斑入りのリュウゼツランを温室で育てていました。 写真下は崖に生えていた成長期のリュウゼツランで、これから10~20年の人生が待っている。
近くの崖に、モジャモジャ頭のような植物が生えています(写真下)。ハナアナナス属(Tillandsia)で、土を必要とせず、霧などから水分を吸収する種類はエアープランツとして商品化されています。市販されているのは手のひらに乗るような小型が多いのに、ここのは葉が50~60cm以上も生い茂り、かなり大きい。土がいらないし、霧吹きで済むなら、髪の毛の代わり頭に乗せて、アフロヘアにしたらと考えたが、ここのは大きすぎるのが欠点です。
すでに大半の花が終わっているなか(写真下左)、数個だけ花らしいのが咲いています(写真下右)。葉のモジャモジャぶりと、花があるのだから、すぐに名前がわかるだろうと生成AIに質問すると7つほど候補をあげてくれましたが、納得できるのはありませんでした。
食料配布 子供たちが学校から帰宅するようです(写真下)。足腰が鍛えられて、身体にはとても良い。毎度、奇妙に思うのが、日本の学校の体育では、競争して勝つことばかりで、運動そのものは軽視されていることです。
その典型が水泳で、早く泳ぐことばかり重視するから、泳げない子供がいます。教え方が悪いからです。英語を六年も教えて、あいかわらず生徒が英会話ができないことに日本の教育者は長年何の疑問も持たなかった。これと同じで、泳げないことを生徒のせいにしないので、自分たちの教え方にもっと疑問を持つべきです。
道の脇に女性たちが集まっています(15:05)。私はお祭かと井瀬さんにきくと、生活に困っている人たちに国が支援している食べ物などを届けるための活動だという。
一部の女性たちは、午前中に見た農作業をしていた女性たちの服装と違うように見えます。
守護聖人の祭り 4時半すぎにホテルに戻り、7時から夕飯だという。余裕で2時間以上あるので、私はすぐに街の中にあるワラス中央市場(Mercado Central de Huaraz )に行くことにしました。ここのホテルは街の中心部から少し離れているので、中央市場まで約1.4kmで徒歩19分、初めて行く場所なので余裕を見て往復50分、市場を見学するのが1時間なら、合計2時間は必要です。朝の散歩で行くつもりだったので、予定変更ですぐに出かけました。
ホテルを出ると、何か音楽が聞こえます。急いで大通りのほうに行ってみると、そろいの衣装を着けた一群が行進していて、先頭が躍り、その後ろから楽隊が付いてきます。ガイドの井瀬さんから、5月1日~12日にワラスの守護聖人祭があり、街中での踊りの行進があると聞いていましたから、これがそうなのでしょう。守護聖人とはキリストのことです。
井瀬さんによれば、シャクシャス(Shacshas)というワラス特有の踊りの祭だというから、ペルーの中でもここでしか見られないらしい。コロンブスが来る前に、この地方にあったレクアイ文化(Recuay culture、紀元前後~650 年)の時代からあって、興味深いのは、征服者のスペイン人を嘲笑うような風刺が含まれているという。残念ながら、どの踊りがそれなのかわかりませんでした。踊りのグループをクアドリージャ(Cuadrilla)と呼びます。
いきなり面白い行進に出くわして時間をとられたので、中央市場に急ぎます。市場に到着する一つ手前の交差点で、また別のクアドリージャの行進に出くわしました(写真下)。先頭のクアドリージャは、先ほど同じような黄色い帽子を付けて、後ろのクアドリージャも黄色いシャツで統一されています。 ここは大通りで車も通っているのに(写真上下)、警官もいないし、クアドリージャ側も交通整理などしません。日本で届け出もせずにこんなことをしたら、大ヒンシュクだろうが、この国では誰も気にしない。その大らかさ、いい加減さがちょっとうらやましい。
黄色いクアドリージャが通りすぎると、すぐに別なクアドリージャが現れました(写真下)。踊り手の衣装は先ほどとはかなり違い、帽子は付けておらず、踊り手たちは中高生くらいの若い人たちです。しかも、後ろから付いて来る楽隊は平服のままです(写真下の下段右)。もしかして、楽隊は踊り手の父兄?このクアドリージャはかなり激しい踊りなので、年寄りが真似すれば、良くいって捻挫、下手すれば骨折です。
犬も食事中 踊りと楽隊に圧倒されて、何しに来たのか、忘れていた・・・そうそう、中央市場だった。私は市場の建物を目指していたら、たどり着く前に周囲は店や露店だらけになりました(写真下)。
私が絶対に見逃さない光景を見つけました(写真下)。趣味が悪いと言われそうだが、私は豚肉が好きで食べますから、彼らの命を犠牲にしているのだと自覚するためにも、こういう光景はしっかりと見るようにしています。
中央市場(Mercado Central de Huaraz)は大きな体育館のような建物で、中にはおそらく数百の店が入っているでしょう(写真下)。日常雑貨から、食品まであるが、野菜を見かけないのは、売り場が別にあったのかもしれません。
ここでも私の目をひいたのは肉売り場です(写真下)。室温のままで肉が売られ、その通路に犬が放し飼いになっている!肉をもらって食べている犬もいます。日本なら衛生面からもありえない光景だが、ここでは誰も気にしている様子はありません。何より不思議なのは、犬の糞尿をどうしているのでしょう。私が二往復した範囲では、糞尿はもちろん、臭いにも気が付きませんでした。ここの犬はマナーが良い?
市場の北端に十字架が飾ってあります(写真下)。守護聖人を祝う時期に合わせて、十字架が設置されたのか、神父さんが何か儀式をしているようです。
市場の外の露店 中央市場を出て、通りの露店に戻ります(写真下)。
大通りをはさんで北側の道路にも露店が見えるので、そちらに行ってみることにしました。 写真上と下で、露店の店の向きが逆です。写真上の中央市場近くは車が多く、人々は歩道を通るので、店は歩道に向かって開きます。これに対して、写真下の北側の道路は、車は通るが、歩行者は車道も歩くので、店は車道に向かって開きます。
車の少ない横道に入ると、店は我が物顔で道路に商品を並べています(写真下)。
こちらは衣料品通りで、女性客たちでにぎわっています(写真下)。写真下左で、若い女性は伝統衣装を身につけていません。たぶん、果物や野菜などを売っている女性たちの多くは、私たちが今日行ったような近郊の農村から来たので民族衣装を着けているが、一方、買い物をしている女性たちはワラスという街中に住んでいるので民族衣装は着けない。
写真下では、手前の女性は伝統衣装の縦縞の風呂敷で子供を背負っているのに、帽子は伝統的な山高帽子ではなく、ズボンだけでスカートもはいていません。たぶん実用的な風呂敷だけ残した。左隣にいる白い服の若い女性は完全に現代の服装です。
6時をだいぶんまわり、車がライトをつけて走るようになりましたから、ホテルに戻りましょう。
不合格にしたくない理由 7時からホテルの5階の食堂で夕飯です。いつもモラレスさんの奥さんが忙しく配膳してくれます(写真下)。
写真下が2階にある私の部屋で、ここに6泊しました。設備や清潔さ、広さには問題がありません。
二つ問題があって、一つは夜や朝など寒いのに、部屋にはエアコンなどの冷暖房装置はありません。翌朝の部屋の温度は15℃でしたから、井瀬さんに頼んで、翌日からオイルヒーターを入れてもらったので、すぐに解決しました。
もう一つは、2泊目に私たち11名の他に12名の客が泊まったとたん、お湯が一滴も出なくなった。普通、ぬるま湯くらいは出るものだが、完璧に水しか出ないので、この日はシャワーもなし。小さなホテルでは良くあることなので、翌日、早朝に試してみたが、やはり水しか出ませんでした。幸い12名一行は1泊だけでいなくなったので、風呂に入れないのはこの日のみでした。
普通の旅行では、ホテルでお湯がでなければ、私の評価は不合格です。ところが、このホテルに関してはそれをしたくない。経営者のモラレスさんと奥さんはとても良い人たちだからです。奥さんは食事も担当しているので、朝晩会いました。とても働き者で、にこやかで感じが良い。 こんな善良な二人の経営するホテルに、一晩の風呂なしくらいで不合格を出したら、私は小柄ではなく、器が小さいことになってしまう。お湯の件は二人の笑顔で帳消しにして、このホテルは5段階評価で4.0の満足とします。 表紙 日程表 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10・11 |