インド・ヒマラヤ西端に咲く青いケシ 7日目 2024年7月20日(土) キーロン → ロータン・パス → マナリ 六時前に目が覚めました。外は天気が良いのに、私の喉は相変わらず扁桃腺が腫れたままです。 今日は、花のツアーとしては最後の山場のロータン・パス(Rohtang Pass)で青いケシを見ます。それだけに天気が良いのはありがたい。 ホテルの最上階は客が自由に使ってよい部屋とベランダがあるというので、のぞいてみました(写真下)。 部屋には靴を脱いではいるようになっています。家具のレリーフが見事です。今回、寺院などでたびたびこういう見事なレリーフを見ました。この地方ではこういう伝統技術があるのでしょう。 壁に飾ってあるのはチベット仏教で人気のある聖者でミラレパ(1052~1135年)です(写真下左)。悪業を為したことを反省して出家し、師のマルパが彼に理不尽で厳しい修行を課して、彼の悪業の報いを消滅させ、やがてミラレパ自身も激しい苦行をすることで解脱したという話です。 だが、お釈迦様は苦行を否定し、すでに為した悪業の報いを消滅させることはできないと説いています。 上図 ウィキペディアから転載 ベランダではお客さんたちが素晴らしい風景を堪能しています(写真下)。 7時半からホテルのレストランで朝食です。新鮮なマンゴーとサクランボがおいしい(写真下)。 予定どおりに8:30にホテルを出発しました。昨日来た旧道を引き返すのかと思ったら、私が昨日散歩した東側から、街の上に造られた新道を通って(写真下左)、チェナブ川の合流点に戻ります。 写真下右の人たちはヘルメットを持っているから工事関係者で、相変わらず女性が多い。 合流地点 昨日も見た川の合流地点のタンディで見学です(8:44)。キーロンからのバガ川(写真下)とチャンドラ川が合流してチェナブ川になります。 バガ川にかかったタンディ橋を渡ると、店もあり、たくさんの車が停まっています(写真下右)。ここは自然発生の道の駅らしい。 写真下の大型トラックはTATA製で、このタタ・グループの5代目会長で、日本とも深い関係を持っていたラタン・タタ氏が2024年10月に亡くなっています。 合流点の河原に下りていくと、チベット仏教圏らしく、ストゥーパ(仏塔)とオボー(道標)があります。 写真下右のオボーは山頂や峠などに安全を祈願して造られる標識のようなもので、川の中は珍しい。 昨夜泊まったキーロンで標高3100m、ここタンディが2900m、これからチャンドラ川の上流に沿って行くので、しばらくは3200mほどです。 道路の大半はアスファルト舗装の二車線で、道路工事をしてくれる人たちのおかげで、問題なく進めます(写真下)。 山と川の間には平地もあるので、畑がみられ、写真下左ではスプリンクラーで散水中です。過去の旅行記によれば、ここはカリフラワーの産地で、道端に出しておくとトラックが集めに来るようです。 写真下右は観光用のテント村らしい。 農業と観光の収益をもたらしたのがこの後に行くトンネルで、その成果なのか、周囲の住宅を見ると、かなり立派な家が並んでいます(写真下)。 平地のある地域を過ぎると、奥に雪山が見える険しい谷間が続きます(写真下)。 観光用にキャンプ場が作られています(写真下左、9:50)・・・と見ていたら、その後ろの山頂付近が崖崩れをおこし、土煙が上がっています(写真下右)。ヒマラヤはこんなふうにもろい。 キャンプ場の手前には大きな人工池が作られて、何か水草が生えています。3000mの高地でも生える水草とは何なのだろう? しかし、この距離からでは、望遠で撮って拡大しても、ピンク色の花が咲いているのがわかる程度です(写真下左)。葉や群落している様子からは浮草ではなく、池の底に根をはって、葉を水面に出す植物(抽水植物)で、この池は浅いのではないか。珍しいので、下りて調べたいが、置いて行かれると困るのでやめておきます。人工池であることから、外部からの水草でなければいいのですが。 トンネル効果 アタル・トンネル(Atal Tunnel)の入り口に到着(10:05)。写真下左の建物の右側がトンネルの入り口です。 このトンネルが開通する前は、ロータン・パスという標高4000m近い峠を越えるしかなく、11月から5月まで半年以上も閉ざされていました。トンネルがキーロンやキラールなど北西部の地域に交通の便を良くすることで、大きな経済的効果を生みだしました。また、この先にもう一つのトンネルを造ることで、パキスタンと国境問題のあるジャンムー・カシミール州と結ぼうとしていますから、軍事的な意味も含まれます。 下の地図は、キーロンからマナリに行くのに、アタル・トンネルを通るか(左)、ロータン・パスを通るか(右)の違いです。私たちは右の地図のように、トンネルには入らず、さらに川に沿って南東方向に進み、ロータン・パスを通って、マナリに行きます。トンネルができる前はこの道しかなかった。 平面で見ると、距離はそれほど違いがないように見えますが、トンネルはまっすぐで、出入り口の標高は3100m、ロータン・パスは曲がりくねった道で標高3980mですから、キーロンからマナリまでの時間を比較する、次のようになります。 アタル・トンネル経由・・・70km, 1時間57分 ロータン・パス経由・・・・99km, 2時間55分 夏でも標高差は900m、距離は30km、時間は1時間も差が出ます。ましてや冬の間、危険なロータン・パスを通る必要がなくなり、大きな恩恵となっているはずです。 トンネルと橋のずれ 奇妙なのは幹線道路との間にある橋の位置です。下の地図のように、現在の橋はトンネルの出入り口からは真っ直ぐの位置にありません。そのため、真っ直ぐの位置に新しい橋を建築中です(写真下右)。 最初から真っ直ぐの位置に橋を造ればいいのに、現在の橋はどうしてトンネルとずれているのでしょう? 現在の橋の石碑には「アタル・トンネルの北出入口へのアプローチ道路」とありますから、トンネルを作ることに合わせて作られた橋です。トンネルの工事開始は2000年で、工事用にこの橋は作られ、工事後は幹線道路とトンネルを結ぶ道路として使うつもりだったはずなのに、ずれている。 Wikipediaによれば2013年に「トンネル天井の約30mが北口に向かって崩落」とありますから、こちら側の出入口近辺が崩落したらしい。そこで崩落した出入口を放棄して、地質的に安定した西側に造りなおしたために、橋との間にずれが生じたようです。 もう一つ可能性があるのは設計ミスです。「まさか」と思うかもしれませんが、私の住む山形と仙台を結ぶ山形自動車道の笹谷トンネルは設計ミスだと言われています。トンネルの長さを短くして経費節約したつもりで、トンネルを高い位置に造ったので高低差が大きくなり、高速道路とは信じられないほどに山形側が急勾配と急カーブに造るしかなかったという説です。年に何度も笹谷トンネルを通過する私はこの説に激しく同意します(笑)。 トンネルとロータン・パスの両方を通過? トンネルは花を見る立場からもありがたい。車の多くがトンネルを利用するようになれば、ロータン・パスに行く人の数が減り、植物が荒らされなくなるからです。 西遊旅行が出した日程表で、私は次の一文の意味がわかりませんでした。 「専用車にて、アタル・トンネル(3,100m)を抜けてヒマラヤの山里マナリへ。途中、ロータン・パス(3,980m)にてブルーポピーなどの高山植物の観察もお楽しみいただきます。」 トンネルを通過してから、ロータン・パスに行く??地図を見てもわかるように、トンネルを通過したらロータン・パスは通らないし、ロータン・パスを行くならトンネルは通らない。両方行くなんてありえない。日本にいる時、添乗員の林田さん(仮名)に、記述間違いではないかと質問しようかと思ったほどです。 林田さんに昨日この件を質問すると、記述間違いではなく、このままでした。 ロータン・パスに行くにはマナリで許可を取らなければならない。そこで、下図のようにアタル・トンネルを通過していったんマナリに行き、そこで許可を取って引き返し、ロータン・パスに行き、花を見る予定だった。 日本人なら「アタル・トンネルの北側にも許認可の事務所を作ればいい」と思うでしょう。私も日本人ですから、そう思いましたが、ここはインドですから、その理屈は通用しません(笑)。 幸い今回はすでに許可を取っているので、わざわざマナリまで行く必要がない!マナリまで往復したら、最低でも2時間はかかるだろうから、この時間のロスはそのまま花を見る時間にしわ寄せとなります。現地ガイドのハンスさんが事前に許可を取ったおかげで2時間以上も花を見る余裕ができたのだ!ハンスさんが急に神々しく見えて、もしかしたら、彼はシヴァの化身ではないだろうか(笑)。 ヒマラヤの純粋蜂蜜! 道端に「ヒマーチャル天然蜂蜜(Himachal Natural Honey)」という看板を見て急停車(写真下)。 たくさんの巣箱を並べて(写真下)、ここで採取して、そのまま売っているのだ!天然などと言われなくても、誰が見ても本物の純粋蜂蜜だとわかる。私は宝くじにでも当たったような気分でした(笑)。 林田さんに、どこかで蜂蜜は手に入らないだろうかと相談していたのです。私は店を考えていたので、まさか、こんな何にもない山の中の道端で売っているとは想像もしませんでした。ミツバチの巣の入った箱の様子から見て、ここは長年、ここで採取しているのでしょう。 私は3000mの高地を走るようにして真っ先に売り場に駆けつけて、鼻息も荒く値段を聞く(笑)。透明な蜂蜜が700ルピー(約1400円)、白く濁ったホワイト・ハニーが800ルピー(約1600円)だという。手で持った感触と大きさから推測するなら1kgで、実際、帰国後、測ってみるとプラスチックの容器込みで1050gでした。 値段を聞いて、私は仰天。酸素不足で計算間違いをしているかと自分を疑ったほどで、私が日本で手に入れている純粋蜂蜜の相場の半額以下です!売主の水色のシャツを着た男性が、もしかしたらシヴァの化身ではないかと神々しく見えて、今日はシヴァが多い。私は蜜蜂ダンスをしようかと思った(笑)。ミツバチは仲間に蜜のある場所の方角と距離を伝えるために、お尻を振りながらダンスをします。 蜂蜜には様々な問題があり、まず純粋蜂蜜と表示されても本物かどうか怪しい。液糖を加えられても素人にはわかりません。加熱の問題もあります。原液の蜂蜜のゴミなどを取るために加熱してやわらかくする。しかし、50度くらいを境に蜂蜜は変質してしまいます。 純粋で非加熱の蜂蜜は手に入れるのが容易ではありません。ドイツは厳密な規則で蜂蜜が販売されていますから、純粋という点では信用がおけます。しかし、輸入品は赤道直下を船のコンテナに積んで運んでくるのですから、「自然加熱」になります。 写真下左のように青いビニールのテントがあり、彼はここに居住して、蜂蜜を採取して濾過して売っているのでしょう。テントには外からの電気もなく、周囲には樹木はなく、薪も手に入りにくいから、わざわざ熱を加えるとは思えない。 ここの蜂蜜は純粋で非加熱の可能性が高く、値段が日本の半額以下です。私は10本くらい欲しかったが、インド航空のエコノミークラスの預け荷物の制限は23kgで、私の荷物は成田で20kgを越えていました。 帰国後、買った場所を説明して、ヒマラヤの純粋蜂蜜としてお土産に差し上げた方からは好評でした。味は予想どおり、独特の癖があり、子供の頃、養蜂家から一升瓶でもらった蜂蜜のような味で、本物である証拠です。 ヒマラヤの畑 私たちはチャンドラ川の上流に向かって走っています。驚くことに、対岸の南下がりの斜面は畑になっています。こういう寒暖が激しい地域なら、野菜はおいしい。 写真下左では、段々畑と大きな岩の間に家が建っています。南向きだから、陽当たりが良く、岩に熱がこもるから、冬暖かいだけでなく、夏は涼しいはずで、岩から水が湧き出ているのでしょう。写真下右の人は、赤いタンクを背負って農薬を散布しています。 写真下も農作業をする人たちで、植えてある野菜がすべて同じで、葉の雰囲気からブロッコリーでしょう。写真下左の山の麓の陰になっている部分に、家ではないと思うが、石でできた建物があります。 写真下左では、石垣を丁寧に積み上げて段々畑を作っている。ここでもスプリンクラーが水を出しています。どこでも傾斜がありますから、上流の沢からホースを引けば、水代のいらないスプリンクラーが出来上がります。 対岸の斜面の畑はこちらの道路と同じくらいの標高ですから、3300mくらいあります(写真下)。日本の山は富士山を除けば、すべて3200m以下ですから、それよりも高い所に畑がある! 写真下左はホテル、写真下右の青い建物は民宿と看板が出ていますから、立派な建物の多くはホテルや別荘かもしれません。 写真下左は、テントの中のベッドに寝転んで、スマートフォンを見ている男性で、テントのそばにあるバイクにこれだけの荷物を積むのは無理だから、夏の間ここに滞在しているらしい。 ロータン・パスまで21kmという表示が出てすぐのグランフ(Gramphu)で停まりました(写真下)。 ロータン・パスに行くのにここで許可証とパスポートなどを示すらしい。写真下のどれかがその事務所らしいのだが、どう見ても検問所で停まる車を目当てのただの店で、どれが検問所なのか、最後までわかりませんでした(笑)。 ここから道は3980mのロータン・パスを目指して登ります。私たちは北側から登ったのでグランフで、南側から登るとグラパで許可証の確認があります(下地図)。 道はチャンドラ川から離れて、山の斜面を登ります。眼下に川の上流や支流と雪山が見えます(写真下)。 アタル・トンネルが正式に開通したのは2020年で、2019年には公共バスなどは運行していたようです。それまではこの曲がりくねったロータン・パスこそがキーロンなど北側の住民にとっては唯一の道でした。 しかし、豪雪地帯ですから、冬の間は通行止めで、過去の旅行記などを読むと、ロータン・パスが開通するのは6月中旬で、しかも、何日に開通するかは、行ってみないとわからないとインド人でさえも言っていたという。 ロータン・パス北側のお花畑 ちょうど七回曲がる七曲りを登ってお花畑にたどり着きました(写真下)。 写真上下 Phlomoides
bracteosa 紫色のシソの仲間は数も多く、わかりやすい外見なのに、これも学名が変更されていて、『ヒマラヤ植物大図鑑』(吉田外司夫)では、Phlomis
bracteosaとなっています。ここは群落なのに、サチ・パスではほんの少ししか見られませんでした。 フデリンドウの仲間が少しあります(写真下)。パキスタンから、ヒマーチャル・プラディシュ州の南東に位置するウッタラカンド州の標高3000~4300mに分布します。 写真上下 Gentiana
carinata これまでも何度も出てきたポティンティラが群落を作っています(写真下)。 写真上下 Potentilla
argyrophylla 赤いポティンティラは数が少ないだけでなく、ここでは真っ赤ではなく、おとなしいオレンジなので、あまり目立たない(写真下)。 写真上 Potentilla
atrosanguinea 同じポティンティラでも花の色が違うと印象が違います(写真下)。でも、葉っぱはどちらもイチゴにそっくり。 スーラル谷でも見かけたヒマラヤのタンポポは、日本のニホンタンポポやセイヨウタンポポに比べると花弁の数が少ないように見えます(写真下)。 写真上 Taraxacum
parvulum 写真下はサチ・パスでも見かけたセリの仲間で、お花畑で白色を担当しています。 写真上 Anthriscus
nemorosa サチ・パスやスーラル谷では少ししかなかったトチナイソウの仲間が群落しています(写真下)。周囲に何もない陽当たりのよいこの環境が好きなのでしょう。 写真上下 Androsace
sempervivoides 写真下はポティンティラとの集合写真です。 さらにトチナイソウとヤマハハコの記念撮影です。 写真上下 Anaphalis
royleana var. cana 写真上はにぎやかでいいけど、写真下のように数が少ないと、花が白いこともあって、ちょっと寂しそう。 インド人は花に関心がないのかと思ったら、私たちを見かけたからか、車を停めて写真を撮っている若者もいます(写真下)。 写真下のナデシコの仲間は高山植物ではありません。欧州、アジア、北アフリカ原産というから、インドの植物かもしれませんが、道端に生えていたことからも、人や車によって持ち込まれたのでしょう。 写真上 Spergularia
rubra 写真上と同様に、元々ここになかった植物が写真下で、上から見ても、横から見ても、迷うことなくシロツメクサです。自動車道のそばですから、外来種が運ばれてきても不思議ではありません。台湾の標高3400mもある合歡山の山頂近くでもシロツメクサを見ました。 写真上 Trifolium
repens ロータン・パスは人だらけ 七曲りを登り終えると、ようやくロータン・パスの一番高い所に到着(12:18)。だが、写真下のように、標高3980mとは信じられないほど人が多く、ゴチャゴチャしています。 観光客と商売をしている人たちでにぎわっている(写真下)。規模は違うが筑波山の山頂と同じで、美しさも感動もない。 ここは馬の鞍のような地形なので、高度のわりには展望はあまり良くありません。客を馬やバギーに乗せて、展望の良い近くの山頂まで連れて行ってくれるらしい(写真下)。 道路の上の掲示板に「登るのは大変だが、頂上からの眺めは最高だよ(The climb may be tough but the
view from top is always better)」と宣伝まで書いてあるから、観光客は行くでしょう(写真下右)。 人間と馬とバギーでこれだけ踏み荒らされれば、確認するまでもなく、花などあるはずもなく、幸い、短時間で出発(12:26)。 南西側に少し下りた所に、石でできたドームがあります(写真下)。Maharishi Vedvyas Templeという寺院で、岩の間から水が湧き出るので有名です。私たちが今日行く予定のマリナのそばを流れるビアズ(Beas)川の水源だと信じられているが、実際は違うらしい。過去の旅行記でも、水はおいしいと書いてありました。 左下の地形図の等高線を見てもわかるように、寺院の湧き水よりも、人間と馬がたくさんいたロータン・パスの最高地点のほうが高い位置にあります(写真下)。あれだけの人がいるのだからトイレがあるはずで、汚水をどうやって処理しているのだろう。あれだけの馬が出す馬糞もあって、しかも気温が低くて分解も遅いから、寺院にはもしかしたら栄養豊かな水が湧き出ているのかもしれません(笑)。 寺院の近くでは毛の長いヤクが草を食べていますから、湧き水には馬糞の他に牛糞も入っているらしい。 ロータン・パスの青いケシ ロータン・パスの頂上から少し下りたところで、本日、初の青いケシを見つけて車を停めました。ここは標高3900mありますから、これまで見た青いケシの中では一番高山です。サチ・パスでは3600mを越えたあたりで、青いケシが見られなくなりました。 写真上下 Meconopsis
aculeata 意外だったのが、ロータン・パスの北側のお花畑には青いケシは見つからなかったことです。大きな違いは、北側には岩はあったが、南側のような大きな岩場(写真下)がなかったことです。サチ・パスやスーラル谷でもアクレアタはこういう岩場が好きでした。 写真下の青いケシの後ろが白いのは雪ではなく、岩です。 ここの岩はカステラを切り分けたみたいに割れていて、その隙間に土が貯まって草花が生えています(写真下)。 その岩と岩のわずかな隙間に青いケシが咲いています(写真上下)。彼らにとっては踏み荒らされないし、適度な湿気もあるから、好みの環境なのでしょう。 私はわざわざその隙間に入り込んで写真を撮る(笑)。狭いのに、すまんねえ、お邪魔するよ。 写真下など、ひさしのような岩の下に生えたので、根は守られるが、頭がつかえた。 一番咲きの花が残っています(写真下)。上に付いている一番咲きの花の後ろに、もう一つツボミがあって、開きかけています。普通、上から順序よく咲くはずなのに、たぶん花弁をうまく開くことができなかったなど、何かの事情で、順序が変わったらしい。 写真下の3株は隣同士で、写真下左が1番咲きが終わり2~7番目が咲き、ツボミが4つあります。真ん中は1~4番目は花弁も散り、5~9番目の花が咲いています。右はツボミだけ5つついており、これから咲きます。すぐそばで環境がほぼ同じなのに、個体によってこんなに咲く時期が違うのもおもしろい。 西端の青いケシはどこ? 「ヒマラヤの青いケシ」という言葉どおりで、青いケシは、東は中国の四川省や雲南省から、西はインドのジャンムー・カシミール州までのヒマラヤと周辺に分布します。 私はこれまでに中国のチベット以外ではブータンのチェレ・ラ(2000年)、インド北部のガンガリアの「花の谷」(2008年)、インド東部のバンガジャン(2015年)を訪れて、青いケシを見ました(下の地図)。つまり、今回は一番西の青いケシに会いに来ました。 下の図は、吉田氏がまとめた青いケシの分布図のうち、西端の部分です。青いケシの分布の西端はジャンムー・カシミール州となっていますから、西端の青いケシを見たければこの州のラダックやザンスカールに行けばいいことになります。ところが、これには二つほど問題があります。 上図 『青いケシ大図鑑』(吉田外司夫、平凡社、2021年、10ページ) 一つ目は、この地域へ青いケシを見に行くツアーがない。ラダックやザンスカールへの旅行はあっても、青いケシを誘い文句にしているツアーがありません。これは青いケシが少ないからで、ネットの旅行記を探しても、峠などで少し目撃したというような話しか出てきません。これでは青いケシのツアーとしては成り立たない。 二つ目が、ジャンムー・カシミール州はパキスタンや中国との国境紛争で治安の問題が多いことです。ヒマラヤ側のラダックやザンスカールはあまり聞きませんが、平野側では、すでに紹介したように、今回の旅行の直前にもテロがありました。 見られるのはアクレアタだけ ウッタラーカンド州(Uttarakhand)のガンガリア(Ghangaria)にある「花の谷」に、私は2008年に西遊旅行で行き、青いケシを見て感動しました。同時に不思議に思ったのは、どうしてアクレアタ(Meconopsis aculeata)しかないのかという点です。花の谷にある青いケシは今回と同じで、すべてアクレアタでした。分布の東端にあたる四川省や雲南省の青いケシは、数だけでなく、種類も多い。ところが、花の谷も今回もすべてアクレアタだけです。 吉田氏の本によれば、このヒマラヤ西端の地域には次の三種類の青いケシがあるようです。 ネグレクタ(Meconopsis neglecta) ラティフォリア(Meconopsis latifolia) アクレアタ(Meconopsis aculeata) 一つ目のネグレクタ(Meconopsis neglecta)は百年ほど前、パキスタン北部で一度だけ採取され、たった一つ標本があるだけで、この百年間に専門家でさえも探し出せないのですから、こんな特殊なケシに私のような素人が出る幕はありません。 二つ目のラティフォリア(Meconopsis latifolia)もカシミール地方にあるというだけで、具体的な場所が書いてありません。吉田氏の本ではラティフォリアは標本しか載っておらず、また、青いケシの教科書ともいえる“The Genus Meconopsis” (Christopher Grey-Wilson)でも掲載されているラティフォリアの写真の撮影者は著者のウイルソン氏ではありません。植物学者の大場氏の著書『ヒマラヤの青いケシ』(大場秀章、山と渓谷社、2006年)でも、ラティフォリアの説明はあるのに、写真は載っていません。 つまり、青いケシの専門家の3人でも自然のラティフォリアを見ていない可能性が高く、これも素人の出番はありません。 私のように、既製品の旅行で青いケシが見たい者がこの地域で見られるのはアクレアタだけです。吉田氏の分布図ではジャンムー・カシミール州の北まで生えているらしいが、前述のように、ラダックやザンスカールでさえも目撃例が限られているから、この地域への青いケシのツアーはありません。 青いケシが分布するヒマラヤの西の端で、しかも素人が簡単に確実に見られる場所、それが今回訪れたパンギー渓谷です。昔はこの地域で青いケシの旅行と言えばロータン・パスだけだったのが、パンギー渓谷への旅行が十数年前に始まってから、両方に行けるようになりました。 さらに、ロータン・パスのアタル・トンネルが完成するなど、道路整備が進んだおかげで、過去の旅行記では落石や道路工事で長時間停められるのは当たり前だったのに、私たちは一度もありませんでした。西遊旅行のこの旅行のタイトルは「西部ヒマーチャル冒険行」と冒険が付いているが、今は冒険ではなくなりました。 今回、このツアーに参加したのも、西端の青いケシを見たいと思って候補にあげていたからです。西端で、なぜアクレアタだけが残れたのか、しかも、ここからさらに北西側のヒマラヤは、アクレアタすらも減ってしまうのはどうしてなのか。こういうことは「アクレアタ君、どうしてなんだい?」と現地で本人に聞いてみるのが一番です(笑)。 団子より花 この場所で昼食を取ることになりました。私は写真を撮りたいので、林田さんに昼食はいらないと断りました。ここで自然の恩恵を受けているのに、食物を残して地球温暖化に貢献したくない。それに、昼飯は明日も食えるが、青いケシは今日が最後です。 ここは他にも高山植物がたくさん生えています。写真下はスーラル谷でも見られたイワベンケイの仲間です。 写真上 Rhodiola
wallichiana 写真上 Rhodiola
tibetica 写真下のタデの仲間はスーラル谷でも見られたが、ここのほうが圧倒的に多い。陽射しがあるので、花も生き生きしています。 写真上下 Bistorta
affinis サチ・パスの北側のお花畑でも見られたが、ここように群生はしていませんでした。 写真下のシオガマギクの仲間はヒマラヤではかなり一般的に見られます。ここのはピンク色が薄く、普通はもう少しピンクが濃い。 写真上 Pedicularis
rhinanthoides 写真下は50cmほどもあるキクの仲間で、ヒマラヤではパキスタンからネパールなど広い範囲で見られます。ここではあまり数は多くありません。 写真上 Cremanthodium
arnicoides タカネツメクサの仲間が見事な株になっています(写真下)。サチ・パスの北側の斜面でも見かけました。 写真上 Sabulina
kashmirica 写真下は茎の長いサクラソウで、今回の旅行ではここでしか見られませんでした。過去の旅行記では他のサクラソウも紹介されているが、私が見たのはサチ・パス、スーラル谷、ロータン・パスで各一種類だけでから、サクラソウの種類も数も少ない。 写真上 Primula
munroi 写真下はこれまでも何度か出てきたので、名前はわかります。 写真上 Caltha
palustris 写真上 Codonopsis
ovata 写真上 Anemone
obtusiloba ところが、名前が不明の花も多い。写真下は花だけ見るとミヤマカタバミの仲間、葉だけ見るとユキノシタの仲間のようです。写真を撮った時、丸い葉が本当にこの花の葉なのだろうかと私は疑わなかったので、確認していません。 写真下など、どうせタカネツメクサの仲間だろうと甘くみたら、甘かった。 写真下は根本から茎がたくさん立ち上がり、花の周囲は細かい葉が囲むなど、特徴ある姿をしていますから、簡単にわかるだろうと軽く見たら、軽くなかった。 写真下は花が小さくても、特徴があるからすぐにわかりそうです。だが、良く見ると花弁のように見えていたのはガクで、花は咲き終えて、実ができている。 ボヤキを言うなら、だから植物ガイドが欲しい。観光客がたくさん訪れるロータン・パスの幹線道路の近くに生える花が珍しい花であるはずがなく、専門家なら一目で判別するでしょう。 インド人は雪を見る 道のカーブの所にある雪の壁の前にたくさんの車が停まり、インド人たちが雪に触っています(13:40)。過去の旅行記でも、インド人が高山植物など見向きもせずに、雪の上で遊ぶ光景が目撃されています。 今回、青いケシを熱心に見ているインド人は見かけませんでした。お互いに興味が違うのは好都合で、彼らは高山植物に興味がないから、採取しないでしょう。道端の青いケシも、見た範囲では花が折られた様子はありません。 日本人は青いケシを見る インド人は雪を見て、日本人は青いケシを見る。 ここでもアクレアタは写真下のような岩場が大好きで、下から見上げると、あんな岩の隙間に土があるのだろうかと思うような場所に立派に生えています。だから写真を撮るとすべて後ろに岩が写る。 写真下は青いケシの名に恥じないほどの濃厚な青です。しかも、普通はピンクなどが混ざっているのに、これはほぼ青です。 こういう色のはっきりしたアクレアタも良いのですが、スーラル谷でも申し上げたように、個人的には写真下のように、透過光でボーッとして、どっちともつかない曖昧な色で、青いケシとしては落第点の花が好きです。 ヒマラヤの花と言えば青いケシというくらい有名です。いつ頃からそんなふうになったのか、これを調べた学者がいます。(「欧米における青いケシのイメージとチベット医学」長岡慶、『立命館アジア・日本研究学術年報』4号、2023年, 30ページ) この論文の中で興味深いのは、青いケシが欧州で知られるようになったきっかけはカラー印刷技術で多くの人が見るようになったからだという点です。欧州に青いケシが標本が持ち込まれても、花の色がわからなかった。1800年代半ば以降、彩色図の印刷物で人々が青いケシを見て驚いたという。言葉ではなく、図像なら、説得力があったでしょう。 マルヒで休憩 道の途中にある写真下右の堂は、仏旗と呼ばれる6色の旗が飾ってあるので、仏教の祠です。 眼下にマルヒ(Marhi)という休憩施設が見えてきました(写真下左)。ここはハングライダーの基地にもなっているようです(写真下右)。 写真下左では、ハングライダーの上をタカのような大きな鳥が飛んでいます。飛んでいる様子からみると、タカはたぶんハングライダーと一緒に飛んでいる、というか、遊んでいる。 マルヒは標高3300mにありますから、冬の間は閉鎖されます。今は陽射しが強くて暑いので、リゾート風のパラソルの下で、ハングライダーとタカを見ながら、お茶をいただきます。 マルヒのすぐ下に、川を止めた小さな池があり、観光客が遊んでいます(写真下)。 青いケシも見納め ここはまだ3200mを越えていて、しかも岩だらけなので、アクレアタが見られます(写真下)。車を停めて観察できたのはこのあたりが最後で、3000mを切ると、青いケシは見られなくなりました。 ここは意外に一番咲きの花が多い(写真下)。高度が低いほうが早目に咲くのかと思ったが、必ずしもそうではないようです。 岩の間から顔をのぞかせて、虫が来てくれないかなと待っている(写真下左)。青いケシは岩のそばの狭い所が好きなのを見ると、猫が狭い場所に入り込んで安心しているのと似ていて、青いケシも怖がりなのかもしれない。 昔は「幻の青いケシ」などと表現され、ヒマラヤやチベットの奥地に行かないと見られないようなイメージでしたが、ここの青いケシの多くは道路脇に生えているので、車からも見られます。 1992年にロータン・パスで青いケシを探した人の旅行記に次のような記述がありました。 「車がいきおいよく走っている道路近くに咲いている花は、排気ガスまみれながら精一杯に花びらを広げている。」(『風の花 青いケシ紀行』山下順子、西田書店、2009年、80ページ) 今の青いケシは「排気ガスまみれ」ではありません。街中でも黒煙を上げながら走る車は少数です。たしかに一昔前のインドの車の排気ガスはひどく、1999年に訪れた時、インド東部のコルカタの中心部の道路が排気ガスで霧がかかったようになっているのを見て驚いたことがあります。 今は、インドでも電気自動車の普及を進め、今回も庶民の足のオート・リクシャの多くが電気自動車でした。こんなふうに、インドでは目に見える形で電気自動車が普及しています。だが、スズキはインドで乗用車の40%という圧倒的な販売台数を誇るのに、電気自動車になると影も形もない。これは世界一の販売台数を誇るトヨタが、電気自動車になると圏外になるのと似ています。 馬が道草を食べている(写真下左)。その周囲を見ると、マメの仲間が生えています(写真下右)。ヒマラヤでは非常に一般的な雑草で、マメの仲間だから、栄養価は高いでしょう。 写真上 Astragalus
strictus 馬のいる道端に畑のイチゴとそっくりの花があります(写真下右)。その名前も「ヒマラヤのイチゴ(Himalayan Strawberry)」で、標高1800~3800 mに生えているというから、高山イチゴらしい。 写真上 Fragaria
nubicola 写真下のように工事をしてくれる人たちがいるから、私は楽に高山に行き、青いケシが見られた。 山を下るにつれて周囲の山も低くなり、平地が増えてきました(写真下左)。 写真下右の車両はバイクなのに四輪です。自動車のような四輪ではなく、二輪車の両側に補助輪のように二輪が付いている。面白い発想だが、ここはカーブが多いから、走りにくそう。 マナリ 本日宿泊予定のマナリに到着(16:45、写真下)。標高2000mまで下がってきました。2000mは日本なら高山で、山形県の真ん中にある月山の山頂の高さです。今日まで3000mが当たり前のヒマラヤにいたので、低い所に来たという印象です。 ここは避暑地で、ヒマラヤの観光の拠点で、私たちはロータン・パスからマナリに来たが、普通はここに宿泊してロータン・パスを行き青いケシなどを見ます・・・いや、インド人は雪を見ます。 まずは街の神様に御挨拶をしましょう(写真下)。 ここの寺院の神様も、虎に乗って魔神を斬り倒す女神のドゥルガーです(写真下)。今回の旅行ではずいぶんお世話になった気がします。 ここも寺院の柱に細かい彫刻が施され、街中のせいもあり、参拝者は多い(写真下)。 マナリは避暑の観光地なので、新婚旅行先としても人気らしい。ここはニュー・マナリと呼ばれ、寺院のそばにはバス・ターミナルもあり、商店街が集まるマナリの中心的な場所です。 ニュー・マナリから北に1.5kmほど行った所にオールド・マナリがあり、土産物屋が並んでいるらしい。わざわざそちらに行かなくて、ここでもたくさんの土産物屋があります。写真下左は、これまでも何度も見かけた、この地方の男性がかぶる円筒状の帽子です。 食べ物屋もたくさんあって(写真下)、こういう所での買い食いが楽しいのだが、私の胃腸は絶対に許してくれない(笑)。 通りも広場も小ぎれいで、写真下のように補修工事が行われています。昔はインドの街は壊れたままが良く目につきましたが、この光景は経済発展している証拠のようなものでしょう。逆に日本は地方財政の多くは赤字で、橋や水道など生活基盤が老朽化しても手が付けられない。1kmの水道管を交換するのに2億円と言われています。 犬たちは追い立てられる心配もないから、雑踏の中で安心して眠っている(写真下)。いずれも痩せておらず、毛並みもいいから、餌を十分にもらえているようです。日本もこんなふうに彼らと共存できるといいのに、最近は野犬がまた増えて問題になっているようです。 裏通りに入ると、地元の人なのか、買い物客でにぎわっています(写真下)。 意外だったのは、ほとんどは店舗販売で、写真下左のような「道端商売」「軒先商売」をあまり見かけないことです。インドの街ではむしろこちらのほうが盛んです。 写真下の左右は狭い道を挟んで両側にたつ食堂で、左は客が誰もいないのに、右側は客で混んでいる。 ホテル到着 マナリの中心部から6kmほど南下して、本日のホテル(The Orchid Hotel Manali)に到着(17:31)。ホテルの大きさに比べて、駐車場が狭い(写真下右)。平地が少ないことと、周囲がホテルの建設ラッシュだからです。 7時半からホテルのレストランで夕飯です。品数は多いが、ここも見ただけで辛い。 写真下右の生野菜はどこのホテルや食堂でもニンジン、タマネギ、トマト、キュウリという組み合わせが出てきます。40年ほど前、初めてインドを旅行した頃は、食事に生野菜はなかったように記憶しています。 写真下が私の部屋です。だんだん都会に近づいていますので、毎日、ホテルが良くなる(笑)。私の部屋は建物の端でエレベーターからは遠いが、階段の隣なので火災の時は逃げるのが楽です。 シャワーのお湯、備品、消耗品に問題がありませんので、私の評価は五段階の4.0で満足とします。 写真下の窓から見える隣の建物は、まるで建築放棄か、取り壊し中みたいですが、インドではこれが建築中です。たぶん、別なホテルを作っているのでしょう。 サチ・パスで始まった青いケシも今日のロータン・パスで終わりで、いずれも期待以上の花が見られ、ちょっとホッとしています。まだ旅行は続くので、ホッとしてはいけないと自分に言い聞かせる(笑)。 |